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2019-11

『秋、はらむ空』 四章 君以外に大切なものなんて……4

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

四章 四話「命の休暇」
ティアナとスバル視点。
休日にティアナとスバルは六課を離れ、墓参りと遊びに出ていく。

――生きていることを休みたいと思った。



 秋、はらむ空
 四章 ―君以外に大切なものなんて―


 4.命の休暇――ANOTHER SIDE

 スターズ分隊に三日間の休日が与えられた。久方ぶりの休みということで、ティアナはスバルと共に少し遠出をするつもりだった。まず向かうのはティアナの兄とスバルの母が眠るミッドチルダ西部のエルセア地方にある墓地、ポートフォール・メモリアルガーデンである。
 一面に広がる青い丘を見上げるとそばには墓石が並んでいる。厳粛で自然に満ちた光景だった。一年近く来ていないせいもあって、吹く風がどことなく懐かしかった。ここは死者と生者の逢瀬の地。石が無数に積み上げられ塗り固めれた階段を十段ほど上った先に兄の眠る区画がある。来る途中に寄った花屋で購入した黄色と白の花を供えるとしよう。
 借りたバイクを墓地の駐車場に停めるとティアナはバケツ二つぶんの水を汲み両手で提げた。花はスバルに抱えさせ、つるつるとした丸い小石を踏みながら互いの家族の元へと向かう。偶然にも墓の位置は近く、荷物をそれぞれに分け合うとティアナは墓の清掃を済ませて兄への報告に集中する。
 機動六課のこと、執務官はまだ遠いが一つの夢はもうすぐ叶いそうだということ、尊敬する教導官のこと。兄が静かに聴いてくれているだろうことを頭の中で描きつつ、そのようなことを報告した。
 顔を上げると、スバルはまだ両手を合わせていた。ティアナは邪魔をしないよう墓の周囲の草を抜いて集め、さらに丁寧に水をかけてやる。バケツの中が空っぽになる頃にはスバルも報告を終えており、二人はまた坂を下りてバイクに跨った。
 今回スターズ分隊の休暇ということだが、副隊長であるヴィータは緊急時に備えて隊舎に残り、仕事を続けている。仕事熱心で部下想いの副隊長らしい。なのはは体の休養も含め、隊舎でヴィヴィオと過ごすようだった。この後はスバルと適当に市街を回る予定になっている。それにはまずコーヒーを飲んで体を温めることが先決だ。

 本屋に来るのも久しぶりだった。
 ティアナは執務官試験についての本をいくつか見繕うと、何やら雑誌を見ているスバルの元に向かった。近づいてみて気付いたが、スバルが開いている雑誌の見開きページに高町なのはの写真があった。『管理局機動六課、ジェイル・スカリエッティ事件解決』という見出しで特集が組まれていた。なのはの他にも指揮官のはやてと執務官のフェイトも掲載されていたが、その中で真っ先になのはに目がいってしまったのはティアナの中の無意識によるものだろう。ティアナはいつもなのはの姿を探している。本屋に来る前だって似た髪型を見ると振り返ってしまったくらいだ。
 考えすぎね、とティアナが溜息をつく。それにしてもスバルはこうやってなのはの記事を探したのだろうか。思う内にティアナは聞いていた。
「他になのはさんの記事が載っている雑誌ってあるの?」
「どうだろう」とスバルは言った。
「あたしも最近本屋さんに来れてないからわからないけど」
 スバルはしばし顎に人差し指を置いて考える素振りをみせると、やがてコーナーの奥に行き手招きをした。ティアナもそちらへ歩いていく。積み上げられた本の中からスバルが一冊手に取り、ティアナに差し出す。
「これとか。記事だけなら探せばもっとあると思うけど、写真がのってるのはこれかな。古いものならあたしが部屋に切り抜いて持ってるけど、見たい?」
「――まさか」
 ティアナは大きく首を振った。
「ふうん。でもまた見たくなったら言って……ってティアは言わないよねえ。帰ったら場所教えるから見たい時に見ていいよ。ちゃんと綺麗にしまってくれるならね」
「だから見ないわよ」
「じゃあこの本買うの?」
 ティアナはしばし考えて「買わない」と言った。
 しかしスバルが本を会計に持っていく間に、ティアナは執務官試験関係の本の下にスバルが差した雑誌を隠し、上に別の魔導書を乗せてレジへと急ぐ。この本屋は大きい為、会計が置かれている場所はいくつもあるのだ。人気のあるコーナーから離れた場所だったので人はそう並んでおらず、素早く支払いを済ませることができた。スバルがやってくる頃には本の入った袋をバッグに詰め終えており、ティアナはこっそりと胸を撫で下ろす。
 本屋の中には三人ほどが座われるベンチが置かれてあった。ティアナはそこに腰を下ろし、購入したばかりの魔導書を開く。表紙には――と書かれている。ティアナは本に書かれていることについて既に完成寸前までこぎつけていたが、読んでおくことにこしたことはないと考えたのだ。それに完全に習得したわけではない。複数考えられるパターンについてや、魔力の効率の良い運用の仕方だって載っているかもしれない。目次を見ると少なくとも知らないことは書いてありそうだった。役に立つかどうかは読んでから判断すればいい。スバルに相手をしてもらい、クロスミラージュにメニューを組んでもらうだけで十分とは言い切れないところがある。あの人を守れるようになるにはまだ及ばない。
 それはティアナの夢の一つだった。だからこそ確実に、もっと熟練させなければならない。光が見えたとき、ティアナは言いたいことがあった。高町なのはに、今はまだ言えないことをきっと言おうとティアナは心に強く思っている。

