2017-08

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『秋、はらむ空』 六章 その始まりは、あの終わり……1

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

一話「あの終わり」
なのはは自分が悲しい時には泣かない。
他の人から寄せられた悲しみに胸が痛んで、ようやく涙が出るんだ。

――哀しいほどに生きている。



 秋、はらむ空
 六章 ―その始まりは、あの終わり―


 1.あの終わり

 終わりにも始まりはあった。出口のないトンネルの入り口になど誰も近づかないように、終わりと始まりは必ずどこにも存在する。存在しないものには価値がない。私の長い眠りもいつかは覚めるときが来て、それが今だった。
 夢は見なかった。
 平坦で淡色の壁が四方を囲っている。私は病院で眠っていた。身体が動かない――いや、動かそうという気になれない。鉛を詰め込んだみたいに重たく、自身の体だというのにまるで自分の意思が生き届いていない。だから目が覚めていたとしても起き上がることは不可能だった。私は意識を覚醒させてしばらく目を閉じたままでいたが、やがて瞼を持ち上げる。頭の中はぼんやりとしていた。音がないせいだろうか。晴れているのか、雪が降っているのかさえ分からない。
 傍らの椅子に腰掛け、壁に寄りかかるようにして眠る少女がいた。頑丈に閉じたカーテンのほんの僅かな隙間を狙って差し込んだ光がかの人の姿を映す。部屋は静寂で満ちていた。朝なのかもしれない。ヴィータの、夏の日に庭先で生ったトマトのように鮮やかな紅をした髪が、結われることなくぐしゃぐしゃになっている。手が自由であったらで梳いてあげたかった。でも腕には点滴の太い管がつながっている。ラインを辿った先には三つのバッグがぶら下がっていた。
「ヴィータちゃん」
 備え付けのベッドがあるのに、彼女は椅子に座り壁に寄りかかるようにして眠っている。差し込む朝陽がヴィータの頬に残る涙の跡を洗い出している。耳の中でかたかたと音がする。
 ヴィータちゃん、と私は小さく呟いた。
「なのは」
 ヴィータはいつだったて私の呟きを聴きとってくれる。彼女は目を覚まし、私に抱き付いた。全身に響くような痛みが走ったが、胸にしがみついた彼女を見ているととても離れてほしいなんて言えなかった。
 私はまた心配させてしまったんだ。八年前とは違い、今度は紛れもなく自分のせいで彼女の心の傷を再び抉ってしまい、泣かせていた。気丈なヴィータが手放しで抱き付き、涙を見せることなんて、今までにどれだけの数あっただろう。
「……なのは、悪かった」
 改めて彼女の頬を涙が伝い落ちる。謝罪が鈍色に染まり、私の包帯で固められた腕を動かす。彼女へと伸ばした腕が優しくとられて、指先があたたかく濡れる。見えないままに刻まれた無数の傷がぴりぴりと身体を痺れさせる。
 私は生きているんだと思った。哀しいほどに生きている。

