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2019-11

別の世界を願うなら―9

第9話「愚かしい劇と忠実な視線」
8.月は一つでいいの続き。
なのはとティアナの物語。パラレルです。
この世界のなのはさんはどうやら、淡白なようで根深かったみたいです。

――なのはは弱かった。
でも一人で生きていけないほどじゃない。だから良い。
そう笑ったら真剣な視線に刺され、血が流れた。でもそれは濁りのない鮮血。
だからなのはは考えることをやめた。しばしの間だけ、なのははそうすることにした。

ティアナががんばる話。
もしよろしければ続きよりどうぞ。



 別の世界を願うなら

 9.愚かしい劇と忠実な視線


 それから私たちは揃って『Lullaby』へ足を運んだ。
 ティアナはまた曲を弾いてくれた。私はあの時のようにカウンター席に座り、彼女の演奏を澄まして聴いていた。ピアノに向かう前に彼女が「弾いてほしい曲はありますか」と訊いてきたので、この前二番目に弾いてくれた曲をリクエストした。『月の光』だ。
 私がその曲の名前を知っていることに彼女は驚いた。言ってなかった気がしますが、と青藍の瞳を丸くさせたが、私ははぐらかした。
「ちょっとした偶然があって」
 その時の気持ちをうまく説明できる気がしなかった。だから私はティアナの背を押した。
「リクエストはそれだけだよ。他はお任せするね。ティアナが演奏してくれるならどの曲でもきっと楽しめると思うんだ」
「それってなんだか……」
 ティアナは言いかけて、そのまま言葉を飲み込んだのがわかった。笑おうとして失敗したような顔。彼女は踵を返し、何とも表現しがたい表情を残していく。
 席についた私は適当に目についたものを注文した。マスターは特に言葉もなく、グラスをテーブルに乗せる。ティアナの演奏が始まった。“どちらにせよ”ここで聞く最後の演奏なのだろう。
 荷造りはすでに終え、荷物は段ボールを一つだけ明日の朝に配達してもらう予定だ。冷蔵庫や洗濯機なんてものは実家に戻れば不要だから、処分してもらうことになっている。アパートも解約したし、海鳴に渡る手続きも完了した。そうしてミッドチルダを離れる準備を心と一緒にしてきた。
 マスターの方に視線をやると、俯いた顔が見えた。苦労と努力を重ねたものだけが刻めるしわ。マスターは手際よくグラスを磨いている。そして鼓膜に沁みていく、哀しく美しい調べ。……もうここに来ることもないだろう。二度しか来たことはなかったが、そのことを思うと少しだけ寂しくなった。

 帰り際、ティアナはマスターに一枚のCDを渡した。もう来られなくなるから、良ければこれを流してほしいということだった。
「マスターやママの好きな曲をいくつか入れておいたので、気が向いたときにでもお願いします。もちろん市販のものとは音など劣ると思いますが」
「いいや、ありがたく流させていただくよ。生きているうちに、擦り切れるまで聴かせてもらうさ。それは迷惑じゃないよね」
「当たり前です。凄く嬉しいですよ」
「またこちらに来ることがあれば気軽に寄ってくれて構わないから。二人で君がくれたCDを聴きながら待っているよ」
「……はい」
 ――ほらティアナ、考え直すなら今のうちだよ。
 私のところになんて来ても仕方ない。何も得るものなんてないし、私がティアナに出来る事といえば、歌うか抱くかなんだよ。楽しい事なんて何もない。ピアノは弾けるかもしれないけど、どうせ弾くならここの方がティアナにはいいに決まってる――そう叫ぼうと思ったが、酷く場違いな気がしてやめた。
 私は扉を開け、外に出て待つことにした。扉を閉める前に、ティアナのすすり泣くような声が聞こえたが、夜風が擦れるヒュウという音にまぎれて掻き消えた。

