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2019-11

『秋、はらむ空』 七章 閉ざされた自身……4

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

四話「無口な視線」
なのはさんはティアナのことを本編でも最初から気にかけている節があった。

――ティアナはもうずっと消耗しているのかもしれない。



 秋、はらむ空
 七章 ―閉ざされた自身―


 4.無口な視線

 日常に変化はない。相変わらず扉は閉ざされたままで、私用では誰も入ってこなかった。訓練もなく最低限の書類仕事を終わらせてしまえば、あとはイメージトレーニングくらいしか残っていない。それだって数時間もやればよかった。だから私はよく考える。考えなければさらに空っぽになっていく気がしたが、考えても空白は広がった。結果は同じ、むしろ後者の方が失われるものは多く、疲れ果ててよく眠ることができた。
 さて、いつ出られるのだろう。
 出てもいいと思う。外出を禁止されたわけではないのだ。けれど私は部屋を動かなかった。怠惰な気持ちからではなく、単に外の用事がなかった。ティアナのことのみを除き興味さえ湧かなかった。しかし逆にいえばティアナが気掛かりで出てみようと思ったのだ。
 私は六課の大体が寝静まった頃、こっそりと部屋を抜け出した。鍵の掛けられていない牢からは簡単に抜け出せ、しばらく隊舎を彷徨う。静寂が舎を包み、硬質な明かりが廊下や壁を照らしている。大きな長方形の窓の向こうには暗黒が立ちこめており、その手前にある窓には私のぼやけた顔が映っていた。ティアナと会っても話すことが見つからないせいだ。私は彼女を探しながら迷っている。自分の適当に整った顔から目を背けると、窓辺を離れた。そういえばよく食事のあとにこの廊下をヴィヴィオと並んで通った。
 白い通路を抜けてなるべく人が通らない場所を歩き、ティアナとスバルの部屋の前へと着いた。だがそこにティアナはいない。しばらく待っていたが私は諦めて扉の前から離れた。想像していたような安堵ではない、ただの落胆が生まれる。私は自分が思っていた以上にティアナのことを気にかけている。夢に見るほど?
 フェイトやヴィータについての夢を見たことは少ない。特に機動六課に出向してきてからは全く見ていないといってもいい。忘れているだけで実際に見ている夢をのぞけば、私は彼女たちの夢を見たことがなかった。私は見た夢を覚えている方だ。そして影響されている。だからティアナが気になってしまうのかもしれない。何より、フェイトやヴィータは幼い頃からの友人である分、注意が薄れている可能性もある。知りあえば知り合うほど、その人に対しての意識はなくなる。知り合って一年半ほどのティアナのことを私はそれなりに知ってはいるが、しかしながら彼女の多くを理解しているのだという気まではしなかった。狂おしいほどの好意、訓練への姿勢、整った容姿、無防備に向けてくれた愛情からティアナという人物を想像しているだけである。スバルとの馴れ初めについてなど粗筋でしか知らない。陸士訓練校で在校中のパートナーとしてスバルと出会う、それから二年間一緒で、Bランク昇進試験も二人一組で受け、そこでスバルとともに六課に引き入れられた。そのくらいだ。
 兄について語ってくれたこともあった。バイクを乗るようになったのは、あれは兄の影響であったらしい。たまの休日に海岸に連れていってもらい、そこで見た初めての海が彼女には感動的であったのだと。故郷が海に面した町だった私には分からない感覚だが、海鳴の公園から見る海は時間によって酷く美しく広大であったように思う。あそこでフェイトとの別れと再会の約束を交わした。その日の臨海公園は良い天気で、陽が水面に降り注いでいた。風の強い日だったから、雲が薄く散りながら流れていた。だが蒼い空を流れる薄い雲は、それさえ海の表面を輝かせていて、足元にはどこからか飛んできた草葉と、夏に入る前の、春の終りの風が柔らかかったことを覚えている。大切な人との思い出深い場所と時間は、元の風景が日頃見せる姿よりもずっと美しく見せてくる。ティアナにとって兄との思い出はとても大切なもので、だからこそ彼女の記憶の中で海が素晴らしいものになっているんだろう。
 そういえば一晩だけ六課を抜け出してティアナと二人で行った海は、夜も深い時刻であったのに、月の淡い光に支えられてとても綺麗だった。陽光とは違うひそやかな光は、ティアナの内側にある輝きだった。ティアナとは夜明けの空に薄ぼんやりと浮かぶ月であった。やがて見えなくなる儚い美しい光。おそらくは幻想的な風景の中に私とティアナはいた。
 彼女といると、まるで彼女を取り囲む風景まで幻想世界のように思えてくる。何度も感じたことだったが、ティアナは素晴らしく美しかった。陽の下にいる彼女は可愛らしく綺麗であったのに、一度夜の中に潜り、月や星に照らされれば彼女は一転して美しくなる。彼女を浮かび上がらせているのは明るくはない。白くもない。ただの昏い光だった。しかしその昏い光こそが彼女を美しくしてみせた。美というのは彼女のためにこそある言葉だ。
 私はそれをティアナに言った。ひとときの逃亡の中の、寒い海を見ながらだった。ティアナは私の手を握り、私もティアナの手を握っていた。意味もなく、目的もなく、ただ時間を歩くように砂浜を踏んだ。不意に隣を歩くティアナを見れば、彼女は寒そうに白い息を吐き、下ろしたままの長い髪を震わせた。冬が空気を凍りつかせ、澄み切った昏い輝きが一層ティアナの朱をあおっていた。
