その境界線は。
高町なのはを全力全開で愛していく。そんな小説を書いてます。
Sky Tears SIDE:H 2007/12/02
はやて×なのはです。はやて視点。
はやて・なのは・フェイトが織り成す恋愛劇……になってるといいなと。フェイトは出てきませんが、いなければ成り立たない話でもあります。
この話に限っていうと、修羅場というよりシリアスですね。このはやて視点では修羅場部分をあまり描き切れなかったので。。また別の機会に書きたいものです。
現在高校生ですが、学校は行っている設定でなにとぞお願いします。
もしよければ続きよりどうぞ。
Sky Tears SIDE:H
言葉よりもキスがしたい、そう全てをかなぐり捨てて抱きついた日。
求めるほど遠ざかっていくような気がしていた。頭の中で雨音が止まずに、しとどに降り続けている。ずっと、それは。恐らく止むことのない雨だった。
季節外れの雷が窓の向こうで轟いた。白いレースのカーテンを引くと、どす黒い雲が重く立ち込めていて、山からは煙が上がっている。落ちたのだろうか、だが消防車の音はしない。雨が窓枠に突き出した枝の葉を幾度も打ちつけていた。
今日は朝から雨が降っていた。台風が来るらしく学校も警報を受けて授業時間をいくつか削り、早々の下校を促した。今日は特に急ぐ仕事もなく、また気分でもないので半日部屋にこもっていた。仕事を一日サボれば明日がつらくなるだろうことは予想できたが、足がどうにも動かない。何もする気がおきなかった。家にいたシャマルや今は任務で再び家をでてしまったヴィータが様子を見に来てくれたけれど、空元気で応えるしかできない。ごめんな、と謝りながら、それでも弱音だけは吐かないようにしている。それが守護騎士の主である自分の務めだからと決めて。
「別れようか」
それは中学二年の秋だった。
どこかの定型文のような、だけど彼女がそんなものを引っ張り出すとは思えず。だからそれは彼女自身の心から生み出された言葉なのだろう。それは今から四年も前の事、彼女が口にした何気のない言葉に対して、情けなくも何も声が出なかった。
意味はわかる。尋ねる口調だったが既に彼女の中で決定されたものであるということも。
私のこと嫌になったん。
そう震える声で尋ねてみても、彼女は首を振るばかり。そんなことはないよ、なんて言われても、では何が原因でそんな言葉を吐いたというのか理解出来ない。
口を閉ざしたまま彼女は俯く。その肩が震えていることに気付いて、私は力を込めず抱き締めるしかなかった。
「やっぱり私じゃなのはちゃんの心を奪えんかったんやな」
「知ってたんだ」
「当り前やろ。なのはちゃんの事を一番……」
そこまで言って唇を閉じる。私がこれ以上の言葉を続けてはいけなかった。元々彼女の優しさで恋人関係を結んでいたようなものだ。私が何を言えよう。優しく、暖かく見送ってやるだけだ。
奥歯を噛み締めつつも笑ってやる。いつものようにする自信はなかったけれど、少なくとも笑顔にはなっているように。
「フェイトちゃんと仲良くな」
「……」
ありがとう。
それが彼女から投げ掛けられた最後の言葉だった。
後になっても私と彼女は多くではないにしろ、会話を交わした。五人はいつも仲良しで、なるべく不自然にならないよう、ならないようにとお互い気を付けていたこともあって、また自分自身偽りの笑顔というものも上手いと自負していたから、気づかれることはなかったと思う。アリサちゃんあたりには気づかれていたかもしれないけど。いずれにせよ心から言葉を交わしたことはなかったに違いない。
終わった恋だった。しかも四年も前のことなのに、今更どうしてこんな気持ちに駆られる。焼けつくような胸の痛み。ただ、今日たまたま廊下ですれ違った時に振り返ると、向こうも振り向いていて目が合った。それだけなのに。偶然かもしれないのに。
