その境界線は。
高町なのはを全力全開で愛していく。そんな小説を書いてます。
蒼い棘 2007/12/15
想いが先走るとろくなことにならないので、どうにか気持ちを落ちつけました。
でも『真紅の花』聞くたびに泣ける。
あれは自分の中では「ヴィータ→なのは」です。これは譲れない。というかこれくらい譲って下さい本気で。
そしてなのヴィ祭り第一弾!
もう少し話重くしてもよかった気がします。
ヴィータは凄く繊細ですよね。あとヴィータがなのはにデレデレなのは仕様です。
時期は11歳。本編でいう墜落事故の前。
ヴィータが地味に病んでます。
少しばかり長いですが、よろしければ続きよりどうぞ。
蒼い棘
鋭い棘みたいな彼女の心を抱き締めて、紅く染まろうとも構わない。
あたしの紅に彼女が染まるならば。
――墜ちればいいのに。
そうすれば自由奔放な彼女を檻に閉じ込めておける。
お前は動けないんだから、じっとしてろ、無理をしちゃ駄目だ、あたしが何でもしてやる、お前の手足になってやるよ。
そう、言うこともできるから。
――墜ちればいいのに。
強い想いは運命を動かしてしまうということも知らずただ望んだ。
「これあげるね」
何の変哲もない日だった。
冬に向け着々と紅葉や銀杏がその葉を散らしていっていた。あれほど色とりどりだった山からは色が抜けおち、丸裸にされていく。地面を埋める落葉がその証だ。だけどあたしはいつも通り管理局に赴いて本日の仕事を順当にこなし、一日の終わりとして自己鍛錬を詰もうと訓練室に向かっていた。扉を見れば、幸い使用者は誰もいない。心置きなく入室する。だがそこ居た人物に、思いがけず胸の琴線が爪弾かれる。
高町なのはは出会い頭に袋を差し出してきた。
どうしてここに居るのか、怪訝な顔で睨んでみても一向に手を引き下げないので、しぶしぶ受け取る。可愛らしいプリントがされた袋はその軽さに比べて随分と大きい。手渡された袋と目の前で今もにこにこと笑っているなのはの顔を交互に見ながら、なんだよこれ、と溜息を吐いた。どうせなのはのことだ、ろくなことを考えていない。
「プレゼントだよ」
「プレゼントだって?」
あたしは顔を顰める。
「別に誕生日じゃないぞ」
そもそも誕生日という概念が自分にはないけれど、それはこの際置いておく。一瞬なのはの眉間に皺が寄せられたかと思えば、口元がふっと歪んだ。久しぶりに見る彼女の悲愴を帯びた苦笑に胸が痛む。
「もしかして忘れちゃったの」
「だから何だって言うんだよ。はっきり言わねーと分かんないって」
「……ヴィータちゃん」
蒼い瞳の表面に薄っすらと盛り上がる涙に気づく。なのはにそんな表情をさせた自分が憎らしく、一方で誤魔化すように相手に当たる癖は直しておいた方がいいと、そういえば先日シグナムに言われたっけ。
それでもはっきりしないなのはが悪いのだと思い直し、顔を背ける。見るに堪えない。
「まあ、何でもいいけどよ。とにかくこれ開けるぞ」
開封し、袋の中を覗く。外装であるビニール袋の中に更に紙袋が入っていて、その中に品があるようだ。テープを剥がして中にあるらしきものを取り出す。手触りはふかふかとして、心地よい。つい撫でたくなるような素材をしたそれはどうやらぬいぐるみのようで。
「今日ってね、私とヴィータちゃんが初めて出逢った日なんだよ」
持ち上げればはっきりと分かる色と形。全身鈍色の毛に覆われている。鼻から顎にかけて白い毛並みをしていて、体に分不相応な程長く大きな耳が垂れ下がっている。くるりと丸い瞳は陶器のように漆黒の輝きを放っていた。
うさぎだった。
「好きみたいだったから」
「……お前、よく覚えていたな」
「あれだけ印象深い日を忘れるわけないよ。戦いで負けたこともだし、ヴィータちゃんに出会った日でもあるからね」
「でもあたしは」
「忘れてたんだね」
目を伏せて、口元だけで笑う。責めているわけでは決してないだろう。だがそれ以上に胸が疼いた。
「悪い」
あの頃ははやてを助けようと、ただそれだけで動いていたから、日付の感覚なんてなかった。カレンダーを見るなんてこともするわけがなく、蒐集だけに時間を費やした日々を思い出すと、口内が苦い。
逃げるように謝るあたしにもなのはは特に気にした様子はなく、いいよと頭を撫でる。今ばかりは跳ね除けない。
「うさぎ好きだよね、騎士甲冑の帽子にもついてたし、それとは別にも持ってたから大丈夫かなって思ったんだ」
「別にうさぎが好きってわけじゃねーよ。はやてに貰ったから好きなんだ」
「ううん、そっか。じゃあ私があげても邪魔だったね。ごめんヴィータちゃん」
「お前は馬鹿か」
なのはは首を傾げる。
「そうじゃねーよ。プレゼントの価値は、貰ったやつによるって言ってんだよ」
「だからはやてちゃん以外だったら意味が」
「くそ、いい加減わかってくれよ、言わせんな」
うさぎを抱えたまま、母親と逸(はぐ)れた子供みたいな顔をしたなのはを引き寄せる。
「あたしはお前からでも嬉しいって言ってるんだよ」
お前だから嬉しいんだ、なのは。
きっと目の前のこいつには言っても分からないのだろう。素直でない自身の態度に加え、他人の好意には人一倍疎い彼女には多分十分の一も伝わらない。
