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2019-11

別の世界を願うなら―2

第2話「名もなき詩人2」
1.名もなき詩人1の続き。
なのはとティアナの物語。パラレルです。
前回よりは短めかな。

――頭の中の詩人はささやく。
しかしなのはは詩人でもなんでもなかった。
だから黙って、ティアナの話を聞いていた。

なのはの部屋での話。
もしよろしければ続きよりどうぞ。



 別の世界を願うなら

 2.名もなき詩人2


 その夜、私は部屋の薄明るい天井を見上げていた。
 古いアパートだ。天井の色はあちこち黒ずんでいたけれど、もはや見慣れた部屋の天井。特に感慨もない。目に入れるだけのものに、深い感情など持ちはしない。
 窓からは変わらず光が差し込んでいる。晴れた夜空で二つの月が寄り添うように浮かんでいる。ひっそりと、この部屋に光を差している。カーテンの隙間から潜り込んできた月光は、窓際に置いたグラスを照らしつけ、床に長く影を伸ばす。青白く引かれた線は、一種の芸術のようにも見える。詩人が目にすれば、ひとつ言葉を綴ったかもしれない一夜、ただ自分にとっては何ら変わりのない一夜。
 ――綺麗だね。
 そう隣の彼女に語りかけるほど自分の心は澄んではいないし、ましてや心を踊らされるほど無邪気でもない。
『こんな月夜に君といられることを幸せに思うよ』
 頭に住む、愚かな詩人が呟いた。
『君の存在よりも心を動かすうたなど歌えないけど、それでも僕は君の為に歌ってみたい』
 頷くその少女。くたびれながらも詩人がありったけの愛を込めて、そっと少女を抱き締める。自分の詩が少女の心に届くことを信じながら、詩人は詠って唄う。優美な花を愛でるよう、草木に水を注ぐようにステージに立った詩人は唄い始める。初めは自分だけの為に、そのうち惰性のまま何となく時間を潰す為に、そしていまはただ少女の為に。そんな詩人の唄は、きっと少女に届くのだろう。それが綺麗な物語であるのなら。
 だけど私は隣で瞼を落しただけの女の子の額すら撫でられずにいる。眠り姫みたいに綺麗な表情を保っているティアナを、起こしてしまうのが怖い。既に成立された物語を崩してしまうような危惧があった。自分が彼女に何を求めているのかすら分からずにいる。だから、彼女の世界に踏み込むことがどうしてもできなかった。
 裸になって、お互いの肌を重ね合わせても、一切の心は重なり合わない気がした。一枚の透明な何かが二人の体を割っているような錯覚。それは錯覚ではないかもしれない。彼女と抱き合う時、いつも冷たい何かを感じる。拒絶ではない何かがあることは分かっても、それ以上のことが私にはどうしても分からない。
 なのはさん、と唇が動く。熱い息を吐きながらティアナは求めてくれる。求めてくれた気持ちを一粒だって溢さないよう、私は彼女の唇を塞ぎ、その気持ちを飲み込んでしまう。舌で彼女の口腔をまさぐり、とりこぼしのないよう最後の一粒まで探し当てて呑み込んだ。少しでも私を想う気持ちがないか、こっそりと探しながら。
 私の、彼女を求める気持ち自体に偽りはなかった。
「なのはさん起きてますか」
 いつのまに夢に入り込んでしまったのかと思った。一瞬ここが現実世界であることが理解できず、私は返事をし損ねてしまう。
「なのはさん」
「……どうしたの?」
「少しだけ、昔話をしてみたくなって。夢を見たせいかもしれません」
「いいよ」
 夢の内容は聞かなかった。彼女の額には汗の玉が浮かんでいた。
 私ははっきりと肯定の意で頷く。
「あまり明るい話じゃないのでつまらないと思いますが」
 それからティアナがぽつりぽつりと話し始めた。彼女の話に、私は相槌を打つことなく聞いていた。初めて自分のことを話してくれたような気がする。私はそれをぼうっと聴いていた。
「あたしには幼い時から両親がいません。事故で死んだ、よくある話です。あたしよりも辛い人生を送っている人がいるのは理解していたから、いえ、理解しようとしていたからかな、別にそれが不幸だと感じたこともないけど。それでもやっぱり寂しかった。その時は独りじゃなかったのに、あたしは毎晩のように泣いていました。寂しかった。泣いていないと冷たい身体は震えてしまったから。それを兄が宥めてくれていました。あたしの十一歳年上で、凄く離れた兄弟だったんですけどね。兄はよく、大丈夫だって、お兄ちゃんがいるからって、いつも抱き締めて頭を撫でてくれた。子供で泣いてばかりのあたしをいつもあやしてくれていたんです。兄は幼いあたしを養うために仕事を忙しくしていて、たまにしか会えなかったけど、休日とかで会えた日には、くずる自分を抱きあげたり、得意の射撃を見せてくれました。あとは……、いえ。そうですね。射撃っていうのは、時空管理局で働いていた兄が武装隊の空士だったからです。ふふ、エリートだったんですよ。精密射撃魔法に長けていた兄は恰好良くて頼りになって。だけど」
 そこで一旦言葉が途切れた。
 私はじっと天井を見上げていた。月がグラスの中で揺れる水をあおり、いくつもの青白い玉を描いていた。私は知らずティアナの手を握っていた。ティアナが私の手をか細い力で握り返してくれていた。
「死んじゃいました」
 痛いくらいの弱い力が指に込められる。血の流れが止まるほど強く握ってくれた方が、あるいは痛くなかったかもしれない。
 そう、死んだんです。とティアナは繰り返した。
「『走違法魔導師追跡任務に従事し、魔導師と交戦し殉職』。それが幼いあたしに伝えられた事実だった。本当にそれだけで、他のことは何一つ知らされないまま、今知っている兄のことはそれから成長して調べたものにすぎません。管理局の上の人たちは他のことを伏せたまま、淡々と兄の結末だけを述べていた……最後に蔑みの言葉を付け加えてね」
 沈黙が停滞していた。揺れる青白い玉を眺めながら静かな沈黙に耳を傾けていた。
 いつの間にか絡み合った指先から、悲しいほどに伝わるティアナの想いを受け、私には返す言葉がない。探すことを放棄して、両足を伸ばしたまま天井を見上げている。
 揺れていた。月の光がもたらす青白い玉が、風もないのに揺れていた。
「なんでこんな話を?」
 言葉が途切れてしばらく経った後でそれだけを尋ねると、ティアナは手を離して私に背を向ける。それから弱々しい声で彼女は言った。
「もしかすると、誰かに言いたかっただけかもしれません」
 それは今まで苦しいことを内に溜め続けてきた彼女の本心なのかもしれない。――そして。最後にティアナがどうでもいいように付け足した言葉が、彼女の本心であればいいのに、と私は思う。
「……なのはさんに聞いてほしかっただけなのかもしれません」

