迷子へと示す道標―1       2008/05/16

目次
1.無言で示された標
2.紅い世界での誓い
3.まよいご

ティアなのです。
ティアナが16歳、Bランク試験の少し前になのはさんが12歳の時代に飛ぶ。
気付けば地球の海鳴市にある公園にティアナは立っている。公園に一人の少女がいる。
ティアナとなのは、二人は半日だけの邂逅を果たす。

ティアナ視点で進んでいきます。
もしよろしければ、続きよりどうぞ。



 迷子へと示す道標


 1.無言で示された標

 失くすものなんてこれ以上ないのだと思っていた。自分以外に壊れるものなんてないし壊れて悲しむべきものもない。自分の死さえ、目標を達成できれば厭わないだろう。私は弱くて、結局は死ぬ気で頑張らないと強くなんてなれないのだ。
 死ぬ気でやったところで辿り着けるかどうかも分からない道だったから、そういう自分の思考を疑うことはない。もちろん今でもそうだ。
 毎日の訓練を終え、泥だらけの訓練着を脱ぎ捨てるとシャワーを浴びてベッドに飛び込む。頭を殴られたように深い眠りに落ちる。また変わらぬ朝を私は迎えるはずだった。
 だというのに、気付けば私は昏い海の中にいた。
 海水に混じる生温かい泥が肌に纏わりついてきて、手や足に絡まる。気持ち悪くはない。むしろ心地よい泥の中へ徐々に沈んでいきながら、私は呼吸した。
 息を吸い込んで、吐き出す。
 何度か繰り返したところで明るい場所に出た。その場所こそが、私が辿り着くべき場所だったのだ。

