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2020-02

『秋、はらむ空』 七章 閉ざされた自身……2

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

二話「優しい牢獄」
ひとりでいるべき者というのが、確かに存在する。
でもひとりでいさせたくないと思うのはなんて勝手な考えなんだろう。
……なのはさんをね、ひとりでいさせたくないんだ。でもきっとなのはさんはひとりの方が色んなことをうまくやってる気がするよ。そんな意味で。

――ここは牢だ。



 秋、はらむ空
 七章 ―閉ざされた自身―


 2.優しい牢獄

 続く日照りに芝が枯れ始めていた。端から茶に染まっていく枯れ芝は誰からも水を与えてもらえず、たまに思い出したように踏まれ、その針のような葉を散らす。私はぼんやりと芝を眺めていて、水を撒きたい衝動に駆られた。しかしふと己を振り返り、窓を閉じる。壁に頭をつけて天井を仰いだ。
 ここは牢だ。出入り自由な、牢とも呼べぬ牢だった。
 仕事を放棄し、教導官としての責任をかなぐり捨ててきた罰としては優しすぎる罰。
 窓からは木漏れ日が射している。ちょうど窓際に木が植えられているようで、乗り出せばすぐ広場が見られた。ここに入れられて何日が経つだろうか。元々隊舎の空室だった一つを改造したもので、家具はベッドと小さな机以外になく、トイレと簡易バスがあるくらいのものだ。それと手錠。自主的につけてもいい、とは部隊長の言。一体彼女は何を思ってこんなものを置いていったのか。しかし別段居心地が悪いわけでもない。食事もその時間に空いているはやての守護騎士達がちゃんと運んできてくれる。自室の三分の二ほどの狭く何も無い部屋がむしろ心地良いのが問題だった。私が心底でこういう場所を求めていたことを否応にも教えられる。私は独りでありたかった。ヴィヴィオをあんなに求めた後で、そしてその望みが叶えられなかった後でようやく認めなければならなかった。
 独りでないとだめなんだ。私はいるだけで、いろんなものを傷つける。
 ――ヴィヴィオ。
 あれからの彼女のことを何も知らされていない。出ていったのか、ここにいるのか。どちらだろうと想像するには疲れ過ぎていた。だから私はじっとここに座ってぼんやりと世界をみている。四角く切り取られた空や、夕暮れや、月や、星。たまに地面なんかを見て、今日のように芝の変化に気付く。たまに訓練でスバルらが張り上げる声が届いてきて、私は窓を閉めた。
 人は一日に二度三度尋ねてきた。でも私は応えなかったから、彼女たちは勝手に部屋に入ってきた。鍵を持っているのは私ではなく彼女たちであり、私が応える必要なんてなかった。教導隊制服や地上部隊の制服を着られない自分は、今ジャージを着ている。濃い藍色の首まであるそれか、いつも着ていたパジャマが私の普段着だった。ジャージなんて学生時代以来で、初めてティアナがこの部屋を尋ねて来た時に、彼女が「何を着ても似合う」と言ったのは、あれは皮肉だったんだろうか。
「スバルも夜外出する時はジャージですが、なのはさんの方がよほど似合ってる」
 ティアナがそう言って私の上に跨りながら、横髪に指を差し込む。どこで拾った口説き文句なのかと問えば、彼女は苦い顔をした。常の私なら「ティアナはそれよりもずっと綺麗だよ」と軽く言っていたかもしれない。けれど湯水のように湧き出ていた言葉が全く浮かばない。私の中の言葉たちはいったいどこへ行ってしまったんだろう。
 私はティアナに身を差し出す。フェイトも、ヴィータにも。私は彼女たちに捧げる。こんなものが本当に欲しいんなら、いくらでもと。
 景色はやけにぼんやりと朧げだった。
 はやてが私をこの部屋に連れてきた時に言ったことを思い出す。腕を引き、連れてきた人こそはやてだったが、彼女はおそらく率先してやったのだ。周りの者が皆黙って見ていたのがその証だ。それにはやての顔は不満げで、不安げな子供がするような泣きそうな顔をしていた。
「ヴィヴィオが好きなんはわかるよ。ヴィヴィオしか見てへんのも。けどな、だったら何で止めたん?」
 止めた……ああ。そうだ。私は自分の勝手で彼女たちを引き止めた。
 ヴィヴィオのことを想い苦しそうなフェイトに愛していると偽りを言って、菜乃を失った彼女を抱き締めて。ヴィータが騎士であることを再び許して、訓練を休んだティアナを探し出し、ひとときの逃避をした、そういった色々ことがよぎる。確かに最低な行為だ。
「ぎりぎり引き返せる限界。フェイトちゃんもヴィータもティアナも、まだ引き返せる時期ってのがあったんや。応援まではできんかもしれへんけど、身は引けるって思っていた。けれどなのはちゃんがそれを引き止めたんやで。あのときから幸せな結末なんてものはなくなったんよ」
 フェイトにその道を閉ざされたのは、必然であると。むしろ同情さえしたのだとはやては言う。
「止めようか迷ったわ。でもな、ヴィータがなのはちゃんのことを護ろうとしたんや。せかやら私は止めた。あの子はもう充分苦しんどる。これ以上の苦しみなんて必要あらへん」
 家族想いの彼女が厳しく言った。
「ここにおってほしい。やからフェイトちゃんとヴィヴィオとは会ったらあかん。接触は禁止や」
「ヴィヴィオは分かるけど、フェイトちゃんは」
「ほんなら聞くけど、今会ってどないする」
 私は答えられなかった。きっと感情を昂らせてしまうだけなのだろう。そして今度こそ受けてしまう。それは駄目だとはやては言っているのだ。
 それからはやては幾つかの禁止事項と事務仕事を私に与えた。レイジングハートは取り上げられなかったため、実施の訓練は禁止であるがイメージトレーニングなら可とされた。好意的に解釈すれば、閉じ込めるというのは縛り付けるためではなく、リハビリを終えたあとからすぐに訓練を始めた私を抑えつけるためだったのだろう。
 それは、優しさの押し付けだったように想う。だけどは私は受け入れる。それが他ならぬはやてだったから。優しさは、はやての家族を想う気持ちから出来ていたから、受け入れないわけにはいかなかった。彼女は私がどうやったら頷くか、それを知っている。私ははやてに従った。機動六課にいる以上、彼女は私の上司だった。

