2017-06

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Don't shake off.

なのティア前提のなのは→←ティアナ。
最終的には、アリサ→なのは→ティアナ。
そこそこ長いです。

なのはの方がティアナのことを、という意識で書いてみた。
いつもティアナがなのはさん好きっていうのばかりなので、たまにはなのはさんがティアナのことを想っていてもいいだろうと。なのはさんは最初からティアナのことを気にしているような感じだし。
二代目拍手SS君を失うには十分すぎる時間が経った届かなくなった水の底のなのは視点になります。
でも読んでいなくても楽しめるようにはなっていますのでご安心を(?

長くなりましたが、あとは本編とあとがきにて。
アンハッピーエンド。(バッドエンドに非ず)

もしよろしければ続きよりどうぞ。



 Don't shake off.


 ここに青いブドウがある。
 マスカットってわけじゃない。太陽を受け水分を吸い上げ、日が経てばちゃんと紫に変わっていく。だからこの手のは熟していない、硬くて渋味さえ感じられる青い青いブドウ。手の中に何粒か転がっている。
 歯を当てるが、柔らかさなんてものはなかった。それは紫になるまでじっと待てなかった私がもぎとってきた青いブドウだから。舌に広がる渋味なんてものは、感じて当然だった。
 だから私は手の中のブドウを、目の前の海に投げて落とした。小ぶりの粒がポチャン、と気の抜けた音をたてて水面に数瞬だけ沈む。自らの身に起きたことなどわかりもしないブドウは再び浮上し、戸惑っている。どこか睨みつけられているような錯覚。
 いや、確かに睨まれている。
「――。ねえ、怒ってる?」
『……』
「ごめん。でも嘘じゃなかったよ。ごめんね」
 私はそれを拾い上げ、手の中に戻した。それからレイジングハートにするように、私はそれにキスをする。今度は何も味がしなかった。
 やがて青いブドウは自分で手からこぼれおちていく。転がり、海水の中に身を沈めた。
 ――好きになりすぎてはいけない。
 一番大切に思う人に信じてもらえないことが辛いと、今の今まで知らなかった。