 スバルと隣の部屋を予約していたホテルに辿りつき、改めてティアナは雑誌を開いてみた。満足するまで数分も数十分も眺めてみる。正確な時間はわからない。満足することなんてなかったからだ。
 機動六課に配属されるまでは興味もなかった人が、今はこんなにもティアナの興味を惹く。アグレッサーモードのバリアジャケットは可憐だったし、エクシードモードはどこのヒーローよりも勇敢で凛々しく、頼りがいがあった。実際にヘリを砲撃の窮地から救ったこともある。リボン一つとれるだけで、スカートが長くなるだけでこうも雰囲気が変わる人も珍しい。
 それら大きなコマの写真から外れた場所に、小さく教導官としての彼女の紹介文があった。元々所属している戦技教導隊の制服姿で笑っている。ずっと以前に撮られたものなのか、今よりも幾分幼く感じられた。小さなコマではあったが、ティアナはすぐにそのなのはに惹きつけられた。しばらく見たことのない笑顔のなのはは年上なのに愛くるしいとさえ感じる。今でもそうなのだから幼い頃の彼女は一体どれほど可愛らしかったのだろうか。そしてそんな彼女を見てきたフェイトやはやてらがティアナには羨ましかった。
 だが、と思う。事件以前の昔がどれほど愛らしいものであっても、ヴィヴィオを一度失ってからのなのはもティアナは嫌いではなかった。むしろ好きと言える。いや、ティアナの“好き”はそんな茹で過ぎたパスタのようにふやけたものではない。敵を撃ち抜く弾丸のごとく率直なまでの“好き”だった。揺らぎ堕ちていくなのはを抱きとめる。その役目を自分が遂行することができるなら自分の手にあるものはすべて放棄してしまってもいい。それだけの想いをこの半年間で溜めてきた。たしかに出会ってからの時間は及ばないかもしれないが、想いまで負けているはずがなかった。ティアナは確信している。自信をもっているのだ、この自分が。
 半年だ。なのはへの気持ちが本気になったのは何も体を重ねるようになった最近のことではない。機動六課に入隊してからしばらく時間が経った日にティアナは思いを馳せる。あれは無茶をやった自分を戒めるための魔法弾をなのはに撃たれ、撃墜された日だ。彼女は意識を落とした自分を抱き上げて医務室にまで運んでくれている。
 ぼんやりとした記憶だ。
 意識を失った後というのは実は完全に世界が閉ざされたわけではない。ごくまれに自分という存在を見ることができるのだ。ティアナはそんな状況で、自らを抱え上げるなのはの腕を感じた。空も飛べない自分のためにゆっくりと地におろした後、なのはは背中と膝の裏を支えて持ち上げるとぐらつきのない歩行で医務室に向かった。彼女の手からは血が滴っているというのにも構わずだ。傷はティアナが未完成なダガーモードで切り付けたものだ。単に教導官としての役目と取ることもできるが、しかしそんな後始末は他の人に任せてもよかったはずである。模擬戦を観ていたフェイトやヴィータもなのはを引きとめた。当然だ。フェイトもヴィータもなのはを心配することにかけてはSランク級なのだ。