 これまで食事を運ぶ以外で人が来たのははやてとシグナムだけである。シグナムとは会話を、はやてとは狭苦しいやりとりを。ティアナが来たことはない。だが、私はティアナが来ていたように思った。朧げであるはずだ、それは夢の中の出来事だった。ティアナの顔なんてもう何日も見ていない。そういえばティアナを夢に見る回数が多い気がした。覚えているだけでも数度はあったが、そのどれもあまり良い夢ではなかったように思う。
 ティアナはどうしているだろうか。私になんて呆れ、嫌になってしまっただろうか。独りにはさせないと強く言ってくれた彼女を裏切るように今、私はぶざまな孤独の中にいる。夢でティアナは私に優しく触れてくれたが、私は無気力のままに応えた。素直を見せないティアナがくれた賛辞をも皮肉の言葉に変えて、私は何を望むんだろう。
 何も望んでいない、と思った。だって望んだところで手に入らない。そんなのは失望しか呼ばない。諦めを積み上げるのはとても疲れた。自分の矮小さと押し隠してきた弱さを垣間見てしまったときの気まずさを覚えては、ひとつ溜息がこぼれる。吐いた息は腕を持ち上げるための気力だった。溜息をつくたびに、ヴィヴィオへと伸ばすための力が失われていく。
 私の思考はどこから始まってもやはりヴィヴィオに向かっていくようだった。
 抗いのようにその晩、ティアナの夢を見る。偽りの牢を訪れた彼女は音無く傍に寄り、壁へ寄りかかって月を見上げている私に覆い被さる。ティアナはいつも髪を下ろしている。銀朱の真っ直ぐな髪が鼻先をくすぐった。前髪の隙間からのぞく憂いた瞳を見詰めていれば、私は何かの布で眼を覆われた。彼女の黒いリボンだ。私の元から狭かった視界は閉ざされ、擦れる音と夜の匂いと、瞼の裏に焼き付けた月の光のみとなる。それが私の世界のすべてだ。ティアナはもう一つのリボンで両手を結うと、深い青のジャージを丁寧に丁寧に脱がせていった。チャックのじーという音がしんとした室内ではやけに響く。それから中にきていた白いシャツがめくりあげられればもうそこは私の肌だ。彼女は縛った手首から脇の方まで指を滑らせながら、中央に舌を這わせた。胸を打つ鼓動は聞こえない。まるで停止している。
 なのはさん、とティアナはたまに私を呼んだ。けれど私の喉を彼女の名前が通ることはなく、私たちの声は永久に繋がることがなかった。ただの夢だ。実際にティアナが呼べば、私だってティアナの名前くらい呼ぶ。六課が始動しだした頃、綺麗な響きのする彼女の名前を、私は機会があればすかさず呼んでいた。夜が明ける空の色は、ティアナの容姿ほど美しい。そう、私にとっての最大限の賛辞をティアナに捧げた。ティアナは顔を赤らめて俯き「冗談でしょう」と信じなかった。機嫌を損ねたティアナは可愛らしいが、このときは少し興醒めをした。私は冗談が上手くない。
「嘘はつけるよ。でも冗談を言えるほど器用じゃないし、空に絡めて言うなんてもっとない」
 そこまで言って、ティアナはようやく信じてくれたようだった。
「でもなのはさんは、私のことを褒める時はいつも外見のことばかりですよね」
「不満かな」
「別に、どこも褒めらるべきところがないよりは」
 ではティアナは何を褒めてほしいんだろう。
 しかしティアナのことを私は今、愛しいと思う。夢に見るせいかもしれない。夢が私に与える影響は絶大で、ヴィヴィオの頃から夢をみたあとは必ず気分が夢に左右された。時には半日くらい。
 完璧な人に魅力などない。貶すべきところのないものに心底から惚れることなどないように、若干の危うさと欠点を持ち合わせてこそ抗い難い惹き込みが生まれる。フェイトの優しさで覆われた脆さ、ヴィータの騎士という鎧を纏わねば揺らぐ弱さ、ティアナの美しさの傍らに置かれた幼さがおそらくそうだ。そんな彼女たちだからこそ護りたくなり、離れがたいと思う。ただヴィヴィオという特別がなければ、私は自分の心を死ぬまで騙し通すことができたはずだった。
 ヴィヴィオが悪いわけじゃない。ヴィヴィオに出逢った私の不運を憎むべきだ。
 そういえばヴィヴィオに欠点はあっただろうか、と私は考えた。暫く考えても思いつかず、今度は惹かれた部分を探すことにする。けれどそれもうまく浮かばなかった。客観的に見てヴィヴィオについての素敵なところはたくさんあった。でも私個人が惹かれたところってなんだろう。慕ってくれたところ、それならティアナもだ。護ろうとしてくれたところ、それはヴィータである。優しく一途なところは、フェイトもそう。
 私は分からなくなった、そしていつの間にかまたヴィヴィオへと思考が飛んでいたことに気付いて沈む。なんだか酷く疲れてしまった。眠ろう、雨垂れのように。
「……おやすみ」
 窓の外へ向けての挨拶。私は壁に寄りかかったまま、崩れるように微睡みに落ちていく。