広いベッドから横走りする雷を眺めていると、玄関で音がした。
買い物に行ったっきり、シャマルはまだ帰ってきてはいなかった。耳をつく機械的な呼び出し音に微かな嫌悪感が湧くが、諦めて立ち上がる。薄暗い廊下を抜け、空に被さる雨雲のような重たいドアを引きつつ、気の抜けた挨拶をする。玄関のドアを開ければ途端に雨音は増し、更に酷く鼓膜を打ちつける。これ以上はやめてほしいというくらい地面の上で弾け、加えて玄関先にまで入り込もうとしてくる。
やめてほしい。
これ以上入り込まないでほしいのに、どうして入ってこようとするのだろう。
「こんばんは」
全身濡れた姿で滴を溢しながら立っていたのは、高町なのはだった。
幼き恋をそのままに捨て置けたらどんなに幸せだったろう。想像するだけで十分だったに違いなく、それ以上を望んでなどいなかった。確かに彼女のことは誰よりも何よりも好きで、他と比べるのもおこがましいくらいに大好きだったけれど、それでも今より淡い恋でいられた。
「なのはちゃん、どうして」
閉じた扉に凭れかかり、笑顔を浮かべる彼女の頬を滴が伝っていた。
「お邪魔だったかな。忙しかった?」
「……タオル持ってくる」
背中で何か声がしたけれど、振り向かずに部屋の奥へと私は走った。
タオルを手に、廊下を足早に歩いて戻っていた。脳裏には先ほど見た彼女の姿。玄関のタイルの上に立ちつくし、雨粒を頬から顎にかけて伝わせる。連れた横髪の隙間から覗く白い首筋と柔らかげな耳朶が頭から離れない。鮮明な映像はカタカタと回りながら繰り返し流されていた。頭の中がずきずきと痛む。
……早く戻らないと。
壁に自らの額を一度軽くぶつけてから、彼女の元に戻る。
……でないと風邪を引いてしまうから。
そっけなく白いタオルを手渡すと、ありがとうと彼女は言った。私は首を振る。見れば微かに震わせている体はいかにも寒そうで、どうせなら大きなバスタオルを持ってくればよかったと後悔する。気が動転していたのかは、わからない。
不思議と「上がっていって」という言葉は出なかった。本来ならばまず最初に口にしなければいけないはずなのだ。なのにどうしてか、私は彼女を玄関に立たせたままだった。冬の雨に打たれたのならば、例えタオルで拭いたって風邪を引く。服を脱がせて着替えないと、きっと意味がない。
つとそこまで考えて、彼女の濡れた制服に目が向く。紺色の制服から覗く紅色のネクタイと紺色のセーター、その下に見える透けた白いシャツ。肌が透けてた様は、露出の面積が少ないからこそ艶めかしい。そのことに気付いて、私は慌てて視線を逸らす。もうそんな関係じゃない。
さすがにマフラーは濡れると思ったのかしていなかった。確か朝登校しているときはマフラーをしていたと思ったのに。
そこまで考えて、自分の視界にはいつも彼女が留められていたのだと思い知らされる。つもりはなくても、自分の目は彼女を追うし、耳は彼女の言葉を拾う。退屈な授業、脳が辿るのは彼女との短すぎる、だけど幸せだった過去。なかった方が幸せだった過去。“出会えてよかった”だなんて言葉を口に出来る人は、きっと幸せなんだろと思う。少なくとも私は思う。
私は彼女と別れてから一瞬だって、出会えてよかっただなんて思ったことはなかった。
「はやてちゃんが好きだよ」
そしてこんな事を言う彼女が、私は大嫌いだ。嫌いで嫌いで、顔を思い浮かべない日はないくらい、大嫌い。
首を横に振ってそのまま後ずさり、壁に背がつくと、もう自分は引けないことに気づく。彼女は動かない、私は後退する。それなのに距離は一切変わらないように思える。実際変わってなどいない。
「四年前のこと、今までのこと。謝ることは出来ないけど、好きなことは間違いじゃないよ」
「簡単に言わんとって」