   * * *


 昼間、ようやく暖かくなってきたなと感じてもまだ三月。夕方、日が陰ってくると冷えてくる。風がでてきていることもあるだろう、どこからかやってきた雲が空を覆い、夜を真の夜として変えている。つまり明かりのない空だ。
 今私の隣には、一人の教え子がいる。
 目線は少し下、二つに結われた朱の髪を光が幾筋も貫いている。輝き、朱というよりは淡い黄、もしかしたら金色と表現してもよかった。リボンがその子の髪に装えば、一つ魅力となる。はなやかなリボンではなく、黒いものだとして、それがどれほどの障害になるのか。見慣れた防護服の時彼女の髪を結いあげるのが黒いリボンであることも重ねて、一番似合う飾りのような気もした。
 朱と黒は似合う。甘い甘いチョコレートのかかったオレンジを連想する。
 ティアナは息をつく。小さな呼吸だった。どうしてわかったかというと私が彼女のことを抱き締めていたからなのだけど、息が耳の下を掠めてから冷静でいられなくなった。
 私はこのティアナにどうしようもなく惚れている。本人さえ知らないほど深く、ずっと強く好きでいる。ティアナはそのことを信じられないようだった。
 ティアナはいつも私からすっと離れていこうとする。腕を伸ばしてもティアナのことだけ見ているつもりでも、ティアナは私のことを心から信じることはない。想いも、言葉さえ。
「なのはさん、少し痛いです」
 声が胸をくすぐる。
「なのはさん?」
 腕の力を緩めない自分に、ティアナが不安げに問いかける。弱い声。彼女の笑い声をもうしばらく聞いていない。相棒といるときはあんなにも屈託なく笑うのに、どうして私といるとそんなに不安そうにするのだろう。そんなに安心できないだろうか。誰とでも仲良くし、優しい笑みを見せる高町なのはは、誰でも平等に愛を注いでいる――彼女は以前私のことをそう表現した。博愛主義のつもりはなかった。それどころか、たった一人にさえ満足に愛してあげられない。
 好きだと、大切だと。思っている。
 でも相手に伝わらなければ、無いのと同じだった。
「ティアナのこと離したくないからだよ」
 沈黙を押し流したくて言葉を続ける。苦しさによるものか、腕の中でティアナがほんの少しもがく。弱すぎる力は逆に私を苦しめている。無言で追い詰める。私は一層強く彼女の体を自分に押し付けた。
「嫌なら振り払って。逃げられないほどの力はこめてないつもりだから」
 ティアナはきっと知らない。私がどれだけティアナのことを好きでいるか。
「そんなことしませんよ」
 どれだけ誠実であろうと、きっと私と付き合っている限りティアナの不安が払拭されることなどない。
「なのはさん」
「なあに?」
「あたしに振り払ってほしいんですか?」
「どう、かな」
「こんな場所で抱き合って。誰かに見られるかもしれませんよ」
 ここは機動六課宿舎の廊下。訓練を終えてシャワーを浴び、夕食を済ませた後の誰もいない廊下。しかし誰も通らないとは限らない、無人の廊下。
 そんな場所でどうして私が教え子の一人を抱き締めているのか。尋ねなくても考えたらわかるのに、ティアナはやっぱり聞いてくる。予想した通りに。
「平気だよ」
 だから私も冷静に答えることができる。痛みや悲しみといった感情が介入する隙を与えずに、一層の力を腕に込める。ティアナはまた身じろいだ。……嫌だと表しているように見えた。
 ――振り払ってほしいんですか?
 ティアナはさっき言ったけど、彼女は頷く自分が見たいだけなんだ。
「振り払ってほしい」
 そんな彼女を私は裏切らない。
「振り払って。横暴な教導官の腕なんて、優秀なガンナーの腕なら容易に振りほどけるよね?」 
 わがままで、自分勝手でどうしようもないこの人は、私の心を浅く探ろうとする。
 彼女の言葉はいつも表面を掠り、傷を残していく。傷は放っておくとやがて空気に触れて膿み、私はそこから目を逸らさなければならなくなる。当然、まもなく体はそんな傷でいっぱいになった。
 戦場でつけられた傷は誇りに思える。だがこの傷は誇りにはならない。癒す方法はあったけれど、ティアナのことを思えばとても行動には移せず、結局傷は重ねられていくばかりだった。
「――」
 そしてティアナはゆっくりと、私の腕を振り払った。自分の腕からはいつのまにか力が抜けていて、ティアナのしたことは絡まる糸屑をほどいたに近かった。きっと私は無理やり逃げられるのが怖くて、力を抜いていたのだろう。おそらくは無意識のうちに。
 彼女は長く延びる廊下を駆けていき、角を曲がったところで背中が見えなくなった。私も見送るのを止めて踵を返す。宿舎のドアをくぐり外に出てからバリアジャケットを纏うと、私は空に上がった。
 最後にティアナの残した言葉を思い返せば、今日もなかなか眠れそうになかった。
「このままだともしかしたら」
 視界がかすんでいく。思考はより一層曇っていく。
「貴方を本当に振り払ってしまうかもしれない」
 こぼれてくる月明かりが冷たくて、春も間近なのに雪のように空気が白く結晶していた。
 夢はまだ遠い。

