その境界線は。
高町なのはを全力全開で愛していく。そんな小説を書いてます。
虎落笛が誘うあなたとの夢 2008/01/10
だんだんクリスマス話書くの恥ずかしくなってきたよ、西野加奈です。
クリスマスほとんど関係ありません。そんなChristmas企画SS。
甘いどころか修羅場だよ。どんだけ修羅場好きなんだ自分。
フェイなのが一番好きって人には少し辛い話かもしれません。
アリサ×なのは←フェイト。なもんで。
文章の長さは普通の短編ぐらいになってしまいました。
もしよろしければ、続きよりどうぞ。
虎落笛が誘うあなたとの夢
窓ガラスを開けると夜風が吹きこんできて、彼女の長い金髪が流れた。それはあたかもかの人を連想させ、なのはは顎を引き、開きかけた口を閉じる。
ごめん、と彼女は言った。
ごめんね。
誰に向けた言葉なのか分かってしまった自分はただ、流れに逆らうことなく地面に足を貼りつけ――彼女からの接吻を受ける。舌の上を涙が走る。塩辛い。だけれどもその辛さは、あって当然の味。むしろ喜んで味わわなければならない辛さ。私たちは、……私は。一人の幸せを見捨ててここに立っているのだから。
◇
早朝、携帯に着信があった。
ガラス窓を冬の烈風が叩いた。電柱や木々を掠っては笛のような音を鳴らす。布団からはみ出た肩はすっかりと冷えてしまっている。
鬱陶しいほど軽快なメロディに、ベッドの中で手探りで引き寄せ開いてみれば、そこには馴染みの深い人の名前があった。眠気はそれで一気に冷める。
「フェイト、ちゃん」
電話だと思ったがメールだった。そのまま操作し、文字に目を走らせていく。スクロールする指が凍った。
そこで新たなメールが届く。私は画面を切り替えて布団から顔を出し、白い息を吐き出してから開いた。アリサちゃんから、今晩の暇の隙を問うものだった。少し考えてから『空いてるよ』と返すと、一分もしないうちに返ってくる。
『じゃあうちに来なさい。クリスマスパーティ開くから』
『誰が来るの?』
すずかちゃん、はやてちゃんが妥当なところだろうと思いながら打つと、意外な返答が送られてきた。
『なのはだけ』
それってパーティって言わないんじゃないのかな。ぼやきつつも、彼女に追及すると何かと面倒なので了解の意を示しておく。
さて、と携帯を一度閉じてから息をついた。そうやって心構えを固くしなければ起き上がれない。寒さではなかった。
布団から抜け出して向かう先はベランダからもすぐ覗ける家。ハラオウン家であった。
着替えと朝食を済まして向い、玄関に立つ。チャイムを鳴らすと出てきたのはリンディさんだった。快い笑顔も今は罪悪感に加担するばかりだったが、親友の部屋に誘われてしまえば引き返すことはできない。リンディさんが扉を軽くノックする。
「お客さんよ、なのはさん」
ガタリと何かが崩れたような音がした。すぐに扉が開かれ、そこから頬を真っ赤に染めたフェイトちゃんの顔が現した。リンディさんはくすりと微笑を溢すと、そのまま階下に下りていく。
「ごめん」
突然の謝罪に首を傾げる。
「いや、朝からいろいろガタガタとしちゃって。ごめんね」
「そんなこと。……それより、メール見たんだけど」
「そうだね。じゃあ入ってくれるかな」
頷いて部屋にお邪魔する。率先して炬燵に潜る彼女に招かれて、私は素直に倣った。
いつ以来だろう、この部屋に来たのはもう随分以前のような気もする。家具の配置は変わらぬまま、雑貨だけが少し入れ替わっているだけのフェイトちゃんの部屋は整頓されていて、清潔な装いがなされていた。
「メール見たよ」
「ほんとう、勇気ないね、私。大事な話をメールでなんて」
始まったのは自嘲。いきなりだと驚くことはない。ここへ来た目的がそれだったのだ。
私は返す言葉を探せないまま、紡がれる自嘲に目を伏せる。
「でも怖くて。震えが止まらないんだ」
「……」
