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2019-11

『秋、はらむ空』 六章 その始まりは、あの終わり……4

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

四話「光と陰」
事件は終わっていた。怪我を治したなのはは機動六課に戻る。
ヴィヴィオと、再び空へ上がることへの問題を抱えたままに。

――あれこそがおそらくは運命の出逢いだった。



 秋、はらむ空
 六章 ―その始まりは、あの終わり―


 4.光と陰――ANOTHER SIDE

 高町なのはの遺伝子を有する、あの少女がいるからには作り出した人物だっている。スカリエッティのアジトに置かれていたことで彼の手によるものかと思われていた。彼の技術はもちろん基礎になっていた。だがいざ作ろうと考え出したのは彼ではなく別の管理局員であった。
 フェイトらが再び出没しだしたガジェットについての事件を洗ううち、そう言ったものが見えてきた。飛ばしていたのは彼らだった。繋がっていたのだ、少女を作り出したものとなのはを狙い打とうとするものとは。
 局員といってもはぐれものの、すでに辞職している彼らは元・管理局員であるが、フェイトが捜査の末に見つけ出した居場所はミッドチルダから遠く離れた異世界、なのはが一週間の出張任務に駆り出されたすぐ近くだった。おそらくは見ていたのだろう、様子を、全貌を、なのはの苦しむ末を。彼らが見えなかったものといえば、空がなのはに手を伸ばしたことくらい。間違ったのはなのはが機動六課の一局員だと見過ごし、部隊長に単なる報告としての連絡をしてしまったこと。
 機動六課に出動がかかる。はやてが指揮をとり、スバルとフェイトが乗り込むこととなった。
 地上を滑り抉るように駆けていくスバルの上空をフェイトが飛翔し、雲をちぎりながら進んでいく。空から見下ろせば、今は無人の、寂びれた公園のひとつのような石造りの建造物がぽつんと存在した。ここである。
 フェイトが白い外套を翻し下降する、そこにスバルが合流した。できあいのコンビではあったが、それにしては上手くいった。二人には目的と覚悟と、何よりも大切な人を護る手をもっていた。握りしめながら突撃する。彼女らを幾人かの人物が迎えた。
 局員の中でも彼らは研究職に就いていた。スカリエッティの人物性はさておきその技術は尊敬に値したし、戦闘機人を実用化しようと考えたレジアスには共感を覚えた。あの評議会も後ろ盾についているというではないか。彼らは湧いた。平和を望むとか、そんなことではない。ただ己の探究心と好奇心を彼らの元でなら満たせると信じられたのだ。そんな者達は自然に集い、いつしか熱心にひとつのことを研究するようになった。いつかスカリエッティが採取した『高町なのは』の遺伝子。魔法技術の未発達な管理外世界において、特異な程の魔力、才能はロストロギア事件を二つ解決したことで、そしてその映像を目にしたとき、彼らの心はやはり湧いた。スカリエッティの話を聞いたときと同じくらい、激しい胸の高鳴りを感じた。宇宙を夢見る青年が初めて月に降りたときのように。高町なのはは今自分たちの研究にふさわしい人材であることを思った。ミッドチルダにはなのはよりも高ランクだったり強い魔法使いが当然多くいたが、なのははそれらにはないものを感じ取った。少女の頃既にエースオブエースとまで呼ばせる、その理由はなんだっただろう。あれは、あれは紛れもない魔力であると彼らは思う。
 魅力――。
 魔法を知りたての少女が放った単純ながら強烈な砲撃、多数の操作弾に、集束砲。どれもこれも常軌を逸している。喉を突き上げてくる笑みを、そのまま精力に変えた。季節は冬、ちょうど新たな魔導機械が完成したからと――。そして八年前の冬の事件となる。ガジェットは撃墜されながらも役割を果たし、無事愛する研究対象の遺伝子を手に入れたのだ。