そうではない、と頭で理解できていても心がついていかない。彼女はそのようなことを簡単に言うような人ではないことくらい、分かっている。四年の月日が彼女を変えたという考えなどなかった。
「もうはやてちゃんは私のこと好きでもなんでもないだろうけれど。私ずっとね、はやてちゃんが気になって仕方ないんだ」
辛そうな笑顔が、優しい肌を撫でるような声が。あの頃と全く変わらずにそこにあるのだ。考えようもない。
腰砕けになったように床に座り込む。彼女は近づくでもなく、苦い笑みを浮かべる。こんな時にでも笑おうとする彼女に、もう笑わなくてもいいと言ってあげられる程自分は人間ができていないことを呪いながら、見上げるしかなかった。
時間が流れる。ゆっくりと静かに、確実に。
帰るよ――と彼女が言ったのはそれからどれくらい時間がたった頃だろうか。
床は冷たかったし、まさか廊下にまで暖房を効かせているはずもなく、体はずいぶんと冷えてしまっていた。外で雨は止むことなく地面を叩いている。そんな中、私はいつしか彼女の顔を見上げることすらせずに俯いていた。
「雨の中、突然ごめんね」
そろそろ日も沈む。雨音は闇が下りてきても止むことはないだろうが、流石に遅くなっては家族が心配するのだろう。冷静に考えながら、私は立ち上がった。そして既に体の芯まで冷えてしまった彼女の肩を抱き寄せる。
「なのはちゃんのこと、忘れたことなんかあるわけないやろ」
どうやって忘れたらいいのか教えてほしいくらいなのに。
――なあ、どうしてフェイトちゃんと付き合ったりしたん。
言葉に出せない問いを、せめてと心の中で尋ねる。
どうして自分は、彼女を引きとめなかったのか。引き下がってさえいなければこんな現在はなかったのではないか。幾度も繰り返し考えて、だが結局は過去の出来事に終始する。終わったことは二度と戻ってきはしない。たとえそれ以降どんな選択肢を選ぼうとも、再び訪れることはないのだ。こうして抱く彼女の体温でさえ、四年前とは違う。あんなにも暖かかった温度が今こんなにも冷たいのは、なにも濡れた所為だけじゃない。凍えるような細い体を、一切の力を込めることなく抱き締める。ただ腕を回しているだけ。触れ合っているだけのびくびくとした抱擁だった。
「なのはちゃん」
なのはちゃん、なのはちゃん。
――なのは。
私だって名前を呼び捨てにしたかったのに。そうしようとする度にあの人の声が重なった。そうこうするうちに奪われた。なのは、と愛しげに囁くフェイトちゃんの声が、耳にこびりついて離れない。
「冷えちゃったよ」
ああ、と息を吐く。耳元に唇を寄せ、柔らかな部分に口付けた。
「暖めてほしいな」
その言葉が意味するものを知らないほど、もう幼くはなかった。
「私でええの」
「はやてちゃんがいいよ」
「ちゃんと私の名前を呼んでな。でなかったら泣いてまうよ」
「当り前だよ。もうずっと、私にははやてちゃん以外見えてないんだから」
服を握られ、じわりと服に雨が滲みていく。今自分は彼女と繋がっているのだと実感する。
「なあ、なのはちゃん」
「何?」
「キスがしたい」
私は今度こそ、肩に回した腕に力を込める。
それから右の方で結った濡れ髪を、そっと解いた。
雨が降り続いていた。
頭の中でずっと雨が降っている。黒くみえながら、掌で受けてみれば透明な色。両手で包むように雨水を掬い、何の感情も込めずに手首の角度を変えた。音を立てて零れていく水は、それだけ透き通っていたというのにいとも簡単に土色に成り変ってしまう。汚い色に変えてしまった土も、踏みつければぐにゃりと、まるでこの手に収まる彼女の胸のように歪んだ。
耳を打つシャワーの音が浴室を満たしていた。耳触りでも何でもなく、背景の一つとして捉えているのみで、私は彼女の凍える体にむしゃぶりつく。
