薄氷の上で
なのヴィ祭り第三弾!
リクエストになのヴィがあったので消化してみることにしました。
一万HITの際にリクしていただいた「フェイなの前提のヴィータ→なのはで修羅場」です。どうにかこの構図は死守しましたが、なんともフェイトさんの扱いが酷い。
なので、もし読んでいただけるならば、覚悟をした後でお願いします。気分を害してしまっても責任はとれないですm(_ _)m
※性的描写を含みます。
なのは視点。
よろしければ続きよりどうぞ。
薄氷の上で
熱が爆ぜた。
狭い個室の中でじくじくと胸が疼く、それは疼痛。
愛しい人がもう誰か分らなくて。何であったかも判らなくなって。
疼くのは既に胸ではなく頭だった。熱くなればなる程に脳が腐敗していく。
深紅に髪を染めた少女に抱き締められ、空洞が埋まっていったのなら、もはや他はどうでもいいのだと感ずる。必要なのは愛しい人ではない。この永久に塞がれることのないブラックホールのような穴を埋めてくれる人なのだ。
ああ、このまま思考が溶けていけばいいと本気で願った。
◇
ある日私は何とはなしに幸せというものを考えてみた。
私は幸せだった。
両手で抱えきれない程の幸せで満たされていた。口元に浮かぶのは偽りのない笑顔だったことからも分かった。彼女と居られて、私は誰よりも幸せだったのだということが。
だけれどもその幸せはやはり、両手で持ち切れなかったのだ。
執務官試験に受かったフェイトちゃんが忙しくなり、これからは頻繁に会えなくなると聞いたのは電話でだった。耳に当てた携帯から聞こえてくるのはくぐもっていて、一瞬彼女の声と気付かなかった。
ごめんね。
いつにも増して優しげな声に私は頷く。
さほど重要なことと捉えていなかったこともあるだろう、すぐにまた会えるようになるのだと思っていたし、何よりも彼女の夢が順調に叶っているということは素直に喜ばしいものだったのだ。だから私は、大丈夫だよ、と笑った。
「執務官のお仕事、頑張ってね。二人の間には距離があるけど、心はいつも一緒だから」
「なのは」
「使い古された文句だけどね、でもあの時もそうだった」
出逢いと、ほんの束の間の別れを思い出し、私たちの間では微かな笑いが交わされる。それじゃあ、と電話を切ろうとして、思い止まる。そう言えば大事な言葉を言ってなかった。
「大好きだよ、フェイトちゃん」
初めは一週間だった。会えない日が一週間続いて、会えた時には思い切り言葉を交わした。充電が完了すると、彼女は再び駆り出された。自分以上に多忙な彼女の体を心配したが、決まってこう返される。
「なのはのことを考えたら、疲れなんて吹き飛ぶんだよ」
だけれども一週間の、自分にとっての空白が二週間になり、一か月になる。通信だって繋がらない日もあるのだ。声も聞けない、顔も見れない。大切な人の欠乏は、数年前よりもずっとずっと大きな影響を自分にもたらした。
仕事が手につかない、ということはなかった。そこまで公私混同する自分ではない。
ただ空っぽになっていく気がした。自分の中から何かが漏れ出ていくような感覚。
穴が開いたのではない。
元々自分には他人からは見えない場所に、自分すら気付かない位置に小さな穴が開けられていて、そこから漏れだしていた。ずっとずっと、絶えず漏れ続けていた。ではなぜ今まで平気だったのか。
そして辿り着いた結論はこうだ。
フェイトちゃんが穴を塞いでくれたわけではなかった、と。
彼女は穴を塞いでくれていたのではなく、段々と空っぽになっていく自分の心に、新たに温かな気持ちを注いでくれていただけだった。そもそも他人からは見えない場所に空いていた穴だ、考えてみれば当然だったのだ。
幼い頃、孤独に慣れる為に自ら開けた穴を最初に埋めてくれていたのは二人の友人。アリサちゃんとすずかちゃんだった。二人と離れた時にも、今程酷くはなくとも同じような状態に陥ったような気もする。次に埋めてくれたのはフェイトちゃん。一番の親友で、恋人――。
