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2019-11

別の世界を願うなら―7

第7話「世界はもちろん続いている」
6.匣、あるいは水の底に落とした石の続き。
なのはとティアナの物語。パラレルです。

――夢と現実の堺はひどく曖昧だ。
だからこそなのはは神経を尖らせ、見極めなければならない。
ここが“そう”なのだと。

ティアナの優しさに気づくなのはの話。
もしよろしければ続きよりどうぞ。



 別の世界を願うなら

 7.世界はもちろん続いている


 白い光が瞼を射し、私は目を覚ました。
 喉が酷い渇きを訴えていたが、しかし身体は重い。ベッドを抜け出すどころか、首を動かすことさえ困難だ。
 夢の覚醒は足の先からゆっくりと訪れるようで、目を開けてもしばらく意識がはっきりしなかったのだが、そのうちにようやく脳に辿り着く。そこでやっと額に何かものが乗せられていることに気付いた。濡れタオルだ。さらに耳を澄ませば、遠くでことことと音が聞こえる。何だろう。そう上半身を持ち上げようとして、やはり力が入らなかった。
 落ち着いて、私は考える。視界には見慣れた天井がある。あの白い月がグラスを通り抜け、天井に綺麗な円を描いている。だから今は夜で、恐らく雨も降っていない。視線をずらせば炬燵の上には昨日買ったCDが、白い光に照らされ薄っすらと浮かんで見えた。つまりここは私の部屋だ。隣の部屋の電気が点いているのは消し忘れか。でもおかしい。私は外で雪だるまを作っていたはずだ。
 今起こっている状況を確認するために自信を落ち着けようと、私は布団から重い左手を出し、何回か握ったり開いたりを繰り返した。そうしているうちに、台所と部屋とに隔てられた戸が引かれた。人がいる。電気がついてないから分からないが、人である。
 その人はベッドに歩み寄ってくると、私の額にあった濡れタオルを取り替えた。そのころには私の目は暗闇に慣れ、そうでなくとも月の光が差し込んできて部屋の中は薄明るい。だからその人が誰かなんてことは、実はドアを開けた瞬間に分かっていた。
「なのはさん」
 一瞬誰の声かと思った。本当に分からなかったわけじゃない。ただこの人のこんな声を、私は初めて聞いて、戸惑っただけ。でも……ねえ、ティアナ。私、ティアナのそんな弱々しい声初めて聞いたよ。びっくりだな。
 まだ私の知らない彼女が沢山あるのだ。それは出会ってからの時間を考えれば当り前だけれど、少し寂しくなった。
「今何時?」
「夜中です。夜中の三時」
「そっか」
 私が最後に見たのは夕焼けに染まる雪だるま。聞いたのは、血を頭から被ったような雪だるまが落ちた音。私はきっと倒れて、ティアナは看病してくれたんだろう。そしてずっと居てくれた。恋人でも何でもないのに、ティアナは私のところに居てくれたのだ。
「ねえ、そういえば昨日どうして電話に出てくれなかったの?」
 初めてだよね、と私は訊く。ティアナは数秒黙っていた。表情を読み取るには、この部屋は暗すぎる。だから電話口のように、黙られると不安になってしまう。
「あのピアノバーに行っていたんです。だから着信の音が聞こえなくて」
「ううん、それなら仕方ないか」
「すみません」
「いいよ、謝らなくても。電話したら必ず出ないと駄目ってわけでもないし、出られないことがあってもそれは当然のことだよ」
「それはそうですけど」
「だから良いんだよ。それにティアナはこうして会いに来てくれたんだし、それだけで私は嬉しいな」
 じっと顔を覗き込む彼女の顔は普段と何ら変わりなく、だが表情にはかすかに疲弊と焦燥が滲んでいる。私はティアナの顔がもっと見たいと思った。今でも判別は出来るけど、はっきりと見たかった。
「明かりをつけてくれる?」