呼吸が苦しくなる程の強欲に急かされるようにして圧し進めていく。彼女が唇を噛もうとするのを防ぐ為、口の中に親指を差し入れる。数度、歯形が残るくらいきつく噛まれて、それから彼女は軟体動物のような舌で痕をなぞる。ちゅ、と時折音を溢しながら、彼女は無心で私の指を吸う。その間私は胸を手に掴んだ。始めは軽く按摩するように、吐息が漏れ始めると強く揉む。桜色の突起を口に含むと、色を変えて嬌声を上げる。柔らかな胸は、揉みしだけば容易に手の平の中で形を変えた。しばらく続けた後彼女の口から指を引き抜くと、腰を引き寄せる。
「はやて……、ちゃん」
蒼穹の瞳が期待を込めた眼差しでこちらを見つめる。私は終始無言で彼女を攻める。脳が溶けていく。
何も考えず、行為に没頭していた。水が滴る。彼女の綺麗な裸体は、私を夢中にさせてくれたから――そんな言い訳で今を呪いながら彼女を抱き締める。肩を弾くシャワーは雨にも似て、流した涙さえ掻き消してくれた。
それでよかった。泣いていると心配されてしまう。
彼女は優しいのだ、どうしようもなく。
滲む視界の向こうを見れば、彼女の瞳も赤く染まっていた。泣いているのだろうか、よくわからないけれど、多分泣いているのだろう。だけれども私の口からは労わりの言葉一つでることはない。出来る事といえば、忘れさせてあげるくらい。より一層激しく、体を交えることだけだった。
好きだと言われるのがこんなに辛いことだと知らなければ、いっそ幸せだろうか。
やはり彼女と出逢わなければよかったと、眼の縁を赤くして眠る彼女を眺めながら自分を嘲笑う。今の自分はどうやっても彼女を幸せにすることなど出来はしない。再び傷つけ合って終わるだけの恋になるだろう。なのに拒むことが出来ないのは、それでも彼女のことが好きで堪らないから。所詮自分のことしか考えられない利己的な自身にあらためて嫌気が差す。
高町家への連絡を終え、疲労に任せてベッドに入った。隣で寝息を吐く彼女の腫れた瞼をそっと撫で、そして自らも瞳を閉じる。
せめて夜が明ける頃にはこの雨が止んでいますように――それだけを願い、浅い夢の中へと潜っていった。
× あとがき ×
好きな人に好きだと言われるほど嬉しくて辛いものはない。はやてにとってそうだった。
タイトルは無駄に迷ってこれに落ち着きました。
さて私の力量不足のせいでなのはさんが非道にみえてはいけないので以下補足。
付き合ってみて初めてわかる、その人の大切さ。別れてみて初めてわかる、あの人への想い。なのははきっと自分自身の気持ちにうんざりしたことだろうと思う。自分がすべて悪いのだからと今更はやてに何をいえるわけでもなく、ひたすらに四年間我慢しまた誤魔化し続けた。フェイトへの気持ちも全くの嘘ではなかった。だけど実際に付き合ってみると違った。なのはの心は既にはやてにあったのだということ。
なのは視点で、また別に書くのもいいかなと思ってみたりします。背景や心理描写はそれなりに作りこみましたし、大丈夫なはず。
それにこれではフェイトさんがあまりな扱いなので。……なのは編をもし書くとしたら更に酷いことになるかもしれませんが、お暇があればお付き合い下さいです。
はやて・なのは・フェイトが織り成す恋愛劇……になってるといいなと。フェイトは出てきませんが、いなければ成り立たない話でもあります。
この話に限っていうと、修羅場というよりシリアスですね。このはやて視点では修羅場部分をあまり描き切れなかったので。。また別の機会に書きたいものです。
現在高校生ですが、学校は行っている設定でなにとぞお願いします。
もしよければ続きよりどうぞ。
Sky Tears SIDE:H
言葉よりもキスがしたい、そう全てをかなぐり捨てて抱きついた日。
求めるほど遠ざかっていくような気がしていた。頭の中で雨音が止まずに、しとどに降り続けている。ずっと、それは。恐らく止むことのない雨だった。