 しかしなのはは首を振り、言った。
「この子は大切な教え子だから」なのはは言って二人を見る。「ティアナはわたしが運ぶよ。だからヴィータ副隊長はスバルの介抱を、フェイト隊長はライトニングの模擬戦をお願いします」
「わがままを言ってごめんね」となのはが言う。フェイトとヴィータがなのはの願いを引き受けないわけがなかった。
 なのはが医務室にまで運んでくれたという事実は、ティアナにとって重くのしかかった。彼女自身の手当のついでかもしれないが、運ぶ時にはどうしても手を使わなければならないだろう。そうなると傷口だって開くに違いないのだ。
 その後のことはティアナには分からない。彼女が治療してもらっている間の意識はティアナにはなかった。
 目が覚めた後では夢と間違うほどに希薄なものだったが、時間が経つにつれて思い出せるようになった。シグナムに頬を殴られ、なのはの幼い頃の話や教導の意味を聞いているうちに、ティアナの中でなのはがしてくれたことを確かな記憶として思い出していった。そもそも夢であるはずがなかった。自分を撃ち落とした人間についての好意的な夢を見るのはおかしい。だから自分はおそらく理解していたのだろう。なのはの優しさというものを、海岸で抱きとめられてから六課での日々を過ごすうちにやがて知っていった。
 あの日、なのはがティアナを求めてきたとき期待させる言葉をかけなければ、あるいはもっとましな今があったのかもしれない。
「誰でもいいわけじゃない。それともティアナは本気のほうがいいの?」
 そうだと返せばこの人は本気になってくれそうな気がしたのだ。ティアナは勘違いしてしまいそうな自分に怯えて、なのはを拒絶した。しかし最も恐れていたのは本気になった後のことだった。その時の自分がどうなっているか考えるだけで体が震えたが、結局受け入れてしまうことになる。ティアナにはなのはを撥ね退けることなどできなかったのだ。フェイトやヴィータと同じように。そしてそんな自分にティアナは満足してしまっていた。
 事件の時、なのはにはもう失望されたと思っていた。がっかりしたと、きっと落胆したと信じて疑わなかった。ティアナは訓練中なのはを見ていて、この教導官が自分を六課に呼び、かけてくれた期待に応えようとしていた。だから涙を浮かべ叫びつつも、ひどい罪悪感がティアナを襲った。なのはにあのような無表情をさせてしまったことが今でも悔やまれ、胸が痛んだ。よく笑うなのはの無表情は、顔以上に心を表していると後で知ってからは、尚更に。ティアナはなのはに口説かれて惚れたのではない。惚れてから口説かれたのだ。だから効果的だった。
 傷ついた手で支えてくれた、六課を卒業した後の将来まで考えてくれた、教え子の一人というだけでなくティアナ・ランスターとして見てくれた――そんな彼女を好きにならない要素こそが見当たらなかった。