 ふと空の呼吸を聴いた。それは静かで連続した音だった。空の呼吸が私を眠りから引きあげる。固くこわばった体を揉み解し窓の外を見れば、いくつもの星が浮かび青く澄んでいるはずの空はなく、ただ灰色の空が広がっている。細かい水槍が降る中を横切る鈍い金色の何かがあった。ヴィヴィオのはずがないとすれば、それは。
 私は窓を開けるのをやめ、おはよう、と心の中で呟いた。返事はなかったが彼女には届いているだろう。
 シグナムから彼女の処遇を聞いたのは、あれは何日前だったか。
 彼女は厳格な顔つきのまま、壁にもたれかかる私の横に座った。彼女とこうして並んで座るのは、もしかして初めてかもしれない。ぼんやりとした時間が過ぎていき、やがて彼女は口を開く。開けた窓から吹き込んだ風が、真横でシグナムの黄色い紐のリボンを揺らした。
「テスタロッサの今回のことは不問となった。身内だけにとどめておくそうだ、頭の固い上にわざわざ伝えて複雑にしても仕方がないからな。なのはが納得するなら、ということではあるが」
 もちろん異議はない。私は無言で頷いた。言うべきことなどどこにもなかった。静かに彼女の紡ぎ出す言葉を聞く。
「テスタロッサがああいう行動に出た理由、なのははわかっているのだろう。わかってやらねば、テスタロッサも浮かばれん。傍観者である私がいうのもなんだが、あいつはな、殺したくなるほどにお前を求めている。愛しながら憎んでいるのだ。なのはがいない世界では正常に生きていられない。壊れなければ保っていられないのだ。矛盾しているようだが、それが今のテスタロッサだ。わかっているか、そうしたのはお前だ、高町なのは」
 シグナムはそこで息をつく。彼女もいくらか疲れているようだった。
「テスタロッサは憎しみという醜い感情さえもなのはに向けた。憎しみだけではない。フェイトの中に溢れる多種多様の感情はすべてなのはから生まれ、なのはへとかえっていくのだ。それは究極なまでに愛していることにはならないだろうか」
 言い終えるとシグナムは立ち上がる。用が済んだみたいだ。私は終始無言でいた。黙って、頷いて、また黙っての繰り返しだ。そんな私に諦めてしまったのか、帰り際シグナムが錆びた笑いを残していった。
「少なくとも。私はそう思う」
 大切なものが多いと大変だな。一人は決まっているのに、その一人を捨ててまで大切なものを選ぶお前が悲しくて仕方がないよ――シグナムの呟きが聞こえてしまって、私はまた眠ることにした。雨はうるさくて、せめて枯れかけた芝が潤うようにと願った。

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