教導隊宿舎の自室に辿り着くと、全身の筋肉を弛緩させる。そのままベッドに飛び込み、布団に顔を埋めた。手に取るのは枕元にあるぬいぐるみ、少し不細工な『フェイトちゃん人形』。エイミイさんに作ってもらったというそれを、渡してくれた時のことを思い出す。
今回の長期出張の出発前だった。早朝、彼女は窓辺のガラスをこつこつと叩いた。寝ぼけたまま何かとカーテンを捲れば、そこには彼女によく似合う執務官制服の黒いスーツを着たフェイトちゃんがいた。若干罰の悪そうに浮いている彼女を目にし慌てて飛び起きる。窓を開くと、おはようと彼女特有の澄んだ優しい声が届けられた。
本日より長期出張と聞いていたのに、どうしてここに居るのかという疑問を投げかける前に、彼女は手にしていた人形を此方に差し出す。誰かに似ているそれは、やはりどこかで見たことのある服を着ている。
考えていると、エイミイに作ってもらったんだけど、と彼女が話を切り出した。
「これ私だと思って持っていて欲しい」
そこでようやく気付いた。彼女の手にした人形の服が、フェイトちゃんのバリアジャケットだということに。何故解らなかったのか、やはり寝呆けているのかもしれない。
「ところで、ちゃんと飛行許可とか取ってる?」
問えば彼女は無言。隙間風がやけに冷たく感じたのはきっと正しい。
「フェイトちゃん」
「な、なのはが内緒にしてくれれば大丈夫」
「もう、駄目なんだからね」
「だって、行く前になのはに会って充電したかったんだ」
これから頑張っていくための気力を。
「ずるいよフェイトちゃん」
そう言われてしまえば私は何も言えない。
私は彼女を手招きして窓際に顔を寄せる。疑問符を浮かばせるフェイトちゃんの頬にそっと口付けた。
「にゃはは、私も充電しちゃった」
彼女に頬を包まれて、深く口付けられる。今度は唇に、深く深く息が乱れるまで。
どうしてだろう。
今までだって、長期出張はあった。なのに何故今回はこんなにも名残惜しそうにしてくれるのか。そんな疑問もすぐに溶けてしまう。舌先を交わし、触れて、束の間の抱擁が忘れさせる。
行ってきます。行ってらっしゃい。
身体を離した彼女はもう普段通りの表情をしていた。
――何度見ても似ていない人形があった。
エイミイさんに作ってもらったと言っていたけれど、これはきっとフェイトちゃんが作ったのだ。エイミイさんは確か手先が器用だった気もするし、フェイトちゃんは学生時代こういったものは苦手だったように記憶している。だからこれはきっとフェイトちゃんが作ったもの。そう思えば可愛らしく、そして彼女に似ているような気がしてくるから不思議である。
でもやっぱりその人形はちっとも似ていなかった。
「なのは」
私の名前を呼ぶ声。少し低い声が、ドアの作動音と共に聞こえてくる。
私は振り向かず、ベッドに寝転がったまま、フェイトちゃん人形を抱いていた。そうしていると、背後からその低めの声が降ってくる。それは優しく耳元を撫でるような声だ。その声がもう一度名前を呼ぶ。
「何。またしたくなった?」
「お前は……、何言ってんだよ。それに布団も被らずに、風邪引くだろ」
「別にいいよ」
風邪を引けば、あの人が心配して飛んできてくれるかもしれないから。
考えていると、低い声をした――赤毛の少女が大げさに溜息をつく。呆れているのだろうか。でも、何だかどうでもいい。任務でも訓練でもないのだ。仕事さえこなしているだけで、今の自分は一杯だった。
「何で来たの。部隊長から用事でも言付かってきた?」
「違うって」
「じゃあ何?」
「あたしはただ心配してるだけだ。同じ分隊の副隊長として、隊長にこんなへろへろされちゃたまんねーからな」
「私は仕事はちゃんとしてる」
「ああそうだな。お前は十分すぎるほどやってるよ。いっそ一年くらい休ませたいくらいで」
「やだっ!」
そんなことをすれば一日中フェイトちゃんのこと考えなきゃいけなくなる。苦しくても逃げ場がなくなる。仕事があるからまだ耐えられるのに、奪わないでほしい。
