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2020-01

『秋、はらむ空』 四章 君以外に大切なものなんて……3

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

四章 三話「騎士の問い、そして夜天の王は背を向ける」
ヴィータは知っていた、フェイトは知らなかった。ただそれだけの話。
なにもフェイトが悪いわけじゃないんだよ。でもヴィータだって正しかった。色んなことが悲しい。

――耐えられるのか?



 秋、はらむ空
 四章 ―君以外に大切なものなんて―


 3.騎士の問い、そして夜天の王は背を向ける――ANOTHER SIDE

 フェイトは廊下と廊下が交差した十字の中心を通り過ぎたところで相手の存在に気がついた。手前に大きな絵画のような淵のついた窓があり、天気のいい朝であったから白い光が長方形のガラスを突き抜けて相手の髪や肩に降り注いでいた。相手はほこりを払うように肩を竦めるとこちらに歩み寄ってくる。相手もフェイトに気付いたのだ。騎士だった。
 紅い髪の騎士はヴィータである。彼女の髪の色は、庭先で丁寧に育てられた薔薇よりも、夏の日の朝露がかかるトマトよりも美しい真紅である。ヴィータの髪をそのように例えたのはフェイトの愛する人物だった。しかしフェイトには彼女の紅が濁った血に見えていた。騎士が愛する人を守ろうとして濡れた血に……。
 不機嫌そうな顔つきの騎士は腕組みをし佇んでいる。何か言いたげだ。彼女はフェイトに対し、いつも不機嫌そうで何か言いたげにしていた。もっとも対象はフェイトではなくなのはに対してのほうが多かったが――なぜならフェイトよりもなのはとの方が一緒にいるし、その騎士は素直ではなかったからだ――事件後は何か心境の変化があったのか、なのは対して幾分優しい態度を見せた。きっと二人きりの時は想像もつかないくらいに顔を緩めたりするんだろう。騎士はそういう人物だった。鉄槌の騎士ヴィータとなのはとの間に肉体関係があることもフェイトは悟っている。なのはについてなら何でも知っているのだ。と、あくまでフェイトの中ではそういうことになっている。
 なのはの頭の中には実はヴィヴィオしかいないのかもしれないとフェイトは思う。例え口にはしなくても、ヴィヴィオのことを考えているのはフェイトにも分かった。理解したからこそ一層不快なことにまで考えが及んでしまう。
 ヴィヴィオなんて戻ってこないほうがよかったと何度も思った。
 そうすればいずれはなのはのことをこの手で癒してあげることができたかもしれないのに。ヴィヴィオではなく、私がなのはの笑顔を自然に引き出してみせたのに。フェイトは何度そう考えたかしれない。
 そういった邪な考えを見抜かれたわけではないだろうが、ヴィータがこちらを睨んだ気がした。胸のうちに燻ぶる灰が呼んだ錯覚かは一瞬すぎて分からなかった。それに睨まれたように感じた理由は他にもあった。
「つらい」とフェイトは言った。
「なのはを見ているとすごくつらい」
 なのはが幸せならまだ諦められた頃の自分ではもうない。引き返す機会を失ってしまえば離れることなどできなくなった。諦めるという選択肢が消えた。あるのはなのはを自分にどうやって引きとめるか考えることだけだ。
「ヴィータは耐えられるの?」
 なのはがヴィータのことも見ていないのは分かってるんでしょう、とフェイトは訊いた。細く震える嘆きのような問いだったにもかかわらず、ヴィータは平然と答えてみせる。
「あたしはなのはが生きていれば、そして傍で護ることができれば幸せだからな。いいんだ」
 ヴィータのどこか無垢で純真な心が気に入らなかった。ヴィータの心にだって自分と同じような底深い暗闇が広がっているのだ。入口が狭いために浅いと勘違いしてしまいがちな闇は、奥に行くほど広く、深く、色濃くなっていく。それを白い感情で隠したりできるヴィータを見ているとたまに気分が悪くなる。ただの八つ当たりだとは知っていたが、抑え込めるほどフェイトは大人ではなかったのだ。いいや、堪える事が大人ならば自分から放棄してしまってもいい。フェイトはそう考えていた。
 でもヴィータは大人だった。
「なのはが本当に好きなのはあたしたちじゃねーよ」
 ヴィヴィオ、とフェイトは呟いた。ヴィータは答えずに言葉を続けた。
「フェイトは耐えられるのか? 中途半端にして、あいつのこと傷付けるのはやめてくれ」
 ヴィータが嫉妬の事を言っているのだと分かった。なのはに不安定なところを見せ、気持ちを押し込ませたことを責めている。自分以外の誰かなら彼女の気持ちをうまく引き出したのだろうかと考えると、フェイトも自分を責めなければいけないような気がしてくる。
「お前はどうしてなのはを抱くんだ?」