「送信ボタンを押した後、あれほどに指ががたがたと震えたことはない。あんなの恐怖でしかなかった。これなら直接言ったほうがよかったのかもしれないと思ったよ。だけど」
彼女の両手が、炬燵の台の上で固く握りしめられている。隣に海老茶色のかごに入ったみかん。いつだったか、剥いて食べさせてあげたことを思い出す。小さな口をいっぱいにあけて、あーんとしてあげたこと。反対に、丁寧に白皮まで剥いて口の中に入れてくれたこと。その一房が酷く甘かったこと。
「振られるならメールの方が良かったんだ」
フェイトちゃんの手に、自分はもう添えてあげられなかった。温度を分けるように彼女の手に添えることが優しさでないことくらい、自分にだってわかる。
以前ならばきっとそうしていただろう。だけれども今はちがう。今は彼女のことを、彼女と同じ意味で好きじゃないから。
「どうして来たの?」
好きな人は、目の前のこの人じゃないから。
「部屋に来てくれたのは嬉しいけど、ありがとうなんてとても言えない」
「ごめん、フェイトちゃん」
「それは、ずるい言葉だって知ってる?」
「知ってる。でも私、ずるいから。凄く我が侭だから。直接会って言わなきゃって思ったら、ここに来てたよ。フェイトちゃんの顔を見て、真っ直ぐ向き合ってから伝えたかったんだ」
言い終わると彼女は、はは、と笑った。
「ほんと、ずるいね」
乾燥した笑い声は擦れていて、握られた拳に更に力が入ったことに気付いてしまう。
だけれども私は告げてしまうのだ。彼女にとって最も残酷な言葉を。そうしないと、もう一人悲しむ人が出てくるから。――言わないと、いけない。
私はあの子を悲しませたくない。
だって、私は酷い人間なんだ。フェイトちゃんの涙よりも、あの子の辛い顔を見る方が嫌なんだから。本当に酷い。
「友達に戻りたい」
「……嫌だって、言ったら」
「どうしようもないよ」
紅の瞳がふっと歪んだ。
「私はあの子のところに戻らなきゃいけないから」
「そう、だね。“戻る”なんだよね。奪ったのは私。だったら奪われても文句は言えないか」
彼女が不意に炬燵から抜け出し、立ち上がる。私の後ろに立つとそのまま抱き締められた。幾度となくされた行為は、過去の温かな気持ちを彷彿とさせる。だが自らに湧きあがるものはもう、過去のそれではない。ただ締め付けられるような痛みだった。乳房を噛まれるような甘い痛みが、抱き締められた肩から広がっていく。
「こうしても、もう何も甦ってこない?」
髪に口付けながら彼女は囁くように呟く。
甦るよ。彼女を好きだった時間が、群をなして襲ってくる。その度に揺らぎそうになるけれど、あの子の泣きそうな顔を思い描き振り払っている。
苦しい、でも彼女は自分の比ではないだろう。
「私はすぐに甦ってくる。鮮明に、なのはとの時間を思い出す」
「私は何も感じないよ。フェイトちゃんに抱き締められても、私の中に甘い気持ちなんて甦ってこない」
腕に込められる力が強くなった。微かに感じる痛みは、彼女の叫び。振り払うことなど出来はしない。
「好き」
フェイトちゃんが言った。
「好きだよ」
フェイトちゃんが言った。
「好きなんだ、なのは」
――フェイトちゃんが泣いていた。
私は胸の前に回された手に、以前のように添えることはなく、彼女の嗚咽を聞いている。幾つもの滴が落ちては、彼女自身の腕にかかる金色の髪に沁みていく。私はだんだんと冷えていく彼女の腕を眺めながら、彼女が流す涙に、今まで過ごしていった時間や思い出が溶けていけば、どれほど楽なのだろうと思っていた。
家を出た頃には、大分陽が陰り始めていた。遠い空が朱から紫に染まっている。だが自分に空のグラデーションを楽しむ余裕はなかった。大好きな空、今は見上げる気にはなれない。
精魂尽き果たしたのだろう。泣き疲れ、崩れ落ちるように眠る彼女を抱き上げる。ベッドに運ぶと、私はそのまま部屋を出た。
