2017-08

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『秋、はらむ空』 一章 もう誰も護れない……6

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

一章 六話「疾風が凪ぐとき」
はやて視点。部隊長室で、はやてはなのはを待っている。

――ここで放っておけばよかった。



 秋、はらむ空
 一章 ―もう誰も護れない―


 6.疾風が凪ぐとき――ANOTHER SIDE

 夜が明けて朝になる。という世界の摂理みたいなものが当然六課にもやってきた。
 機動六課隊舎の一室、部隊長室でははやてがひたすら机の上で手を動かしていた。はやては一睡もしていない。昨夜から明け方まで仕事だった。隣の小さな卓上には誰もいない。今は早朝で、鳥のさえずりさえまだ遠くにある。隣の小さな席の持主はぐっすりと眠っていることだろう。
 空には月がまだ薄ぼんやりと浮かんでいた。はやては椅子を引いて窓のシャッターを開けてその模様をうかがった。雲はどっしりと重たげに敷き詰められていて、落ちてこないのがはやてには不思議だった。モニターを閉じてしまうと部屋は無音に満ち溢れてしまう。音が欲しかった。
 堅い窓をこじ開けるとしんとした部隊長室に雨音が入り込み、静寂の在り処を奪う。そこではやてはやっと呼吸を思い出した。湿り気のある空気が肌に触れて僅かな不快感を覚える。もう二日シャワーを浴びていない。年頃の女性がこんなことでいいのかとはやては笑った。他に笑ってくれる人がいなかったから一人で笑った。
 機動六課は自分が作り上げてきた部隊――そこまでの尊大意識ははやてにはもちろんなかったが、この広い部屋を見渡してそして部屋の外を眺めてみればなんと自分はちっぽけであるのかと笑いたくなった。しかし、ちっぽけならそれで大人しくしているというのもできなかった。機動六課ははやてあっての部隊だったが、はやてがいなくとも部隊は立ち上げられただろう。完全ではないにしろ。
 はやては引出しの奥からアルバムを取り出す。そこに映る幼い自分と友人たちが懐かしい。まだその人が髪を二つに結っていた頃の写真が目に映る。高町なのはの顔を見つけてページを捲る指に力がこもった。震えさえした。今見てはいけなかったのではないかとはやては考え、アルバムを閉じたが遅かった。さっと現在のなのはの姿が網膜にあぶり出される。無意識的に額に手を当ててしまうほど熱に焼き切れそうだった。
 昨日夜中、ヴィータの様子を尋ねに部屋へ行ったときそこでなのはの姿を見た。
 扉を開けたのに二人は気付きもしなかった。疲れていたのかもしれない。疲れることをしていたのだ、とはやては考えた。安心していたとは考えなかった。ヴィータがなのはの傍で安心して眠るのはありえなかった。ヴィータがなのはを好きだというのは八神家なら誰でも気付いていた。そしてそれを微笑ましく見守っていたのだが、ここ最近のヴィータははやてから見ても危うく、気になった。部屋を訪ねたのはそれが理由だ。家族であるというのにあまり同じ時間を過ごしてやることができないし、たまには一緒に寝ようと考えていたのである。