季節外れの雷が窓の向こうで轟いた。白いレースのカーテンを引くと、どす黒い雲が重く立ち込めていて、山からは煙が上がっている。落ちたのだろうか、だが消防車の音はしない。雨が窓枠に突き出した枝の葉を幾度も打ちつけていた。
今日は朝から雨が降っていた。台風が来るらしく学校も警報を受けて授業時間をいくつか削り、早々の下校を促した。今日は特に急ぐ仕事もなく、また気分でもないので半日部屋にこもっていた。仕事を一日サボれば明日がつらくなるだろうことは予想できたが、足がどうにも動かない。何もする気がおきなかった。家にいたシャマルや今は任務で再び家をでてしまったヴィータが様子を見に来てくれたけれど、空元気で応えるしかできない。ごめんな、と謝りながら、それでも弱音だけは吐かないようにしている。それが守護騎士の主である自分の務めだからと決めて。
「別れようか」
それは中学二年の秋だった。
どこかの定型文のような、だけど彼女がそんなものを引っ張り出すとは思えず。だからそれは彼女自身の心から生み出された言葉なのだろう。それは今から四年も前の事、彼女が口にした何気のない言葉に対して、情けなくも何も声が出なかった。
意味はわかる。尋ねる口調だったが既に彼女の中で決定されたものであるということも。
私のこと嫌になったん。
そう震える声で尋ねてみても、彼女は首を振るばかり。そんなことはないよ、なんて言われても、では何が原因でそんな言葉を吐いたというのか理解出来ない。
口を閉ざしたまま彼女は俯く。その肩が震えていることに気付いて、私は力を込めず抱き締めるしかなかった。
「やっぱり私じゃなのはちゃんの心を奪えんかったんやな」
「知ってたんだ」
「当り前やろ。なのはちゃんの事を一番……」
そこまで言って唇を閉じる。私がこれ以上の言葉を続けてはいけなかった。元々彼女の優しさで恋人関係を結んでいたようなものだ。私が何を言えよう。優しく、暖かく見送ってやるだけだ。
奥歯を噛み締めつつも笑ってやる。いつものようにする自信はなかったけれど、少なくとも笑顔にはなっているように。
「フェイトちゃんと仲良くな」
「……」
ありがとう。
それが彼女から投げ掛けられた最後の言葉だった。
後になっても私と彼女は多くではないにしろ、会話を交わした。五人はいつも仲良しで、なるべく不自然にならないよう、ならないようにとお互い気を付けていたこともあって、また自分自身偽りの笑顔というものも上手いと自負していたから、気づかれることはなかったと思う。アリサちゃんあたりには気づかれていたかもしれないけど。いずれにせよ心から言葉を交わしたことはなかったに違いない。
終わった恋だった。しかも四年も前のことなのに、今更どうしてこんな気持ちに駆られる。焼けつくような胸の痛み。ただ、今日たまたま廊下ですれ違った時に振り返ると、向こうも振り向いていて目が合った。それだけなのに。偶然かもしれないのに。
広いベッドから横走りする雷を眺めていると、玄関で音がした。
買い物に行ったっきり、シャマルはまだ帰ってきてはいなかった。耳をつく機械的な呼び出し音に微かな嫌悪感が湧くが、諦めて立ち上がる。薄暗い廊下を抜け、空に被さる雨雲のような重たいドアを引きつつ、気の抜けた挨拶をする。玄関のドアを開ければ途端に雨音は増し、更に酷く鼓膜を打ちつける。これ以上はやめてほしいというくらい地面の上で弾け、加えて玄関先にまで入り込もうとしてくる。
やめてほしい。
これ以上入り込まないでほしいのに、どうして入ってこようとするのだろう。
「こんばんは」
全身濡れた姿で滴を溢しながら立っていたのは、高町なのはだった。
幼き恋をそのままに捨て置けたらどんなに幸せだったろう。想像するだけで十分だったに違いなく、それ以上を望んでなどいなかった。確かに彼女のことは誰よりも何よりも好きで、他と比べるのもおこがましいくらいに大好きだったけれど、それでも今より淡い恋でいられた。