 数年後、クローンは完成する。幼いながら目を閉じ黙っていれば端正な顔立ちの高町なのは、その素体が目の前にある。彼らはしかし取り出して触れなかった。完成しているのだから成果をみたいと思う気持ちはある。けれどそれ以上にそれは大きく浮かんでいた。彼らは理論を放り出し、触れてはいけない存在なのだと感ずる。彼らにとってはある種の芸術品だったのだろう。その頭には魔法理論が詰まり、輝きが見えそうなリンカーコアには膨大な魔力があふれている。彼らは想像する。それでよかった。当然作り出しただけでは完成だと思わぬ者もいて、彼らのうち何人かは実際に起こし、魔法を覚醒させようとした。だがそういった者達はすぐに制裁を受ける。やがてここに置いておくのは危険と考えた研究所の長が、スカリエッティに預かっておいて貰おうと考えた。信用はならない、だが、スカリエッティだからこそ下手に起こしはしないだろうと思っていた。その予感は見事に当たる。もしかしたら戦闘機人らを調整し、不安要素を排除、ゆりかごを月の軌道上に到達させ落ち着いたあとで改めて起こそうと考えていたのかもしれないが、とにかくスカリエッティは研究所の奥深くに眠らせておいたのだ。
 だが結局スカリエッティは逮捕され、レジアスは事件の最中に死亡した。せめて高町なのはのクローンだけでも取り戻そうと考えたが、アジトには事件を担当していた執務官が――つまりフェイトが――入らせなかった。フェイトもFの遺産である。彼らの興味はもっぱら高町なのはに注がれていたが、スカリエッティ自身はこちらに熱をあげていた。能力はすでにきいてのとおり。分が悪いと踏んだ研究員達はあらためて隠れ、こつこつと奪還の機会を待っていた。あれは神にも等しい。ならばオリジナルは既にいらぬ。否、そもそも事件を解決し、自分たちをこんな場所に追いやった本人なのである。聖王の遺伝子を受け継いだ少女もとられてしまったし、計画は頓挫された。生きていることは許されないのだ。
 ガジェットはスカリエッティが残してくれていた土産物である。諸君らの研究に存分役立ててくれると私も助かる、と彼は言った。見返り? ははは、そんなものはいらないさ。代わりに、君たちの成果を聞かせてくれるだけでいいのだよ、私は。言葉を受けて彼らは動く。練り上げられたのは、いかにも綿密な計画である。
 神が死した時、それは自ら崩れたのかもしれない。計画は自分から進んで崩壊したように彼らには思えた。だから容易に世界への侵入を許し、こうしてフェイトとスバルと対面することとなっている。
「あなたが今回、ガジェットを諸々の世界に送り込んだ――ですね」
 フェイトは所長の名を言う。ああ、と男も頷く。
「抵抗しなければあなたには弁明の機会があります」とフェイトは型通りの台詞を言った。ああ、とまた男が頷いた。
「Fの遺産に戦闘機人タイプゼロか。これはいい。ああ、そうだな、弁明などはする気がないよ。ただ私たちはあれがこの世から消えてしまったことが悲しいのだ。君は生み出された側だから知らないだろうが、君たちが作り出され、目の前に現れた瞬間ほど自身が誇らしくなることはない。そのようにして生まれる自尊心というものが私にも昔あった。だが、あれだけは特別だ。君がナノと名付けた少女のことだ。笑い草のような名前だが、呼び名など彼が言っていたように確かにどうでもいい」
 ガジェットドローンという管理局がつけた名前を彼、スカリエッティはそのまま使っていた。ナンバーズの名前も単なる数字である。彼らにとって『フェイト』も『Fの遺産』も同じなのだ。
 フェイトは目を顰めた。名前について、大切な出会いがフェイトの中には詰まっていた。フェイトという名前も、プロジェクトの名前をそのまま流用しただけかもしれないが、つけてくれたのは紛れもなく母プレシア。嫌いなはずがない。ましてやどうでもいいなどと思うはずがなかった。
 男の言葉は更に続く。