 だがここで放っておけばよかったのだ。
 はやてはその日、午前の仕事が終わるのを見計らってなのはを部隊長室に呼び出した。
 昼の食事休憩に入る鐘が鳴り終えたあとで放送をかけると、なのははすぐにやってきた。無表情で敬礼をし入室するなのはを認めたはやては、灰色の机の上で作業する手を止める。隣にいるはずのリインフォースⅡは出払っていなかった。もしいればなのはの表情を喪失させた綺麗な顔に喉を強張らせることもなかっただろう。
 聖王協会に出向いた時に静止画で見た時さえ美しいと感じてしまったなのはの顔が目の前に迫っていた。指令を出すときのモニター越しでも、隣を歩くでもない。正面近くにあったなのはの表情ははやてには壮絶なまでに美しいものと思えた。彼女の名前の由来である黄色い花の愛らしさは笑顔と共にどこかに身を潜めていて、一瞬の寂寥があったがすぐに消えた。圧倒的だった。
「聞きたいことは一つ、昨晩ヴィータの部屋で眠っていたことについて」
「八神部隊長はそんなことが知りたいんですか」
「敬語はええよ、高町教導官一等空尉」
 はやては声を絞り出して訊かなければいけなかった。ヴィータは家族だから。そういう自己暗示的なものにかかっていた。はやては聞いた。昨晩自分が見たこと、なのはのヴィータとの関係を。なのはの表情はその間も変わらない。
「その質問に一体何の意味があるのかな。一緒に寝るくらい普通だと思うんだけど、裸だったわけでもないし。わたしたちも一緒に寝たことあるよね」
「そんな深く捉えんとって。ただの確認や」
「確認」となのはが復誦する。
 その時はやてはまだ期待していたのだ。頭にはただ一緒に眠るだけという十分にありえる可能性があった。だから確認のために聞いただけのつもりだった。仮にもし“そういう”関係であっても、はやてにはどうするつもりもなかったし、また出来ないと思っていた。部隊をまとめる立場として確認をとっておこうとしたにすぎない。
 だからか、腕を強く引かれたことが咄嗟に理解できなかったのは。
 机に肘をついていたところを引っ張られたものだから、はやての体はがくんと傾いた。顔面から机に突っ込むということがなかったのは、その行為が陥れるためではなく引き上げるためのものだったからだ。なのはに腕を引かれて唇を合わせられたのだとはやてが気付いた時、焦点が定まらないほど近づいたなのはの顔を見ていた。
 静寂が鼓膜を圧迫していた。ふと今朝の隙間なく空に敷かれた鈍色の雲を思い出す。あれは雨を降らせる雲だった。暗い重たげな色をしており、たぶん現在も隊舎の頭上に覆い被さっている。はたして雨は降っているのだろうか。はやてには思い出せない。窓が背中に面しているからといっても、降っていれば雨の音が聞こえないはずはないと予測をつけてみたところで、軽いショック状態の自分が正確な判断を下せているのか。なのはの舌を受けながら、はやてはどうでもいいことばかりを考えた。
「聞きたいのなら教えてあげるよ、はやてちゃん」
 なのはの魅惑に満ちた声が首筋から鼓膜へと駆け上がり、数分前にした期待は冬の始まりの日、水面に張った薄い氷のように叩き割られた。