「なのはちゃん、どうして」
閉じた扉に凭れかかり、笑顔を浮かべる彼女の頬を滴が伝っていた。
「お邪魔だったかな。忙しかった?」
「……タオル持ってくる」
背中で何か声がしたけれど、振り向かずに部屋の奥へと私は走った。
タオルを手に、廊下を足早に歩いて戻っていた。脳裏には先ほど見た彼女の姿。玄関のタイルの上に立ちつくし、雨粒を頬から顎にかけて伝わせる。連れた横髪の隙間から覗く白い首筋と柔らかげな耳朶が頭から離れない。鮮明な映像はカタカタと回りながら繰り返し流されていた。頭の中がずきずきと痛む。
……早く戻らないと。
壁に自らの額を一度軽くぶつけてから、彼女の元に戻る。
……でないと風邪を引いてしまうから。
そっけなく白いタオルを手渡すと、ありがとうと彼女は言った。私は首を振る。見れば微かに震わせている体はいかにも寒そうで、どうせなら大きなバスタオルを持ってくればよかったと後悔する。気が動転していたのかは、わからない。
不思議と「上がっていって」という言葉は出なかった。本来ならばまず最初に口にしなければいけないはずなのだ。なのにどうしてか、私は彼女を玄関に立たせたままだった。冬の雨に打たれたのならば、例えタオルで拭いたって風邪を引く。服を脱がせて着替えないと、きっと意味がない。
つとそこまで考えて、彼女の濡れた制服に目が向く。紺色の制服から覗く紅色のネクタイと紺色のセーター、その下に見える透けた白いシャツ。肌が透けてた様は、露出の面積が少ないからこそ艶めかしい。そのことに気付いて、私は慌てて視線を逸らす。もうそんな関係じゃない。
さすがにマフラーは濡れると思ったのかしていなかった。確か朝登校しているときはマフラーをしていたと思ったのに。
そこまで考えて、自分の視界にはいつも彼女が留められていたのだと思い知らされる。つもりはなくても、自分の目は彼女を追うし、耳は彼女の言葉を拾う。退屈な授業、脳が辿るのは彼女との短すぎる、だけど幸せだった過去。なかった方が幸せだった過去。“出会えてよかった”だなんて言葉を口に出来る人は、きっと幸せなんだろと思う。少なくとも私は思う。
私は彼女と別れてから一瞬だって、出会えてよかっただなんて思ったことはなかった。
「はやてちゃんが好きだよ」
そしてこんな事を言う彼女が、私は大嫌いだ。嫌いで嫌いで、顔を思い浮かべない日はないくらい、大嫌い。
首を横に振ってそのまま後ずさり、壁に背がつくと、もう自分は引けないことに気づく。彼女は動かない、私は後退する。それなのに距離は一切変わらないように思える。実際変わってなどいない。
「四年前のこと、今までのこと。謝ることは出来ないけど、好きなことは間違いじゃないよ」
「簡単に言わんとって」
そうではない、と頭で理解できていても心がついていかない。彼女はそのようなことを簡単に言うような人ではないことくらい、分かっている。四年の月日が彼女を変えたという考えなどなかった。
「もうはやてちゃんは私のこと好きでもなんでもないだろうけれど。私ずっとね、はやてちゃんが気になって仕方ないんだ」
辛そうな笑顔が、優しい肌を撫でるような声が。あの頃と全く変わらずにそこにあるのだ。考えようもない。
腰砕けになったように床に座り込む。彼女は近づくでもなく、苦い笑みを浮かべる。こんな時にでも笑おうとする彼女に、もう笑わなくてもいいと言ってあげられる程自分は人間ができていないことを呪いながら、見上げるしかなかった。
時間が流れる。ゆっくりと静かに、確実に。
帰るよ――と彼女が言ったのはそれからどれくらい時間がたった頃だろうか。
床は冷たかったし、まさか廊下にまで暖房を効かせているはずもなく、体はずいぶんと冷えてしまっていた。外で雨は止むことなく地面を叩いている。そんな中、私はいつしか彼女の顔を見上げることすらせずに俯いていた。