「綺麗」と私は呟く。つい口からこぼれ出てしまった言葉に、ティアナは私の方を向いて苦笑した。
「あたしを照らしてくれる星の中に、なのはさんはいるんでしょうか」
「いると思う」
「一番強い輝きをもつ星なのか。それとも夜の暗さの中にも顔を出さない、小さな星なのか」
「どっちがいい」
「前者だと思うけど、後者の方がいいです」
「どうして」
「なのはさんが言ったんじゃないですか。暗い輝きの方が美しく見えるって」ティアナは言った。「そうしたらあなたをもっと自分に惹きつけることができるかもしれない。あたしを、愛してくれるかもしれない」
 彼女は私の頬に唇を寄せ、そっと触れた。痛いくらいに冷たくなった唇は、それでも柔らかい。
「好きです」とティアナが言った。「好きです」
 私も好きだよ、と言う。すると抱き締められ、私は顔を彼女の肩に押し付けることになり唇を閉ざされてしまう。その時、彼女の言葉の真のところを理解できなかった私の言葉など彼女には必要なかった。
「なのはさんが好きなんです。愛してる。どうすればあなたに伝わる……」
 私は答えられず、じっと彼女の体の熱を感じていた。応えられない自分が嫌になって目を閉じた。私の体が消え失せ、ティアナだけを感じられたらいいのにと思った。冬の冷たい風から彼女の腕が守ってくれた。彼女は冷えていき、私たちは再びバイクに跨って走り出した。
 今ならわかる。ティアナの言葉の意味を、ヴィヴィオを愛した今ならようやくわかった。私は彼女に対し随分と無礼なことを続けてきたのだ。ティアナは強い。もしヴィヴィオにこんなことをされたら私は随分と落ち込んでいる。いや、ティアナはもうずっと消耗しているのかもしれない。だから私の前に姿を現わさなかった。
 一時間ほども歩いていただろうか。喉が渇いてきて、備え付けの大型冷蔵庫の前に来た。何か飲み物でもあればいいと考えていたが、そこには思いがけずスバルがいた。スバルは青いボトル缶を飲み干していて、目線が合うと手を下げた。私は反射的に笑い、スバル、と言った。久しぶり。
 スバルはどうもと頭を下げると、それきり黙った。しかし、スバルならばティアナの居場所を知っているかもしれない。問うが、スバルは答えてくれなかった。だから今度は質問を変え、ティアナの様子を訊こうとしたが、スバルは目を伏せてしまった。ごめんなさい、とスバルは言う。答えられません。良く考えれば問う前に分かりそうなものだった。スバルに以前、ティアナを傷つけないでと言われたことを思い出せば。そして自分のしてきた裏切りを思えば、答えてもらえないのは仕方のないことだった。
 部屋に戻ろう、と私は思う。スバルに背を向けかけると、声がかかった。
「もう遅い時間ですね」とスバルが言う。「ねえ、……しません?」
 スバルのよく通る声が、夜の六課においては尚更響いた。私はついスバルの顔に視線を向ける。スバルは何を言っているのか。
「なのはさんの相手はどうせティアじゃないんです。だったらあたしは構いませんよ。抱いてくれますか。あたしの方が抱いてもいいです。どちらでも」
 私はスバルの顔を十分に見て、そこにいくらの表情も浮かんでいないことで返事を決めた。
「やめておくよ」
 それに、とてもそんな気分じゃない。私はティアナを探している。
 誘いを断ったのにも関わらず、スバルはほっと息をついた。
「よかった。ティアのこと、少しは想ってくれているんですね。ティアがどこにいるかはあたしにも分かりません。それはなのはさんが探してください」
「もちろん」
 たしかにスバルに聞いて安易に見つけ出すのは間違っていた。
「ちゃんと見つけて会うよ」
 スバルは頬を緩め、微笑した。
「そうしてください。でも今日は先ほど言ったとおりもう遅いですから休んだほうがいいです。それとお体のこと、大切にしてください。エリオもキャロも、それにティアも。皆心配してます」
 ありがとう、スバル。私たちは挨拶を交わしそこで別れた。
 私はまやかしの牢にではなく自室へと向かい、机の上に置き去りにしていたものを探した。長い時間が部屋には堆積していたはずなのに、埃を被ってはいなかった。主のいない部屋さえ掃除してくれているのだ、アイナは。申し訳なく思ったが机の上に目的のものを見つけると、意識はそこに集中した。
 バイクの鍵がある。逃げたくなったらいつでもという、ティアナからの贈り物だった。『そうすればあたしはどんなことをしてでも、全てを捨てでもあなたを攫っていきます』――ティアナ。
 手に取ると当然ながら鍵は冷たかった。暗がりの中で目を閉じ、ティアナとの過去へ想いを馳せる。まったく随分と傷付けてしまった。この鍵を受け取っていなければティアナの消耗はもっと少なくて済んだかもしれない。はやての言うように引き返すべきときが彼女とはあった。でも私が引き止めたのだ。自分がティアナと離れがたいという、その我が侭でもって彼女の心をより深く傷付けた。
 ヴィヴィオを求め、ティアナを大切に思う。ヴィータを振り抜けず、フェイトを捨てられない。はやてとスバルには迷惑をかけた。きっと嫌われただろう。嫌ってほしい、と私は思った。そうすればもう誰も、私も必死にならずにすむ。そんな酷いことを私は考えた。考えて考えて、やがて私は疲れ果ててしまった。私は掌に鍵を握り締めたまま、ふらふらとベッドに身を投げる。眠りはすぐにやってきた。両手足を縛りつけ、押さえるような重たい眠り。
 その夜は久しぶりに自室で寝た。そして翌朝、私は再び牢へと戻っていく。

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