 ヴィータの問いに震えながら答える。
「なのはが好きだから、抱き締めたいからだよ」
「そうか。あたしは違う」とヴィータが言った。
「好きだから抱くのは当然だ。でもそれだけなのか? それだけでどうして抱けるんだ。あたしはそこがわからない」
「どうしてって、好きって気持ち以外の何が必要だっていうの」
「だってなのはが本当に見ているのは自分じゃないんだぞ。好きだけだったら耐えられないんじゃないのか。それともフェイトは我慢できるっていうのか。……違うよな、だからなのはに爆発させたんだもんな」
「廊下でのこと見てたの?」
「見られないと思っていた方が驚きだ」
 たしかにそうだった。廊下という公共の場で騒ぐのはなのはにだけでなく周囲にも迷惑だったに違いない。けれど余裕がなかったのもまた事実だった。ヴィータの言うとおりに自分は耐えられなかったのだろう。
「じゃあ、ヴィータはどうしてなのはと」
 自然と拳を握りながら尋ねる。本当は、なのはが自分以外の誰かとなんて考えたくもないのだ。しかし考えずとも現実は変わらないし、逃げていると後になってからフェイトの手には負えないほど強大な存在となり襲ってくるのだ。そうしてフェイトは余裕を失くし、なのはさえ傷付けてしまうほどに衰弱する。
「時間を奪いたいんだ」とヴィータは言った。
「なのはから訓練する時間を奪いたい。少しでも他の何かに気を取られればそれだけ体を痛めつけなくてすむ。今のなのはには休養が最も必要なんだ。自分を抱くことで、いや自分以外でも……そう、フェイト。お前を抱くことででも時間は消費される。なのはを休ませるためなら自分の体なんて差し出してしまってもいいんだ。我慢もできる、そう考えている。ヴィヴィオのことを想っているのだって構わない。ヴィヴィオの存在がなのはに無茶を控えさせ、自分を顧みることを思い出させてくれる。家族ができたんだ、そこは帰ってくるべき場所だろ?」
 フェイトはヴィヴィオを思い浮かべた。たしかにヴィヴィオがいればなのはは以前のような無茶はしないだろう。ヴィヴィオと長くいるために、守るために。そして悲しませないためになのはは必ず戻ってくる。しかしそれでもなのはは、もしどうしても無茶が必要な時がくればそこに迷いなど生じないはずだった。なのははそういう人物だ。フェイトはよく分かっている。
「実際にはそんなに単純じゃない。だけど、そうでも信じてないと好きって気持ちだけじゃあいつはとても抱けない。……心が擦り切れてしまいそうになるんだ。かといって放ってもおけない。縛られているわけじゃなく。そばに居たいんだ、ただ」
 ヴィータはそこで一息つく。
「わかってほしいとまで言わないけどな、だけど一つだけ言っておきたいことはある」
 空を想う蒼い目が、血のような赤い髪が、すべてなのはのためにあるのだといわれているようだった。なのはを慰められるのも、なのはの気持ちをうまく引き出せるのもヴィータではなくヴィヴィオだと分かっているのだろう。それでもなおヴィータは言い切った。
「あたしがなのはを護るんだ。たとえなのはの愛する者があたし以外だとしても」
 それだけは絶対だ、と騎士が眼を細める。僅かな視界の中にはきっと空をゆくなのはが映っているのだろう。
 ――ああ、騎士だ。ここに一人の騎士がいる。
 ヴィータが立ち去った後、フェイトはぐったりと壁に背を凭れた。窓枠に手を突くと一年分くらいの溜息が肺を突き上げてきた。横目に差し込んでくる陽が眼を焼き、フェイトは瞼で光を遮断する。
 なのはの心の在り処など分かっていた。フェイトは認めたくないだけで、苛立つ心をヴィータにぶつけてしまった。だというのにヴィータはあれほど真っ直ぐになのはを見ている。それは強さだ。ヴィータの騎士然とした立ち振舞いは自分から見ても恰好が良かった。なのに滑稽に揺らぐ自分は一体何なんだろう。
 なのは、とフェイトは呟く。なのは。
 呼んだ名前の数だけ雨の降る世界があれば、おそらくすべての地面が腐っているに違いない。それくらいフェイトはなのはの名前を呼んでいた。しかし現実のところ全く役に立たないことなのかもしれないといい加減フェイトは思い初めていた。いくら名前を呼んだところでなのはを腐らせるどころか壊すこともできないのだ。
 とても仕事のできる精神状態ではない。フェイトは部屋に戻ることにする。
 なのはの匂いがすっかりと消えてしまったベッドに倒れてからしばらく経つと通信が入った。シャーリーからあの子が目覚めたという報告である。後から聞いた少女が目覚めた時刻は、ちょうどヴィータと話している頃だった。自分のために起きだしてくれたのだと信じたくなるようなタイミングだとフェイトは僅かながら運命を感じずにはいられない。そういえばプロジェクトの名前は『FATE』。人の力では動かしようもない運命のことだったな、とフェイトは改めて自分について笑ってみることにした。

