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2019-11

『秋、はらむ空』 一章 もう誰も護れない……2

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

一章 二話「秋には咲かぬ花」
他者視点。きっと優しすぎるんだ、みんな。

私がなのはの本当の笑顔を引き出してやればいいんだ――。



 秋、はらむ空
 一章 ―もう誰も護れない―


 2.秋に咲かぬ花――ANOTHER SIDE

 高町なのはという名を出せば隊員の誰もが表情を堅くする。ヴィヴィオという名前などは禁句に近い。
 機動六課の面々は皆困り果てていた。なのはから笑顔が消えたことで、六課ではより深い悩みに頭を抱える姿が目立つようになっていた。溜息をつく者もいる。
 機動六課はロングアーチ、ライトニング、スターズを合わせていう。高町なのははその中のスターズに属している。スターズ分隊隊長、スターズ01高町なのはというのが彼女のコールサイン。機動六課の戦技教導官でもある彼女は、ただ隊の一部だったはずだ。いくら彼女がエースオブエースと言われていようが、先頭に立って事件を解決に導いた人物であろうが、それは何の意味も持たないはずだ。高町なのはという存在が機動六課を動かす重要なネジであることは疑いようがないとしても。しかし実際に彼女は重要なネジどころか原動力であった。電気がないと作動しない機械のように、機動六課はなのはがいないとめっきり元気をなくしてしまった。
 すべてはなのはと同列に立つ者が、あるいはすぐ真下にいる者がなのはをただのネジと思っていなかったからである。フェイトやヴィータ、はやて、みんながみんなそれぞれの意味でなのはのことを慕っていた。
 なのはには人を惹きつける力がある。なのはががきちんとした意識下において、人に好かれようと努力していることもある。好かれないまでも最低限嫌われないように、それでも嫌われていたら無関心を装うことにしていた。そうやって人からの敵意を避けてきた。幼い頃からの処世術であったのかもしれないが、それはなのはさえ知らないうちに身についたもので、今更変えることもできない。
 今までならそれでよかった。だが彼女に対し異常な好意を持つものはやはりいた。なのはの精神が正常であるなら何の問題もなかったが、今となっては宥める余裕ももたなかった。現在のなのはには周りが見えていない。そこには自分に対しての、という制限が付け加わるのだが。
 高町なのはのない機動六課はもちろん通常通り運用されたが、しかしやはり暗い顔は消えない。ネジを失った機械は不吉な音を立ててゆっくりと動きを止めるのを待つ。がしかしそれは単なる例え話で、実際になのはがいなくなったわけではない、ただ様子が変だというだけだ。しかもなのは本人は頑ななまでに疲れた表情も見せず弱音も吐かない。部下の前では毅然とした表情を崩さなかったし、必要があれば冗談も言った。周りは一時の安堵を得ても、すぐに偽りだと気付かされる上に、自分の愚かさに嘆くことになる。
 誰も何も言えなかった。無理をするなと。主治医であるシャマルが義務と責任という言い訳を以てしてようよう口にできるくらいだった。なのはがそのような性格をしていることは、親しい間柄にいる人物なら誰でも知っているからこそ尚更問い詰められなかった。
 それでもまだなのはは笑っていた。