アリサちゃんとの約束の時間が迫っていた。だけれども私は、どうしても向かう気になれなかった。どうにか自室に辿り着くと、脱力感が全身を覆い、ずるずると床にへたり込む。壁に凭れながら、携帯を手の上で転がす。ランプが点滅していた。きっとアリサちゃんから。
……行かないと。
私は立ち上がったがそこで終わりだった。それ以上動くことが出来ない。前にも後ろにも進めなくて、あの部屋で殺した涙が今頃溢れてくる。嗚咽やわずかな声さえ漏らさずに、涙だけが流れる。頬が冷えていく。リビングルームのテレビから聞こえてくるクリスマスソングを聞いて、自分はなんて酷いことを彼女にしたのだろうと思った。こんな日に、私は終わらせてしまった。
だが自身の口から、もう彼女の名前が零れることはない。あれほど呼び合った名前が、今はずいぶんと遠くに投げ捨てられている。
「アリサちゃん」
酷い人間だと自覚している。傷つけた人を放っておいて、己の大切な人の名前を呼ぶなんて。
でも止まらないのだ。
嗚咽は止められる。泣きごとも我慢できる。だけど彼女の名前を呼ぶことは、どうにもとどめることはできない。
会いたかった。
だから玄関のチャイムが鳴って、廊下を走ってくる音がして。
「なのは、今何時だと思ってんのよ」
反射的に扉の方を振り返った時にあの子の顔を見ても、すぐにそれが会いたかった人だと認識することができなかった。そうして出会い頭に怒鳴られたって、呆けたままでいた。
涙を拭い忘れたまま、ぼんやりと目の前の人の顔を眺める。
歪んだ視界の中にまず映ったのは、金色の長い髪だった。一瞬置き忘れたフェイトちゃんへの想いが幻覚を見せたのかと思ったけれど、そんなことはない。ちゃんと。別れを言った。数秒間の空白の後、決定的に違う瞳の色に気付いて思い出す。
常磐色の目が自分を射抜いていた。深い緑の中に私がいる。透き通った水の中に沈んだ宝石みたいな彼女の瞳。
声に反して、表情は怒っているようには見えなかった。
「えへへ、ごめんね。大遅刻だね」
部屋の時計を見れば、約束の時間より二時間は過ぎてしまっている。
「なのは、あんたって馬鹿よね」
冷えきった頬にアリサちゃんの暖かな手の平が添えられる。涙が拭われて、冷え切った頬に温度が戻っていく。代わりにアリサちゃんの手の平はきっと冷たくなっていって、私は思わず顔をそ向けた。だけれども逃げ場などない。正面から抱き締められる。
「馬鹿なのは」
それから最後に彼女は、ごめんねと言った。
何も追及してこないアリサちゃんの気遣いが嬉しかった。素肌のまま抱き締めてくれる彼女が心底愛おしく感じた。このまま彼女の胸の中に沈んでいっていいような気もした。私はそうして、金色に包まれるようにして、微睡みの中に潜り込んでいく。
それからぼんやりと私は夢を見る。
五人で仲良く過ごしていた頃の夢だった。小さな喧嘩はあったけれど、仲良くやれていた。皆が笑顔で過ごしていた。前をフェイトちゃんとアリサちゃん、私が歩き、後ろではやてちゃんとすずかちゃんが談笑する。穏やかな学校生活。崩壊の、きっかけはアリサちゃんの告白、だけど崩したのは私。彼女の精一杯の告白を受け、私はフェイトちゃんを振ったのだ。あんな優しい子を傷つけた。
いっそ付き合わなければよかったのだろうか。小学三年の冬、再会したフェイトちゃんの告白を受けなければよかったのか。それともあのまま自分の想いをなかったことにしてしまえば。
アリサちゃんと体を交えた後、ベッドの中で彼女に縋り付きながら、私はずっと謝罪を繰り返していた。いや、もしかすれば情事の最中も、自分は謝っていたのではなかったか。
分からない、どうすればよかったのか。これで良いのだと納得していたのに、フェイトちゃんの涙が腕に零れた瞬間、振り返って抱き締めたかった。
だけどそうしたら、アリサちゃんは?