 どれくらい前になるだろう。遠くない昔、ほんの一、二ヶ月程度以前の話だ。私は信じて、と彼女に言ったことがある。いや、“よく”言っていた。
 まだティアナがなりふり構わずに向かってきてくれた頃、彼女はびくびくしながらも嫉妬をちゃんと表してくれていた。今のように押し込めるのではなく、二人きりのときに腕をつかんだり壁に押し付けたりした。だがそれはよかった。ティアナの気持ちが見えていたから、体の痛みなんてどうということはない。
 ティアナの問いに私が答えることはいつも同じで、彼女は辟易していたことだろう。
「貴方の好きな人は誰なんです」
「ティアナだよ」
「じゃあ恋人は?」
「ティアナ」
「貴方の中であたしはどういう存在ですか」
「すごく、大切な人」
「嫉妬ってとてつもなく醜いですよね」
 唐突にされた話題変更。一日の予定を終え二人きりになった時、ティアナの精神状態は常に不安定だった。つまり私がそうさせているも同義。つまり、私と付き合うようになったせいでティアナは心に苛立ちを抱えている。
「呆れるわよ。本当に……汚くてどうしようもなくて、好きな人を困らせるだけの感情なんていらないんじゃないかっていつも思うくらいなんだから」
 たまに漏れる、敬語ではないティアナ素のままの言葉。嬉しさよりも自嘲の笑みを浮かべる彼女が悲しそうで、させているのは自分だと言われているようで苦しかった。
 離れられないのは、それでもティアナが好きだから。
「あたしはなのはさんがいればいい。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれないけど、でも本心だから。なのはさんはどうですか。なのはさんはあたしだけで満足できますか? あたしだけじゃいけませんか」
 ティアナの叫びが胸に響く。反響が痛い。
「あたしの傍にいてください。あたしだけのことを見て、他のものなんて目に入れないで」
 私はすぐに、フェイトちゃんやヴィータちゃん達のことを言われているのだと気付いた。いや、それだけではない。もう幾度となく尋ねられたことだった。
 ほんの少し顔を傾ければキスができるほどに近く、しかし絶対的に遠い距離でティアナは囁く。柔らかくて、それでいて鋭利な言葉に刺され、私はその日もやっぱり動けない。
「あたしだけで、いいじゃないですか」
 全身を凍りつかせた私に、熱湯を浴びせかけるかのようにティアナが微笑する。熱い視線。しかしどこかで醒めている。諦念の枝は確実に彼女の心へと伸びていた。
 きっとここで頷くことができれば、すべてが上手くおさまったに違いないと今でも確信できる。ティアナは私の確かな言葉を求めていた。真実を。
「ティアナのことは大好きだよ。それは信じてほしい」
 続く言葉があると、彼女は分かっている。ティアナは瞼を落として私の言葉を拒絶する。唇を塞がれないのは、私の言葉をそれでも聞いてくれる気持ちがある、という自惚れた推測。
「信じて……」
 そんな私は今日も同じ言葉を繰り返すのだ。
 だけど私には護りたい人や護りたいものがあるから、と。ティアナの求めた言葉とは程遠い答えを最後には告げた。
 今、ティアナは私に質問さえしなくなった。


 昼下がり。訓練前のちょっとした休憩時間、私はメニューについてレイジングハートと事前の打ち合わせをしていた。
 宙に浮かぶレイジングハートと廊下を歩きつつ何の気なしに窓に目をやれば、食後の腹休めにかティアナとスバルが白と紺の訓練着のまま中庭に寝転んでいる。機動六課のオフィスの窓からも彼女達の様子は眺められた。スバルはもちろん、ティアナも欠伸をこぼしたりしてのんびりと気持ちよさそうだ。親しい人と交わす気を抜いた笑みや、他愛ない戯れに興じるティアナは、夜に見るような切羽詰った表情ではなく、年相応に輝いている。
《master...》
 風が彼女の髪を梳いていく。絵本に描かれる太陽のような明るい橙色が空に溶けていくさまは、まさに絵画そのものだ。夜、月明かりの中で見るティアナも、それは美しく艶やかであるけれど、日の下で口元を微かに緩ませたティアナも可愛らしい。絵描きが筆をとれば、キャンバスには間もなく平常より大人びた、しかし可憐な少女が浮かび上がることだろう。表題はこうだ。
『陽だまりに抱擁されし射手』
 悪戯でもされたのか、恨めしくスバルを見上げるティアナの表情は生き生きとしている。勢いよく上半身を起こすときに彼女の朱の髪が芝生をかすめた。
 ティアナの髪が私は好きだった。
 まさしく陽だまりに抱擁されたような朱色をしたまっすぐな髪。撫でるのもキスをするのも、指に絡ませるのもとても気持ちいい。セックスをしているときよりも、実は好きだったりする。ティアナの頭を抱いたまままどろむことができればどんなに幸せか。最近は眠りが浅いから、きっとよく眠れる。
《master》
「大丈夫だよ」
 だけどもう叶えられそうにない。すべては自分の不誠実が招いた現実だった。
 依存されること自体を重く感じたことはなかった。嫉妬もティアナにされるのならいい。だがそれらに応えられない自分に嫌気が差したのだ。
 昼間のティアナを思い出す。陽が彼女の笑顔に呼応するように降り注いでいる、そんな昼。何もかもが彼女たちのことを引き立て、輝かせているような錯覚がした。そこに私の介入は許されない。あの場面において、私はティアナの温かい世界を壊す不届き者になり下がってしまう。
 ――会いたい。近くでもっと、ティアナの顔を見たい。
 偶然を装って挨拶をすればよかった。しかし何かが進もうとする足を拒んだ。なんだろう。ティアナ。
 真っ直ぐに見詰めてくれるティアナと一緒にいるには、自分も真っ直ぐに応えなければならない。でなければ彼女の想いを受け取っても抱き止めること叶わない。胸に仕舞って腐らすだけ。そのうち腐敗するのは目に見えている。
 いや、すでにその片鱗が訪れているじゃないか。ティアナが嫉妬さえ見せてくれなったことが、その証。
 だけど私には責められなかった。
 不誠実な「信じて」という言葉に、いったいどれ程の価値があるものか。信じられるものなんて、私の行動の伴わない言葉だけ。それでは信じるに足りない。
「――、っ」
 息が切れる。体の節々に鈍い痛みを覚え、視界が揺らいだ。仕方なく足首のフィンを消す。地面に足がつくと冷たい汗が草の上に幾滴も落ちる。
 毎夜恒例となった訓練。夜が深くなっていた。
 待機状態に戻した赤い宝石が私のことを心配している。レイジングハートは私の飲み込んだため息を引き出そうとして、今日も失敗するだろう。悪いと思ったけれど、一度吐き出してしまったら二度と飲み込めない気がして甘えられなかった。まったく、可愛くない。
 頑なに平気を主張する私に、レイジングハートは点滅を消した。
 そろそろ部屋に戻らなければ――。
 親友が、騎士が自分を心配する。
 そう私は宿舎に重い足を向けかけたところで、入口から出てくる人影に気がつく。私の心臓が跳ねるのは他の誰でもない、彼女にだけ。
「早く寝ないと体にさわるよ?」
「ちょっとだけ、いいですか」
「……うん」
 どきどきする、手が震える。声が擦れる。
 そうなってしまうのはティアナしかいなかった。