私は起き上がって、壁に背をもたれる。
「もういいよ。そんなこと言ってたって結局はヴィータちゃん、ここに何し来たの。私としに来ただけでしょ。ねえ、こっち来てよ、そう座って。……ほら、口ではあんな風に言っちゃって、ここはこんなになってるよ」
少女を膝の間に座らせ、後ろから腹部を抱え込む。機動六課指定の制服である短い茶のタイトスカートを捲り上げた。胸に起伏はないため視界を邪魔するものはなく、白い下着が露わになった。中指での一撫でで、女の子としての大切な部分が湿り気を帯びていることが分かる。
くすりと笑う。
「まだ何もしてないんだけどな」
耳元に囁くと、少女は微かに呻き声をあげた。指のスライドを止めないまま、耳の穴を舌で舐めると、嗚咽に似た声が漏れる。普段は低い彼女の声が、この時ばかりは高く跳ね上がる。
「可笑しいね。私を心配してくれて来てくれたのに、なんでここ濡らしているのかな。不思議だよね。上辺だけの心配なんて要らないよ」
「ちがっ……」
「違わない」
首筋を吸った。普段着ている服では隠れない場所だ。これで明日、少女は困る。
「シャマル先生に直してもらったらお仕置きだよ。それともヴィータちゃんはお仕置きされるのが嬉しいのかなあ。まあいいか。それよりも腰上げて、脱がせないから」
「……っ」
抵抗の意思を見せつつも、少女は温順に従う。こういうところは素直に可愛い。ご褒美として唇を合わせる。開放すればすでに少女の視線は覚束無くなっており、蕩けたように私を見上げる。私は少女のだらしなく口元を伝う唾液を舐めとってやった。
――この無垢な少女を穢したのは自分なのだ。
罪悪感なのか、優越感からくる怡楽なのかはもはや判断がつかない。私はただ、一瞬の快楽に溺れて忘れてしまいたいだけ。そして少女もそうなのだ。恐らくはきっと。
翌日。訓練の際、少女の首筋の一点が赤く内出血しているのを目にして、密やかな喜びが胸に湧いた。
でも私は分かっていた。
少女が何も言わなくても少女の体がどうなっていようとも、自分のことを心配して来てくれていることには変わらならないのだとい事とくらい、分かっているつもりだ。
ヴィータちゃんは優しい。温光が差し込むような雰囲があった。それこそ少女の優しさの中で溺死してもいいくらい。同じ分隊の副隊長とはいえ、こんな自分にも気をかけてくれて、心配してくれて、仕事以外にも関わらず部屋にまで来てくれる。フェイトちゃんとは違った優しさをくれるこの少女を、私は本来ならば大切にしなければならないのだ。
でも、ああ。私はもう疲れてしまった。
暗黒の闇が潜む、ぽっかりと空いた底の見えない穴を埋めてくれるなら、誰でもいいと気付いてしまった。フェイトちゃんであることに越したことはない。だがフェイトちゃんがいないならば、別に他の人でも良かった。こんな駄目な人間である自分を、一杯の優しさで包んでくれる人なら。
そう、ヴィータちゃんでも。
その日も私はヴィータちゃんを部屋に招いていた。
二人の間に、もう無駄なやり取りはなかった。精神を擦り減らすような取引は要らない。
遠慮がちにドアを開ける彼女の腕を引っ張り、自身が下になるような形でベッドに倒れ込む。深紅の横髪を掻き揚げ、耳を露出させる。少女は耳が弱く、私は大体に於いてそこから責め始める。ちゅ、とわざと音を立てて吸えば、少女の小さな体が跳ねた。最中、可愛いよ、などと適当に吐きもした。私は……楽しかった。
少女の存在は確かに私の中の空洞を埋めてくれたのだから。
「なのは、……ヴィータ?」
それならばこの憩いにも似た情交が、最愛であった人に露見しようとも構わなかったのだ。少なくとも私はそう思っていたはずだった。いや、今でもそう思っている。
「今回は早かったんだね。一ヶ月って言ってたのに」
彼女は言葉をいくつも呑み込んでから、ようやく一言だけ発する。
「なのはが気になって」
そうなんだ、気にしてくれたんだ。
でもそんなの遅いよ!