問いかけに答える者など誰一人としている筈がないのに、問わずにはいられない自身に虚しささえ覚える。
――なのはの馬鹿。
夢の中、朧気な意識の中で、額を撫でてくれる手がある。涙を払ってくれる指がある。この手を悲しみに染めたくなかった、ただそれだけなのだと、思い返す。
私が護れる人は、たった一人だけ。
でもそれでいいのだと、束の間の夢に溺れながら私は最後になるだろう涙を零した。
× あとがき ×
他に好きな人がいても、フェイトに告白されたら断らないだろう、でもそれから好きな人に想いを伝えられたら、やっぱり受けてしまうだろう。流されているわけではない。それがなのはだから。
話を考えている時、なんとなくそう思ってしまった。
だからなのか、どうやってもなのはが幸せになれない。人を傷つけるのが嫌いな子です。好きな人とむすばれても、傷つけた相手の傷の倍を自身に刻み込んで歩いていきそうなのです。
フェイトが最後縋らなければ、少しは違ってきたんだろうけど、フェイトがすんなりと身を引くとはどうしても思えなかった。
こういう短い話ではあまり背景が積みこめないから難しいですね。一見したらなんだかなのはがすごく勝手な人間に思えて。どうやってその短い文の中で心理描写や背景を描ききるか。難しかったです。まだまだ精進が足りません。
それにしてもアリサとなのはをらぶらぶにって、難しいんですね。フェイトがいる以上どうしても壁になってしまって……。いつか挽回したいものです。いい加減なのはを幸せいっぱいにしたいさ。
クリスマスほとんど関係ありません。そんなChristmas企画SS。
甘いどころか修羅場だよ。どんだけ修羅場好きなんだ自分。
フェイなのが一番好きって人には少し辛い話かもしれません。
アリサ×なのは←フェイト。なもんで。
文章の長さは普通の短編ぐらいになってしまいました。
もしよろしければ、続きよりどうぞ。
虎落笛が誘うあなたとの夢
窓ガラスを開けると夜風が吹きこんできて、彼女の長い金髪が流れた。それはあたかもかの人を連想させ、なのはは顎を引き、開きかけた口を閉じる。
ごめん、と彼女は言った。
ごめんね。
誰に向けた言葉なのか分かってしまった自分はただ、流れに逆らうことなく地面に足を貼りつけ――彼女からの接吻を受ける。舌の上を涙が走る。塩辛い。だけれどもその辛さは、あって当然の味。むしろ喜んで味わわなければならない辛さ。私たちは、……私は。一人の幸せを見捨ててここに立っているのだから。
◇
早朝、携帯に着信があった。
ガラス窓を冬の烈風が叩いた。電柱や木々を掠っては笛のような音を鳴らす。布団からはみ出た肩はすっかりと冷えてしまっている。
鬱陶しいほど軽快なメロディに、ベッドの中で手探りで引き寄せ開いてみれば、そこには馴染みの深い人の名前があった。眠気はそれで一気に冷める。
「フェイト、ちゃん」
電話だと思ったがメールだった。そのまま操作し、文字に目を走らせていく。スクロールする指が凍った。
そこで新たなメールが届く。私は画面を切り替えて布団から顔を出し、白い息を吐き出してから開いた。アリサちゃんから、今晩の暇の隙を問うものだった。少し考えてから『空いてるよ』と返すと、一分もしないうちに返ってくる。
『じゃあうちに来なさい。クリスマスパーティ開くから』
『誰が来るの?』
すずかちゃん、はやてちゃんが妥当なところだろうと思いながら打つと、意外な返答が送られてきた。
『なのはだけ』
それってパーティって言わないんじゃないのかな。ぼやきつつも、彼女に追及すると何かと面倒なので了解の意を示しておく。
さて、と携帯を一度閉じてから息をついた。そうやって心構えを固くしなければ起き上がれない。寒さではなかった。
布団から抜け出して向かう先はベランダからもすぐ覗ける家。ハラオウン家であった。