二人の体に挟まれて潰れたうさぎのぬいぐるみは、迷惑そうにあたしを見上げる。あたしはそれに気付くことなく、なのはの暖かすぎる体温を享受することに精神の全てを費やしていた。抱き締めるといってもあたしに出来るのはせいぜい服の裾を摘む程度で、先に背中に腕を回してくれたのはなのはで、後から恐々と僅かに膨らんだ胸に顔を押しつけるくらいのものだ。
この誰もいない訓練室で、二人だけの空間が出来上がったような錯覚を覚えていた。
――だけどそれはやはり錯覚だった。
その晩は早めに床についた。はやては今日は戻らない。
なのはに貰ったうさぎは、見詰めれば見詰めるほど愛嬌があるように思える。一緒に眠るためにベッドにそいつを抱き入れた。温かくはないけれど、やわらかなそいつは変わらない表情であたしを見返す。
「なのウサ」
うさぎと呼ぶには味気なくてそう呼んだ。
なのウサ。
単純だけど呼びやすい。呼びにくいあいつの名前とは大違い。
こいつは、なのウサだ。なのウサ。
「……なのは」
渡された時のなのはの顔を思い浮かべる。普段と同じ笑顔のように見えていたけど、よく良く思い返せば照れも交じっていたような気がする。可愛かった、とも。
冷えた布団の中にそいつを閉じ込めるようにして引き込むんで抱きかかえれば、最近は浅かった眠りの中に意識が溶けていった。
夢を見ていた。なのはが墜とされる夢。
白い世界だった。踏み込んだこともない未開の地で、彼女は血を流していた。あたしは彼女を抱いて何かを叫ぶ。雪が口の中に入ってきて、吹雪が喉を冷やした。次第に声は出なくなり、体は自由を失う。だがあたしはそれでもいいかなんて考えた。なのはを腕に抱きしめたまま逝けるなんてなんたる僥倖だ。
でも腕の中でこいつが冷たくなっていって、血もどくどくと流れ続けていて、なのになのははあたしに向かって「ヴィータちゃんが無事でよかった」などと言う。
なのはは本当に馬鹿だ。
どうしようもない。体だけ置いていって、心はあたしの元に一片も残さないくせに、笑顔を見せる。最初から優しくされなければもっと強くなれる。優しさが人を弱くするんだ。
なのはの優しさは毒でしかない。甘美な毒。有害だと分かっていて舐め上げ、啜り、体内に取り込みたくなるもの。
『フェイトちゃん』
なのはは心底愛おしそうに名前を呼ぶ。細い黄金の長い髪の少女は、それこそ溶けるような笑顔を見せる。
『なのは』
なのは、なのはなのはなのはなのは。
飽きるほどフェイトは名前を呼ぶ。鬱陶しくて、スイッチでもあればすぐさま切ってしまうのにと思う。だけれども切れない。ぷつりと途切れなければ、出て行ってくれることもない。
現実だから。今は夢だけれど、現実に何度も見て聞いてしまったから。
『フェイトちゃん』
やめてくれよ、もう。いいだろう。そろそろ覚めてくれよ。
大好き、フェイトちゃん――。
それ以上声を取り入れまいと耳を塞ぐと、地面にぽてりと何かが落ちた。今まで腕に抱えていたものだ。あたしは拾い上げ、それについた土埃を払う。
「なのははいつだって酷い、そうだよな」
夢からようやく抜け出せたあたし。星一つ見えない闇夜の中、隣で自分と同じように眠るなのウサに問いかける。頬を伝う涙を強引に拭うと再び布団を被った。
なのはが怖かった。
あたしの孤独を癒してくれたなのはがひたすらに怖かった。
いつか彼女も自分から離れていく、そうなったとき自分は立っていられるだろうか。
今までは大丈夫だった。独りでも、ただ消えてしまうことだけを願いひたすら戦いを繰り返していればよかったのだ。昏い空を見上げ、雑然とした地上を見下ろしていれば時間は流れた。
だがもし今彼女が自分の前から去って行ったとすれば――それは確実に訪れる避けようもない未来――あたしは立ち上がれないだろう。与えてくれた分だけ彼女は奪っていくのだ。
期待もせず、彼女との未来を望むこともなく時を過ごしていくことが最善の道だと信じて。
なのはがあたしを抱くのは、なのはが寂しいからに違いない。彼女はあたしと二人で居る時はしばし寂しげな表情を見せてくれる。不快な感じはしない。特別だと言われている気さえして、寧ろ嬉しく感じる。彼女は弱さという弱さを他人に一片さえ見せはしないから、それをあたしに見せてくれるのだとしたら嬉しい。自分だけでなくとも、はやてやフェイトといったなのはにとって大切な人物の中に、あたし自身を含めてくれるという事実、それが嬉しいのだ。
――でもそれじゃ足りない。
我が侭。だけど子供が買ってもらえない玩具をねだる様な可愛らしい我が侭ではない。
なのははいつか自分から離れていってしまうだろう、ならば自分の檻の中に閉じ込めてしまえばいい、……そんな独占欲にも似た我が侭だった。
ただ一言「傍に居てほしい」と言うのが怖い。
拒絶された時のことを考えると、呼吸さえも覚束無くなる。もしかしたら優しい彼女なら頷いてくれるかもしれない、けれども本当の意味で要求が満たされることはない。ならばせめて彼女が居てくれる間は、あたしだけを見ていてほしい。あたしのことだけを考えてほしい。
そんな考えが流れ込んでくる度に嫌気が差すけれど、どちらがより強い想いかといえばそれは。