 なのはが笑顔を見せなくなったきっかけはフェイトの言葉だった。
 笑ってばかりの彼女に一番耐えられなくなったのが同室で顔を見る機会も多かったフェイトであるのは、仕方がないことだった。本物よりも本物らしい嘘の笑顔。フェイトはなのはにそう言った。そんな笑顔を見て私たちが辛くないとでも思っているのか、と。
 フェイトに怒るつもりはなかった。優しく諭すように、無理をしないでと本当は言ってあげたかった。だが積もったものが多過ぎたのだろう、吐き出された声の大きさに驚いたのは本人だった。
 冷静だったのはなのはの方だ。彼女は感情を削いだ優しさでもってフェイトの頭を撫でた。彼女の行為にフェイトの静まりかけた血が再び沸いた。
「ああ、お願いだから。私はなのはのそういう笑顔を見るのが耐えられないんだ。一番辛いのはなのはだけど、私たちのことを想って笑ってくれているんだろうけど、だけどそれが一番悪いんだ」
 なのはの表情が端から凍っていったのがフェイトにはわかった。もう少し、とフェイトは思った。なのはにかかる負担は少なければ少ないほうがいいんだ。それでたとえ、なのはの笑顔が見れなくなっても。
「だからやめて。笑わないで。嘘ならないほうがいい。優しい嘘もあるけどこれは違うよ」
 フェイトはゆえに嘘をついた。なのはの笑顔は『本物よりも本物らしい嘘の笑顔』なのだ。本物か偽りかなんてのを見分けることはフェイトにだって不可能で、フェイトにできないなら他の誰にも判断はつかなかった。嘘だと判ったのは、なのはが本当に楽しくて笑っていたらそれはもっと楽しい気分になるはずだとフェイトは直感的に悟っただけにすぎない。嘘は心を安らげてくれることもある。だが、楽しさは生み出さない。
「なのはのそれはね、ちっとも嬉しくないよ」
 彼女の笑顔は嘘でも本当でもフェイトにとっての癒しだった。彼女は苦しい状況の中でそれを与えてくれていたのだ。
 なのに何故こういう言い方しかできなかったのだろう。
 フェイトはもっと優しく言ってあげたかった。抱き締めて、頭を撫でて、背中を包んで。それから自分が支えるよと言うつもりだった。フェイトは、だけれども考えたことの何一つできはしなかった。なのはの前ではそれらすべてが矮小なものに思えたのだ。どんなことをしても、彼女にはおそらく影響を及ぼさないということが分かってしまった。
 なのははそれから笑顔を消した。うまくは言えなかったが、自分の言葉を聞き入れてくれたのだとフェイトはほんの少しだけ救われる気分だった。実際に彼女が自分の言葉を聴いてどう感じたのかは判らないが、別にいいとフェイトは思った。無理に笑うよりはずっといいのだと思うことにした。
 他に方法が見目つかなかったこともある。感情面でのことは、今までずっとフェイトはなのはに相談してきた。それが今回はなのは自身が問題なのであり、フェイトにはどうしようもなかった。エリオやキャロに背負わせるわけにもいかない。シグナムは苦手な分野だろうし、はやてに相談するのは何とはなしに気が引けた。なのはのことで話ができる人物と言えばあとはヴィータくらいだった。
 血の上った頭を冷やすためになのはの部屋出たフェイトは、廊下でヴィータに会った。
 ヴィータは「お前にしてはでかい声を出していたな」と頭をかいた。気まずい雰囲気だった。
「なのはに笑わないでって言っちゃった」
 感情の昂りは治まってはおらず、フェイトは何かを口にしなければという強迫観念に追い詰められていた。
「どうしようもなかった。他に方法なんて思いつかなかったんだよ。それとももしかして私はとんでもないことを言ってしまったのかな」
「仕方がないさ、あのままよりずっといいとあたしも思う。だからお前を責めるのは間違ってるだろ」
 ヴィータが肩を落とす。それから項垂れたフェイトの肩を拳で軽く叩いた。
「今あいつは傷ついちまってる。なら心から笑らえるようにこれからあいつを癒していけばいいんだ。そんだけのことさ」
 そう言ったものの、ヴィータは心の隅であの少女以上になのはを癒せる人間などいないだろうとも思っていた。だがフェイトはヴィータの言葉を慰めではなく、希望として受け止めた。なのはを元気づけてあげればいい、嘘の笑顔しかできないなら、私がなのはの本当の笑顔を引き出してやればいいんだ――今思えばなんと稚拙で甘い考えだったのか。
 その日より、なのははもう誰の前でも笑うことはなくなった。事態が暗転することはなかったが、かわりに好転もしなかった。