 好きにならなければ、お互い傷つくことなく機動六課解散までの日々を苦しいながらも幸せに過ごせたと思っている。
 いや、自分は幸せだった。ティアナを好きになって求めた今でも、幸せな時間があったことは間違いない。それは否定してはいけない。ただティアナはどうだろう。私といることで、ティアナは少しでも幸せを感じられたのか。逆に苦しみを与えるだけ与えて、幸せを奪ってはいないか。
 訓練ではどんどん磨かれていくティアナたちの技術や才能は目に見えて輝いていたし、手伝い、導いていく私も心が沸き立つ瞬間が何度もあった。例えばそれは模擬戦。例えばそれは訓練データを作成しているとき。日々成長していく四人のことを考えると近い未来離れる寂しさはあったが、喜びの方が上回っていた。
 私はティアナの一生懸命に頑張る姿に惚れた。一目惚れでも劇的な何かがあったわけでもない。少しずつ、少しずつ惹かれていった。
 スカリエッティ事件が終わって私はティアナに告白した。少し照れた笑顔で、ティアナは受けてくれた。涙が溢れて止まらず、拭う指がふやけるほど嬉しかった。付き合い始めて最初の四ヶ月間の幸福が、それから後の四か月を追い詰めていったとしても。

 気がかりはティアナだった。私のことなどで集中力を乱してほしくない。進路も、フェイトちゃんに執務官補佐の話をもらっている。教導官以外でのなのはという存在は邪魔になるだろう。ティアナもそのことを感じていたのだ。
 話し合いはごく簡潔なものだった。
 別れたいと言われた。ストレートな物言いはティアナには珍しいが指摘しようと思えなかった。もともとティアナははっきりという性格だった、私が言葉を奪っていたのかもしれない。いくら言っても通じない私に、まっすぐな気持ちをぶつけるのに疲れて。
 ああ、なんだ。全部自分のせいだ。
「もう無理です、続けられない。苦しいんです貴方といると」
 関係を修復しようともせず、さんざんに傷つけてきた自分だ。拒否することなど許されない。そもそも、怒りや悲しみなどなかった。仕方ない、という言葉が浮かんだ。むしろティアナにこんな言葉を言わせている自分への怒りが膨れた。自己嫌悪なんて生温いものではない、赤黒く煮えるような激情を抑えなければ立っていられない。
 怒りが引いてきた頃、波が引くように悲しみが押し寄せてきた。
 しかし、私は黙ってティアナの話を聞いていた。クールを装った顔で、仕事の報告を聞くように別れ話を聞いていた。
 彼女の言葉が途切れた時、私はずっと彼女を見つめたままだった。
「冷たいんですね。あたしのことなんて本当はどうでもいいんでしょう?」
 ふるふると首を横に振る。それが精一杯の反応だった。思わずに私は傷ついていたのかもしれない。
「嫌だとは言ってくれないんですか」
 それだけのことをしたのだ。どうして引き止められる。
「ティアナが別れたいなら、私は」
「別れたくなんてないですよ!」
 ティアナが叫ぶ。儚い怒号を自然に受け入れてしまう。
 ティアナの落涙は止まらない。頬に作られた涙の道は明らかに設計ミスで、修復するのは私の役目。指先で払って道をかき消して、柔らかな表面をあらわにしてあげなければならない。ティアナの頬には涙が浮かぶより、笑みや照れを浮かべているほうが正しいのだ。
 しかし涙を払ってしまえば戻れなくなる気がした。コバルトブルーの瞳にいったん惹きつけられてしまえば、あとはなし崩しに抱き締めてしまいそうで。涙は止まることなく勢いを増すだけだ。それだけは避けたかった。そんなのは誠実とは言わない。
 でも本当はその方がいいのかもいしれない。私のために。私の幸せを考えれば、どんな形であれティアナと一緒にいられれば幸せなのだ。誰よりも想っている自信がある。