 Bランクの昇格試験が迫っていた。私はいつも通り自主訓練を終えて部屋に戻ったはずであった。ベッドにもぐり体力と魔力の回復に努めるための眠りにつこうとしていた。だというのに、目を開いた瞬間には画面が切り替わっていた――いや、画面が切り替わっていたことにすら、おそらく気付けなかった。私は朝起きぬけのように、無防備に瞬きをしていたのだから。
 ふっと視界が開け、私はいつの間にか見覚えのない丘にいた。白い手すりの向こうに海が見える。私は見知らぬ公園の真ん中にぽつんと立ちつくしてしまった。
 ここには誰もいないのだ。自分一人しかいない。
 寂然とした場所だった。地面は灰色に塗り固められていて、すぐ傍からは海鳴の音が聞こえてくる。潮がさざめき、塩気をたっぷりと含んだ風が重たげに雲を引き連れていく。空の色は頻繁に移り、一瞬ごとに景色が変わっているようにも思えた。
 ここはどこだろう。私はどこに迷い込んでしまったんだろう。
 考えても仕方ない。頭を切り替えて、私は付近を歩いてみることにした。
 しばらく歩いていたが、遠くの対岸にも人影はなく、まだら模様の鳥が風を切り、頭上をはためくだけだった。白い翼が風を切り、頬に触れる。熱いくらいに陽は照っていたが、じとりとした暑さはなかった。それでも喉は渇き、私はうるおいを求めて蛇口を探した。自動販売機はあったが、あいにく財布を持ち合わせていない。こういう公園には人間が口にできるような蛇口が一つはあるはずなのだ。
 水を探しながら公園を歩いていると、急に周囲の空気が綯い交ぜにされた。肌にピリピリと感じる魔力の残骸。私は思わず足を止めて辺りを見回す。服に潜ませた銃型デバイスを探るが、もちろんなかった。私は軽く舌打ち、気配を探る。さっきまで一人だったことは間違いないが、この公園には今誰かが居る。
「――そこ!」
 強大な魔力の発生源を、ついに突き止めた。大きすぎる魔力。危険、と警報が脳内でかき鳴らされる。私はこれに対して呑気に構え、歩み寄る余裕などなかった。無害なものなら、謝るかすればいい。いずれにせよ、何かがあってからでは遅かった。
 私はその人物の背後に回り捕獲するつもりだったが、踏み切った時にはすでに目標を喪失してしまっていた。目標といっても、姿を見たわけではないのだ。ぎりと奥歯を擦り合わせる。しかしそんなゆとりはなかった。
「あの、どうかしたんですか」
 振り返った先には、女の子がいた。私は目を疑う。白い服を着た見た目小学生ぐらいの少女が、大きな瞳をくるりと転がし、首をかしげていたのだ。しかし、一見可愛らしく見える少女こそ、先ほど自分が捕獲するつもりだった人間だ。
「あなた、さっき」
「あ、すみません。何か不穏な気配を感じて、つい避けちゃったんですけど。もしかしてあなたですか?」
 私は口を開けなかった。彼女の手には、デバイスらしきものが握られていた。紅い宝石は、紐こそつけられているが、ペンダントなどではない。
「それとも時空管理局の方かな」
 事実だが、何も馬鹿正直に言う必要はない。なんせ相手の素性は何も分からないのだ。硬直していても仕方がない。私はとりあえず少女の名前を尋ねることにした。これ程の魔力を持ちえるものが時空管理局にいれば名前くらいは聞いているだろうと思ったのだ。直感的に、危険なのは魔力の大きさだけではないとどこかで察知していたからかもしれない。
 少女は高町なのはと名乗った。管理局員らしいが、私はその名に覚えはなかった。珍しい響きだ、それに何かが引っ掛かる名前だった。つい最近、身近で聞いたことがあるような。
「あなたは、なに。局員?」
「そうですね。戦技教導隊入りを目指しています。教導官になりたいんです」
 ふうん、と私は鼻を鳴らす。
「魔導師ランクは?」
 BかAか。その辺を予想していた。今度私が受ける試験がBで、そのあたりだと思っていたのだが、予想は裏切られるためにあるものだ、というように少女は「今はAAA+です」、とさらりと言った。
「来年のSランク昇格試験、受けようと思っています」
 教導隊、それに魔導師ランクAAA+だって?
 私は顔をしかめる。こんな小さな子が、あのエリート集団の隊を目指している。私の目指す執務官だって、今はまだ遠い夢だ。いつかは必ず受かってみせると日々努力は欠かさないが、それにしてもこの年ですでに手が届く位置にあると考えると、彼女の実力は相当なもののように感じた。
 しかし幼い子だ。身長だって私の三分の二程度で、それなのに自分よりもよほど――。
「よかったらあなたの名前を教えてくれませんか?」
 幾らか考えをめぐらし、まあそれくらいならと言うことにした。同じ管理局員みたいだし、どうやら言葉に偽りはなさそうだ。
「ティアナ・ランスターよ。二等陸士」
「はあ、偉いんですね」
「でもないわよ。少なくとも魔導師ランクはよほど下で……っと」
 自分は何をいらないことまで言っているんだ。余計だ。こんな幼い子よりも四つ下だなんて、言えるはずがない。笑う子ではなさそうだけど、私自身のプライドが許せない。
「でも、ティアナさんですか。綺麗な名前です」
「別に、まああんたのは変な名前だけどね」と私が言うと、少女は苦笑を漏らした。年に似合わず、老成した笑い方をするなと咄嗟に思った。そう言えば名前の響きがスバルと若干似ている。
 しかしそんなことはどうでもいい。
「蛇口がどこにあるかわかる? あとここはどこ」
 つまり、目下の問題はそこだった。
「この公園に蛇口はないんだけど、もしかして迷子さん?」
「違う」