 ヴィータはカーテンを片側だけ開けた。
 聖王医療院は山中にあり、見渡す限り青い木々に囲まれている。ちょっと歩けば機動六課よりもずっと広い庭があり、そこにはベンチがあり、芝生があり、澄んだ空気があるが、外に出歩けるようになるのはまだまだずっと先のことのようだ。
 流し込むだけの朝食を済ませると一気に疲れがせめぎ寄ってきた。傷こそ塞がっているが流れた血は尋常ではなく、うまく体が動かせない。体力もひどく消耗していた。六日寝ていたんだ、当然か。
 一時間もぼーっとした頃だろうか、そろそろ戻らないといけない、と彼女が言った。
「起きたばかりだけどさ、疲れているよな。顔がまだ青白い」
「そうだね、もう少ししたら寝るよ」
「待つか?」
 問いかける彼女に向け、身体に響かない程度に小さく首を振った。そうか、と彼女も頷く。
 ヴィータは何をするでもなく虚ろに窓の外を眺めやった。透明のガラスを通り越して薄い緑が枝に茂る。風が渡るのと同じくして、茶色の鳥がぱたぱたと青い空に向けて半ば必死に羽搏いていく。
「なあ、なのは。あたしは騎士をやめることはできない。主だったはやてに了承をもらい、またはやては送り出してくれた。なあ、あたしはもうお前だけの騎士になるんだ。ヴィヴィオのことはもちろん分かってる、でもそれだけは許してくれるか」
 ヴィータの言葉に首を振る権利など到底持ち合わせなかった私は、力を抜くように頷く。どんなに自分が情けなくても、見っとも無くても、格好悪くてもいい。背中を預けられる戦友が、大切な親友が泣かないでいてくれるなら。私の騎士であることで彼女に少しでも心の支えができるのならば、頷こう。
「うん、ヴィータちゃん。わたしだけの……騎士になって」
「ヴィヴィオは?」
「家族だよ。それにあの子は騎士じゃなくて、聖王でもなくて。ヴィヴィオだから」
 ヴィータは頷き、微笑した。
「ありがとう、なのは。これからお前が立って歩くことができるようになるまで、そして空を飛んでからも、あたしは絶対に護るよ。だから安心しろ」
 騎士の言葉には心配など一曇りもない。だからあるとするならば別のことだった。
「できるのかな、空を飛ぶこと」
 つまり、そう。全く動かない足を眺めて私は言う。だが騎士は、全く関係ないというふうに言ってのけた。
「なのはほど空に好かれてるやつはいないんだ、飛べないはずがないさ」とヴィータが口元を微かに緩めた。「それにもし空を飛べなくなっても、あたしが空に上げてやる。主の望みを叶えるのだって騎士の役目だろ」
 これまでになく優しい顔を向けた。ヴィータの後ろではカーテンのひだが揺れ、窓枠に降る光が揺らいでいる。
 私は彼女の勧めで横になったまま話を聞いていた。抗い難い力により、徐々に瞼が重たくなっていくのを感じるが、彼女の言葉ははっきりと覚えておきたかった。――悪かった、とヴィータは言ったのだ。彼女の心を抉るような真似をした私を叱るではなく、謝った。私が馬鹿なことをしては「馬鹿なのは」とよく言った彼女が口にした謝罪は、私が彼女に与えた衝撃の重さを伝えた。
「午後にはフォワードの四人も来る。はやてはいつになるかわからないけど、きっと近いうちに来るって言ってる。フェイトは急いで事件を追ってるから難しいかもしれないけど、あいつはなのはが寝てる間ずっと来てたんだ。寝る間も惜しんで、だからあたしが言うのもおかしいけど、労ってやってくれないか。それとあんまり無茶すんなって。なのはが言った方が聞くだろうし。ああ、それと何かあったら必ず看護師さんか医者を呼べよな。傷はすぐ治るって言っていたけど、それでもな。まあその辺は分かっているかもしれないけど」
「うん、平気」
 私は強張る頬を動かして笑った。
「本当にありがとう」
「……また、来るよ」
 ヴィータが去り、扉が音もなく閉じられてしまえば部屋に一人きりとなる。
 テープを張られた頬をそっと手で包むと、下にあるだろう傷を思い浮かべる。けれど頬どころか顔まで傷つけられた覚えはなく想像するのに苦労した。テープを剥いでみるのが最も早いのだろうけど、鏡のある場所までいけない今では、どうせ指でなぞり確認するくらいしか知る手だてがない。
 私が大層な溜息をつけば体に刻まれた裂傷が痛んで、疲れることすら難しかった。額に手を当て、まだ微熱があるらしいことを感じる。食後に訪れた大きな目が特徴の看護師さんに、普段より二度ほど高いと言われていた。目が覚めたばかりで仕方ないし、これは徐々に下がっていくでしょうからと看護師は口元に上品な笑みをたたえていた。無理はなさらないでくださいね、例えば歩こうとするなんてもってのほかですよ。ええ、分かってます。私も答える。横でヴィータが腕を組み、看護師の言葉の深くを聴いている。おっしゃってくだされば私がいつでも参りますから……。
 昔入院したときもかなり親切にしてもらった覚えがあるが、今回担当してくれている看護師もまた、優しそうな方だった。とりわけ美人というわけでもないが、大きくて黒い瞳は魅力的に思えた。微笑んだ瞬間だけ細められるところも。年はいくらぐらいだろう、私より若干年上に見えるが、資格の取得などを考えると五歳は上かもしれない。
 でもやっぱり私は溜息をついた。たぶん、どうでもいいことだった。関わるのは必要最低限にしておき、できるだけ自分でしよう。あと何日かしたら車椅子だって貸してくれるはずだ。許可をもらったらリハビリも頑張って、また……。
 ――また? なんだろう。上手く思考が回っていかない。やはり自分は眠たいんだ。
 午後にはフォワードの皆が来てくれるとヴィータは言っていた。なら今は寝ておこうと決め、目を閉じる。一度瞼を落としてしまえば眠りはすぐに訪れた。