「雨の中、突然ごめんね」
そろそろ日も沈む。雨音は闇が下りてきても止むことはないだろうが、流石に遅くなっては家族が心配するのだろう。冷静に考えながら、私は立ち上がった。そして既に体の芯まで冷えてしまった彼女の肩を抱き寄せる。
「なのはちゃんのこと、忘れたことなんかあるわけないやろ」
どうやって忘れたらいいのか教えてほしいくらいなのに。
――なあ、どうしてフェイトちゃんと付き合ったりしたん。
言葉に出せない問いを、せめてと心の中で尋ねる。
どうして自分は、彼女を引きとめなかったのか。引き下がってさえいなければこんな現在はなかったのではないか。幾度も繰り返し考えて、だが結局は過去の出来事に終始する。終わったことは二度と戻ってきはしない。たとえそれ以降どんな選択肢を選ぼうとも、再び訪れることはないのだ。こうして抱く彼女の体温でさえ、四年前とは違う。あんなにも暖かかった温度が今こんなにも冷たいのは、なにも濡れた所為だけじゃない。凍えるような細い体を、一切の力を込めることなく抱き締める。ただ腕を回しているだけ。触れ合っているだけのびくびくとした抱擁だった。
「なのはちゃん」
なのはちゃん、なのはちゃん。
――なのは。
私だって名前を呼び捨てにしたかったのに。そうしようとする度にあの人の声が重なった。そうこうするうちに奪われた。なのは、と愛しげに囁くフェイトちゃんの声が、耳にこびりついて離れない。
「冷えちゃったよ」
ああ、と息を吐く。耳元に唇を寄せ、柔らかな部分に口付けた。
「暖めてほしいな」
その言葉が意味するものを知らないほど、もう幼くはなかった。
「私でええの」
「はやてちゃんがいいよ」
「ちゃんと私の名前を呼んでな。でなかったら泣いてまうよ」
「当り前だよ。もうずっと、私にははやてちゃん以外見えてないんだから」
服を握られ、じわりと服に雨が滲みていく。今自分は彼女と繋がっているのだと実感する。
「なあ、なのはちゃん」
「何?」
「キスがしたい」
私は今度こそ、肩に回した腕に力を込める。
それから右の方で結った濡れ髪を、そっと解いた。
雨が降り続いていた。
頭の中でずっと雨が降っている。黒くみえながら、掌で受けてみれば透明な色。両手で包むように雨水を掬い、何の感情も込めずに手首の角度を変えた。音を立てて零れていく水は、それだけ透き通っていたというのにいとも簡単に土色に成り変ってしまう。汚い色に変えてしまった土も、踏みつければぐにゃりと、まるでこの手に収まる彼女の胸のように歪んだ。
耳を打つシャワーの音が浴室を満たしていた。耳触りでも何でもなく、背景の一つとして捉えているのみで、私は彼女の凍える体にむしゃぶりつく。
呼吸が苦しくなる程の強欲に急かされるようにして圧し進めていく。彼女が唇を噛もうとするのを防ぐ為、口の中に親指を差し入れる。数度、歯形が残るくらいきつく噛まれて、それから彼女は軟体動物のような舌で痕をなぞる。ちゅ、と時折音を溢しながら、彼女は無心で私の指を吸う。その間私は胸を手に掴んだ。始めは軽く按摩するように、吐息が漏れ始めると強く揉む。桜色の突起を口に含むと、色を変えて嬌声を上げる。柔らかな胸は、揉みしだけば容易に手の平の中で形を変えた。しばらく続けた後彼女の口から指を引き抜くと、腰を引き寄せる。
「はやて……、ちゃん」
蒼穹の瞳が期待を込めた眼差しでこちらを見つめる。私は終始無言で彼女を攻める。脳が溶けていく。
何も考えず、行為に没頭していた。水が滴る。彼女の綺麗な裸体は、私を夢中にさせてくれたから――そんな言い訳で今を呪いながら彼女を抱き締める。肩を弾くシャワーは雨にも似て、流した涙さえ掻き消してくれた。
それでよかった。泣いていると心配されてしまう。
彼女は優しいのだ、どうしようもなく。