 はやてが聖王協会のカリムを訪れたのはそういうときだった。
 うちのエースがな、と苦味を噛み締めるようにはやては言った。相談のために来ていたのだ。管理局の存在を揺るがしかねない事件を解決に導いたエースについての相談と言われれば受けないわけにはいかない。第一妹のように思っているはやての相談だ、できるかぎり聞いてやりたい。もっともはやてはそういうカリムの心境も見越した上で来ていた。
 カーテンを引いた部屋の一隅で、はやてはカリムと並んでモニターに映された写真を見ることにする。所狭しと並べられた静止画の中央にはつい最近のなのはが映っている。あるのは胸から頭にかけての上半身。悲しみも苦痛も笑顔さえ消した表情は能面で、なまじ顔の造形が整っているから美しい、はやてはそう思った。今のなのはが目配せをしてくれば、それだけで一晩の相手をさせることができるのではないだろうか。なのはがそういう人間ではないことをはやてはこっそりと喜ぶ。
 モニターをじっくり眺めたあと、カリムは言った。
「あなたは不謹慎と思うかもしれないけど、なんだか綺麗ね」
「せやなあ」
 幼少から同じ学校に通いなのはの笑顔に日々癒され、優しい言葉をかけられて共に成長したはやては、笑顔がなのはの最大の魅力だと信じていたところがあった。だが違った。本人を間近にしているときは胸の痛みばかりが目立ったが、こうして距離を置くとなんと美しく端正な顔立ちをしているのだろうと呆けてしまう。もしもなのはと親しい間柄でなければ、横を通り過ぎるだけで心臓が高鳴ったかもしれない。同じオフィスで仕事をする、食堂でひとつ向いの席に座っているのを見つける、同じ任務をこなす。そういった単純なことでも緊張したかもしれない。
「綺麗、やなあ」
 客観的な主観でみれば、はやての目にはそれだけ今のなのはが魅力的に映った。カリムがそんな妹にも等しい人物の異変に気付き「ごめんなさい」と謝ったところで、もうはやてはモニターの中の彼女から目が離せなくなっていた。
 だがもちろん、心配しているのははやてだけではなかった。
 同様にフェイトも心を痛めていた。自分の言葉がなのはを傷つけはしなかっただろうかとあれから幾日たっても不安が拭えなかった。フェイトは優しい。フェイトはアルフに話を聞いてもらったり、義母のリンディに指南を伺ったりした。結果は励まされて帰ってくるというものだったが、こういう光景は六課のあちこちで見かけるようになる。
 なのは直接の教え子であるエリオとキャロの間ではなのはのことがよく話題に出た。今日は元気そうだったね、とか、いやよく見るとなんだか辛そうにしていたよ、とかだ。
 スバルはナンバーズらの更生や教育に忙しいギンガではなく、同僚のアルトに話を聞いてもらっていた。体育会系のノリで話ができる二人は仲がよかった。だが話をしつつアルトにも言えないことがあった。スバルはなのはについて気にかかることがあり、それを何度も口にしかけたが慌てて噤んだ。いなくなったヴィヴィオにも関係してくる事で、スバルには話す勇気がなかったし、資格があるのかさえ判らないでいた。
 そしてティアナはスバルがいなくなった後で一人、兄との思い出の品を取り出すのだ。おもちゃの銃に写真を一通り触れてから、クロスミラージュをもってベッドに身を投げた。寝転んだまま起動させ、モード2と命令してやれば、銃はたちまち剣に変化する。朱の刃が銃口の先端から現れて手元で半円を描く。ティアナはそれを頭上に掲げた。低い天が苦しく、やりきれない。堪え切れずティアナは外に飛び出した。なのはが深夜の訓練をやめてから、ティアナが代わりに訓練をするようになった。ティアナには夢とは別に、一つの目標があった。達成するまでは誰にも言わず、ひた走る。誰よりもまっすぐなのがティアナだった。
 一方なのはの傷痕を直接見なければならないシャマルにシグナムは泣きつかれていた。要件不明で医務室に呼ばれたときは決まって泣き事を言われる。シグナムは理解していたが、毎回行ってやることにしていた。慰める器用さはないが話を聞いてやるくらいはできるだろうししてやりたいと思っていた。同じ八神家の一員であるザフィーラは、別の場所でヴァイスに絡まれていた。話題は、やはり高町なのはであった。ヴァイスの口ぶりは軽かったが声に滲んだ真剣さまでは誤魔化せておらず、ザフィーラはおとなしく座り、ヴァイスの話に耳を傾けた。なのはの娘になる予定だった少女に想いを馳せながらザフィーラは時折耳を伏せる。盾である自分がもっとしっかり護れていたなら攫われてしまうこともなかったのに、と。
 なのはをよく知る者の中で、表向き最も平静でいたのがヴィータだった。彼女は事件前と同様にフォワードメンバーを激しく扱いたし、鬼教官ぶりを見せた。家族と一緒の時間を過ごすときは、優しい顔ではやての名前を呼んで、シャマルをからかって、シグナムと喧嘩腰に戯れた。だが夜になってヴィータが自室に戻るとまずすることは、ソファーに横たわらせたぬいぐるみを抱くことだった。うさぎの形をしたそれは、なのはが墜落した八年前、彼女の怪我が完治し退院する時にもらったものだ。ヴィータはなのはのお見舞いにうさぎのぬいぐるみを見繕ってプレゼントした。選んだのはなのはを連想する白ではなく黒。白は、血に染まる雪を思い出したからつい避けてしまった。雪にはろくな思い出がない。ただ実際に黒うさぎを抱くなのはを見てしまえば意外なほどに似合っており、自分の選択は間違っていなかったのだと安堵した。
「あたしが選んだんだからな、そいつと友達になってやってくれ。そうすれば暇じゃなくなる、余計なことも考えなくていいだろ。だからな、ゆっくり治してくれよ」
 ヴィータは真っ赤になりながら、それでもちゃんと正面から向き合って彼女に手渡した。渡すときに手が触れ合っても逃げなかった。逃げたらうさぎを取り零してしまうかもしれなかった。
「気に入らないか?」
 なのはは首を大きく振った。ありがとう、ありがとう。彼女は何度もお礼を言った。ヴィータちゃんありがとう、すごく嬉しい。ありがとう。
 いざなのはが退院できることになった日、フェイトもはやても時間がとれずたまたま暇のあったヴィータが彼女を迎えに行った。家族の後ろをヴィータとなのはが歩いていた。しばらく歩いたところで彼女は立ち止まり、袋から何かを取り出した。それはぬいぐるみだった。交換、となのはが言った。ヴィータちゃんがくれたから、そのお礼だよ。両耳が深く垂れたうさぎを差し出しながら彼女が言った。
 なのはがくれたぬいぐるみを、今ヴィータは抱きかかえている。守るように、また力いっぱい両腕で抑えつけるようにうさぎを抱いた。ヴィータはそうやってじっと何かに耐えていた。

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