着替えと朝食を済まして向い、玄関に立つ。チャイムを鳴らすと出てきたのはリンディさんだった。快い笑顔も今は罪悪感に加担するばかりだったが、親友の部屋に誘われてしまえば引き返すことはできない。リンディさんが扉を軽くノックする。
「お客さんよ、なのはさん」
ガタリと何かが崩れたような音がした。すぐに扉が開かれ、そこから頬を真っ赤に染めたフェイトちゃんの顔が現した。リンディさんはくすりと微笑を溢すと、そのまま階下に下りていく。
「ごめん」
突然の謝罪に首を傾げる。
「いや、朝からいろいろガタガタとしちゃって。ごめんね」
「そんなこと。……それより、メール見たんだけど」
「そうだね。じゃあ入ってくれるかな」
頷いて部屋にお邪魔する。率先して炬燵に潜る彼女に招かれて、私は素直に倣った。
いつ以来だろう、この部屋に来たのはもう随分以前のような気もする。家具の配置は変わらぬまま、雑貨だけが少し入れ替わっているだけのフェイトちゃんの部屋は整頓されていて、清潔な装いがなされていた。
「メール見たよ」
「ほんとう、勇気ないね、私。大事な話をメールでなんて」
始まったのは自嘲。いきなりだと驚くことはない。ここへ来た目的がそれだったのだ。
私は返す言葉を探せないまま、紡がれる自嘲に目を伏せる。
「でも怖くて。震えが止まらないんだ」
「……」
「送信ボタンを押した後、あれほどに指ががたがたと震えたことはない。あんなの恐怖でしかなかった。これなら直接言ったほうがよかったのかもしれないと思ったよ。だけど」
彼女の両手が、炬燵の台の上で固く握りしめられている。隣に海老茶色のかごに入ったみかん。いつだったか、剥いて食べさせてあげたことを思い出す。小さな口をいっぱいにあけて、あーんとしてあげたこと。反対に、丁寧に白皮まで剥いて口の中に入れてくれたこと。その一房が酷く甘かったこと。
「振られるならメールの方が良かったんだ」
フェイトちゃんの手に、自分はもう添えてあげられなかった。温度を分けるように彼女の手に添えることが優しさでないことくらい、自分にだってわかる。
以前ならばきっとそうしていただろう。だけれども今はちがう。今は彼女のことを、彼女と同じ意味で好きじゃないから。
「どうして来たの?」
好きな人は、目の前のこの人じゃないから。
「部屋に来てくれたのは嬉しいけど、ありがとうなんてとても言えない」
「ごめん、フェイトちゃん」
「それは、ずるい言葉だって知ってる?」
「知ってる。でも私、ずるいから。凄く我が侭だから。直接会って言わなきゃって思ったら、ここに来てたよ。フェイトちゃんの顔を見て、真っ直ぐ向き合ってから伝えたかったんだ」
言い終わると彼女は、はは、と笑った。
「ほんと、ずるいね」
乾燥した笑い声は擦れていて、握られた拳に更に力が入ったことに気付いてしまう。
だけれども私は告げてしまうのだ。彼女にとって最も残酷な言葉を。そうしないと、もう一人悲しむ人が出てくるから。――言わないと、いけない。
私はあの子を悲しませたくない。
だって、私は酷い人間なんだ。フェイトちゃんの涙よりも、あの子の辛い顔を見る方が嫌なんだから。本当に酷い。
「友達に戻りたい」
「……嫌だって、言ったら」
「どうしようもないよ」
紅の瞳がふっと歪んだ。
「私はあの子のところに戻らなきゃいけないから」
「そう、だね。“戻る”なんだよね。奪ったのは私。だったら奪われても文句は言えないか」
彼女が不意に炬燵から抜け出し、立ち上がる。私の後ろに立つとそのまま抱き締められた。幾度となくされた行為は、過去の温かな気持ちを彷彿とさせる。だが自らに湧きあがるものはもう、過去のそれではない。ただ締め付けられるような痛みだった。乳房を噛まれるような甘い痛みが、抱き締められた肩から広がっていく。
「こうしても、もう何も甦ってこない?」
髪に口付けながら彼女は囁くように呟く。