「ナノ――素晴らしい作品だった。神の手にかかってでさえあれほどは難しい。故に我々はあれを神として便宜的に扱っていた。間違いさえせねば次元一すぐれた魔導師になったはずだった。いいや、もしかしたら死の世界から蘇りたいと思ったとき、そこから再び世に這い上がってくることさえ可能かもしれない。自決なのが惜しい。いったいどんな環境に置いていたことやら。まったく、信じられないことだが君達はあの素質に溢れた魔力を解放しなかった。君は、すぐそこにある金銀を掘り出さなかったのだよ。いや、金銀などと陳腐なものに例えてすまない、そうだな。あれは――魔力だ。例える余地の存在しない、魔力だ。高町なのはは自らの魔力が失われても周囲に散らばる使用済みの魔力――自身や相手のでさえ利用して見せた。それほど大切なのだ。魔力というのはある状況下において何物にも代え難い貴重な資源でもあろう。ならばこれほどふさわしい言葉はない。君は高町なのはが戦闘の中では掻き集めて出さえ使いたがった魔力を放擲したのだ。それは罪ではないのか?」
 フェイトには男の問いが理解できなかった。一人の少女に魔法を学ばせなかった、それが罪だというのか。ただ少女が興味を持たなかっただけだ。フェイトは考える。考えようとする。
「果たしてそれは本当かな。内側から沸き溢れる才能が、魔法に興味を一切持たせないなどありえなくはないかね。もしあれが言いださなかったとすれば、抑制していたのは君であり、もともとの遺伝子だろう」
「あれなんて呼ぶのはやめてください。あの子にはちゃんと名前がある」
「それはそれは。しかし君は、名付け親であるというのにあまり呼んでいないようだが?」
 フェイトが拳を握るのをスバルは後ろで見る。フェイト隊長、と言いかけてやめた。これ以上自分たちが彼らの話を聞く必要はない。だがフェイトにとってはなのはの話なら、菜乃の話なら聞かずにはいられなかったというわけだ。
 突撃してきた時の衝撃で亀裂の走った壁から、ぱらぱらと砂埃が落ちた。小石が床を転がっていく。スバルは黙って聞いていた。それになのはの話なら、スバル自身も聞きたいと思っていたのだ。内に潜む好奇心と、ティアナへ語ってやるために。
「責めるつもりはないよ。捕まることは悪くない。失った以上、これより先に探究を進める気もないし、そのために君をここに誘ったようなものだ。ぜひ両手に錠をかけてくれていい。ただ悲しいだけだよ……あれが、一切その類い稀な能力を解放させてやれず、死なせてしまったことがね」
「では、高町なのはを狙ったのは?」
「それはとても簡単だ」フェイトの問いに、長はやはり明確に答える。
「必要がないのさ、もう。オリジナルよりも複製品の方に私は魅力を感じていた、それだけなのでね。何より彼女は生きてはいけないのだ。彼女は人を魅了しすぎる。彼女がこれから何をしようと悪魔の所業と差異は無いからね――」
 言葉はそこでぶつ切りにされる。金色の鎌が男の首を刈り、彼の膝を床につけた。彼の言う魔力を研磨した刃は、薙ぐだけで彼をいとも簡単に気絶させた。
「あなたを逮捕します。……スバル」
「了解です、フェイト隊長」
 スバルもフェイトが動いたすぐ後に、周囲に立ち並ぶ数人の研究員達の意識を奪い去った。スバルもまた、こういった思考に陥った彼らが許せなかったのである。フェイトは言うに及ばず。彼女は荒野の片隅にひっそりと佇む廃墟のようなこの場所に来る以前から、なのはの命を持っていこうとした時から、八年前の冬の日、初めてなのはが墜落した時からフェイトの胸には己の瞳よりもずっと赤黒い感情が煮立っていた。今回のはそれらの累積に過ぎない。が、大きすぎる累積だった。抵抗する意思を持たない人物に対し、魔法を行使していいはずがなかったのに、フェイトはつい動いていた。
 さて、それでも事件は終息に向かう。
 フェイトとスバルは機動六課に戻ると早速部隊長に報告を済ませた。はやては二人に言う。これは他言無用であると。元管理局員が関わっている事件だ、局の方でも戦闘機人事件、プロジェクトFに関わっているなどは密事となっている。それが六課から洩れたとなれば解散は免れない。
 設立目的であったスカリエッティ事件を終えた今、無理に維持する理由はない。フォワードメンバーの教導も肝心の教導官が不在(しかもこの事件にかかわっての負傷)。しかし機動六課が局内で決して評判が悪いわけではない。だからただ任務内容を黙っていればよかった。そしてそれは当然のことであった。