     *

 休日の二日目になるとスバルは土産を買うために大型デパートに入った。三日目は六課に戻りのんびりだらけた一日を送る予定であったから、品を選ぶならば二日目であった。
 ホテルをチェックアウトするとティアナと街に出て、さてどうしようかと考えた。いくら土産といっても変なものは送れないし送りたくなかったスバルは、まずは見てまわろうと言った。買った後で夕方まで遊べばいい、とはティアナの弁。ティアナはティアナの方で考えがあったのだろう。スバルはそれに同意し、一時別れることにした。待ち合わせは広場に構えたアイス屋ということで決まった。
 いくつか店をまわったが、結局スバルはお菓子の詰め合わせを送ることにした。これならばヴィヴィオと楽しくつまめる。ヴィヴィオとなのはが一緒にお茶を飲みながら過ごす憩いのひとときはきっと幸せな時間になるだろう。考えてみるとスバルは自分の案が素晴らしいものに思えた。
 消耗品を選んでいたのは、あの人を僅かにでも縛らないように重荷にならないようにという配慮からだった。指に噛みついて痕を残そうとしたティアナとはま逆の道であるとスバルは気付いていない。無意識下の選別であった。
 当然ヴィータにも同じものを送ることにした。車が欲しいと呟いていたアルトには色んな会社のパンフレットを、同僚のエリオとキャロにはとびきり甘いチョコレートをプレゼントする。アルトだけ金がかかっていないのは申し訳なかったのでチョコレートを買った店で、別の小さめのチョコレートを選んだ。そういえばアルトは甘いものは大丈夫だっただろうかと不安になったのは買ってしまった後だった。
 両手に紙袋を提げて広場に到着すると、スバルはアイスクリーム屋に向かった。右手に提げた紙袋を左手でまとめて持ち直すと、その手で支払いを済ませ、コーンを受け取る。スバルは一口だけアイスを食べると空いたベンチを見つけて座り、ティアナを待った。
 正午の鐘が広場に鳴り響く。首を持ち上げれば白い鳥が窮屈な空も関係ないというように、とてもスマートに羽ばたき飛んでいくのが見えた。今日は快晴で、たくさんの親子連れや恋人同士、友人同士らしい人々が目の前を横切っていった。世界は平和に満ちている。少なくともこの付近だけは。
 ティアナがやってきたのは約束の時間きっちりだった。かなり早くついてしまった自分はアイスを食べ終えていたが、ティアナだってアイスが食べたかったのだろう。簡単に挨拶をしてアイス屋に向かっていくティアナの後姿を見てスバルは思う。思うといえば、ティアナはやけに身軽だった。
「ねえ、お土産はどうしたの?」
 片手にアイスをもってやってくるティアナにスバルは訊いた。もしかしたらまだ決まっていないのかもしれない。時間どおりにやってきたのは待ち合わせに遅れまいとする彼女の礼儀なのだと。しかしそれはティアナの言葉により消えた。
「コインロッカーに預けているだけよ」
 それは思いつかなかった。
「あんたまさかその大荷物抱えてこのあと遊ぶわけ?」
「いやいや。ちゃんと預けようとは思ってるんだけど、ティアと別々のところに預けちゃうと引き取るときに面倒かなと思ってさ」
「まあそうね」
「えへへ。あ、ほらアイス溶けちゃうよ」
「寒いんだからそうそう溶けないわよ」
 むしろなんでこんな寒い日にもアイス屋があるのかという疑問が湧くが、自分たちと同じように寒空の下でもアイスがほしくなる種類の人間がここには沢山いるからだろうとスバルは考える。
「ところでティアは何買ったの?」
「内緒」
「えっ、なんで?」
「冗談よ」
「ねえティア。どうしてあたしは泳がされたんだろう」
「まあ楽しいからじゃない?」
「えええ」
「さ。アイスも食べ終えたし、さっさと荷物預けて遊びに行くわよ」
 颯爽と立ち上がりコーンについていた紙をごみ箱に放ると、ティアナは先に歩きだした。スバルも慌てて荷物をまとめ、後を追う。