今まで何度も、何度もこんな空白の時間が合った。でも彼女は戻ってきてくれなかった。
「理解出来ないんだけど、これはどういうことなのか教えてくれないかな」
遅すぎるんだ、もう。
「そのままだよ」
ヴィータちゃんを軽く睨みつけていた彼女に、私が代わって返答する。振り返るフェイトちゃんの瞳が紅くなっていた。それは元よりも更に赤みを増して私をその眼にとめている。以前ならば頬を染めて照れるべきところだったのに、今では何の感慨もない。ただ少しだけ悲しい。
「何でだろうね」
私の突然の呟きに、彼女は身構えつつも目を細める。
「でも私は教えてなんて欲しくない。私は私の心に浮かんだものしか真実と思わない」
「なのはの真実って」
「フェイトちゃんのことを好きだった、愛してもいた。もちろん今だって変わってないよ。でもね、今の私を構成するのはフェイトちゃんじゃないの」
赤毛の少女の肩を裸のまま抱く。こんな状況なのに、体温が重なっていて心地良い。
穴だらけの心に温かなものを注いでくれたのは、フェイトちゃんではない、この少女なのだ。
「なのは……、っ」
「執務官のお仕事、頑張ってね。応援してる」
以前と同じ言葉、だけどそれは決別の意。
「でももうこの部屋には来ないで」
半ば強引に彼女を部屋から追い出す。震える声に気付かれないうちに、傷ついた涙腺が決壊しないうちに、彼女から逃げたかった。
扉を閉めてしまえば、あとはもう別の世界。それぞれが歩く道がすれ違うはずもない。もちろん交わることも。
「泣くなよ」
後ろでヴィータちゃんが声を震わせながら言った。
「背中を向けたまま泣くな、頼むから」
ヴィータちゃんが小さな体で私を抱き締める。
「大丈夫だ、あたしがいるから。離れてなんか行かないよ。ずっと。だからなのははもう独りで泣かなくていいんだ」
ヴィータちゃんの慰めが、今の私の心には深くまで染みていく。一言一言が、私の細かな傷が幾つも付いた心を、覆い隠すよう包みこんでくれる。
私がそれに報いることなどないというのに、少女は自分なんかを慰めてくれる。
「離れていかないで」
「……絶対に」
それはいっそ飽くほどに純真な誓い。
[ WEB CLAP ]
リクエストになのヴィがあったので消化してみることにしました。
一万HITの際にリクしていただいた「フェイなの前提のヴィータ→なのはで修羅場」です。どうにかこの構図は死守しましたが、なんともフェイトさんの扱いが酷い。
なので、もし読んでいただけるならば、覚悟をした後でお願いします。気分を害してしまっても責任はとれないですm(_ _)m
※性的描写を含みます。
なのは視点。
よろしければ続きよりどうぞ。
薄氷の上で
熱が爆ぜた。
狭い個室の中でじくじくと胸が疼く、それは疼痛。
愛しい人がもう誰か分らなくて。何であったかも判らなくなって。
疼くのは既に胸ではなく頭だった。熱くなればなる程に脳が腐敗していく。
深紅に髪を染めた少女に抱き締められ、空洞が埋まっていったのなら、もはや他はどうでもいいのだと感ずる。必要なのは愛しい人ではない。この永久に塞がれることのないブラックホールのような穴を埋めてくれる人なのだ。
ああ、このまま思考が溶けていけばいいと本気で願った。
◇
ある日私は何とはなしに幸せというものを考えてみた。
私は幸せだった。
両手で抱えきれない程の幸せで満たされていた。口元に浮かぶのは偽りのない笑顔だったことからも分かった。彼女と居られて、私は誰よりも幸せだったのだということが。