 フェイトは少女が眠っている間も頻繁に足を運んでいた。
 機動六課に居てもなのはは相手をしてくれない、見てもくれないことを理解するのは悲しく辛かった。孤独に弱いフェイトにはとても耐えがたいものだったのだろう。故にフェイトは幼き日のなのはに会いに行く。そっくりの少女に重ねては罪悪感に浸されていた。それは昔母が自分に対ししていたこととなんらの変わりがない。フェイトには知っていながら向かう足は止まらなかった。現実のなのははどうしても自分だけのものにはなってくれないのだ。
 その少女がついに目を覚ます。フェイトは急いで病室への慣れた道を駆ける。
 外に出ると雪が降り始めていた。積もる雪らしく既に薄っすらと芝生に被さっている。一片の汚れもなき白い雪だ。踏むとしゃりしゃりと音がする。病院に着いたときフェイトの肩や頭上に雪が積もっており、入るときに払わねばならなかった。
 そこには薄い水色のワンピースを着た少女が立っていた。フェイトの方を振り向く少女の髪は肩を超えるくらい伸びており、長い前髪の隙間に今初めてのぞく瞳があった。
「おはよう」とフェイトが言った。少女はしばらく虚ろな様子であたりを見回し、それから目の前にいる人を視界に留めた。
「あなたは誰、ですか」
「君の友達だよ」
 少女は首を傾げている。その仕草に胸が鈍く痛むが今は構ってはやらない。まずはこの子を安心させ、自分の元に寄せる必要があった。
「散歩をしない?」とフェイトは言った。
「少し寒いけど、今は雪が降っていて良い景色が見られるから」
 そう言ってフェイトは少女に向けて手を差し出した。少女はフェイトを見上げたまま動かなかったが、やがていつまでも下げない目の前の手を取った。晴れた空を見せてあげられないのは残念だったが、雪景色というのもいいだろう、とフェイトは思うことにする。冬に必ず雪が降るとは限らないが、空はいつか晴れるものだ。
 目的のない散歩の後に行き着くのがなのはのいなくなった部屋であることを、フェイトだけが知っている。