 ティアナは頷き、電気を点けた。消されていた電気が灯されると、月の淡い光とは比べものにならない強烈な光が目を突き刺す。その急激さと強さに目が慣れるには、しばし時間がかかった。
「ところで具合はどうですか。気持ちが悪いとか、どこかが痛いとか。何かあります?」
「うん、それがね、困ったことに力が入らないんだ」
 私が言うと、ティアナが苦笑して「それは熱が出ているからではないかと」と言った。
「熱?」と私はオウム返しに言う。
 それはそうだ。でなければ濡れタオルなんて乗せていない。
 ということは、ティアナが乗せてくれたんだろうか。そうだろう、この部屋には他に誰もいない。他に人がいるという気配は感じられない。そも私の家を知っている人なんて、ティアナ以外にはスバルしかいない。しかもそのスバルとは今日会って別れたばかりだ。
 ティアナは額のタオルを取って台所に向かい、新しいものに変えてくれた。額をひやりとしたものが覆う。
 ありがとう、と私はお礼を言う。ティアナは微笑んだ。
「ところでなのはさん、食欲はありますか。台所をお借りしてお粥を作ったんですが」
 なるほど。先程の、ことこと、といった音。あれは米を炊く音だったのか。などどうでもいいことに思考を飛ばし、すぐに返事をしなかった私にティアナは何を思ったのか「塩と砂糖を間違えるなんてことはしてませんから」と笑った。
「兄さんは一度間違えたんですけどね」
「優しいお兄さんなんだ」
「凄く優しかったですよ。それでどうです、食べますか? 無理にとは言いませんが、目が覚めたのならご飯を食べて薬を飲んだ方が早く治りますよ」
 うう、と私は唸る。食欲はあるとは言い難かった。しかしティアナが作ってくれたお粥ならば食べたい。それは風邪を治すためにというのもあるが、一番の理由は、今さっき見た夢の記憶と絡み付く想いを追い出したかったからだった。しかしそんなことを彼女に言えるはずがない。
 いただくね、と私は言った。
「ティアナの料理を食べられるなんて、嬉しいな」
 ティアナは片頬を引き攣り、困ったように笑う。
「料理というほどではないと思うんですが」
「ティアナは料理よくするの?」
「朝と夜の食事は。こったものは作れないし必要もないので、適当に作って食べます。お昼は喫茶店で紅茶だけ飲んで済ませることが多いですね。なのはさんは? 台所を見た感じでは自分よりもずっと使い込んでいるようですけど」
「私の場合は日常的に作らないといけなかったからね。小さい頃にそう習慣づけちゃったから、今更ちょっと直せない」
「でもご両親はいるんですよね」
「お母さんだけだけど。忙しい人だったからね、朝食こそ作ってくれてたけど、夕食やお弁当はだいたい私が作ってたよ。喫茶店の娘だってこともあって、味付けにはそれなりに自信があるし。ああ、今度ティアナにも作ってあげるね」
「楽しみにしています」
 ティアナはにっこりと笑った。
「それじゃ持ってきます。あ、お醤油はどうします?」
「醤油をかけるの、お粥に?」
「薄口の醤油はお粥によく合うんです」
 ティアナは再び台所に向かった。彼女が戻ってきたときには、盆に載せられたお粥と醤油と水があった。のどが渇いていた私は、まず水に手を伸ばす。とりあえずのどが潤うと、お粥の入った茶碗に手を伸ばすが、ティアナに取り上げられる。
 当然手に掴めるものだと思っていた茶碗が取り上げられて、私の手は宙を彷徨う。あれ、とティアナを見上げる。ベッドの傍に膝をついたティアナがこちらを炯眼している。
「……ティアナ」
「意地悪するつもりはないんですけど、食べさせてあげたくて」
 彼女は取り上げた茶碗にスプーンを挿し、口元に持ってくる。
「まだ兄が生きていた頃、風邪を引いて寝込んだ時にしてもらったことがあったんです。だから一度やってみたくて」