 その晩久しぶりに父の夢を見た。
 私の父は早くに亡くなっていた。死後初めて父と会った時、父は人の姿を保ってはいなかった。もちろん誰もが私を父から遠ざけようとしていたが、子供の底力というものは案外強いものだ。家族が全員、無気力でいたということもあるのだろうが。
 目の前でただの肉塊になった父の姿を眺めていた子供の頃の自分。その更に後ろで兄と姉が拳を握り締めている。母は嗚咽を堪えることもなく涙をこぼしている。あの強い母が、だ。
 私は眺めているだけでは足りず、母の制止も無視して抱きつこうと近寄ったが、そこにあったのはただの個体。溢れる愛すら注げない器ですらない肉の塊だった。何もない。面影も、本当に何もなかったのだ。目の前のこれは父ではなかった。
 恐る恐る指を伸ばす。そこには深く沈む様な冷たさがあった。まるで父に突き放されたかのようだったのだ。幼き日の私は、そこにどうしようもない拒絶を感じてしまった。
 私の体を後ろから母が体を抱き締めてくれている。母は泣いていたような気もする。自身が触れる冷たい身体と、抱き締めてくれる温かい身体が自分の中で喧嘩するみたいに暴れていた。
 私が生まれる前に父が死んでいたら。そう念じたこともある。そうすれば愛していた父のあんな姿を目にすることもなく、冷やかな温度を感じることもなかったのではないか、と。写真だけで顔を知り、たまに母や姉から思い出話を聞いて生きていくことができたら。仮定を想像しては、やりきれない想いを胃液と一緒に口から吐き出しそうになる。涙よりも、先に。
 私はある日、あまりにもひどい自らの現状に耐えかねて、父の記憶その部分に蓋をして鍵をかけて、記憶に閉じ込めた。父の呪縛から逃れ出す手段だった。
 誰かが私を強いという。母が偉いねと頭を撫でる。姉がいい子だねと微笑みかける。期待を受け、私は強い子になる。上面だけでも、なろうとする。家を離れるまで、その皮を脱がずにいれば、それでいいのだと私は己に強く言い聞かせた。私は誰からも好かれる子を演じきった。疲れるという感覚も忘れる頃、ようやく家を出ることができた。母は悲しんでいた。母の悲しむ顔を見るのは辛かった。今までの私は、母に笑顔を与えるためだけに生きてきたのだ。
 だけど本心の私は……、どうだっただろう。今の私はここにいる。でもこの私は、元居た高町なのはではないような気がした。


 ⇒3.子守唄1

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