甦るよ。彼女を好きだった時間が、群をなして襲ってくる。その度に揺らぎそうになるけれど、あの子の泣きそうな顔を思い描き振り払っている。
苦しい、でも彼女は自分の比ではないだろう。
「私はすぐに甦ってくる。鮮明に、なのはとの時間を思い出す」
「私は何も感じないよ。フェイトちゃんに抱き締められても、私の中に甘い気持ちなんて甦ってこない」
腕に込められる力が強くなった。微かに感じる痛みは、彼女の叫び。振り払うことなど出来はしない。
「好き」
フェイトちゃんが言った。
「好きだよ」
フェイトちゃんが言った。
「好きなんだ、なのは」
――フェイトちゃんが泣いていた。
私は胸の前に回された手に、以前のように添えることはなく、彼女の嗚咽を聞いている。幾つもの滴が落ちては、彼女自身の腕にかかる金色の髪に沁みていく。私はだんだんと冷えていく彼女の腕を眺めながら、彼女が流す涙に、今まで過ごしていった時間や思い出が溶けていけば、どれほど楽なのだろうと思っていた。
家を出た頃には、大分陽が陰り始めていた。遠い空が朱から紫に染まっている。だが自分に空のグラデーションを楽しむ余裕はなかった。大好きな空、今は見上げる気にはなれない。
精魂尽き果たしたのだろう。泣き疲れ、崩れ落ちるように眠る彼女を抱き上げる。ベッドに運ぶと、私はそのまま部屋を出た。
アリサちゃんとの約束の時間が迫っていた。だけれども私は、どうしても向かう気になれなかった。どうにか自室に辿り着くと、脱力感が全身を覆い、ずるずると床にへたり込む。壁に凭れながら、携帯を手の上で転がす。ランプが点滅していた。きっとアリサちゃんから。
……行かないと。
私は立ち上がったがそこで終わりだった。それ以上動くことが出来ない。前にも後ろにも進めなくて、あの部屋で殺した涙が今頃溢れてくる。嗚咽やわずかな声さえ漏らさずに、涙だけが流れる。頬が冷えていく。リビングルームのテレビから聞こえてくるクリスマスソングを聞いて、自分はなんて酷いことを彼女にしたのだろうと思った。こんな日に、私は終わらせてしまった。
だが自身の口から、もう彼女の名前が零れることはない。あれほど呼び合った名前が、今はずいぶんと遠くに投げ捨てられている。
「アリサちゃん」
酷い人間だと自覚している。傷つけた人を放っておいて、己の大切な人の名前を呼ぶなんて。
でも止まらないのだ。
嗚咽は止められる。泣きごとも我慢できる。だけど彼女の名前を呼ぶことは、どうにもとどめることはできない。
会いたかった。
だから玄関のチャイムが鳴って、廊下を走ってくる音がして。
「なのは、今何時だと思ってんのよ」
反射的に扉の方を振り返った時にあの子の顔を見ても、すぐにそれが会いたかった人だと認識することができなかった。そうして出会い頭に怒鳴られたって、呆けたままでいた。
涙を拭い忘れたまま、ぼんやりと目の前の人の顔を眺める。
歪んだ視界の中にまず映ったのは、金色の長い髪だった。一瞬置き忘れたフェイトちゃんへの想いが幻覚を見せたのかと思ったけれど、そんなことはない。ちゃんと。別れを言った。数秒間の空白の後、決定的に違う瞳の色に気付いて思い出す。
常磐色の目が自分を射抜いていた。深い緑の中に私がいる。透き通った水の中に沈んだ宝石みたいな彼女の瞳。
声に反して、表情は怒っているようには見えなかった。
「えへへ、ごめんね。大遅刻だね」
部屋の時計を見れば、約束の時間より二時間は過ぎてしまっている。
「なのは、あんたって馬鹿よね」
冷えきった頬にアリサちゃんの暖かな手の平が添えられる。涙が拭われて、冷え切った頬に温度が戻っていく。代わりにアリサちゃんの手の平はきっと冷たくなっていって、私は思わず顔をそ向けた。だけれども逃げ場などない。正面から抱き締められる。
「馬鹿なのは」
それから最後に彼女は、ごめんねと言った。