 はやてもフェイトもスバルも、機動六課が不当に解散されるのを望んではいなかった。それどころかはやては現在、期限を過ぎても運用させるべく奔走しているところなのだ。先日は見舞いの前に聖王協会へカリム・グラシアを訪ね、存続の方法を相談もした。返事は良好だ。なんといっても未曾有の危機を救った奇跡とも呼べる部隊、通常の部隊では不可能な事件も解決に導くことだってできるかもしれない。
 こういった面倒な事件を押しつけられることもあり、目を付けられることもあるが、それを補って勝る利点があった。なのはと一緒にいられる場所を作ること……。確かになのはは悪魔的な魅力でかき乱しているのかもしれないとはやては感じた。いなければ幸せであった人も多くいるはずだ。特にこの機動六課には。だが一度で会ってしまった後では二度と手放せない魅力をなのはは備えている。だからこそ、はやては機動六課を存続させることを決意した。家族のために、親友のために。それから己のために。
 なのはには伝えられないまま、このようにして事件は終わった。退院までの時間はまもなく過ぎ去り、なのはは六課に帰還する。
 間に起こったいくつかのことは遠い出来事であった。
 その中の最たるは、なのはが正常に教導が続けていたなら予定していた魔導師ランク昇格試験の実施である。四人の将来のこともある。なのはのかなりの気掛かりになっていたが、四人は無事試験を受けることになった。四人にはそれまでのなのはの指導と以後のヴィータやシグナムの指導があった。今回試験にあたり訓練の時間を多くとれたのは、はやてやフェイトがすみやかに事件を解決してみせたことも効いていただろう。スバルとティアナ、エリオは難なくダブルAランクを取得し、キャロもAランクプラスに合格した。他はみな陸戦だがティアナだけは空戦ランクである。提案したのはなのはだった。病室でのティアナの叫びを思い出して。彼女は不安がるどころか明瞭に頷き、見事合格した。ティアナは、できないようなら自分を許せそうにない、と思っていた。他でもない高町なのはに教えを受けたのだ。一年後にはきっとトリプルAランクにだって合格している。そう、執務官試験にも。護れなかったという事実だけがティアナの中にあった。正確には護るべく位置にさえ立てなかった。
 ティアナが報告に来た時、なのはは素直に喜んだ。あの四人ならば絶対に受かるという自信はあったけれど、直前で教導から離れてしまったことをずっと気に病んでいた。なのははティアナを十分に誉めた。涙を浮かべたティアナの頭を、なのはは撫でてやる。
 それから何日かが経ち、怪我の具合もよくなった。なのはは退院の日を迎える。
 教導官としての役割を果たせない自分が六課に帰るのだ。自身を諌めるのと同時に、なのはは心が浮かれるのを抑えきれない。六課に戻るのは何日ぶりだろう。初めてその地を踏んだ日のことを、酷く遠く感じてしまう。一年前だ。肌寒い日、ヴィータと連れ合って六課に踏み込んだ日のこと。それからスバルとティアナ、エリオとキャロを教え子として迎えたことが思い出される。
 青に囲まれた医療院を離れ、慣れた看護師に別れを告げる。また会うことになるかもしれないけど、となのはは思う。迎えに来たヴィータが車椅子を押し、緩やかな道をゆっくりとゆっくりと下り往く。ヴィータとなのはとの間には、滞らない会話があった。どれだけ多くのことが二人の間に横たわっていても、二人が共にいれば従来の友であればよかったのだ。何よりヴィータには騎士の誓いという確固としたものが在った。
 なのはが医療院に運びこまれた夜、ヴィータははやての前に両膝を付き頭を深く下げた。夜天の書の主、八神はやての騎士であることを捨てるなど、守護騎士にとっては存在意義を揺るがすも同じ。だがヴィータには護らねばならぬ人ができた。なのはに向かって降ってくる剣の前に、ヴィータが真っ先に立つために。それには八神はやての騎士を名乗っていてはできない。はやてとなのはが等しく危機に晒された時には一瞬では済まない迷いが生じるだろう。
 だからヴィータは許しを請うた。主に、優しい我が主はやてに。
「元々そのつもりでいたんやろ。何を今更?」
「こういうのは断っておかないと、今回みたいなときに動けないから」
 はやては微笑を頬に蓄えて足元のヴィータを眺めた。しゃがみ、同じ目線に立つのはヴィータに対し失礼であった。