 翌日フェイトは少女に二つの贈り物をした。
 一つはリボン、もう一つは名前だった。
「きっとよく似合うと思う」
 引き取ると決めた時から既に用意していたものである。仕事の合間に抜け出し街に行って買ってきたのだった。
 フェイトが白いリボンで少女の髪を結っている間、少女は訓練された軍人のように大人しくしている。手先は器用な方だと自負しているフェイトは口元をそっと綻ばせてしまった。こんなところまで似るものなのだろうか。クローンとはいえ性格まで似るとは限らない。むしろ正反対である場合の方が多いのだが、だとするとこれはなのはの根っこのようなものかもしれない。人に迷惑をかけまいとする。あるいは根っこになるほど深くに潜り貼り付いた意識なのか。八年前、病室で見たなのはは必要以上に人への迷惑を嫌い、怯えさえしているようであった。
「くすぐったくない?」
「平気です」
「うんよし。できたよ」
 年の差や互いの状況を考えれば友達というより親という方が正しいのかもしれない。けれどフェイトは少女にとって友達であらなければならなかったのだ。
 突き出した鏡に映る自分の髪を指先でいじるこの子の、友達に。
「なの」
「え?」
「名前を言ってなかったよね」
「あなたの名前は聞きましたよ。フェイトさん、ですよね」
「そうじゃなくて、君の名前だよ」
 少女は私の言葉の意味が分からないようだった。が、すぐに理解して頷く。ものわかりのいい子のようだった。
「私の名前?」
「ああ」とフェイトは笑った。「考えてきたんだ。菜乃」
「な、の?」
「菜の花っていう小さくて黄色い花があるんだ。正確にはその花がたくさん集まって一本の花になっているんだけど、可愛い花なんだ。それが由来だよ」
「どうして?」
「見たときになんとなく、その花が浮かんだものだから」
 ――なのはの両親から聞いた、『なのは』という名前のもともとの由来だから。
「正式に書くときにはナノ・テスタロッサ・ハラオウンということになると思うけど、私は菜乃と呼びたい。どうかな」
「嬉しいです。ありがとう」
「うん」、フェイトは少女が断るなどとは微塵も思っていなかった。
「私はどうすればいいんですか?」
「まずは堅い言葉遣いを改めることから始めようか。それから私のことを名前で呼ぶこと」
「ううん。わかった。じゃあフェイトさん?」
 フェイトは首を振った。
「フェイトちゃん、だよ」
「でも年上の方だし」
「菜乃と私はもう友達だから」
「友達?」
「友達は、家族よりも恋人よりも大切な人のことをいうんだよ」
「なんか恥ずかしいな」
 そうやって照れられると許してもいいような気がしてくる。だが、名前の呼び方というのは重要なのだ。フェイトは譲れるぎりぎりを提示する。
「じゃあ、二人きりの時だけでいいから呼んでほしい」
 フェイトが言うと、それならと少女も妥協してくれた。
 少女はしばらく唸ってから、赤らめた頬を指でひっかきつつも口にする。
「フェイトちゃん」
 フェイトはそっと眉を顰め、それから出来る限り優しく少女のことを抱きとめた。

 なのはの遺伝子を有したクローン――菜乃はやがてフェイトに懐くようになった。はじめはおっかなびっくりといった様子で接していたのだが、フェイトは少女にとって途方もなく優しい人だった。フェイトは友達について「家族よりも恋人よりも大切な人のことだ」と説明していた。菜乃に家族や恋人というものは分からなかったが、少なくともフェイトのことは大好きだった。優しくて温かい。友達というのはそんな人なのだと菜乃は理解していく。菜乃にとってフェイトが唯一無二の人となるのにそう時間はかからなかった。なぜならば、フェイトがそうなるよう意識して接していたからだ。
 フェイトはたまに思う。少女は自分の願望が生み出した存在なのではないかと。
 蝶のごとく誰の指にも留まることをしないなのはが、自分だけのことを見てくれる。フェイトちゃん、と笑顔を向けてくれるのだ。自分だけのために笑ってくれ、自分の笑顔を求めている。もしそうなってくれたらどんなに幸福だろうとフェイトは願ってやまなかった。今、菜乃はフェイトのことだけを見、フェイトのためだけに笑い、フェイトの笑顔を何よりも求めている。そこにいるのは小さな頃のなのはだった。なのは以外の何者でもなかった。
 しかし、だからこそフェイトは少女に完全な愛を向けることができない。
「フェイトちゃん、まだ寝ないの?」
 広すぎるベッドに少女が一人腰かけている。決して自分より先に横になることのない少女は、普段結っていた髪を下ろしている。フェイトは少女の風呂上がりで濡れた髪を撫でてやった。幼き日になのはが自分のことを撫でてくれたみたいに。そうすると少女は子犬のように気持ち良さげに目を閉じて「くすぐったいよ」と笑った。最近ではもう随分と意思表示をしてくれるようになっている。少女のことをフェイトは確かに可愛らしいと思う。思うのだけど。
「なの」
「うん?」
「なんでもないよ、なの」
「おかしなフェイトちゃん。でもそんなフェイトちゃんのことが私は大好きだよ」
「ありがとう。さあ、寝ようか」
 菜乃を寝かせ手を繋ぐと、布団の中でうずくまるようにして眠る。
 母さんはね、優しいから壊れてしまったんだよ。かつて見てきた夢の世界でアリシアが言った。母は壊れていた。だとするなら自分もまた壊れているのだろうか。夢と現との間で、フェイトは菜乃の小さな手を握りながらぼんやりと果て無き沈潜を続けていた。