 ただ、誰よりも幸せにできるという自信は――ない。
「もうすぐ機動六課は終ってしまうんです。なかなか会えなくなります。だから、このままじゃあたし達……、あたし」
「ティアナ」
 ――その決定的な。終わりを告げたのは、赤だった。
 赤い赤い、食紅を数倍濃くしたような鮮やかで眼に痛い赤。口の中がなんとなく塩辛かったが、習慣から緊張感が膨れ上がる。静まりかえった宿舎が途端、慌ただしく動き出した。
 室内を赤い蛍光が満たし、第一級警戒態勢のアラームが鳴り響いている。そのあとで部隊長から命令が下された。
 出動だった。
 空戦、それもフェイトちゃんとヴィータちゃんと一緒に空に上がることになる。
 私はティアナを見た。話は客観的には途中のようで、すでに終止符は打たれている。悲しいという感情さえ追いつかないまま、ティアナは終わらそうとしていた。私も受け入れている。いや、受け入れようともがいているのだ。
「なのはさん、行くんですね」
 そこでティアナを見てしまったのは、彼女への想いが未練がましく地から足を離そうとしないから。
 私はつい彼女の手を取ってしまう。熱い指が力なく乗せられる。
 互いに握り締めることはない、触れているだけの両の手。
「……ティアナ」
「わかってます、大丈夫です」
 大丈夫、だけどこれでお終いだというのは、何よりも明確にお互いの表情が語っていた。ふと邪な考えが浮かぶ。
 もしここで行かなければ、ティアナと続けられるんじゃないか。
『あたしの傍にいてください』と言ったティアナを思い返す。『あたしだけで、いいじゃないですか』ここがその場面なのではないか。執務官への夢を懸命に追いかけ、実現させようと頑張っているティアナにここまで言わせてしまった。それに報いるべきなのではないのか。
 ――行くんですね。
 首を横に振って、笑顔で抱きしめればティアナを失わずに済むかもしれない。私はティアナが好きだった。大好き。愛している。誰にも渡したくないし、離れたくない。私自身もティアナのものだと思っている。
 だけれども鼓膜を貫く無機質なアラーム。視界を埋める赤。私のいるべき場所がどこかを訴えている。はやてちゃんの困った声と、フェイトちゃんの私の体を懸念する言葉。ヴィータちゃんが前にいって私を護ろうとしている。
 ティアナ。
 ――行くんですね。
「行ってくるよ」
 私は彼女の手を解放した。
「いってらっしゃい、なのはさん。どうぞお気をつけて」
 背中からティアナが送り出してくれる。表情は見えない。
 すべてを捨ててティアナと一緒にいられたらよかった。
 ティアナの、なのはさんと呼ぶ声が震えていた。なのにやけに他人行儀に響く言葉が泣きたいほど悲しくて、悟られないように急ぎ足でヘリに乗り込んだ。
 中では誰も私に声をかけない。パイロットのヴァイスくんも、フェイトちゃんもヴィータちゃんも。優しい人たちに囲まれて、私は安心しすぎていたのだろうか。ティアナを置いてきたという事実を責めるのは自分だけだった。だが、だからこそ。
 空から地上を見下ろした。六課の宿舎は見えないけど、この下のどこかにティアナがいる――そんなことを戦場で考えるはずもなく、私はすぐに目の前の敵に意識を集中した。全機撃墜の声を聞いて帰還命令が下りて初めて気を抜く。
 すべてを捨ててティアナと一緒にいたかった。
 嘘じゃない。何度もここにいる、と言いたかった。でも実際に私は言えなかった。じっと我慢強く傍にいてくれようとしたティアナに対して何もできなかったのだ。
 そして最愛の人に別れを告げられた直後でも戦闘には集中できた。
 春が訪れる前の冷たい夜風が、針のようになって体を貫いていく。二人の親友が無言で手を引いてくれ、私はようやくその場から離れられた。