「他の人にすればいいのに」
「そんな人いませんよ」
 私は口を閉ざす。だがティアナはそのことはどうでもよさそうだった。
「やっぱり嫌ですか?」
 ティアナにじっと見つめられる。腕もスプーンも引かない。細いながらも湯気が立っている。そのお粥は私の胃に入るのを待っているのだ。カキの出汁の入った醤油がいい香りを漂わせている。鼻が詰まり気味なのにわかるということは、実際にはもっと強く、いい香りなのかもしれない。
 「やっぱり自分で……」とティアナが言いかけるが、私は遮った。
「お願いするよ。私は一度もこういうことをしてもらったことがなかったから、食べさせてもらうのもいいかな」
 風邪を引いた時だって、私は自分でお粥を作って食べて、奇麗に洗った。母にばれないよう、家の常備薬と水を胃に流し込んで治した。心配させないように、と一人で全部抱え込んだ幼い頃を思い出すと、少し口の中が苦くなった。だが母は悪くない。自分が勝手にしたことだし、それにあんなものはたいしたことではないのだ。
 振り払うように目を閉じ口を開くと、スプーンが入る。私はそれを唇で含み、お粥だけを舌に乗せる。
「どうですか?」
「うん、おいしいよ。もっと欲しくなっちゃった」
 醤油の入ったお粥は、確かにおいしかった。
「ティアナ、もっとくれる?」
「はい。もちろんいくらでも」
 また口の中にスプーンが差し込まれる。口内に広がるしょっぱい味は柔らかく舌を刺激する。それらを何度も繰り返しているうちに、先ほど感じた苦味なんてものはいつの間にか薄れていた。
 茶碗の中身を全て食べ終えると、私は再び横になった。枕に頭をうずめると、思わぬ溜息が漏れる。知らないうちに疲れていたようだ。ティアナは使った食器を洗っている。私は台所で跳ねる水の音を聞きながら、夢の事を考えていた。押し込めていたはずの記憶を、どうして自分は今頃引き出そうとしているのだろう。アリサちゃんとはもう関係ない。あれから会うことも話すこともしていないのだ。
 アリサちゃんの顔を思い浮かべようとしても、すぐには浮かばない。だがもちろん、空に散らばる星屑をかき集めるよりは簡単だった。少しずつ時間をかけていけば、アリサちゃんの顔は思い出せる。水底に沈めていた記憶の断片を引きずりあげて、組み立てればいい。そうすればアリサちゃんの顔は浮かぶ。
 彼女と過ごした日常。そして屋上で見上げた空の色、繋いだ手の温かさ。
 それらは二度と戻ってこない時間の中に浮かぶ星屑だった。多分知らないうちにブラックホールみたいな場所に変質してしまったのだろう。そして手の届かない場所になった。誰のせいでもない。元々永遠なんてものは存在しないのだ。
 私はまた一つ、溜息をつく。
 やはり疲れているようだった。熱のある時に思考し過ぎたせいだろう。
 私がぐだぐだと考えているうちにティアナが戻ってくる。彼女は私の額に手を当てた。冷えた掌が気持ちいい。ずっと乗せていてほしいくらいに彼女の手はよく冷えていた。しかし意識ははっきりするどころか、どんどん混濁していく。ゆっくりと流れる時間の中で、目を閉じたり開けたりしていた。
「寝ていいんですよ」
「ティアナがいるから」
「大丈夫です、寝てもちゃんといますから」
「でも、家には帰らなくていいの?」
 私は一応聞いてみた。彼女は口元を緩め、私の髪を撫でる。
 大丈夫です、と彼女は言った。
「だから貴女は何も心配しないで、眠ってください」
 私は頷いただけで、それ以上何も言わなかった。もう意識はほとんど沈んでしまっていたのだ。ただ眠ってしまいたかった。
 でもまた目を覚ましたところで、世界はもちろん続いている。


 ⇒8.月は一つでいい

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