何も追及してこないアリサちゃんの気遣いが嬉しかった。素肌のまま抱き締めてくれる彼女が心底愛おしく感じた。このまま彼女の胸の中に沈んでいっていいような気もした。私はそうして、金色に包まれるようにして、微睡みの中に潜り込んでいく。
それからぼんやりと私は夢を見る。
五人で仲良く過ごしていた頃の夢だった。小さな喧嘩はあったけれど、仲良くやれていた。皆が笑顔で過ごしていた。前をフェイトちゃんとアリサちゃん、私が歩き、後ろではやてちゃんとすずかちゃんが談笑する。穏やかな学校生活。崩壊の、きっかけはアリサちゃんの告白、だけど崩したのは私。彼女の精一杯の告白を受け、私はフェイトちゃんを振ったのだ。あんな優しい子を傷つけた。
いっそ付き合わなければよかったのだろうか。小学三年の冬、再会したフェイトちゃんの告白を受けなければよかったのか。それともあのまま自分の想いをなかったことにしてしまえば。
アリサちゃんと体を交えた後、ベッドの中で彼女に縋り付きながら、私はずっと謝罪を繰り返していた。いや、もしかすれば情事の最中も、自分は謝っていたのではなかったか。
分からない、どうすればよかったのか。これで良いのだと納得していたのに、フェイトちゃんの涙が腕に零れた瞬間、振り返って抱き締めたかった。
だけどそうしたら、アリサちゃんは?
問いかけに答える者など誰一人としている筈がないのに、問わずにはいられない自身に虚しささえ覚える。
――なのはの馬鹿。
夢の中、朧気な意識の中で、額を撫でてくれる手がある。涙を払ってくれる指がある。この手を悲しみに染めたくなかった、ただそれだけなのだと、思い返す。
私が護れる人は、たった一人だけ。
でもそれでいいのだと、束の間の夢に溺れながら私は最後になるだろう涙を零した。
× あとがき ×
他に好きな人がいても、フェイトに告白されたら断らないだろう、でもそれから好きな人に想いを伝えられたら、やっぱり受けてしまうだろう。流されているわけではない。それがなのはだから。
話を考えている時、なんとなくそう思ってしまった。
だからなのか、どうやってもなのはが幸せになれない。人を傷つけるのが嫌いな子です。好きな人とむすばれても、傷つけた相手の傷の倍を自身に刻み込んで歩いていきそうなのです。
フェイトが最後縋らなければ、少しは違ってきたんだろうけど、フェイトがすんなりと身を引くとはどうしても思えなかった。
こういう短い話ではあまり背景が積みこめないから難しいですね。一見したらなんだかなのはがすごく勝手な人間に思えて。どうやってその短い文の中で心理描写や背景を描ききるか。難しかったです。まだまだ精進が足りません。
それにしてもアリサとなのはをらぶらぶにって、難しいんですね。フェイトがいる以上どうしても壁になってしまって……。いつか挽回したいものです。いい加減なのはを幸せいっぱいにしたいさ。
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アリサ×なのは

comments
この物語を読んだ後に真っ先に浮かんだ言葉が「こりゃ、究極のバッドエンドだな……」というものでした。
ゲームで例えると、なのはは対処法を間違えたのではと思うんですよ。これはなのはの性格(個人の問題は一人で考えるというもの)なので仕方ないかもしれないんですけど、もし、もしもまだ全てがどうにかなる段階ではやてやすずかに相談していたら、もし一方の告白をきちんと断っていられたら(というか、この段階なると切られるのはやっぱりフェイトなんだろうな〜……)etc……
なんてことをかれこれ十数分考えちゃってます……。考えてもどうしようもないんですが、やっぱり考えちゃいます。
やっぱり自分はバッドエンドは耐えられないです。(泣)
というわけで、いつか、いつかなのはを幸せにしてやってください! パソコン越しにですが応援していきますので!