 握手もキスもさよならもない別れ。
 振り払わないで、とついに言えなかった。
 機動六課解散後しばらくして、一つの電話が鳴った。懐かしい懐かしい幼馴染の声は、微かな怒気を含んでいる。だが私にはそれすら懐かしく、涙が出た。電話をとった部屋には私以外に誰もいなかった。ティアナも、誰も。
 彼女は言った――あたしにはなのはの全部を受け止められる、と。
 電話の声に腕を引かれるようにして、私はまもなく海鳴へと帰郷した。


 * * *


 潮風が頬を掠めていく。
 海鳴臨海公園にある木造りのベンチに腰かけて、老境に入った人のように行き交う人や空を無心で眺めていた。死にゆく心を思えば、あながち間違った例えでもない。私は無駄な時間が過ぎていくことも恐れず、また気にしなかった。
 日が陰ってきて、それまで雲と一緒に空を泳いでいた思考をようやく自分の中に取り戻す。
 拾ってきた青いブドウ。体温ですっかりとぬるくなった粒を掌で転がしながら、私は考える。機動六課での日々、ティアナのこと。それから後のこと。
 年は経て、季節は幾度も巡っていた。夜を過ごした回数は千を超える。

 別れから間もなく春が来て、桜がひっそりと咲いた。
 四月二十八日、機動六課が予定通り一年の任期を終えて解散する。視線はしばしばティアナの元へ行った。ティアナの表情は終始浮かないまま、私を一度見ただけであとは宴会の席でスバルと一緒になり、キャロやエリオも巻き込んで騒いでいた。彼女たちは一度挨拶に来たがそれだけだ。スバルは少し目のほとりに涙をにじませていたようだったが、特に慰めることをしなかった。せいぜい頭を撫でるくらいだ。ティアナは無関心、だから私もそれ以上は見ようとしなかった。
 五月になると元の戦技教導隊に戻り、ヴィータちゃんを新たに迎え入れる。こうして六課に出向する以前の日常が訪れた。しかし護ろうとして、護りたくて大切な人を傷つけてしまった自分に疑問も感じていた。
 護りたいものや人があって、実際に護れているとして。ティアナの心を護れなかった自分に魔導師を続けていく資格が果たしてあるのかと。特に人を教えて導くなんてことができるのだろうか。私に、できるのだろうきっと。何食わぬ顔で白い台の上に立って、大勢の人に教導していく。辛いこともあるがたまには感謝され、尊敬される。しかし私がそんな道をのうのうと進んでいてもいいのだろうか?
 それでこれからも護れるのか。たった一人、大切な人さえ護れなかったのに。
 そんなときに電話がかかってきた。
 懐かしい声に一瞬息が詰まった。見透かしたように、電話の相手はふっと笑う。それは小学一年生からの付き合いである幼馴染、アリサ・バニングスからだった。
 彼女の誘いは、その時の私にとって唯一の救いだった。本当は周りを見れば差し出してくれる手はあったのかもしれない。だが自分には見えなかった。明確で一直線に、それも真正面に伸ばしてくれる手だけが辛うじて視界に入った。それがアリサちゃんの手だった。
 いつ誰に事情を聞いたのかは知らない。だが力強く言ってくれた「あたしにはなのはの全部を受け止められる」という言葉が決め手となって、私は海鳴へと戻ってきた、それが数年前。今は彼女の家で一緒に暮らしている。
 昨日はフェイトちゃんより朗報が舞い込んできた。ティアナが執務官試験に合格した、と。ティアナは優秀で、試験に一度落ちたものの二度目できっちりと合格して見せたと言っていた。嬉しいのか複雑なのか。苦笑しながらだったが、優しいフェイトちゃんはきっと嬉しいのだろう。電話の向こうで目を細め、微笑んでいるのが見えるようだった。
 そう、それはいい。私にはきっと関係ない。だから気になっているのはそのあとの言葉。
「会わなくていいの?」
 心の動揺を押し隠しつつ、どうして、とフェイトちゃんに問い返す。
「教え子だった子にお祝いの言葉をかけるのに理由はいらないよ」
 フェイトちゃんは優しい。だけど純粋だ。私はそんなことをするつもりはなかった。ティアナも今更迷惑だろう。
 そこまで考え、違うと笑った。
 本当は後ろめたいのだ。誰かを護るといって離れたくせに、すべてを放り投げて逃げたんだから。