滲む視界の向こうを見れば、彼女の瞳も赤く染まっていた。泣いているのだろうか、よくわからないけれど、多分泣いているのだろう。だけれども私の口からは労わりの言葉一つでることはない。出来る事といえば、忘れさせてあげるくらい。より一層激しく、体を交えることだけだった。
好きだと言われるのがこんなに辛いことだと知らなければ、いっそ幸せだろうか。
やはり彼女と出逢わなければよかったと、眼の縁を赤くして眠る彼女を眺めながら自分を嘲笑う。今の自分はどうやっても彼女を幸せにすることなど出来はしない。再び傷つけ合って終わるだけの恋になるだろう。なのに拒むことが出来ないのは、それでも彼女のことが好きで堪らないから。所詮自分のことしか考えられない利己的な自身にあらためて嫌気が差す。
高町家への連絡を終え、疲労に任せてベッドに入った。隣で寝息を吐く彼女の腫れた瞼をそっと撫で、そして自らも瞳を閉じる。
せめて夜が明ける頃にはこの雨が止んでいますように――それだけを願い、浅い夢の中へと潜っていった。
× あとがき ×
好きな人に好きだと言われるほど嬉しくて辛いものはない。はやてにとってそうだった。
タイトルは無駄に迷ってこれに落ち着きました。
さて私の力量不足のせいでなのはさんが非道にみえてはいけないので以下補足。
付き合ってみて初めてわかる、その人の大切さ。別れてみて初めてわかる、あの人への想い。なのははきっと自分自身の気持ちにうんざりしたことだろうと思う。自分がすべて悪いのだからと今更はやてに何をいえるわけでもなく、ひたすらに四年間我慢しまた誤魔化し続けた。フェイトへの気持ちも全くの嘘ではなかった。だけど実際に付き合ってみると違った。なのはの心は既にはやてにあったのだということ。
なのは視点で、また別に書くのもいいかなと思ってみたりします。背景や心理描写はそれなりに作りこみましたし、大丈夫なはず。
それにこれではフェイトさんがあまりな扱いなので。……なのは編をもし書くとしたら更に酷いことになるかもしれませんが、お暇があればお付き合い下さいです。
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アリサ×なのは

comments
次の作品も頑張って下さいね♪
睦月ははやなの大好きなので感激しました。笑
切ないですが、そこがまたいいですねー。
なのは視点を書くことがあったら、ぜひ読みたいです!
本文もあとがきも、とても意味深くて引き込まれました。
続き楽しみにしてます。
ありがとうございます。
はやての心象はできるだけ丁寧にを心がけたので、その言葉は凄く嬉しいです。
これからも日々精進、日々成長で頑張っていきます!
>睦月さん
どうもですm(_ _)m
はやなのいいですよね!普段セクハラ魔なはやてだけど、なのはと接するときは、そうもいってられない可愛らしいところがあるのではないかと。この小説ではちとわかりませんが(笑
なのは視点書くことにしましたよ!
>ユリかもめさん
中学二年〜高校二年なんて青春ど真ん中ですよねwまあはやての青春は中二でおわりました(ぁ 高校の時は若干達観したような感じになっているので。
そしてあとがきまで読んでくださりありがとうございますm(_ _)m
>sohassさん
40歳になっても60歳になっても理解できないし制御できないのが想いというものだと思っているので。十代の二人が思い悩むのは当然のことかな、なんて。
なのはもなのはで、悩んでいます。その時はそれが最良だって思っていて、だけど月日がたつにつれわかったこともあった。
そんななのはの物語も、また近いうち、きちんと書きますね。
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