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2019-11

『秋、はらむ空』 一章 もう誰も護れない……5

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

一章 五話「いのちのありかた」
ヴィータの話。ヴィータは騎士なんだ。

――こういう慰め方もあるんだ。



 秋、はらむ空
 一章 ―もう誰も護れない―


 5.いのちのありかた

 自分宛てに荷物が届いたのは早朝訓練を終えて隊舎に戻ってからだった。朝食に入ろうとした自分に寮母のアイナが見慣れた箱を手渡してくれた。彼女は今でも身の回りの細々とした世話をしてくれている。掃除などは特に助かった。マッサージをしてくれることもあるが、彼女は専門の仕事にしている人よりも上手だった。家族は剣の心得がありマッサージにも長けている方だと思っていたが、彼女の指は疲れを解きほぐす最善のポイントをいつもついた。また近いうちにお願いしたいところだけど。
 箱の側面には『翠屋』と書かれている。ケーキと、これは開封してから分かったがクッキーも入っていた。いずれも母特製のものだ。作るのはもちろん送る手間も相当だろうに、家族はたまにこうして差し入れてくれる。そういえば翠屋のケーキを一度ヴィヴィオと食べたことがあるが、とても喜んでいたのを思い出した。今回入っていたのは細かく砕いたアーモンドの混ざったクッキーとシンプルなチーズケーキだ。
 私は朝食の代わりに二つともありがたく食べた。余ったクッキーとケーキはまた前線メンバーに分けてあげるのもいい。
 ふと部屋の掃除が終わり出て行こうとするアイナの元に駆け寄った。クッキーをいくつか手にとり「もしお嫌いじゃなければ」と差し出すと、彼女は笑顔で受け取りお礼を言った。それだけでもよかったのに彼女は手本のように綺麗なお辞儀も添えた。人柄の良さがうかがえる。ほんの思いつきだったが日頃の感謝の意味でもクッキーを渡したのは間違いではなかったみたいだ。
 一日の始まりが気分よく始まったおかげでそのあとも特に問題は起きなかった。最近ではシャマル先生の言いつけの通り大人しくしているせいか体が酷く痛むということもなく、快調そのものだ。痛みがないからといって無茶もしていないし、このまま様子見だろうと言われてから一週間が経つ。次に出動がかかれば自分も出ることになるかもしれない。陸戦主体の隊であるから空戦ができるのは前線メンバーでは隊長陣だけなのだ。フェイト執務官は滅多にいないし、部隊長は指揮に回る。となれば常時出られるのは自分を除けばヴィータ副隊長とシグナム副隊長の二人である。フォワードの中で空戦もできる人物が一人でもいれば随分楽になるとおもうのだがやはり両方は難しいだろう。それに六課にいる間はそうそう空戦が必要になることもないし、さほどの心配はなかった。
 ……夢を見た。どうやらモニターの前で額に手をついたまま眠ってしまったらしい。目が覚めてしばらくは夢の内容を思い出そうとしていたがどうにもはっきりしないために諦めた。頭が鈍く、働かない。私は頭をすっきりさせようと席を立ち、冷水を顔に浴びせた。しかし顔を上げて鏡の中の自分を見てから驚いた。水とは別の雫が頬から顎に伝っていた。涙だと気付いたのは口の中が塩辛かったのと目の奥がひりひりしたからだ。それでようやく自分が泣いているのだと理解した。
 ひどく悲しかった。覚えていない夢の何が自分を悲しくさせているんだろうか。一体何が……。
 でもすぐにわかった。今の自分が悲しむ理由なんて三つくらいだった。空を飛べなくなるか、大切な人が死んでしまうか、ヴィヴィオのことか。空はまだ飛べるし大切な誰かが死んだということもない。
 どんな内容だったのかわからないのにどんな夢だったかが分かるのは不思議な気分だ。頬を伝う涙もいかにも嘘くさかった。でも本当だった。
 不意に部屋に人の気配を感じ、私はぎょっとした。それがフェイトであるはずはなかった。彼女は今日は出張だから。
 慌てて部屋を見渡した私の目に映ったのはヴィータだった。彼女の姿に違和感を感じたが、つきつめて考える余裕はなかった。そして涙を拭う余裕もまたなかった。
 彼女は私の頬を手でごしごしと擦る。乱暴な仕草だったがどこか優しかった。
 拭ったあとに流れるものがなくなってから、私はようやく「ありがとう」と口にした。なるべく平気だという声を出したつもりだったが、彼女には通じないかもしれない。それでもヴィータは何を言うこともなく頭を数度ぽんぽんと叩いたあと、来た時と同じように静かに部屋を出て行った。彼女が扉を閉めてから、私はようやく違和感の正体に思い当たる。
 そういえば髪を下ろしていたな、と。そんなどうでもいいといえばどうでもいいことを。