「え、でもここがどこか分からないって」
「気付いたらここにいたのよ。もしかしたら転移魔法で、ううんそんなはずはない」
 何故か公園に来る前の記憶がない。それまで疑問にも思わなかったが、考えてみると不思議なことだらけだ。それに先ほど自分が危惧した魔力が今はしぼんでしまっている。錯覚かと思えるほどに。だが私ははっきりと少女から何かを感じた。避けがたい何かを。でも私にはわからなかった。
 分からないことが多すぎる。ならばとりあえず状況把握が必要だった。
「あの、ティアナさん。ここは海鳴です。地球にある海鳴市。あなたはミッドチルダから来たんですよね」
「そうだけど、地球って」
 聞いたこともない名前を出され、私はつい怪訝な顔になる。と同時に、思い出さなくてもいい事を思い出してしまった。――そうだ、“高町なのは”。管理局のエースオブエースと同じ名前なのだ。名前もだし、教導隊というところまで同じ。更には顔つきまで似ている。あのスバルが持っていた写真の人を幼くした感じだ。しかしそんなはずはない。ただの同姓同名に違いなかった。時を遡らない限りはあり得ない。
 だけれども、私の中の何かが警鐘を乱打している。世の中にはありえないことなど何もない。そう言っている。ゆっくりと、水の中のソレを拾っていくうちに、やがて形作られる。ソレは私にたった一つの“有り得ないこと”を悟らせる。
「大丈夫ですか」
 私は返事ができなかった。少女は心配してくれているのか、顔を寄せ、頬に手をあててくる。近づいて分かったが、幼いのに綺麗な顔立ちをしていた。成長したら、それは美人な教導官になりそうだ。
 私のそんなどうでもいい思考をよそに、少女がやや口調を強め、「水はないけど、私水筒持ってるから。お茶ならありますよ」と言った。調子が悪いとでも思っているんだろうか。しかし喉が渇いていることは明らかだったため、私は肯く。
「もらうわ」
 近づきすぎた距離にそっぽを向くかの如く、少女から顔を逸らす。
 とりあえず傍にあったベンチに腰を下ろすことにした。そこで少女は傍に置いた赤い学生鞄から水筒を取り出し、差し出した。私は渋々ながらお礼を言って受け取る。スバルが見ていたら仰天するかもしれない。
 喉を上下させながら飲み干していると、少女がじっとこちらを見ていることに気付いた。「何?」という目で睨んでやると、少女はあわてて顔の前で手を振った。
「ティアナさん、凄く綺麗だなあって思って。すみません」
 私は思わずお茶をこぼしそうになった。が、年のずいぶん離れたこの子の前で取り乱すのもどんなものかと自制する。
「別に謝る必要なんてないわよ」
 それに自分より可愛い顔した人に言われても、と私は言うが、少女にはさっぱりと分からないようだった。きょとんと首を傾げる仕草に、意識して表情を引き締めなければおそらく弛緩してしまっている。心をくするぐるような何か。ぬいぐるみや小動物を目にした時のような愛らしさがあった。だがそれに本人が気付いていないようで、周囲の人間の苦労が思いやられる。
 もっとも自分には関係のないことか。
「あとこれはどうでもいいことなんだけど、敬語いらないから」
「でも年上の方ですし」
「立場的にはあたしの方が下だから。士官学校も落第したし」
 会話の流れが停滞する。私は構わずにお茶をすするが、飲み込む音がやけに大きく響いた。先ほどまであれだけ忙しく動いていた雲が、一切の動きを停止していた。空を五分毎に見上げても、視覚的には全く変化がないように思える。
「しかし地球ね。なんでまたこんなとこに」
 ぼんやりと私は呟く。独り言のつもりで小さく言ったのに、隣に座る少女には聞こえてしまったようだ。「でもいいところだよ」と少女が言った。
「ミッドチルダほど街が整然されても栄えてもないけど、海鳴市は凄くいいところなんだ。少なくとも私は大好きだよ。好きな人達の笑顔と、気持ちのいい空。それで十分だから」
 少女の言葉に、ふと浮かび上がる疑問。
 少女は空が好きなのか?
 少女が見上げる空、それは青く映っているのだろう。少女は空が好き。“空を飛ぶことが好き”なのだ、と。だから疑問は疑問ではなく、すぐに確信へと変化する。問わずとも、少女の気持ちは伝わってきてしまう。とても今日初めて会った人間とは思えないほど明瞭に伝わってくる。少女のその心は、何物にも覆われていない。つるりと剥かれそのままに置かれている。無防備で――だけど強い。
「あなたは、空を飛ぶのが好きなんだ」
「うん、大好きだよ」
「航空魔導師……」
 私がそう呟けば、少女は顔をほころばせて肯いた。
 空を飛べることが羨ましい、と思わなかったわけではない。航空魔導師は私が目指すもの、空を飛べなければ執務官など虚構の彼方に消えてしまう。だから空を飛ぶということは私の目標だった。空隊は落ちてしまったけど、かといって執務官への道を諦めてなんていない。適性がないわけじゃないのだ。
 だから問題はそこではない。私が私自身について苛立つよりも先に、高層を横切っていく風のように爽快な少女の微笑みが心を掠る。そう、少女があまりにも嬉しそうに微笑むから、そんな気持ちはどこかに吹き飛ばされてしまっただけだ。
 少女の笑顔は砲撃に酷似している。少女に笑顔を向けられたものは、みんな堕ちてしまうのだ。
 ――もちろんあたしは違うけど。
 はたしてそれが言い訳になっていたかどうかは、分からなかった。


 ⇒2.紅い世界での誓い

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