だけれどもその幸せはやはり、両手で持ち切れなかったのだ。
執務官試験に受かったフェイトちゃんが忙しくなり、これからは頻繁に会えなくなると聞いたのは電話でだった。耳に当てた携帯から聞こえてくるのはくぐもっていて、一瞬彼女の声と気付かなかった。
ごめんね。
いつにも増して優しげな声に私は頷く。
さほど重要なことと捉えていなかったこともあるだろう、すぐにまた会えるようになるのだと思っていたし、何よりも彼女の夢が順調に叶っているということは素直に喜ばしいものだったのだ。だから私は、大丈夫だよ、と笑った。
「執務官のお仕事、頑張ってね。二人の間には距離があるけど、心はいつも一緒だから」
「なのは」
「使い古された文句だけどね、でもあの時もそうだった」
出逢いと、ほんの束の間の別れを思い出し、私たちの間では微かな笑いが交わされる。それじゃあ、と電話を切ろうとして、思い止まる。そう言えば大事な言葉を言ってなかった。
「大好きだよ、フェイトちゃん」
初めは一週間だった。会えない日が一週間続いて、会えた時には思い切り言葉を交わした。充電が完了すると、彼女は再び駆り出された。自分以上に多忙な彼女の体を心配したが、決まってこう返される。
「なのはのことを考えたら、疲れなんて吹き飛ぶんだよ」
だけれども一週間の、自分にとっての空白が二週間になり、一か月になる。通信だって繋がらない日もあるのだ。声も聞けない、顔も見れない。大切な人の欠乏は、数年前よりもずっとずっと大きな影響を自分にもたらした。
仕事が手につかない、ということはなかった。そこまで公私混同する自分ではない。
ただ空っぽになっていく気がした。自分の中から何かが漏れ出ていくような感覚。
穴が開いたのではない。
元々自分には他人からは見えない場所に、自分すら気付かない位置に小さな穴が開けられていて、そこから漏れだしていた。ずっとずっと、絶えず漏れ続けていた。ではなぜ今まで平気だったのか。
そして辿り着いた結論はこうだ。
フェイトちゃんが穴を塞いでくれたわけではなかった、と。
彼女は穴を塞いでくれていたのではなく、段々と空っぽになっていく自分の心に、新たに温かな気持ちを注いでくれていただけだった。そもそも他人からは見えない場所に空いていた穴だ、考えてみれば当然だったのだ。
幼い頃、孤独に慣れる為に自ら開けた穴を最初に埋めてくれていたのは二人の友人。アリサちゃんとすずかちゃんだった。二人と離れた時にも、今程酷くはなくとも同じような状態に陥ったような気もする。次に埋めてくれたのはフェイトちゃん。一番の親友で、恋人――。
教導隊宿舎の自室に辿り着くと、全身の筋肉を弛緩させる。そのままベッドに飛び込み、布団に顔を埋めた。手に取るのは枕元にあるぬいぐるみ、少し不細工な『フェイトちゃん人形』。エイミイさんに作ってもらったというそれを、渡してくれた時のことを思い出す。
今回の長期出張の出発前だった。早朝、彼女は窓辺のガラスをこつこつと叩いた。寝ぼけたまま何かとカーテンを捲れば、そこには彼女によく似合う執務官制服の黒いスーツを着たフェイトちゃんがいた。若干罰の悪そうに浮いている彼女を目にし慌てて飛び起きる。窓を開くと、おはようと彼女特有の澄んだ優しい声が届けられた。
本日より長期出張と聞いていたのに、どうしてここに居るのかという疑問を投げかける前に、彼女は手にしていた人形を此方に差し出す。誰かに似ているそれは、やはりどこかで見たことのある服を着ている。