     *

 はやては陽が落ちた空を見上げる。そこには白い月がいくつも浮かんでいた。昼間に見られるいくつもの星も、見慣れないはやてには最初綺麗だと感じられたが、やがて長く住めば当たり前になる。しかし月というのは変わらずに美しい白の輝きを保っていた。とりわけ今日は一日中晴れてよく見える。
 なのははよく月を見ている。日が沈んだ後の月を恋人でも見詰めるように眺めている。自分には見えない何かがあるのだろうかと考えてしまうほどだった。
「なのはちゃんにはあそこに何が見えるん?」
 はやてが尋ねると、なのはは小さく「何も」と言った。
「ほんならなんで」
 近くに居るのは月ではなく自分なのに、彼女は遠い空の果てを見上げている。空の赤みがなくなったときに切り上げておけばよかったのだろうが、はやてはせっかくとれた休み時間くらい彼女と過ごしたかった。
「綺麗だからじゃ駄目かな?」
 はやては緩やかに首を振った。駄目ではない。月を眺めるなのははとても絵になるのだ。少しの寂寥はあれ、それは月自体よりもずっと美しい光景だ。言うとなのはは笑った。世界中の幸福と虚無を一緒くたにしたような笑顔に、はやての胸の奥に押し込まれた感情が鎌首をもたげる。
 たまにではあるが、はやてはこうして仕事の合間になのはとお茶を飲み交わした。今日は二人とも紅茶で喉を潤しつつ静かな憩いの時を過ごす。時に自身の話を聞いてもらい、時に軽やかな声に耳を傾ける。はやてが一日のうち最も心落ち着く時間である。それに、なのはの安らいだ表情が見られるのはこのときだけだった。
 この時間を取り戻すためになのはとの体の触れ合いを拒んだ気もする。
 だがそれでもはやては日に日に深まっていくなのはへの想いを感じる。悪いことにどう処理していけばいいのかもわからなかった。家族は頼れず相談する相手もいないはやてには現状維持を望むだけだった。
 苦しさゆえに拒絶して以来、体も重ねなくなった。宣言通りはやてには指一本触れないし、襲うこともない。元々なのはの“襲う”という行為は消極的なものだった。僅かに胸板を押し返せばすぐに手をとめてくれる程度のものだったため、明確な拒絶を示せば体の触れ合いがなくなるのは当然のことだった。手が偶然触れたりといった事故さえも決して起こさない現状を見直し、拒絶するというのはこういうことなのかとはやては愕然とした。
 ヴィータのことも気にかかる。
 なのはとの情事があったことをヴィータは知っているのだろうか。フェイトやティアナ達については知っているようだが(何故なら二人はなのはへの気持ちを隠そうともしないため、少し気をつけてみれば誰でも気付いてしまうのだ)、しかし自分のことはおそらく知らないし、知らせてもいけない。主である自分がヴィータをこれ以上苦しめるべきではないのだ。
 はやては分かりすぎるほど分かっていたが、なのはへの気持ちというのは抑えきれるものではなかった。そんな弱い気持ちならなのはを拒んだりしなかった。
 六課の隊舎にいるときはついなのはを探してしまったり、空間シミュレータが起動されていると、中で楽しそうに訓練をつけているなのはのことを想像してしまう。結局はやては、なのはに対する自分の気持ちまで拒絶できたわけではなかったのだ。
 時間が許せば相談事と称してお茶を飲み、少ない時間も共にしようとしている。なのははそれに付き合ってくれる。以前のような笑顔はなくとも、気心の知れた親友として。