 夜になると私は草の上に座り、冬の風を感じていた。もちろんわざわざ外に出たのはただ風に吹かれるためではない、イメージトレーニングだ。レイジングハートに手伝ってもらって場面を設定し、対戦相手のランクを決める。イメージの中で私にはリミッターはかかっていない。もちろんかけることもできるが今日は違うパターンだった。場所、状況、相手の強さ、目標レベル設定、――完了。
 葉擦れの音が消え、枝のざわつきがふつりと途絶える。風が消えたわけではなく、意識が集中してきたのだ。瞼を落とし胸元の赤い宝石に合図を送る。
 お願いね、レイジングハート。
 音に出さず唇に乗せるだけで言った。彼女は抑揚のない声でオーライと返す。今日も彼女は頼もしかった。
 ヴィータがやってきたのは足元のフィンを消して地面に降りたときだった。厳密には降りてきて彼女が来たのではなく、彼女がやってきたのを見かけて私が降りてきたのである。もちろん空想の中でだが、彼女の声に私は現実に立ち返る。普段なら終わるまで待っていてもらうのに今日に限ってはできなかった。彼女の顔が険しく歪んでいたからだ。ヴィータの幼い顔が顰められているとなんだか苦しくなる。
「何やってんだ? まだ早いって言われただろ」
 下りてくると、彼女は夜にも構わず私を怒鳴りつけた。周辺には建物も人もなかったがその分響いた。彼女の声はよく通る。とりわけ私の耳に突き刺さるように入ってきた。しかし同時に心地良い声でもあった。言えば彼女は怒るに違いないから言えないけれど、聴くためならもう一度無茶をやってもいいくらいだ。
 彼女が私にこれほど怒る理由は分かっていた。長い付き合いなのだ。
「なんで無茶すんだよ。お前はそんなにぼろぼろになりたいのか、自分から、どうして」
 無茶ではない、と言った。一応ほぼ強引ではあるが主治医に許可は貰ってある。無茶ではない、と思っていた。もう無茶をする必要がない。訓練は必要だからしているだけで、彼女が心配するほどでもない。痛むどころか息さえ切れていない。
 けれど汗はびっしょりと掻いていた。顔色ももしかして悪いのかもしれない。
「隠れて痛みを押し殺しているのは知ってる。辛いときに何もいわないのも分かった、でもな、このままだともう空を飛べなくなるかもしれないんだぞ」
 それは嫌だろ、と苦々しく口にした。
 平気だという言葉を信じることなどない彼女はやはり不安なのか、脅し文句もすでに弱々しい声となって沈んでいた。
「これじゃ本当の意味で護れた気がしないじゃないか」
 ヴィータの声にあるのは怒りではなく優しさだけだった。彼女の優しさが嬉しくて、私はありがとうと言った。ヴィータは顔を大きく背ける。私は彼女の頭を抱き締めてありがとうと繰り返した。彼女は逃げない。
 ふっと彼女を抱き締めたままでいたら力が抜けた。立ち眩みだと思って慌てて脚に力を入れるが、間に合わず地面にへたり込んでしまう。受け止めようとする彼女から逃げるように座った。意識し呼吸を落ちつけようと努めた。上から言葉が振りかかってきたのは、ようやく力が込められるようになってきて立ち上がりかけた時。顔を上げると、彼女が今にも涙を溢しそうにして立っていた。
「あたしのことが嫌いか?」
 体重をかけたくないだけだったのに、目の前の少女はどうしてこんなにも悲しい顔をしているのだろう。世界の終わりを今さっき見てきたような寂しい表情で微笑まれ、胸が鈍く痛む。私は素早く立ち上がって否定した。
「好きだよ」
「だったら」
 彼女は息をつく。夜の澄んだ空気を肺に取り込んで、彼女の胸が心なし膨らんだ。何を思ったのか、彼女は主の前で姿勢を正すように私の前で跪き、こうべを垂れる。疑問の声を上げるより先に左の手が持ち上げられ、甲に彼女の唇が押し当てられた。
「あたしがお前を護るよ。心ごと護ってやる。なのはがもうそんな風に逃げなくてもいいように」
 私は一連の光景を無言で見下ろしている。表情の一切を消し、自分の前に跪く偽の騎士の誓いを今一度訊ねる。もちろんヴィータは面倒がることなくはっきりと私の目を見つめて告げた。
 ――なのはを護る。
 その昔、稚気に任せて受け止めた言葉。騎士だから。だからついでにお前も護ってやると言われたことがあった。その言葉に私は護られていたのだとこの日初めて知った。
 ヴィータはいつでも私の前に行き、立ち塞がる敵を薙ぎ払っていった。ゆりかご内でわかれた後も、胸を貫かれても敵に全方位囲まれても、諦めず駆動炉を破壊してくれた。脱出して再会した後、口のきけない私の手を握り締めてくれたのが彼女だった。べっとりと付いた血は不快でも何でもなかった。それは彼女の成果のうちで、私は彼女の血にこそ護られていた。もしあのとき彼女を囲っていたガジェットが向かってきていたならヴィヴィオの足止めに集中することもできなかったかもしれないし、彼女が死んでいたら今以上に精神が損なわれていただろう。ヴィータは今までずっと私のことを守ってくれていたのだ。すでにはやての騎士である彼女は口にも出さずに態度で示した。私は多分気付いていた。
 ヴィータの部屋。ベッドに入ってから手の甲に今も残る唇の感触に重ねるよう私も自身の左手にキスをしたとき、そういうことのすべてが鮮明に蘇った。そしておそらくは、八年前の墜落事故の日から彼女は自分のことを護ってくれていたのだ。
 どうして訓練を見にきてくれたのかと私が聞き、顔が見たくなったんだと答えてくれるほどヴィータは素直になっていた。だけれども彼女はどこまでいっても自分のための騎士ではないと確信していた。
 隣で私を両腕に抱き締めたまま器用に眠るヴィータの寝顔を眺める。彼女はきちんと服を着ている。体が重なることも唇同士が触れ合うこともなかった。けれど私の心は彼女にきつく抱き締められ、力が抜けていった。誰かに何も求められず抱き締められることはほとんどなかったから、自然と安らぐことができた。こういう慰め方もあるのだ。
 目を閉じ、いっぱいの闇が霧散していくのをいつまでも待ち続けた。やがて闇に慣れてくると薄暗い夢を通過し、静かな蒼い海に抱かれたまま沈んでいくことになる。

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