考えていると、エイミイに作ってもらったんだけど、と彼女が話を切り出した。
「これ私だと思って持っていて欲しい」
そこでようやく気付いた。彼女の手にした人形の服が、フェイトちゃんのバリアジャケットだということに。何故解らなかったのか、やはり寝呆けているのかもしれない。
「ところで、ちゃんと飛行許可とか取ってる?」
問えば彼女は無言。隙間風がやけに冷たく感じたのはきっと正しい。
「フェイトちゃん」
「な、なのはが内緒にしてくれれば大丈夫」
「もう、駄目なんだからね」
「だって、行く前になのはに会って充電したかったんだ」
これから頑張っていくための気力を。
「ずるいよフェイトちゃん」
そう言われてしまえば私は何も言えない。
私は彼女を手招きして窓際に顔を寄せる。疑問符を浮かばせるフェイトちゃんの頬にそっと口付けた。
「にゃはは、私も充電しちゃった」
彼女に頬を包まれて、深く口付けられる。今度は唇に、深く深く息が乱れるまで。
どうしてだろう。
今までだって、長期出張はあった。なのに何故今回はこんなにも名残惜しそうにしてくれるのか。そんな疑問もすぐに溶けてしまう。舌先を交わし、触れて、束の間の抱擁が忘れさせる。
行ってきます。行ってらっしゃい。
身体を離した彼女はもう普段通りの表情をしていた。
――何度見ても似ていない人形があった。
エイミイさんに作ってもらったと言っていたけれど、これはきっとフェイトちゃんが作ったのだ。エイミイさんは確か手先が器用だった気もするし、フェイトちゃんは学生時代こういったものは苦手だったように記憶している。だからこれはきっとフェイトちゃんが作ったもの。そう思えば可愛らしく、そして彼女に似ているような気がしてくるから不思議である。
でもやっぱりその人形はちっとも似ていなかった。
「なのは」
私の名前を呼ぶ声。少し低い声が、ドアの作動音と共に聞こえてくる。
私は振り向かず、ベッドに寝転がったまま、フェイトちゃん人形を抱いていた。そうしていると、背後からその低めの声が降ってくる。それは優しく耳元を撫でるような声だ。その声がもう一度名前を呼ぶ。
「何。またしたくなった?」
「お前は……、何言ってんだよ。それに布団も被らずに、風邪引くだろ」
「別にいいよ」
風邪を引けば、あの人が心配して飛んできてくれるかもしれないから。
考えていると、低い声をした――赤毛の少女が大げさに溜息をつく。呆れているのだろうか。でも、何だかどうでもいい。任務でも訓練でもないのだ。仕事さえこなしているだけで、今の自分は一杯だった。
「何で来たの。部隊長から用事でも言付かってきた?」
「違うって」
「じゃあ何?」
「あたしはただ心配してるだけだ。同じ分隊の副隊長として、隊長にこんなへろへろされちゃたまんねーからな」
「私は仕事はちゃんとしてる」
「ああそうだな。お前は十分すぎるほどやってるよ。いっそ一年くらい休ませたいくらいで」
「やだっ!」
そんなことをすれば一日中フェイトちゃんのこと考えなきゃいけなくなる。苦しくても逃げ場がなくなる。仕事があるからまだ耐えられるのに、奪わないでほしい。
私は起き上がって、壁に背をもたれる。
「もういいよ。そんなこと言ってたって結局はヴィータちゃん、ここに何し来たの。私としに来ただけでしょ。ねえ、こっち来てよ、そう座って。……ほら、口ではあんな風に言っちゃって、ここはこんなになってるよ」