 散々遊び通し最後の遊び場から出ると辺りは薄暗くなっていた。いつのまにか日が沈んでいる。六課に戻るならそろそろという時間で、スバルとティアナはコインロッカーに向かった。
 あれからも結局ティアナに何を買ったのか聞くことができずにいたが、今がそのチャンスだった。ティアナの荷物をのぞき見ると、そこには自分と同じように紙袋が押し込まれていた。一つは自分と同じように菓子折りだが、もう一つは――バイク会社? スバルは首を傾げる。ついに自分のバイクを買うことにしたのだろうか。分からないまま、けたたましく喚く電車に乗り込む。六課に帰り着く頃には外は暗くなっていた。
 六課は二日空けていただけで久しぶりのような気がする。いかに自分がここに馴染んでいたかが分かる。
 スバルは部屋で荷物を整理するとお土産を渡すため真っ先になのはの元に向かった。ちょうど話したいことがあった。必要がないかもしれない、けれど言っておくべきことである。
 もう時間も遅かったせいか、部屋にはなのはの他には誰もいなかった。なのはは「おかえり」とスバルを快く受け入れる。
「楽しく過ごせた?」
 スバルはもちろん頷いた。そして用意していた袋から長方形の箱を取り出し、なのはに渡した。
「ヴィヴィオたちと一緒に食べてください」
「ありがとう、スバル」
 いえ、とスバルは笑う。なのはの笑顔につられた形だった。ヴィヴィオについて話すときの彼女は本当に楽しそうに笑う。二人が再会できたことをスバルは心から嬉しく思っていた。
 ただ一つの懸念がある。そのためにスバルは明日ではなく今日、ここに来た。
「もうなのはさんにあたしは必要ありませんよね?」
 誰もいなくてよかった。ティアナも今日はクロスミラージュの手入れをするといって部屋にこもっている。目の前の人は、きょとんと呆けた顔でスバルを見返した。
「最近夜に呼ばれる事も少なくなったし、あえて言うことではないかもしれません。けれどこれは一つのけじめです」
「スバルのことは抱いちゃ駄目ってこと?」
「駄目というか、必要ないんじゃないかと」
「わたしのことが嫌いになった?」
 弱った。目を細め、心なし前髪の垂れたなのはを見てスバルはそう思う。
 スバルはなのはのこの表情に弱い。この人がこんな表情をして弱らない人物などいるものかと妙な確信を持っている程に弱かった。違います、とスバルは慌てて否定した。
「違うんです。だけどあたしがなのはさんと抱き合うっていうのは間違ったことのように思うんです。少なくとも正しくない。そうじゃなくて、あたしはそれよりもティアを応援しようと決めたんです」
 最近以前にも増して頑張っている親友こそが、なのはと抱き合うべきなのだ。ティアナの想いは近くで見ているスバルにもよく分かった。どれだけ真剣になのはのことを想っているのか。そのためにどれだけ熱心に訓練をしているのかスバルは知っている。全てはなのはを護るために、なのはと一緒に居るためにだ。
 そんな親友の姿を目にし、スバルは自分のしていることがいかに軽率か思い知ったのだ。自分が気持ち良いというだけで、なのはに求められることが嬉しいというだけで何の努力もせずにいる自分が恐ろしく愚かな存在に思えたのだ。
 嫌でも自分にはティアナほど真剣になのはを求めることはできないと悟ってしまう。
 道の別れ時だった。スバルのできる今一番正しいことは、ティアナの往く道を応援するということである。
「だから決してなのはさんを嫌いになんてなっていません。それだけはわかってください。なのはさんのことは好きです。大好きなんです。もっと違う状況だったら諦めたりしなかった。いや、諦めているという表現はおかしいですよね。実際諦めてるわけじゃなくて、ああ。よくわからなくなってきた」
「大丈夫だよ、スバル。何となくだけど言いたいことは理解できるよ。スバルはティアナのことが大切なんだよね」
 なのはの言葉に、スバルは噛み締めるように頷いた。
 スバルが顔を上げると、優しく穏やかな微笑みを浮かべるなのはがいた。自分が間違いなく憧れ尊敬し、好意を抱いた女性だった。生涯それは変わることはないだろう。ただスバルにはティアナを傷つけてまでなのはを奪うことができなかったというだけだ。それはスバルの中に知らず築かれた優劣であった。言葉にするとなんとも陳腐なものに成り下がってしまうが、スバルにとっては大切な大切な気持ちだった。説明できなかったのもある意味当然のことだった。
「スバルはいいこだね」
 なのはの手が頭に乗せられる。ゆっくりと撫でられる手の平にスバルは心底泣きたい気持ちになった。鼻の奥が熱い。愛しい。こんな自分にも優しい彼女の手を離さなければならないのか。
 今すぐにでも言葉を撤回し、頭を撫でる手を掴みベッドに押し倒したかった。唇を荒々しく重ね、中を心ゆくまで掻き回す。豊満な胸を形が変わるほど揉みしだき、突起を捩じる。そのようにしてもなのはは抵抗しないだろう。スバルは一度試したことがあった。故にエースオブエースを下に敷くことの快感は知っている。それが余計に悪かった。己を激しく突き上げてくる衝動に身を任せてしまいたい、頭の中が一瞬そういった思考に全て染まる。スバルの理性は豆腐みたいに脆い。
 それでもなお自分を律することができたのはティアナがいたからだ。
 クロスミラージュの手入れをするといいながら隊舎の外に出て行ったティアナ。こんな夜から訓練をしている親友の存在がスバルの欲望の歯止めとなっている。
 スバルは必死の思いでなのはの手が離れるのを待つと、長い時間をかけて笑顔を作りだしてみせる。自分の中では悪くない笑顔をしているはずだ。スバルは敬礼と共に別れの挨拶を口にした。
「それじゃあ失礼します」
「ん、おやすみ」