 ある日の休憩室ではやてがなのはといつものように熱い紅茶を啜っていると、突然扉が開け放たれる。振り向いた先には髪を可愛らしく二つに結ったヴィヴィオがいて、はやては少なからず驚くこととなった。なのはとのこの時間に訪れた人がいたことなど今まで一度もなかったのだ。
 ヴィヴィオは、訊けばなのはを探していたという。模擬戦をきっかけに仲直りしたのは知っていたが、ここまで仲が深まっていたとは知らずはやては驚愕に目を見開く。
「お邪魔だった?」
 ヴィヴィオが尋ねれば、「そんなことないよ」と即座になのはが否定した。
 それから二人は話し始めるが、はやてには置いて行かれたという感覚がなかった。二人の会話は和やかで、仲のいい親子を眺めているようだった。いや、もうすぐ本当に親子になるんだったな、とはやては思い直す。記憶をなくしたヴィヴィオが、なのはとだんだんと仲良くなっていく様子をはやては見ていたわけではない。だが、なのはとヴィヴィオの繋がりが何者も侵せない程に大きかったのだということぐらいは理解できた。
 ヴィヴィオを見詰めるなのはの瞳の、なんと優しいことか。
 ヴィヴィオの記憶が戻れば全てがうまく収まり、そして終わるだろう事がはやてには予想がついた。戻らなければいいと思う。しかし戻ってくれれば悩みはなくなる。以前と同じ位置からなのはのことを見守ればいいのだ。十年近くやってきたのだから簡単なはずだった。
 不意に娘の、ヴィータの顔が浮かんだ。同時に自分の心に黒く渦巻くものも。
 どれだけ離れていても心で裏切っていることに変わりはないのかもしれない。まったく性質が悪いとはやては自分に呆れてしまう。本当は何もかも放棄してぶつかりたいと思っているのに性格が邪魔をして出来ないだけで、想いまで負けているわけではなかった。もしフェイトほどなのはへの執着心を表に出せれば、ヴィータのように騎士としての口実があれば、ティアナのように相手に素直にぶつかっていくことができたのなら、はやては今こうしてなのはと顔を突き合わせ、お茶を飲んでなどいなかった。相手の痛みも苦しみも飲み込んで、なのはのことを全身全霊で抱き締めていたはずである。
 しかし実際にはそんな気持ちなど心に固く納めており、なのはをつまらない冗談で笑わせることで自身を慰め、素知らぬ顔でお茶を飲んでいる。
「なのはちゃん」
「ん?」
「なんでもあらへん」
「そっか」
「うん。なあ、なのはちゃん」
「ふふ、なあに」
「なんでもあらへんよ」はやてが口元を歪めて言うとなのはは頬を膨らませた。
「はやてちゃん、もしかしてからかってる?」
「今頃気付いたん」
「あ、酷い!」
 酷いんはどっちや――。
 言えないまま、今は偽りでもいつか本当になるのだと信じたふりをして、はやては時間が過ぎていくのをじっと待っている。

 はやてにはもう分かってしまったのだ。自分の身が崩壊していくのを恐れ、なのはを突き放してしまったときから、もうなのはと一緒の道は選べないのだと。届かない場所へと自分から遠ざけてしまったのだ。フェイトもヴィータもティアナも真剣すぎた。だから求めるなら自分も相手も壊れる覚悟で臨まなければならないし、できなければ彼女との未来は得られない。
 いくつもの思考錯誤を経た後でようやくそのことに気が付くと、はやては眼を手で覆った。瞼の裏側には白い月を眺めるなのはの絵画が飾られている。数分間だけ眺めた後、はやては額縁を掴むと絵画を取り外し、真っ暗な穴に落とす。そして背を向けた。

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