ふと二つのうさぎが視界の端に映る。ギガ可愛い方ははやてが主になった夏に買ってもらったもので、もう一つのやたらと大きな耳の垂れ下がった方はなのはに貰ったものだ。少し悩んだ後、鈍色の毛をした方を持ち上げた。なのウサの、漆黒の瞳があたしを見る。長い耳を左右に引っ張ると、そいつはだらりと項垂れた。どことなく可愛い気もした。
はやては今日も帰らない。
最近仕事が忙しいのか外に泊まりがけになることも少なくなかった。食事はシャマルがやってくれるから問題はない。最初はあまりの壮絶な味覚に舌を痺れさせたこともあったが今では慣れたものだった、主に舌が。
でもはやては戻らない。暖かいお風呂はあるけれど、美味しいご飯も温かい布団もない。これから先忙しくなるにつれ、もっとこんな日が増えるんだろうと思うと辟易する。
任務疲れの所為もあってか、早々にベッドに潜り込む。遠くでシャマルがご飯は、と叫んでいたけれど面倒だったので半ば投げ槍にいらないと言って瞼を閉じる。
だが一時間経ったか経たないかというところに、玄関先のチャイムが鳴った。どうせシャマルあたりが出てくれるだろうと無視を決め込んでいると、音が止んだ。安心し、再び眠りにつく。だがしばらくして廊下より足音が聞こえた。始めは小さかった足音が近づいているのか大きくなっていく。二つのノックとともにドアが開かれる。仕方なく布団を剥ぐり起き上がると、そこには小豆色の髪を二つに結った少女が顔をのぞかせていた。「ごめん寝てたんだ」
相当の不機嫌面をしていたのだろう、彼女は唇の端を微かに歪めて笑った。突然現れたなのはの姿に、あたしは手にしていたなのウサを慌てて隠す。
「別に。つかシャマルは何も言わなかったのかよ。ああ、そこ座っていいぞ」
「う、うん」
ベッドの空いていた場所になのはは腰掛ける。
「シャマルさんは特に何も、部屋に行けば居るからって言ってただけで」
「ふうん、何でだろうな。まあいいか」
「う……、ごめんねヴィータちゃん」
しょげて頭をぺこりと下げるなのはの可愛さに胸が熱くなる。
――ああ、こいつはもう。
ずるいな、これは完全な不意打ちだ。
彼女が座っている場所がベッドであることも加えて、暴れだしそうになる心臓を殴りつけるように溜息を吐きだす。
「ち、仕方ねえさ。もう目も覚めちまったし。それより何の用だよ」
なのはは顔色を窺うように視線を一度こちらへやり、それから口を開いた。
「ご飯、作ってあげようかと思って」
あたしはなのはを振り返った。
「シャマルさんにヴィータちゃんが最近あまり食べてないって聞いて、それで電話くれたんだ。何で私に電話くれたのかは分からないけれど、私なんかがヴィータちゃんの役に立てるならってお邪魔して作らせてもらったの。勝手にって思ったんだけど、どうかな」
「もしかしてもう作ってんのか」
「う……、うん」
怒っていると思ったのか、更になのはは落ち込んでみせる。別に聞いただけであるというのに、必要以上に気を遣われて、何だか気分が悪い。
でも、なのはが自分のためにご飯を作ってくれたというのは素直に嬉しくて、額を指で軽く弾くと、立ち上がった。
「出来てるんだろ、食べるよ」
「ヴィータちゃん、食べてくれるの」
「なのはが作ったんだ、当たり前だろ。それに食べ物を粗末になんてしたらはやてに怒られるからな」
彼女は微笑を漏らす。強がりもなのはにはお見通しのようだった。
「あのさ」
「何?」
「お前はよくこんなふうに他のやつにご飯作ったりすんのか」
「正式に管理局に入る前はね、フェイトちゃんが家に来たときに作ってたよ」
今は本当に偶にだけど。となのはは続けた。
「何で」
だが耳には入らない。
「何でそこでフェイトの名前出すんだよ!」
「え――」
なのはも驚いていたけれど、叫んだ自らの声に一番驚いたのは自分だった。
「あ……、わ、悪い。あたしが聞いたのに」
「ううん、私も軽率だった」
気まずい雰囲気のまま。
あたしの叫び声はどうやら居間にまで響いていたようでシャマルが部屋に飛び込んできた。それから三人は居間に向かい、食事をすることになる。
片付けるね、となのはが言ったのは最後のコーンスープを飲み干してすぐだった。それまで余程時間を持て余していたのか、やけに落ち着かない様子で椅子に座っていたから無理もないのだろう。自分といえば特にかける言葉もなく、そういえば美味しいとも言ってやれてない。
流し台に立つなのはの後ろ姿を眺める。真っすぐな背筋、二年前よりもずっと高くなった身長は少しだけ羨ましい。そして短いスカートから伸びる綺麗な足がこれ以上に無く情欲を誘って――。
「お前、いつ帰るんだ」
「ん、これ洗い終わったらだけど」
掻き消すようなのはの背中に問いかける。
やっぱりお邪魔だった、なんて迷い言を言うものだから、「違う」と即座に否定してやる。
「どうせなら泊まっていけばいいのにって思ったんだ。もう夜も遅いしさ、お前なら夜道でも大丈夫だと思うけど、でもまさか市内で魔法は使えないだろ。だから」
「いいの?」
なのはは蛇口を捻り、振り向く。不安げに揺れる表情が、不謹慎だとは思っても綺麗で。紅くなった顔を見られないように背を向けてから頷いた。
――ここで断ってくれればよかったのに。
「っ……、は」