 フェイトちゃんにはとても言えなかった。言って、純粋で優しい彼女に嫌われたくなかった。
「なのは、本当にいいの?」
「いい。あのさ、今ティアナには」
「え?」
「……ううん、なんでもない」
 知りたいことが、聞きたいことが一つあった。だけれども結局彼女には聞かずじまいになってしまった。
 ――ティアナにはもう好きな人ができたのかな。
 電話を切った後で、胸は痛みを訴えてくる。乾ききった何かが頬を伝い落ちていくようだ。私はその場に膝をついた。自分がいなくてもちゃんと自身の夢を追い求めていることへの安堵、一方で自分がいなくても大丈夫なんだという寂寥。
 もしかしたらいる、ティアナの傍にある人のことを考えると、涙は出もしないのに嗚咽だけが零れて、心臓が軋む。一度膝をついてしまったら二度と立ち上がれないほどの苦痛。
 私は俯いて、しばらく空の嗚咽を繰り返していた。幸いだったのは、その場にアリサちゃんがいないことぐらいだった。

 海鳴にある臨海公園からは、名前にあるとおり海が見える。
 碧い海に蒼い空。
 同じ青でも色の違いが水平線ではっきりと分かれている。緑がかった青が下に、清涼な青が上に。白い雲は風に任せてゆったりとたゆたっている。白いペンキの塗られた手すりの向こうに広がっている景色は、そういうものだった。
 うたた寝をしていたせいか、どこかに漂流してしまったようにな気がして、一瞬あたりを見まわした。しかし木造りのベンチは相変わらず古く、鳥が警戒心のかけらもなく翼を休め、アリが暑いのに足元を行進している。
 鳥はともかく、アリは地面を歩いて熱くないのだろうか。
 アスファルトではなく土だからまだ冷たいのかもしれない。一度砂利を手の上に乗せてみたが、なるほど悪くない。が、行列の横にある石などは容赦なく日差しを受け、向こう側の景色が歪む程に焼けていた。いくら地面が冷たくても熱された石の横を通っていたのでは変わらないだろう。アリたちにとってここは楽園ではない。私にとってもまた、この場所は楽園にはなりえない。
 ティアナがいない。
 小さな鳥が小さな翼を広げて飛び立っていく。空に溶けて青い羽根をした鳥が目の前で舞った。
 夢を見ているんだったらよかった。ずっと目覚めない夢の中に。半年にも満たない幸福を忘れられず、他の誰かに寄りかかっている。
 アリサちゃんじゃなければいけなかったというわけではない。受け止めてくれるのがアリサちゃんだった。それだけだ。そしてアリサちゃんはそのことすらも受け止めてくれている。
 にわかに影が顔面を覆った。太陽と私との間に障害物となったのは一人の女性だ。
「なのは、ここにいたの」
 彼女は心なし息を切らしている。肩には鞄を提げ、暑いのにスーツを着ている。肩につくかつかないかの短い髪を揺らし、彼女は首を傾げた。顔には疲れの色が隠しきれず見えていた。
 私は何となく答えずに、手の中の青いブドウを海に転がして投げ捨てる。
「いつから座っていたの?」
「んー、ずっとかな」
「暑くない?」
「木が影を作ってくれているから」
「でも汗を掻いてるわ」
「夏だから」
「そうね」
「夏だから、まだ冬にも春にも届かない」
 彼女は息をつく。そんな彼女に私は旦那の仕事を労うように笑ってみせた。
「一日お疲れ様、アリサちゃん。見つけてくれて嬉しかったよ。帰ろうか?」
 彼女の白い手を取りながら腰を上げた。いつの間にか陽は海の底に沈んでいる。そんな簡単なことにさえ気付けなかった私は、一人の人を幸せにすることなどできない。
 だからただ傍にいる。私を好きでいてくれて、受け入れてくれるアリサちゃんの傍に。
「あたし、なのはがここで何を考えてるかわかってるわよ」
 言わなくていい、何も。
「なのは、あたしね」
「……だいじょうぶ」
 わかってるんでしょ? なら何も言わなくていいんだよ。言わないで。
 彼女の言葉を首を振って遮り、抱きすくめる。耳朶に唇を寄せて、金色の髪に見えない涙を落した。
「だいじょうぶ。あいしてるよ、アリサちゃん」
 偽りの言葉を吐いて、今日もあの人を想う――。