     *

 ティアナは最後の休日をのんびりと過ごした。訓練するにしても少しくらい体を休めないと効果的ではないのだ。
 ティアナは部屋で軽い筋トレをした後、ベッドに寝転がってごろごろと本を読んでいた。袋から取り出した雑誌は机の引出しに納めておき、魔導書を手にとる。本の中に書かれてあることのいくつかは役に立ちそうだった。熟読し終えると次は執務官試験に向けての勉強だ。執務官になるまでにいくつかの過程を経る必要はあるだろうが、今勉強しておいても損はない。
 日が暮れるとスバルと連れあって食堂に行き、夕食を済ませて部屋に戻ると幾分落ち着かない気分になった。夜はなのはに呼ばれている。もちろん抱き合うためだろう。
 約束の十五分前にティアナは待ち合わせ場所に向かうことにした。出ていく時、スバルがいつも以上ににこにこと笑っていたのが気になるが何か良い事でもあったのだろうか。ティアナは不思議に思いつつも、歩くペースは次第に速まっていた。

 いっそ生きていることを休みたいとティアナは思った。
 なのはと居ることは至福の時間でもある。だがその至福は、時折潜り込んでくる恐れまでは消すことができなかった。今日がいつにもまして穏やかで自然な混じり合いだったから余計にそうなのかもしれない。激しい性交というのもあるが、中には水面にたゆたう一枚の落葉のようにゆったりとしたものもあるのだ。なのはの濡れた部分にそっと指で触れると、凍った水面が氷解していくような気持ちよさがある。ティアナはその時、心で感じている。心がなければたとえ体が反応したとしても気持ち良さには結び付かないとティアナは思う。こうしてなのはに触れればその感じは強くなった。
 なのはの気持ちがない時はすぐにわかる。ヴィヴィオが発見されたばかりで、まだ少女との仲が険悪なままだった時がそうだった。なのははよく求めてきた。その度に痛んだ部分を解放してやったが、彼女が自分のことを見ていないのはすぐに分かった。そんな交わりは気持ち良くもなんともない。ただ快楽が体に取り残されるだけだ。ときにはそういう快楽のみでも欲しくなることがあるだろう。何も考えなくていい時間だって必要になることもある。ヴィヴィオとの距離をはかりかねていたなのはがそうだったように。
 けれどティアナはそのような時間など求めてはいなかった。なのはを受け入れ、どうにか満たそうとしたのは、放っておいた後の事が怖かっただけにすぎない。鱗を失くした魚のようにくたびれてしまうのではないか、翼から羽を一本残らず毟られた鳥のように生きる気力を無くしてしまうのではないか。なのはが離れていってしまうのではないかという単純な恐怖も間違いなくあった。
 しかし何よりティアナは、地に落ちていくなのはが愛しかった。
 誰もに見捨てられたなのはを想像する。全てに絶望した彼女に、ティアナだけが手を差し伸べている。それはなんと甘美な世界だろう。
 だからティアナは、どんななのはも傍で見ていたかったのだ。自身の気持ち良さなんてどうでもいいと思えるほどの欲望にティアナは侵されている。
 けれど今はただ安らかになのはを見詰めていたいのも本当だった。この時間が保たれるならばそれに越したことはない。
 行為の後始末を済ませたのち、ティアナはなのはの手を軽く握る。寝る前のひとときがティアナはとても好きだった。
「夢があるんです」
 暗闇の中で瞼を閉じると、やがて自分が闇に同化していくような心地がする。しかし恐怖ではない。手が繋がっている限りティアナはなのはのことを感じることができる。普段冷たいなのはの手が布団の中ですっかりと温まった今、物理的ではない二人の何かが繋がっているような気がする。
「夢って執務官のこと?」となのはが言った。ティアナは「いいえ」と小さく笑う。
「それはもちろんですが、別のもっと小さなことです。でも自分にとってはとても大切な夢」
「気になりますか?」とティアナが言うと、「うん」となのはの声が返ってきた。「気になるよ」
 ティアナは嬉しかった。だから握る手に一瞬だけ力を込めてから指を離した。
「もう少しだけ、待っていてください」
 ティアナが言うとなのはも頷いた。彼女は自身の前髪を指でこぼし、額にキスを落としていく。
「頑張ってね、ティアナ」
 優しい彼女のぬくもりが消えないうちに眠ろう。ティアナは静かに目を閉じた。

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