深く長い口付けの後、ようやく解放された。でもそれで終わりではない。耳朶から首筋まで舌を伝わせていき、首筋まで到達するときつく吸われる。それから膣内に入ってくる彼女の指。瑠璃色の瞳が鈍く光る。
夜、寝静まったとはいえ隣の部屋ではシャマルやシグナムがいるというのに、あたし達はお互いの肌を曝け出し絡み合っていた。吐き出される息は酷く熱く、あたしの止まらない腰を支えながら、なのはもあたしの胸に手を這わせた。膨らみなど殆どないのに。そんな思考は彼方の向こう。今は目の前の人と、与えてくれる快感を更に貪ることしかできない。
久しぶりの抱擁。窓際にははやてにもらったうさぎとそして床に転がるもう一つのうさぎ。なのウサはじっとこちらを見つめる。その漆黒の瞳に映る乱れた格好の自分。
温もりに触れている時は安心出来た。受け入れてもらえることの心地良さは、一度味わえば手放せなくなる。この時だけは、空を自由に飛びまわる彼女が唯一自分の胸の中に居てくれる瞬間。
そして同時に、なのはと離れた時に心が壊れてしまわないよう続けてきた準備が崩されていく瞬間。
行為の後、ベッドの下に転がるなのウサを拾い上げ、なのはと自分の体の真ん中に置く。冷えた毛が露出した肌に冷たかったけれど、それもすぐに順応し温かくなる。なのウサの頭を撫でていると、とっくに眠ってるとばかり思っていたなのはが、自身の頭を撫でてくれた。見上げれば彼女の口元に浮かんでいる微笑みがある。急激に押し寄せてくる照れを隠す為、なのはの胸に顔を埋めた。次第に心地良い微睡みに沈んでいく。
――幸せな時間は、だけれども直ぐに終わる。
目覚めた時にはきっとなのはは居ないだろう。日が昇る前には手紙やらを残して出て行ってしまう。そしてしばらく会えない日が続く。会いたいと思う日が積み重ねられていき、気紛れのように突然現れては束の間の幸せを残していく。幸福以上の喪失感と共に。
だから考えてはいけないことも、考えてしまう。いや、“だから”という言葉で理由づけしたいだけなのかもしれない。ただあたしが彼女の傍にずっといられるように。
――墜ちればいい。
なのはの体が動かなくなればいいと。
強く願った。
強い想いは運命を動かしてしまうということも知らず、ただ望んだ。
“だから”なのはは墜とされた。
はっと振り向けば、昔夢に見た白い雪の上で四肢を投げ出し横たわっていた。純白が鮮血に染まり、広がっていく。
いつもの任務、少し変わった場所。それだけなのに、つい先ほどまで笑顔でいたエースオブエースが何故、今こんな風に力なく瞼を落としているのかが解らない。
「は……、なんだよ、これ」
乾笑が漏れた。
「どうして、なのは」
さっきまで笑っていたのに。本当に、さっきまで。
――あたしが願ったから?
違う、とは言い切れなかった。直接的原因でないにしろ思ったのは確かだった。
腕になのはを抱える。抜けていく紅の血が腕にべっとりと付着する。急激に冷たくなっていく体を抱き込んで、あたしは叫んだ。
嘘だよ。なのはが墜ちてほしいなんて戯言は全て嘘だったんだ。
なのはのこんな姿を自分は一番見たくなかったのに。
霞む視界の中。治療室の赤いランプが点された扉の前で茫然と立ち尽くすフェイトの姿を見ながら、朧げにそんなことを思っては壁に頭をぶつける。
悔恨の念で自分を殴りつけた。額が割れ、白い壁が真っ赤に染まって。シグナムに止められるまでずっと、せめてと自分を殴りつ続けた。
――あたしは大切な人を傷つけたんだ。
――だから。
望んだままの現実が目の前にあるのに、その現実を拒絶するよう、ただ自失のまま彼女の寝顔を眺める日々だった自分の姿は、なんと滑稽だっただろう。
数十日後、目を覚ましてからもなのはは無垢なまま笑いかけてくれた。だが胸に押し隠したものが一体どれ程のものなのかは、到底測りようもない。
「ヴィータちゃん、今日も来てくれたんだ」
昨日彼女に伝えられた現実。
「当たり前だろ」
――あたしはなのはを護るんだ。
翼をもがれた彼女に、仮初めの笑顔を向ける。連れてきたなのウサも隣に置いて。
自分の命全部をなのはの為に使おうと。
言葉にはせず、人にも言わず。ひっそりと心にのみ秘める。
ようやく目を覚ましたなのはの笑顔を受けながら、そうして自分は笑うのだ。
あたしはきっと望んだ日々を手に入れられたのだと。
× あとがき ×
自分の中でヴィータはデフォルトで病んでいます。でもそれでは幸せになれないのです。
消化不良な終わり方ですみません。
でもヴィータはヴィータなりの幸せを手に入れることができた。文中に『翼をもがれた』とありますが、このなのはは二度とは空を飛ぶことができない。だからヴィータは権利を得たんです。ずっとなのはの傍にいられる権利を。
なのはは世話をされることを拒みません。本来なら必要最低限は頼むとして、できる限りは自分でし、世話されることは拒むだろうけど、このなのははもう精神的にも飛べなくなってしまったから。
しかしなんという暗いあとがき。それからなのはさん、ごめんよ。
でも『真紅の花』聞くたびに泣ける。
あれは自分の中では「ヴィータ→なのは」です。これは譲れない。というかこれくらい譲って下さい本気で。
そしてなのヴィ祭り第一弾!