少女を膝の間に座らせ、後ろから腹部を抱え込む。機動六課指定の制服である短い茶のタイトスカートを捲り上げた。胸に起伏はないため視界を邪魔するものはなく、白い下着が露わになった。中指での一撫でで、女の子としての大切な部分が湿り気を帯びていることが分かる。
くすりと笑う。
「まだ何もしてないんだけどな」
耳元に囁くと、少女は微かに呻き声をあげた。指のスライドを止めないまま、耳の穴を舌で舐めると、嗚咽に似た声が漏れる。普段は低い彼女の声が、この時ばかりは高く跳ね上がる。
「可笑しいね。私を心配してくれて来てくれたのに、なんでここ濡らしているのかな。不思議だよね。上辺だけの心配なんて要らないよ」
「ちがっ……」
「違わない」
首筋を吸った。普段着ている服では隠れない場所だ。これで明日、少女は困る。
「シャマル先生に直してもらったらお仕置きだよ。それともヴィータちゃんはお仕置きされるのが嬉しいのかなあ。まあいいか。それよりも腰上げて、脱がせないから」
「……っ」
抵抗の意思を見せつつも、少女は温順に従う。こういうところは素直に可愛い。ご褒美として唇を合わせる。開放すればすでに少女の視線は覚束無くなっており、蕩けたように私を見上げる。私は少女のだらしなく口元を伝う唾液を舐めとってやった。
――この無垢な少女を穢したのは自分なのだ。
罪悪感なのか、優越感からくる怡楽なのかはもはや判断がつかない。私はただ、一瞬の快楽に溺れて忘れてしまいたいだけ。そして少女もそうなのだ。恐らくはきっと。
翌日。訓練の際、少女の首筋の一点が赤く内出血しているのを目にして、密やかな喜びが胸に湧いた。
でも私は分かっていた。
少女が何も言わなくても少女の体がどうなっていようとも、自分のことを心配して来てくれていることには変わらならないのだとい事とくらい、分かっているつもりだ。
ヴィータちゃんは優しい。温光が差し込むような雰囲があった。それこそ少女の優しさの中で溺死してもいいくらい。同じ分隊の副隊長とはいえ、こんな自分にも気をかけてくれて、心配してくれて、仕事以外にも関わらず部屋にまで来てくれる。フェイトちゃんとは違った優しさをくれるこの少女を、私は本来ならば大切にしなければならないのだ。
でも、ああ。私はもう疲れてしまった。
暗黒の闇が潜む、ぽっかりと空いた底の見えない穴を埋めてくれるなら、誰でもいいと気付いてしまった。フェイトちゃんであることに越したことはない。だがフェイトちゃんがいないならば、別に他の人でも良かった。こんな駄目な人間である自分を、一杯の優しさで包んでくれる人なら。
そう、ヴィータちゃんでも。
その日も私はヴィータちゃんを部屋に招いていた。
二人の間に、もう無駄なやり取りはなかった。精神を擦り減らすような取引は要らない。
遠慮がちにドアを開ける彼女の腕を引っ張り、自身が下になるような形でベッドに倒れ込む。深紅の横髪を掻き揚げ、耳を露出させる。少女は耳が弱く、私は大体に於いてそこから責め始める。ちゅ、とわざと音を立てて吸えば、少女の小さな体が跳ねた。最中、可愛いよ、などと適当に吐きもした。私は……楽しかった。
少女の存在は確かに私の中の空洞を埋めてくれたのだから。
「なのは、……ヴィータ?」
それならばこの憩いにも似た情交が、最愛であった人に露見しようとも構わなかったのだ。少なくとも私はそう思っていたはずだった。いや、今でもそう思っている。
「今回は早かったんだね。一ヶ月って言ってたのに」
彼女は言葉をいくつも呑み込んでから、ようやく一言だけ発する。
「なのはが気になって」
そうなんだ、気にしてくれたんだ。
でもそんなの遅いよ!