 微睡みの中で気付く。
 また――空を飛びたい。自分から空を手放したも同じなのに、私はそう思いかけていたのだ。


 数日後、病室の個室に車椅子がやってきた。使い方は知っているつもりだったが、この十年近くの間で車椅子も随分と進化したようで若干の分かりづらさがあった。多忙の合間を縫ってきてくれたはやてと一緒になって苦笑したり、操作を誤って病院の白い壁にぶつけて怒られ、またひどく心配されたりもした。そんなとき、横ではやてが「しゃあないなあ」と一緒になって笑ってくれたから幾分と安らいだ。はやてちゃんのなだらかな微笑みは、毎日数度顔を合わせる看護師の決まり切った微笑よりもずっと心に沁み入る。大好きな友人の笑顔というのはそういうものだった。
 朝食後に担当医が病室を訪れたときに言われたことも忘れ、私ははしゃぐ。
 自分の体を見るに、予想はついていたことだった。
 怪我自体はたいしたことがなかった。といっても命に係わるほどではないというだけで、魔導師にとっては十分に危険な状態であったという。体はすでにブラスターの後遺症でぼろぼろであり、またその後も無茶をし続けた。つまり私は八年前と同じ愚をやらかしたのだ。関わる人が増えただけ、心配してくれる人も増えた。
「空に上がることは難しいでしょう」
 そう医師に言われても、私は驚かなかった。あらかじめ知っていたせいかもしれない。
「もしかしたらしばらくの間ですむかもしれません、しかしそれでも半年か一年はかかる。そして、それはあくまで希望観測的に言えばです。私は医者でありますから約束することができません」
 彼はさらりといいのける。
「半年、一年という期間もじっと療養しているだけでは難しいはずです。リハビリが必要になることは言えます。が、時がくるまでは大人しくしていなければなりません。それはおいおい説明します。今は体を休めてください。ご友人からきつく言われてますので一応忠告します。ただあなたのリンカーコアの損傷はかなりひどいものでしたから、無理をしようと思ってもできないでしょう」と若い医師は言った。
 彼の、温和な笑みで誤魔化されそうな濁りかけの鋭い目と穿った鼻を指でつつきながら、咳払いをする。彼の視線が胸元に向けられ、それがリンカーコアに向けられたものだと気付くまでにしばらくの時間が要った。
「いいつけを守らないようでしたら、空を飛べなくなるだけではすみませんよ」
 医師は最後に脅していき、病室を去った。付き添っていた看護師も彼の後を追っていく。一人になって私はようやく呼吸を思い出した。
「分かってます」
 分かっている。けれど、どれだけ言われようと二度と空を飛べない気はしない。私はなんとなく、また空に上がれると思っていた。もちろん厳しいリハビリは必要になるだろうが、頑張ればいつか飛べるんだと信じていた。荒野に寝転んだ時に見た、あのよく晴れた空を思い出した。二度と手に届かないものだとは思えないのだ。
 再び手を伸ばすかどうかは、別として。
 私は申し訳なかった。医師にではない、空に。そして他の私を好きでいてくれたいろんな人に。
 頬に被せたガーゼが取れた日、そこに残る傷痕をはじめて見た。鏡に映る頬に覚えのない二つの線が引かれていた。傷は歪んでVという文字を形作っていた。まるでヴィヴィオの名の頭文字のようだと私は笑った。拍子に傷が痛んで、また笑った。ヴィー、と口腔で呟く。
「ヴィヴィ……」
 言葉に出すと、傷口がひとつ開いたような気がした。
 我に帰れば例の看護師が変な顔をしていたので、すぐに愛想笑いを取り繕ってみせる。頬のテープを剥がしてくれたのは彼女だった。
「傷はすぐに消えますよ」と彼女は言う。「それまでは横の髪で隠すのもいいかもしれないわね、女の子だし」私は別に構わなかったが、その時は彼女が私に求めるいじらしさを演じ、頷いておいた。病院の庭に出たくなって申し出ても、彼女の一言で駄目にもなるし、見逃してくれたりもするのだ。
 午後にはまたフォワードの四人が見舞いに来てくれた。それまでにヴィータは毎日、フェイトは二日に一度、はやては四日に一度来てくれた。シグナムもはやてに伴ってきてくれたが、ヴィヴィオの顔は一度も見なかった。
 四人が来て、一時間ほど近況や訓練の具合などを聞く。他愛ない世間話が時折混ざったのは、おもにスバルが話し始めたためだった。彼女たちが再び六課に戻って行く中、ティアナだけが病室に残った。スバルとエリオ、キャロが戻っても、ティアナは面会時間ぎりぎりまで居てくれた。訓練や仕事、勉強だってあったに違いないのに。
 夕暮れの紅の陽を浴びて一層朱を強めた目の前の人の影が白いベッドに落とされた日、私の視線は彼女に釘付けとなった。ティアナの整い過ぎた顔は、どれほどの美も偽りだ、贋物だと突き放し、その上で人を魅了する力がある。私も例外ではなかった。むしろ幼く二つに結った髪の毛を下ろした姿を知っているぶん余計に想像を掻き立てられ、彼女を平常よりも美しく見ていたのではないだろうか。