もう少し話重くしてもよかった気がします。
ヴィータは凄く繊細ですよね。あとヴィータがなのはにデレデレなのは仕様です。
時期は11歳。本編でいう墜落事故の前。
ヴィータが地味に病んでます。
少しばかり長いですが、よろしければ続きよりどうぞ。
蒼い棘
鋭い棘みたいな彼女の心を抱き締めて、紅く染まろうとも構わない。
あたしの紅に彼女が染まるならば。
――墜ちればいいのに。
そうすれば自由奔放な彼女を檻に閉じ込めておける。
お前は動けないんだから、じっとしてろ、無理をしちゃ駄目だ、あたしが何でもしてやる、お前の手足になってやるよ。
そう、言うこともできるから。
――墜ちればいいのに。
強い想いは運命を動かしてしまうということも知らずただ望んだ。
「これあげるね」
何の変哲もない日だった。
冬に向け着々と紅葉や銀杏がその葉を散らしていっていた。あれほど色とりどりだった山からは色が抜けおち、丸裸にされていく。地面を埋める落葉がその証だ。だけどあたしはいつも通り管理局に赴いて本日の仕事を順当にこなし、一日の終わりとして自己鍛錬を詰もうと訓練室に向かっていた。扉を見れば、幸い使用者は誰もいない。心置きなく入室する。だがそこ居た人物に、思いがけず胸の琴線が爪弾かれる。
高町なのはは出会い頭に袋を差し出してきた。
どうしてここに居るのか、怪訝な顔で睨んでみても一向に手を引き下げないので、しぶしぶ受け取る。可愛らしいプリントがされた袋はその軽さに比べて随分と大きい。手渡された袋と目の前で今もにこにこと笑っているなのはの顔を交互に見ながら、なんだよこれ、と溜息を吐いた。どうせなのはのことだ、ろくなことを考えていない。
「プレゼントだよ」
「プレゼントだって?」
あたしは顔を顰める。
「別に誕生日じゃないぞ」
そもそも誕生日という概念が自分にはないけれど、それはこの際置いておく。一瞬なのはの眉間に皺が寄せられたかと思えば、口元がふっと歪んだ。久しぶりに見る彼女の悲愴を帯びた苦笑に胸が痛む。
「もしかして忘れちゃったの」
「だから何だって言うんだよ。はっきり言わねーと分かんないって」
「……ヴィータちゃん」
蒼い瞳の表面に薄っすらと盛り上がる涙に気づく。なのはにそんな表情をさせた自分が憎らしく、一方で誤魔化すように相手に当たる癖は直しておいた方がいいと、そういえば先日シグナムに言われたっけ。
それでもはっきりしないなのはが悪いのだと思い直し、顔を背ける。見るに堪えない。
「まあ、何でもいいけどよ。とにかくこれ開けるぞ」
開封し、袋の中を覗く。外装であるビニール袋の中に更に紙袋が入っていて、その中に品があるようだ。テープを剥がして中にあるらしきものを取り出す。手触りはふかふかとして、心地よい。つい撫でたくなるような素材をしたそれはどうやらぬいぐるみのようで。
「今日ってね、私とヴィータちゃんが初めて出逢った日なんだよ」
持ち上げればはっきりと分かる色と形。全身鈍色の毛に覆われている。鼻から顎にかけて白い毛並みをしていて、体に分不相応な程長く大きな耳が垂れ下がっている。くるりと丸い瞳は陶器のように漆黒の輝きを放っていた。
うさぎだった。
「好きみたいだったから」
「……お前、よく覚えていたな」
「あれだけ印象深い日を忘れるわけないよ。戦いで負けたこともだし、ヴィータちゃんに出会った日でもあるからね」
「でもあたしは」
「忘れてたんだね」
目を伏せて、口元だけで笑う。責めているわけでは決してないだろう。だがそれ以上に胸が疼いた。
「悪い」
あの頃ははやてを助けようと、ただそれだけで動いていたから、日付の感覚なんてなかった。カレンダーを見るなんてこともするわけがなく、蒐集だけに時間を費やした日々を思い出すと、口内が苦い。
逃げるように謝るあたしにもなのはは特に気にした様子はなく、いいよと頭を撫でる。今ばかりは跳ね除けない。
「うさぎ好きだよね、騎士甲冑の帽子にもついてたし、それとは別にも持ってたから大丈夫かなって思ったんだ」
「別にうさぎが好きってわけじゃねーよ。はやてに貰ったから好きなんだ」
「ううん、そっか。じゃあ私があげても邪魔だったね。ごめんヴィータちゃん」
「お前は馬鹿か」
なのはは首を傾げる。
「そうじゃねーよ。プレゼントの価値は、貰ったやつによるって言ってんだよ」
「だからはやてちゃん以外だったら意味が」
「くそ、いい加減わかってくれよ、言わせんな」
うさぎを抱えたまま、母親と逸(はぐ)れた子供みたいな顔をしたなのはを引き寄せる。
「あたしはお前からでも嬉しいって言ってるんだよ」
お前だから嬉しいんだ、なのは。
きっと目の前のこいつには言っても分からないのだろう。素直でない自身の態度に加え、他人の好意には人一倍疎い彼女には多分十分の一も伝わらない。
二人の体に挟まれて潰れたうさぎのぬいぐるみは、迷惑そうにあたしを見上げる。あたしはそれに気付くことなく、なのはの暖かすぎる体温を享受することに精神の全てを費やしていた。抱き締めるといってもあたしに出来るのはせいぜい服の裾を摘む程度で、先に背中に腕を回してくれたのはなのはで、後から恐々と僅かに膨らんだ胸に顔を押しつけるくらいのものだ。
この誰もいない訓練室で、二人だけの空間が出来上がったような錯覚を覚えていた。
――だけどそれはやはり錯覚だった。
その晩は早めに床についた。はやては今日は戻らない。
なのはに貰ったうさぎは、見詰めれば見詰めるほど愛嬌があるように思える。一緒に眠るためにベッドにそいつを抱き入れた。温かくはないけれど、やわらかなそいつは変わらない表情であたしを見返す。
「なのウサ」
うさぎと呼ぶには味気なくてそう呼んだ。
なのウサ。
単純だけど呼びやすい。呼びにくいあいつの名前とは大違い。
こいつは、なのウサだ。なのウサ。
「……なのは」
渡された時のなのはの顔を思い浮かべる。普段と同じ笑顔のように見えていたけど、よく良く思い返せば照れも交じっていたような気がする。可愛かった、とも。