「あいつが無理をやめないことくらいわかってた。だというのに、あたしは今回現場にもいてやれなかった。あいつに言われたくらいで、騎士であることを放棄しちゃったんだ。……行かせちまった。もし騎士のままであれば、あの時のなのはを一人でなんていさせなかったのに。ヴィヴィオがいなかったらどうなってたか」
 そうである。なのはの出張任務七日目、事件に遭遇したその日、たまたま現地に迎えるような隊員がいなかった。ヴィータは遠方で教導を、フェイトは異世界に出張していた。シグナムははやての側にいるべきだったし、シャマルやザフィーラも同じである。六課襲撃のときのようにせぬため、新人たちは待機させておくべきだったし、はやてが出ていたら指示はあれほどすんなりとはいかなかっただろう。
 そのすべてが計画されていたのだとしたら、本来なら抗いようもなかったはずだ。ヴィヴィオという因子がなければ。
 その考えに行き着くと、はやての背筋を冷や汗が伝った。
 ――いや、まて。そもそも彼らはこちらの行動を知っていた。菜乃をフェイトが引き取ったことまで知っているなら、なのはがヴィヴィオを娘にしたのだって知っていたのではないか。データの上ではなのはとヴィヴィオとは親子である。考えがつかぬはずがなかったのに。
 はやてはそこで一つの仮定に辿り着いた。見逃されたのが聖王の血を受け継ぐ者であればこそだとするなら。……ヴィヴィオはいなければならなかったのだ。決まっていた。レリック事件の最中、保護されたばかりのヴィヴィオに、なのはが己の心を曇らしていた一片の憂いを置いてきたその時から決まっていた。夕暮れの医療院に、眠るヴィヴィオの様子を見に行ったなのはから、はやては報告を受けなかった。今どこに居るのかと問えばフェイトが「保護した子のところに」と答えた。表してしまえば、たったそれだけで説明が足りた。あれこそがおそらくは運命の出逢いだった。
 なら目の前の少女がなのはのために血を流し傷つくのは無意味ではないのかと思う。はやては、しかし今しがた思い浮かんだことをぐっと嚥下した。こんなにも一途な子が報われないことなどあっていいはずがない。振り払うため、はやてはどうにか笑おうとして、彼女は持ち前の器用さで必要以上に上手くこなした。
 愛しい人を前にしてでさえ、自身を抑えられたはやてである。大丈夫に決まっていた。微笑みは自然に頬に浮かんできた。
「一つだけ約束して。死にたがらないこと。なのはちゃんを生きて護る、そのくらいの覚悟がないとあかん」
 ヴィータが顔を上げたとき、主の顔面は慈愛に満ちていた。
「お願いな。私はヴィータのことも大好きやから。な」
「……はやて、もしかして」
 主は首を振る。このときはじめて主の――はやての彼女への気持ちを知ったヴィータには、言葉をはさむ余地を残さない程の優しさで手が差し伸べられ、ヴィータを立ち上がらせた。はやては小さな少女の背中に腕をまわし、繊細な人の声で言う。
「ほなこれからお見舞いやろ。いってらっしゃい」
 無色の涙が服に染みる。既に騎士と主の関係が二人のすべてではない。家族。今までどおり、愛しい家族の背中をはやては抱き、そして押しただけだった。

 いざ隊舎を目の前にするとなのはの胸は高鳴った。凍りかけた芝を車輪が踏む。
 冬の空気を受けた隊舎の窓は白くかつ透明で、なのはは自身の鼓動が次第に落ち着かなくなるのを感じる。石の上を通り椅子ががくんと揺れた衝撃で、なのははつい咳き込んだ。ヴィータに大丈夫かと問われてもなのはは上手く答えられなかった。そんななのはに「大丈夫だ」とヴィータが後ろで力強く言った。お前の騎士はここにもいるんだぞと。慣れぬヴィータの励ましの言葉に、なのははようやく笑う力を取り戻した。ありがとう、ヴィータちゃん。ヴィータは顔も見えないのに空を向き、紅い頬を背けた。
 なのはの内には絶えず一人がいる。家族であり、恋人であった彼女のことをなのはは想った。この機動六課には、なのはが医療院に居る間会おうとして会えなかったヴィヴィオがいるのだ。

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