 もし今両手が自由であれば私は真っ先にティアナの頭を抱き、十分な時間そうしたあとで離れて、改めて髪に指を差し込んだことだろう。さらさらとこぼれる真っ直ぐな髪は繊細で、触れているだけでも心地よかった。容姿でティアナに敵う人はいないだろうというくらいに。実際に私はティアナほど美しい人を知らない。心だってまっすぐで、純粋で、訓練にも熱心で、私のことを一番に思ってくれた。
 褒めるべきところに溢れるティアナを前に、私はそうしてヴィヴィオのことを考えないようにしていたのかもしれない。ティアナの顔を見ていると、私は自然と幸せだったヴィヴィオとの日々を思い出す。彼女は私が笑っている間、剣呑を帯びた顔つきを深めていったのだ。私はそんな彼女に何の弁解もなく、別れも言わず、もちろん任務であることは前から伝えてはあったが一週間も六課を空けた。慰めるべく心をほったらかしにして逃げたのだ。
 自分を愛してくれている人を、私は。
「夢だったんですよ」
 丸い椅子に腰掛け、膝に手を置いてティアナは俯く。
「あなたと一緒に空を飛ぶことがあたしの夢」
「もしかしてそれが以前、大切だと言っていた?」
 張りつめるような無言が肯定を示していた。
「一度だけなんてひどいです。もっとあなたと飛びたい。なのはさんと同じ空を。そのためにあたしは」
 この時はじめて、私は空を飛べないんだということを理解したのではないだろうか。どうしてティアナが知っていたか尋ねる余裕はなかった。堅固であるはずの、別れ話をした時でさえ冷静に言葉を紡いでいた彼女の声が、いかにもか細く震えていたことに衝撃を受けていた。
「でも前の任務の時、ティアナはそんなに楽しそうにはしてなかったじゃない」
「嬉しかったですよ。そういう雰囲気じゃないから押しとどめていただけで、でも本当はすごくすごく嬉しくて心が浮き立つのを抑えてた。だからなるべく背中を向けていたんですよ。気付きませんでしたか」
 気付かなかった、と私は言った。あのとき私は何を考えていただろう。よくは思い出せないが、ティアナの頑張りは教導官として嬉しかったと思う。
「やっぱりどうでもよかったんですか?」
「そうじゃない。わたしは」
 ティアナのそういった心の機微に興味がなかっただけだ。だから違うとは言えなかったが、今はそうじゃない。
「どうでもよくなんてないよ。わたしはとても酷いことをしたのに、ティアナがこうしてお見舞いにきてくれて、凄く嬉しいの。でも、だから一度だけになってしまったことは……」
「本当に駄目なんですか。諦めてしまうんですか。リハビリすれば治るかもしれないって言ってたじゃないですか」
「私の体ってね、ゆりかご内部戦のときからぼろぼろなの。だからきっと」
「知ってます! 知ってますよ、だけどあなたはそれでもあたしたちの訓練に付き合ってくれて!」
「ごめんね、ティアナ」
「違う、あたしのほうが謝らないと駄目なんです。ごめんなさい。あたしたちの訓練になんて付き合わなければ、少なくともあたしが任せられるほどにもっといい子だったら」
 ティアナ、と名前を呼んでも彼女の声は途切れたりはしなかった。謝罪が続く。
「ごめんなさい、よく分からないこと言って、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
 滞った空気に彼女の声はよく映えた。そして心にも真っ直ぐに届いてくる。空が私に手を伸ばしてくれたように、私も彼女に手を伸ばしたかった。でも使えない私の体は一向に言うことを聞いてはくれなくて、長い時間をかけて腕を持ち上げた。ティアナの濡れた頬に触れる、それだけが私の限界だった。
「ティアナのせいじゃない。わたしは教導官だよ。そしてティアナたちを教えたいと思ったのはわたしで、続けたのもわたし。全部わたしのせい。だから謝らなくていいの」
 本当は抱き締めてあげたかったけれど私の体はそれ以上動かない。腕だけでもまったく不自由で、自分が憎らしかった。愛していると囁く唇も、抱き締める腕も、彼女の元に向かう足だって私は持っていない。
 ティアナに触れていない方の手を握り潰し、拳を作る。奥歯を噛んで、内にこもる力を抜くように目を閉じる。ティアナが謝っているのなら、私は私の罪を決して謝らない。昨日来てくれたフェイトも、そういえば目の畔を赤くしていた。疲れてるの、と私は理由を知っていながら尋ねた。フェイトは首を振って、そうかもしれないと答えた。あの少女についてフェイトは一言も話さなかった。
 私はできる限りの笑顔をつくる。ティアナの瞳にどれだけ映るかはわからないが、ここで私が悲しい顔をしたところで彼女は更に落ち込むだけだろう。
 髪の切っ先が細やかに揺れている。鮮やかな朱を苦い想いで見詰めながら、私は彼女の流した涙を追う。
「ティアナはそれでいいんだよ」
 そのままのティアナに、私は惹かれたんだ。
 閉ざされた四方の中、ティアナの罪なき謝罪はしばらく止むことなく紡がれた。