冷えた布団の中にそいつを閉じ込めるようにして引き込むんで抱きかかえれば、最近は浅かった眠りの中に意識が溶けていった。
夢を見ていた。なのはが墜とされる夢。
白い世界だった。踏み込んだこともない未開の地で、彼女は血を流していた。あたしは彼女を抱いて何かを叫ぶ。雪が口の中に入ってきて、吹雪が喉を冷やした。次第に声は出なくなり、体は自由を失う。だがあたしはそれでもいいかなんて考えた。なのはを腕に抱きしめたまま逝けるなんてなんたる僥倖だ。
でも腕の中でこいつが冷たくなっていって、血もどくどくと流れ続けていて、なのになのははあたしに向かって「ヴィータちゃんが無事でよかった」などと言う。
なのはは本当に馬鹿だ。
どうしようもない。体だけ置いていって、心はあたしの元に一片も残さないくせに、笑顔を見せる。最初から優しくされなければもっと強くなれる。優しさが人を弱くするんだ。
なのはの優しさは毒でしかない。甘美な毒。有害だと分かっていて舐め上げ、啜り、体内に取り込みたくなるもの。
『フェイトちゃん』
なのはは心底愛おしそうに名前を呼ぶ。細い黄金の長い髪の少女は、それこそ溶けるような笑顔を見せる。
『なのは』
なのは、なのはなのはなのはなのは。
飽きるほどフェイトは名前を呼ぶ。鬱陶しくて、スイッチでもあればすぐさま切ってしまうのにと思う。だけれども切れない。ぷつりと途切れなければ、出て行ってくれることもない。
現実だから。今は夢だけれど、現実に何度も見て聞いてしまったから。
『フェイトちゃん』
やめてくれよ、もう。いいだろう。そろそろ覚めてくれよ。
大好き、フェイトちゃん――。
それ以上声を取り入れまいと耳を塞ぐと、地面にぽてりと何かが落ちた。今まで腕に抱えていたものだ。あたしは拾い上げ、それについた土埃を払う。
「なのははいつだって酷い、そうだよな」
夢からようやく抜け出せたあたし。星一つ見えない闇夜の中、隣で自分と同じように眠るなのウサに問いかける。頬を伝う涙を強引に拭うと再び布団を被った。
なのはが怖かった。
あたしの孤独を癒してくれたなのはがひたすらに怖かった。
いつか彼女も自分から離れていく、そうなったとき自分は立っていられるだろうか。
今までは大丈夫だった。独りでも、ただ消えてしまうことだけを願いひたすら戦いを繰り返していればよかったのだ。昏い空を見上げ、雑然とした地上を見下ろしていれば時間は流れた。
だがもし今彼女が自分の前から去って行ったとすれば――それは確実に訪れる避けようもない未来――あたしは立ち上がれないだろう。与えてくれた分だけ彼女は奪っていくのだ。
期待もせず、彼女との未来を望むこともなく時を過ごしていくことが最善の道だと信じて。
なのはがあたしを抱くのは、なのはが寂しいからに違いない。彼女はあたしと二人で居る時はしばし寂しげな表情を見せてくれる。不快な感じはしない。特別だと言われている気さえして、寧ろ嬉しく感じる。彼女は弱さという弱さを他人に一片さえ見せはしないから、それをあたしに見せてくれるのだとしたら嬉しい。自分だけでなくとも、はやてやフェイトといったなのはにとって大切な人物の中に、あたし自身を含めてくれるという事実、それが嬉しいのだ。
――でもそれじゃ足りない。
我が侭。だけど子供が買ってもらえない玩具をねだる様な可愛らしい我が侭ではない。
なのははいつか自分から離れていってしまうだろう、ならば自分の檻の中に閉じ込めてしまえばいい、……そんな独占欲にも似た我が侭だった。
ただ一言「傍に居てほしい」と言うのが怖い。
拒絶された時のことを考えると、呼吸さえも覚束無くなる。もしかしたら優しい彼女なら頷いてくれるかもしれない、けれども本当の意味で要求が満たされることはない。ならばせめて彼女が居てくれる間は、あたしだけを見ていてほしい。あたしのことだけを考えてほしい。
そんな考えが流れ込んでくる度に嫌気が差すけれど、どちらがより強い想いかといえばそれは。
ふと二つのうさぎが視界の端に映る。ギガ可愛い方ははやてが主になった夏に買ってもらったもので、もう一つのやたらと大きな耳の垂れ下がった方はなのはに貰ったものだ。少し悩んだ後、鈍色の毛をした方を持ち上げた。なのウサの、漆黒の瞳があたしを見る。長い耳を左右に引っ張ると、そいつはだらりと項垂れた。どことなく可愛い気もした。
はやては今日も帰らない。
最近仕事が忙しいのか外に泊まりがけになることも少なくなかった。食事はシャマルがやってくれるから問題はない。最初はあまりの壮絶な味覚に舌を痺れさせたこともあったが今では慣れたものだった、主に舌が。
でもはやては戻らない。暖かいお風呂はあるけれど、美味しいご飯も温かい布団もない。これから先忙しくなるにつれ、もっとこんな日が増えるんだろうと思うと辟易する。
任務疲れの所為もあってか、早々にベッドに潜り込む。遠くでシャマルがご飯は、と叫んでいたけれど面倒だったので半ば投げ槍にいらないと言って瞼を閉じる。
だが一時間経ったか経たないかというところに、玄関先のチャイムが鳴った。どうせシャマルあたりが出てくれるだろうと無視を決め込んでいると、音が止んだ。安心し、再び眠りにつく。だがしばらくして廊下より足音が聞こえた。始めは小さかった足音が近づいているのか大きくなっていく。二つのノックとともにドアが開かれる。仕方なく布団を剥ぐり起き上がると、そこには小豆色の髪を二つに結った少女が顔をのぞかせていた。「ごめん寝てたんだ」
相当の不機嫌面をしていたのだろう、彼女は唇の端を微かに歪めて笑った。突然現れたなのはの姿に、あたしは手にしていたなのウサを慌てて隠す。
「別に。つかシャマルは何も言わなかったのかよ。ああ、そこ座っていいぞ」
「う、うん」
ベッドの空いていた場所になのはは腰掛ける。
「シャマルさんは特に何も、部屋に行けば居るからって言ってただけで」
「ふうん、何でだろうな。まあいいか」
「う……、ごめんねヴィータちゃん」