では!
考えの中、なのは自身己の摘み取った実がどちらの身であったかは知りうるも…選択を違えてはいけないし、選ばなければならない。
かくも残酷に流れる時間に彼女の選択はアリサであって、フェイトでは無い…でも。
ほんの少しの亀裂、綻び、迷いでいくらでも変わる世界に…少女達は混ざり合う―――
なんか名前を使うのは難しいですね///
今回も考えさせる作品で良かったです。次も頑張って下さい☆
(※なの×ヴィが間に合わなくても、ここに載せて良いかしら? ごめんなさいね、書くの遅くて)
それとなのは×ヴィータを参考に読み返していたのですけれど、ふと思いましたの、なの×ヴィだけHなシーンがありませんわね、殆ど。
他のには沢山あるのにちょっと驚きましたわ♪ ぜひ今度はなの×ヴィのHシーンを沢山書いて下さいね、貴女の作品はとても良くて参考にしたいわ。(長文ごめんなさいね)
それだけ感情移入していただいたというのはすごくうれしいのですが、……すみません。落ち込ませてしまって。
究極のバッドエンド。……そうかもしれませんね。
一つだけ救いの道が示唆されてはいるんですが、それも先をみわたすとちっぽけなものかもしれません。というか考えようによってはその救いすらなのはを苦しめるものになってしまいそうです。
なによりこの出来事により三人の人生に大きな影がかかったことにはちがいありませんから。
なのはは対処法を間違えたんだろうけど、選択肢を通り過ぎた後、「やり直し」ができると知っても、なのははそれを選びそうにありません。
すずかやはやてにだってきっと相談しないはず。自分の苦しみより二人の親友に掛かる心配や迷惑のことをかんがえてしまい、相談すればもっとましな未来が描けるだろうと予想できても、そうしないんだろうな。そこまでなのはは分かっていることと思います。
やはり分岐点はフェイトに告白された場面でしょう。あそこで断っていればまだフェイトの傷は浅かったかもしれない。でもなのはは当時のフェイトを振る勇気などなかった。だってようやく元気をとりもどしたばかりの、友達なのです。そして少なからず自分も惹かれている彼女のせい一杯の告白をどうして拒否できるだろう。
となれば、この結末は当然だったのかもしれません……。
ううん、考えれば考えるほど暗い話ですね。ごめんなさい。
次こそはなのはを幸せにします!!応援ありがとうございます、がんばりますね!
>月夜さん
覚悟……。なのはの、いや、アリサでしょうか。
ずっと好きだったなのはを突然現れたフェイトにとられて、悔しくて、でもフェイトがいい子なのをしって諦めようとして諦められなくて。そんな中、なのはが自分のことを好きなのだと知る。二人で思い悩みながら、悪いのは自分だとなのはは自己嫌悪におちいっていくのを救いたくて、「フェイトを傷つける」という勇気のある選択をした。それは覚悟に違いなくて。
なのはもですが、アリサも人を傷つけるのは苦手そうです。嫌いといってもいいくらい。
この話ではあまりアリサのことを書けなくて少し残念ですが。。
あ、なのヴィは期間すぎても大丈夫ですよ。おまちしています♪
そしてなのヴィの情事は……、いや、結構書いたはずです。むしろ一番多いような気がしないでもない。小説の本数も多いのですが。
数の少ないリインやアリサはおいておいても、ティアナやフェイトより多い気もしますぜw
ヴィータのは気持ちを確かめあうというよりは、少し歪んだ感じですが……、まあそれは自分のそういう場面ではデフォということで(ぁ
でも自分の文章を参考にしてくれるのはかなり嬉しいのですが、自分も精進中の身。なのであまりお勧めをしません(-_-;)
でもありがとうございます!嬉しいです。
これからもがんばりますので、もし暇があればまた読みにきてやってくださいm(_ _)m
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