 私は楽になりたかった。だから死がやってきてくれるなら受け入れたいと思った。
 でもその結果が誰もを悲しませることになるのなら何の意味があったのだろう。完全に死んでいたら皆はもっと楽でいたんだろうか。目の前にいなければ彼女たちはやがて私のことを忘れて、安らげたのではないか。涙を流すこともなく、忙しい時間を縫って病院を訪れる手間もなく。そして私も、そんな彼女たちを見ることもない。
 もう私は命を絶つことはできなかった。自分からでも、受け入れることも。
「本当に悲しいのは、わたしじゃない」
 たとえ空を飛べなくても、私はあんな風に悲痛な声をあげて泣いたりしない。
 ――じゃあこの涙はなんだろう。
 分かっている。ただ、心配してくれる人がいると知っていながら死を受け入れてしまったことで、皆に顔向けができないのだ。
 ヴィータはまた自分を責めるかもしれない。フェイトは以前にまして私を心配する。送り出してくれたはやては自己嫌悪に陥るかもしれない。何よりスバルとティアナ、エリオとキャロに教えてあげられないことを一番悔んだ。まだまだ伝えないといけないことがあったのだ。機動六課を卒業する前に、それが私の教導官としての務めだったのに。
 私にはそちらのほうがショックだった。どんなに傷を負っても飛び続けなければいけなかったのだ。見本として、エースオブエースとして、尊敬されるような教導官であらなければならなかった。どうにかリハビリを終えても、機動六課はすでに運用期間を終えてしまっている。
 自分を責めるために私は泣く。あの荒野よりも孤独に満ちた白い匣の中、たった一人きりで。

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