しょげて頭をぺこりと下げるなのはの可愛さに胸が熱くなる。
――ああ、こいつはもう。
ずるいな、これは完全な不意打ちだ。
彼女が座っている場所がベッドであることも加えて、暴れだしそうになる心臓を殴りつけるように溜息を吐きだす。
「ち、仕方ねえさ。もう目も覚めちまったし。それより何の用だよ」
なのはは顔色を窺うように視線を一度こちらへやり、それから口を開いた。
「ご飯、作ってあげようかと思って」
あたしはなのはを振り返った。
「シャマルさんにヴィータちゃんが最近あまり食べてないって聞いて、それで電話くれたんだ。何で私に電話くれたのかは分からないけれど、私なんかがヴィータちゃんの役に立てるならってお邪魔して作らせてもらったの。勝手にって思ったんだけど、どうかな」
「もしかしてもう作ってんのか」
「う……、うん」
怒っていると思ったのか、更になのはは落ち込んでみせる。別に聞いただけであるというのに、必要以上に気を遣われて、何だか気分が悪い。
でも、なのはが自分のためにご飯を作ってくれたというのは素直に嬉しくて、額を指で軽く弾くと、立ち上がった。
「出来てるんだろ、食べるよ」
「ヴィータちゃん、食べてくれるの」
「なのはが作ったんだ、当たり前だろ。それに食べ物を粗末になんてしたらはやてに怒られるからな」
彼女は微笑を漏らす。強がりもなのはにはお見通しのようだった。
「あのさ」
「何?」
「お前はよくこんなふうに他のやつにご飯作ったりすんのか」
「正式に管理局に入る前はね、フェイトちゃんが家に来たときに作ってたよ」
今は本当に偶にだけど。となのはは続けた。
「何で」
だが耳には入らない。
「何でそこでフェイトの名前出すんだよ!」
「え――」
なのはも驚いていたけれど、叫んだ自らの声に一番驚いたのは自分だった。
「あ……、わ、悪い。あたしが聞いたのに」
「ううん、私も軽率だった」
気まずい雰囲気のまま。
あたしの叫び声はどうやら居間にまで響いていたようでシャマルが部屋に飛び込んできた。それから三人は居間に向かい、食事をすることになる。
片付けるね、となのはが言ったのは最後のコーンスープを飲み干してすぐだった。それまで余程時間を持て余していたのか、やけに落ち着かない様子で椅子に座っていたから無理もないのだろう。自分といえば特にかける言葉もなく、そういえば美味しいとも言ってやれてない。
流し台に立つなのはの後ろ姿を眺める。真っすぐな背筋、二年前よりもずっと高くなった身長は少しだけ羨ましい。そして短いスカートから伸びる綺麗な足がこれ以上に無く情欲を誘って――。
「お前、いつ帰るんだ」
「ん、これ洗い終わったらだけど」
掻き消すようなのはの背中に問いかける。
やっぱりお邪魔だった、なんて迷い言を言うものだから、「違う」と即座に否定してやる。
「どうせなら泊まっていけばいいのにって思ったんだ。もう夜も遅いしさ、お前なら夜道でも大丈夫だと思うけど、でもまさか市内で魔法は使えないだろ。だから」
「いいの?」
なのはは蛇口を捻り、振り向く。不安げに揺れる表情が、不謹慎だとは思っても綺麗で。紅くなった顔を見られないように背を向けてから頷いた。
――ここで断ってくれればよかったのに。
「っ……、は」
深く長い口付けの後、ようやく解放された。でもそれで終わりではない。耳朶から首筋まで舌を伝わせていき、首筋まで到達するときつく吸われる。それから膣内に入ってくる彼女の指。瑠璃色の瞳が鈍く光る。
夜、寝静まったとはいえ隣の部屋ではシャマルやシグナムがいるというのに、あたし達はお互いの肌を曝け出し絡み合っていた。吐き出される息は酷く熱く、あたしの止まらない腰を支えながら、なのはもあたしの胸に手を這わせた。膨らみなど殆どないのに。そんな思考は彼方の向こう。今は目の前の人と、与えてくれる快感を更に貪ることしかできない。
久しぶりの抱擁。窓際にははやてにもらったうさぎとそして床に転がるもう一つのうさぎ。なのウサはじっとこちらを見つめる。その漆黒の瞳に映る乱れた格好の自分。
温もりに触れている時は安心出来た。受け入れてもらえることの心地良さは、一度味わえば手放せなくなる。この時だけは、空を自由に飛びまわる彼女が唯一自分の胸の中に居てくれる瞬間。
そして同時に、なのはと離れた時に心が壊れてしまわないよう続けてきた準備が崩されていく瞬間。
行為の後、ベッドの下に転がるなのウサを拾い上げ、なのはと自分の体の真ん中に置く。冷えた毛が露出した肌に冷たかったけれど、それもすぐに順応し温かくなる。なのウサの頭を撫でていると、とっくに眠ってるとばかり思っていたなのはが、自身の頭を撫でてくれた。見上げれば彼女の口元に浮かんでいる微笑みがある。急激に押し寄せてくる照れを隠す為、なのはの胸に顔を埋めた。次第に心地良い微睡みに沈んでいく。
――幸せな時間は、だけれども直ぐに終わる。
目覚めた時にはきっとなのはは居ないだろう。日が昇る前には手紙やらを残して出て行ってしまう。そしてしばらく会えない日が続く。会いたいと思う日が積み重ねられていき、気紛れのように突然現れては束の間の幸せを残していく。幸福以上の喪失感と共に。
だから考えてはいけないことも、考えてしまう。いや、“だから”という言葉で理由づけしたいだけなのかもしれない。ただあたしが彼女の傍にずっといられるように。
――墜ちればいい。
なのはの体が動かなくなればいいと。
強く願った。
強い想いは運命を動かしてしまうということも知らず、ただ望んだ。
“だから”なのはは墜とされた。
はっと振り向けば、昔夢に見た白い雪の上で四肢を投げ出し横たわっていた。純白が鮮血に染まり、広がっていく。
いつもの任務、少し変わった場所。それだけなのに、つい先ほどまで笑顔でいたエースオブエースが何故、今こんな風に力なく瞼を落としているのかが解らない。
「は……、なんだよ、これ」
乾笑が漏れた。
「どうして、なのは」
さっきまで笑っていたのに。本当に、さっきまで。
――あたしが願ったから?