今まで何度も、何度もこんな空白の時間が合った。でも彼女は戻ってきてくれなかった。
「理解出来ないんだけど、これはどういうことなのか教えてくれないかな」
遅すぎるんだ、もう。
「そのままだよ」
ヴィータちゃんを軽く睨みつけていた彼女に、私が代わって返答する。振り返るフェイトちゃんの瞳が紅くなっていた。それは元よりも更に赤みを増して私をその眼にとめている。以前ならば頬を染めて照れるべきところだったのに、今では何の感慨もない。ただ少しだけ悲しい。
「何でだろうね」
私の突然の呟きに、彼女は身構えつつも目を細める。
「でも私は教えてなんて欲しくない。私は私の心に浮かんだものしか真実と思わない」
「なのはの真実って」
「フェイトちゃんのことを好きだった、愛してもいた。もちろん今だって変わってないよ。でもね、今の私を構成するのはフェイトちゃんじゃないの」
赤毛の少女の肩を裸のまま抱く。こんな状況なのに、体温が重なっていて心地良い。
穴だらけの心に温かなものを注いでくれたのは、フェイトちゃんではない、この少女なのだ。
「なのは……、っ」
「執務官のお仕事、頑張ってね。応援してる」
以前と同じ言葉、だけどそれは決別の意。
「でももうこの部屋には来ないで」
半ば強引に彼女を部屋から追い出す。震える声に気付かれないうちに、傷ついた涙腺が決壊しないうちに、彼女から逃げたかった。
扉を閉めてしまえば、あとはもう別の世界。それぞれが歩く道がすれ違うはずもない。もちろん交わることも。
「泣くなよ」
後ろでヴィータちゃんが声を震わせながら言った。
「背中を向けたまま泣くな、頼むから」
ヴィータちゃんが小さな体で私を抱き締める。
「大丈夫だ、あたしがいるから。離れてなんか行かないよ。ずっと。だからなのははもう独りで泣かなくていいんだ」
ヴィータちゃんの慰めが、今の私の心には深くまで染みていく。一言一言が、私の細かな傷が幾つも付いた心を、覆い隠すよう包みこんでくれる。
私がそれに報いることなどないというのに、少女は自分なんかを慰めてくれる。
「離れていかないで」
「……絶対に」
それはいっそ飽くほどに純真な誓い。
[ WEB CLAP ]
● COMMENT FORM ●
>月夜さん
ありがとうございますm(_ _)m
孤独は苦痛でしかない。
慣れることで緩和されるけれど、なのはさんの周りには優しい人がたくさんいて、慣れさせてくれなかったというのは、ある意味で不幸だったのかもしれません。
でもヴィータならこれいじょうの孤独をなのはさんに感じさせないはずです。
だからなのヴィとして考えるならばきっとハッピーエンド、だと。
これからもがんばりますね!
ありがとうございますm(_ _)m
孤独は苦痛でしかない。
慣れることで緩和されるけれど、なのはさんの周りには優しい人がたくさんいて、慣れさせてくれなかったというのは、ある意味で不幸だったのかもしれません。
でもヴィータならこれいじょうの孤独をなのはさんに感じさせないはずです。
だからなのヴィとして考えるならばきっとハッピーエンド、だと。
これからもがんばりますね!
ある人の残した言葉なんですけれど、私は素直に共感出来ます。
孤独は寂しいし、悲しさと時間の流れがひどく長く…鮮明に分かってしまうから。
悲しいけれど、なのヴィ的には大丈夫かな(笑)
次も頑張って下さい♪