[ WEB CLAP ]
『なのは→ティアナ』は、ティアナがなのはを信頼できなくなったところからはじまる。
どうしてもなのはさんが全てを捨ててなにかと、誰かとというのは考えずらくこんな話になったけど、あの緊急出動がかからなくても遠からず別れることになってしまったんじゃないかと思う。それも今よりもさらに傷つけ合って。
そしてアリサがいなければ、なのはは魔導師を続けたに違いない。いいか悪いかは別として続けただろう。どちらが幸せかは本人にしかわからないけれど、この話はこういう結末になった。
ちなみにアリサになのはのことを伝えたのはフェイト。敵に塩を送った、とかではなく純粋に心配してのこと。本文中でもなのはがいってるようにフェイトは基本的に優しくて純粋だから、自分が結果的に損をしてもなのはが元気になるほうがいい。フェイトにとってアリサは学生時代でとても頼りになる友人、という印象がある。だからフェイトはアリサに連絡した。これがはやてなら自分で慰めるか、もしくはすずかにしたんだろうけど、なのはに近かったのはフェイトだった。
と、ここまで語ってはみたけど、なのはのラブストーリーを書けば書くほどなのはは恋をしない方が幸せになれるような気がしてならない。悲しいことなのか、それでいいのかわからないけど、それでも書いてしまうのはなぜかな。

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世界の終わり
銀朱の残照
僕に重ねて、君は夢をみて
ヴィヴィオ×なのは
掌で心をころがして
擬似家族
小さな声で求めて
蜂蜜
硝子内のひめごと
レイジングハート×なのは
午睡
虚空の紅玉
その他
ヴィヴィなのフェイもどき
SHOUT!  前編 / 後編
猫と主と変質者。
なのはにチョコをプレゼントされたときの台詞
なの!!
雷の憂い

― Long Piece Novel ―
幸福の在処
目次
星たちの休日
 /  /  /
別の世界を願うなら
設定 / 目次 / あとがき
追憶の色に埋もれて
目次 / あとがき
秋、はらむ空
前書き / 目次 / 後書き

― Project Story ―
聖夜 ……目次
拍手SS
一代目 手を伸ばして
二代目 時間
二代目 光の章/夜の幻
描写する100のお題 ……目次
陽の中に塗りこめて。 ……目次
振り返る ……目次

About

魔法少女リリカルなのは二次創作物、主に小説を扱っています。
このブログ内で使用している文及び画像の転載は、例外なくご遠慮下さい。

◇小説の傾向
なのはが絡んでいる百合、修羅場が多め。
なのはさんをめためたに愛し、いじめていきます。

◇リンクについて
リンクフリーですが、貼っていただく場合には下の本館にお願いします。
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うまく送信されない場合は、下まで。
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Author:秋庭加奈
リリカルなのはが大好き。
なのはさん溺愛。そしてゆかりさんにめろめろ。
詳しいプロフィールは本館のMYSELFに。

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