 卑しい感情が胸中でつむじを巻いていた。
 寂然とした部屋で明かりも点けず、ベッドに凭れて座っていた。カーテンはもう無く、月の光だけで十分すぎるくらいの明りが部屋に満ちている。
 ティアナが膝を抱えて隣に座る。月明かりに照らされ浮かび上がる彼女の横顔に、一分くらいは見惚れていた。整い過ぎて、なんだか怖いくらいに綺麗な顔だと私は改めて感じた。こんなにも綺麗な顔をしている彼女が、それより綺麗だという母の顔を想像しようと思ったけれど、やはり無理だった。
 ティアナの顔をじっと見詰めていると、彼女は仄かに頬を染めて、どうしたんですと尋ねてきた。私は首を振り、何でもないよと答える。すると彼女はみるみる神妙な顔つきになった。悲哀が表情に滲んでいる。すっきりとした目鼻立ちが彼女の愁いをより明確に表現し、私の胸は鈍く痛んだ。
 それらをどうにか振り払うと、私は一呼吸して歌った。――あの屋上でアリサちゃんに歌ったように。でもこれはティアナにだけ歌う唄だ。ティアナははっと私を見返してきたが、ちょっとだけ微笑んで合図をすると、すぐに聴く態勢に入ってくれた。
 歌うというのはなにも今思いついたわけではない。好意を伝えられた次の日、詩を書いた時から決めていたのだ。
 歌いながら、空いた手でティアナの肩を抱き寄せた。その手でリボンを解き、髪を指で梳く。兄がくれたというリボンで二つに髪を結った彼女も綺麗だが、下ろした姿も綺麗だった。
 歌っている間、それは多くを思い出した。自分の人生において起こった、矮小ながらも自分にとっては大きな出来事のすべて。父の死や、母の笑顔を確かなものにしようとした時の決意、アリサちゃんとの日常、学校の屋上でのこと。そしてティアナと出会った時のこと。
 隣で目を伏せている彼女と出会ってから、もう四ヶ月近く経ったのだと思うと、軽く驚かされる。その間、ティアナは沢山の事を私に話してくれたような気もするし、伝えてくれたような気がする。だが自分の方はちっとも心の中を見せていないのだ。
 一呼吸つき、私はティアナの手を取った。長くて白い指は細く、温かい。一瞬だけ絡めると、彼女の指から自らの指を剥がした。
「きっとさ、ティアナは来ない方がいいよ」
 私はベッドによじ登り、寝転んだ。もう窓辺のグラスは片付けてしまったから、天井に青白い線は引かれていない。ただ白い光が満ちているだけだ。
 眩しいな、と思った。カーテンを取り払ったのは間違いだったかもしれない。少し眩しすぎる。淡い輝きのはずなのに、それは目に滲みる程強くもあった。
 瞼を開いたまま天井を見据えていると、ティアナが立ち上がった。私が寝転んでいるベッドに腰を下ろし、脱力したように上半身を倒す。別に彼女の方を向いたわけじゃない。空気が混ざる感触と音でわかっただけ。私はただ、これから自分が言おうとしていることにうんざりしていただけだ。
 ティアナの視線を感じる。胸に嫌なものが広がっていく。
 ――どういうことですか、と彼女が身体を起こして言った。私も体を起こす。
 どうもこうもないよ。私は溜息を吐いた。
「私は多分、ティアナが思っているよりもずっと弱い人間なんだよ。ティアナのお兄さんみたいに魔法も使えないし、心だって弱い。だから今はまだ大丈夫だとしても、これから先ティアナは私に呆れたり失望してしまうことがあると思う。だから、考え直すなら今しかないよ」
「考え直す?」とティアナは言った。
 そうだよ、と私が返す。
「そしてそれは今しかない」
 解いたティアナの髪が、月明かりを浴びて銀朱に輝く。その髪をそっと撫でる。こうやって突き放すふりをしてしがみつている自分が情けなかった。舌はやっぱり突き放す方へと動いているのに。
 言葉は嘘じゃないし、実際にそう思っている。でも否定してくれればいいのにとも思う。あまりにも放埒な考えだ。理解はできているのに、言葉は止まらない。
「考えてみようよ、ティアナ。どちらが利口か」
 感情が走る。
「その気になれば確かにミッドチルダには戻れるけど、そんなに簡単じゃない。それにティアナのことも傷つけてしまうと思うから。ねえ、それでもいいの? 本当に、私と一緒に海鳴に来てくれるの?」
 もちろん、とティアナは言う。迷いの色など見えない。私はそんなにはっきりと言い切れる彼女が不思議で仕方がなかった。
「どちらが利口かなんて考える必要はありません。なのはさんはいろいろと考え過ぎです」
「ティアナには敵わないような気もするけどね」
 ティアナは息を吐き、私を正面から見据えた。出会った時のような、きつく透明な視線。でもあの時とは違って、そこに慈愛が含まれていた。
 いつから彼女の瞳は空っぽでなくなったんだろう。
 でも訊けばきっと、そんなことも分からないんですか、と呆れるに違いない。そして当然のようにこう言うのだ。――なのはさんが埋めてくれたからですよ、と。
「なのはさんが誘ってくれて、なのはさんがあたしのことを邪魔だと思わないなら、それだけでやっていけるんです。たしかになのはさんに対して呆れないとか、嫌にならないなんて自信はありません。でも、それを含めてもなのはさんを好きでいる自信ならあります。弱いなら私が護ればいいだけです。頼ってくれていいんです。そして、ちょっとずつでも強くなっていけばいいんですよ。そうすることがなのはさんにはきっと出来る」
「でも永遠なんてないんだよ。だから、例え今好きだと言ってくれても、これから先ずっといられるわけじゃない。いずれ離れてしまうなら、今ここで別れた方がいいと思う」
「あたしが自信がある、と言っているんですよ? ティアナ・ランスターが、なのはさんを好きだと告白してるんです。自分で言うのもなんですが、他に言ってくれる人もいないのでやっぱり自分で言います。あたしはしつこいんですよ。だから、ちょっとやそっとじゃ気変わりしません。絶対にです。どうしてかわからないけど、確信があるんです。きっと傍から見れば馬鹿みたいなものですけど、でも自分にとっては馬鹿でも何でもない。なのはさんが好きっていう気持ちは死ぬまで変わりません。確かに『永遠』なんてないと私も思います。ですがこれから一世紀足らずの時間くらい、不変であるものは存在すると思うんです。それが私の心です」
 やっぱり敵わないんだ、彼女にはどうやっても。
「強いね、ティアナは」
「だから護れるんです。今まで空っぽだった自分の心を満たしてくれた貴女を、これからあたしが護るんです。だからなのはさん、もう一度誘ってください」
 私は息を吸う。肺いっぱい詰まった空気は冷たくて、熱くなった胸が落ち着いていく。
 そして私は彼女の手を取った。
「一緒に海鳴に帰ろう、ティアナ」
 私が不器用に微笑むと、全開の笑みでティアナが応えてくれる。その笑顔で私はすべてがどうでもよくなった。考えることが馬鹿馬鹿しく思えたのである。この笑顔の前では、どんな思考も無価値だった。
 ティアナをベッドに倒し、体重をかけて覆い被さる。そうしていると、まるで無尽蔵に照りつける夏の陽をたっぷりと含んだ海に浮かんでいるような心地がした。下からティアナに包まれると、体は生温かい海に沈んでいく。私自身の体が冷たい以上に、彼女の体が温かいのだ。
 背に回された腕が、幼児をあやすように上下する。
 海の底に堕ちていきながら、私は彼女の中にずっと昔のアリサちゃんを感じていた。


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