 部屋に行かなければよかったのだろうか、と頬を撫でられながらはやては思う。
 なのははこれ以上になく優しい手付きで頬といわずに全身を丹念に撫でていった。嫌とは言えない。言わせない無言の圧力があった。なのはの甘い言葉と冷たい手がはやてに触れた。ゆりかご内でなのはに部隊長命令を下したことで、拒絶の資格などはやてにはなかったのだ。ヴィータのことも考えるが、思考はすぐに諦念に染まっていった。あのときのなのはには残酷な命令だった。言うべきはなのはの身の安全を考えた命令ではなく、なのはの心の安全を考えた後押しだった。はやては後悔していたが、それでもあの場面に再び直面しても自分は同じことを言うだろうというのは分かっていた。もしなのはが失われれば自分はともかく、ヴィータにどういえばいいのだ? 必死で守ろうとした少女に、自分は守れる位置にいたけど止めませんでしたとでもいうつもりか。とてもできない、とはやては息を吐いた。思わぬ深い溜息だった。なのはの指が知らない間に中に潜り込んでいた。
 なのはに「気持ちいい?」と何度も訊かれるが、はやては頷くのが精一杯だった。身体は持ち主の意志に反して跳ねる。なのはの指先一つではやては玩具みたいに反応する。そのことをなのはに言うと嬉しそうに唇を乗せてきた。笑ってはいなかったが、はやてはなのはが嬉しいんだと思った。
 真っ直ぐな髪が頬にかかる。胸の奥から這い上がってきた熱い息が逃げ場を失って、苦し紛れになのはの肩を自身の方へと寄せる。跳ね除けたいのにはやては逆の事をしていた。
 ヴィータの赤い髪が閉じた瞼の裏を走り去っていく。娘にも近い愛情を注いできたあの子が、想像の中では普段くってかかる人に縋りついて喘いでいた。なのはの胸の中で、離したくないとばかりに背中をかき抱いている。今はやてがしているみたいに。
 胸を引っ掻かれるような痛みがあれを見た時からずっと残っていた。なのはに抱かれているときでさえ忘れることはない。痛みを与えているのがなのはであることは百も承知だった。だがなのはこそが実は痛んでいるような気がしてならなかった。そんなはずはないのに、この人の頬には見えぬ涙が伝っているのではないかと妄想した。落とした涙は胸に落ちて、なのはの心を中から冷やしていくのだ。じわじわと凍りついて行く心を見過ごし、気付いた時には手遅れだったなんてことがさもありそうだった。
 はやてはなのはの頬に両手を添える。ありえないことと考えつつ不安がはやての手を持ち上げて、頬を包ませた。しかしなのははその手を取り外す。まるではやてに、この心を触ることは許されないといわんばかりに。
 はやてにはなのはが分からなかった。彼女のためとはいえ、はやてはたしかに命令を出した。しかしもしなのはの立場にはやてがいてヴィヴィオがはやての家族ならば、命令に背いても誰かを犠牲にしても飛び込んだろう。だからどうしてなのはがとどまることができたのか、はやては不思議で仕方がない。ヴィヴィオのことがそこまで大切ではなかったのかもしれないが、それならばどうしてなのははこんなにも傷ついているのか。
 彼女はこんなことをする人ではなかったのだ。
「求めてくれるの」となのはが言った。
「意外に可愛い反応をするんだね、はやてちゃん」
 普段からは想像もできないとでもいいたいのだろうか。はやては彼女を見上げて軽く睨んだ。睨みは流され、思考力は快楽に滅却させられる。自分を抱いている人のことだけを考えていればいいんだよと囁くように髪をかきあげられ、耳朶を舐められる。舌は耳の穴にまで入ってきた。はやての身が打ち震える。
 なのはは昨夜のことを教えてくれた。何か月か前の無邪気な笑顔を忘れてしまいそうなほど妖美な顔をして、逐一実践しながらだった。“笑う”と“笑顔”の違いを見せつけられるようだった。見つめられるだけで腰かけた椅子にまで滲みるのを感じていたはやてに耐えられるわけがない。なのはには丁寧に丁寧に教えられた。丁寧すぎて、最後の方ではもう虐めでしかなくなっていた。自分から求めるようになるまで、なのはは与えてはくれなかったのだ。
 平然と服を整えたなのはが部屋を出て行くとき、はやては胸を上下させるだけで何も言うことが出来なかった。なんとなくなのはの服の裾を掴み、形ばかりの引き留めをしてみるが叶わなかった。苦々しく、これから仕事だとなのはは言った。仕事――。長い時間だったように感じたが、なのはが部隊長室にいたのは休憩の終わりが伝えられるまでの四十分だけ。時計の針を見て、はやては信じられない思いがした。
 はやては仕事に戻る。しなければいけないことは幾らでもあった。まずはカップの中で冷めきったコーヒーを座っていた上にどぼどぼと溢した後、医務室に通信を繋ぐことだ。
「あ、シャマル? 忙しいところごめんな。もしそっちに椅子の予備があったら持ってきてほしいんやけど。うん、ちょおコーヒー溢してもうて」
 空気の入れ替えに窓を開けた時、はやては今更のように雨のことを思い出した。

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