違う、とは言い切れなかった。直接的原因でないにしろ思ったのは確かだった。
腕になのはを抱える。抜けていく紅の血が腕にべっとりと付着する。急激に冷たくなっていく体を抱き込んで、あたしは叫んだ。
嘘だよ。なのはが墜ちてほしいなんて戯言は全て嘘だったんだ。
なのはのこんな姿を自分は一番見たくなかったのに。
霞む視界の中。治療室の赤いランプが点された扉の前で茫然と立ち尽くすフェイトの姿を見ながら、朧げにそんなことを思っては壁に頭をぶつける。
悔恨の念で自分を殴りつけた。額が割れ、白い壁が真っ赤に染まって。シグナムに止められるまでずっと、せめてと自分を殴りつ続けた。
――あたしは大切な人を傷つけたんだ。
――だから。
望んだままの現実が目の前にあるのに、その現実を拒絶するよう、ただ自失のまま彼女の寝顔を眺める日々だった自分の姿は、なんと滑稽だっただろう。
数十日後、目を覚ましてからもなのはは無垢なまま笑いかけてくれた。だが胸に押し隠したものが一体どれ程のものなのかは、到底測りようもない。
「ヴィータちゃん、今日も来てくれたんだ」
昨日彼女に伝えられた現実。
「当たり前だろ」
――あたしはなのはを護るんだ。
翼をもがれた彼女に、仮初めの笑顔を向ける。連れてきたなのウサも隣に置いて。
自分の命全部をなのはの為に使おうと。
言葉にはせず、人にも言わず。ひっそりと心にのみ秘める。
ようやく目を覚ましたなのはの笑顔を受けながら、そうして自分は笑うのだ。
あたしはきっと望んだ日々を手に入れられたのだと。
× あとがき ×
自分の中でヴィータはデフォルトで病んでいます。でもそれでは幸せになれないのです。
消化不良な終わり方ですみません。
でもヴィータはヴィータなりの幸せを手に入れることができた。文中に『翼をもがれた』とありますが、このなのはは二度とは空を飛ぶことができない。だからヴィータは権利を得たんです。ずっとなのはの傍にいられる権利を。
なのはは世話をされることを拒みません。本来なら必要最低限は頼むとして、できる限りは自分でし、世話されることは拒むだろうけど、このなのははもう精神的にも飛べなくなってしまったから。
しかしなんという暗いあとがき。それからなのはさん、ごめんよ。
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アリサ×なのは

comments
とまあ挨拶はこれぐらいにして、今回の作品の感想ですが……
全体的に面白かったのですが、とにかく暗い。結末もさることながらヴィータの独白も暗い。クライマックスまで真っ暗だぜ! と叫んでしまいそうなぐらい暗かったです。
そして萌えました。なのはからもらったウサギの人形に「なのウサ」などと名づけたり、はやてに飼ってもらったウサギを「ギガ可愛い」などと持ち上げるヴィータにも何気に萌えました。ギガって(笑)。
とまあ最後のあとがきまで面白く読ませていただきました。楽しいひと時をありがとうございました!
蛇足ですが、あとがきまで読んで、ふと浮かんだ台詞を残して去りたいと思います。
飛べないなのは、ただの−−
すんませんでした! やっぱりやめます! では!
そこは蛇足といわず豚足といわなければいかんよ。自分も書きつつ同じ言葉が思い浮かんでしまいました、はじめまして西野加奈です。
いきなり長くてすみません。
そして小説を読んでいただき、ありがとうございました。
暗い…、では実はもっと暗くしてしてしまおうかと考えてたりしてました。いきすぎるとアレなので自重しましたが。
結末。あれは考えたいくつかの中でもかなり明るい方の結末だったりするので(苦笑
ヴィータは萌えで燃えなのですよ。燃えは書けませんが、ヴィータは萌えます。きっとヴィータの中で宝物になっているであろうなのウサをぎゅっと抱いて眠るところとか、可愛いのではないかなと。
胸の内ではそりゃあもう、どろどろの感情が渦巻いている分、せめて表面だけでも取り繕ってみようと頑張って頑張って、でも崩れ落ちていく。そんなヴィータが可愛いです。
恐れ多くもあとがきまで、本当にありがとうございます。
これからも日々成長を目標に頑張りますので、またお暇がありましたら読みに来てやって下さい。
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