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2019-09

『秋、はらむ空』 七章 閉ざされた自身……8

『秋、はらむ空』 各タイトル⇒目次

八話「LIEBESNOTIZ」
ヴィヴィオの想いや出ていくまでがつづられている。
丁寧に丁寧に。なのはの心琴に触れるように。

――手紙が、ひとつ。



 秋、はらむ空
 七章 ―閉ざされた自身―


 8.LIEBESNOTIZ(ラブレター)

 手紙が、ひとつある。今は不在のヴィヴィオからの手紙だ。
 部屋に残されていたんだとはやては言っていた。出ていった少女の部屋を片付ける際にザフィーラが見つけて主の元に届けられ、今までずっと部隊長室に保管されていた。昨日までの私に渡しても無意味だったというのは私にも想像ができる。
「でもなのははちゃんは決めたんやろ。なら受け取る権利はある。なんたってこれはヴィヴィオからなのはちゃんに宛てた想いなんやから、なのはちゃんが読まんとな」
「はやてちゃんは読んだ?」
「いいや、けど内容の予想はだいたいつくよ。書くときに少し相談されたんや」
「そっか、ありがとう」
「ん?」
「ヴィヴィオのこと……ううん、ありがとう」
 はやてはにこりと笑った。爽やかで安心をもたらせる、本来の彼女がいつも見せていた笑みに私の頬も緩む。
 ティアナに突き放してもらい、ヴィータに嬉しいと言われて、フェイトに私ははやっぱりヴィヴィオと居る時の笑顔が一番魅力的だと言われた後の日。快晴は白く青い光を六課に降り注いでいる。僅かな雨降りの日を除けば、いつだってミッドチルダは青く澄んでいる。レイジングハートのメンテナンスを終え、ほんの少しの荷物をまとめて私は探しに行く。本当はどこにも行きたくはない。だがヴィヴィオがその先にいるならば私はどこにだって行ける。
 確かに私は一人でも生きていけるだろう。しかし、あの子を一人にはさせないと思った。一人にはできない、絶対に絶対。二度とあの子に、ここに居てはいけないと思わせてはいけないのだ。
 厚い封筒を前に、私は掌の上に乗せて手紙の重さを量ってみた。ヴィヴィオの声が詰まっている。これはその重みである。なのはママ、なのはさん。そのどちらの声も聞こえる。どちらの声も愛しい。
 私は自室のベッドに腰を下ろし、手紙を開く。開け放った窓から吹き込む夏の終り頃の風は心地良い。私は白い紙の上に書かれている丁寧な細かい字を追った。――『いつかあなたを母と呼んだ日があったことを、私は今は覚えてる』そんな始まりだ。強くて優しくて格好いいなのはママ。暫く彼女による、くすりと笑ってしまうような賛美が続いた。
 ヴィヴィオは本当の意味で、初めて出逢った頃のことを思い出していた。私が荒野に墜ちたとき、抱き上げて医療院にまで連れていってくれたのは彼女だったのだ。その時黄色い花を見た。『どうしてなのはさんはあんなに安らいだ顔でいたのかな。もし生に未練がなかったとしたら悲しいと思うし、苦しみにまた引き戻してしまったなら悪いと思ってる』けれど、生きていてほしかった。助からないならアルハザードに行くか、もしくは死の世界にまで追いかけていったはずだ。彼女のいる場所に向かい、天使や悪魔を相手に戦ってでも彼女を取り戻してみせただろう。ヴィヴィオは嘆く。けれど私は別に死にたかったわけじゃない。苦痛を受け入れただけに過ぎない。
『信じないかもしれないけど、幼い頃の私の方が感情を複雑に捏ね回していた今よりもずっとあなたのことを好きでいたよ。苦しいくらい。再会して時間が経ってあなたとそれなりに上手くやれるようになったとき、私なりになのはさんのことを好きなつもりだった。その時の自分の気持ちをまるきりの嘘偽りだとは思わないよ。けれど、今の自分とは比べ物にならない。名前を口にすれば嬉しさばかりが込み上げていた今までとは違い、思い出したあとでは胸が詰まって、気を緩ませた瞬間に涙が出てしまいそうだった。私ね、あなたの前ではいつも泣きそうだったよ。こらえてた。触れなくてもよかった。口付けも、体の繋がりもなくてよかった。それよりも顔を見て、たまに微笑むなのはさんの顔が見られれば私はよかった。でも、いつからだろう。笑顔を見なくなってしまったのは』
 いつ頃からか、ヴィヴィオは私の笑顔よりも悲しげな表情の方を多く見るようになっていた。だというのに一緒にいたいと他人を気遣う心を利用さえし、一緒に居続けた。身勝手さでヴィータやフェイト、ティアナたちを傷つけと思いこみ、ヴィヴィオは気に病んでいた。私が自分の所為だと思ってていたことを気付かれていたようで、彼女はずっと心苦しさを抱えていたのだ。
『私は本当は我が侭で自分勝手な子供なんだ。あなたが思うようないい子じゃない、今も昔も、私はなのはさんの傍にいる権利を得ることを一番の目的としてきた。小さい頃は駄々をこね、ある程度周囲に慣れれば大人しく待つことで訴え、今は気付かれないようにこっそりと』
 苦しい懺悔が続く中、ヴィヴィオのこの謝罪は嬉しかった。私と心から一緒にいたいと思ってくれる心に、痛んだ胸がまた疼いた。
『私にとっての何年か前、なのはさんにとって一年ほど前の事件をもちろん覚えていると思うけど、王の印、レリックを埋め込まれ聖王となって対峙した時、目の前であなたは止めようとしてくれた。受け入れてくれた。拒絶しかできなかった私を救おうとしてくれたの。中にあるものを打ち砕いてくれた。それで私はいろんなことを消耗させてしまって離れてしまうことになったけど、全部が悪いことじゃないと思った。最初から記憶をもっていればもっと物事は単純だったかもしれないけど、それでも心身が成長することで、少しはなのはさんを護る自信をつけたと思うよ。それはいいことだった。それだけがいいことだった。そして私は世界に流されて幾年の時を無気力のまま生きて、なのはさんへの想いを強めることになった』
 ヴィヴィオはもちろん突然成長したわけでもレリックの影響が残っていたわけでもなかった。おそらくは時間の流れの違う世界に辿り着いてしまったか、あるいはそう決まっていたのか。ヴィヴィオはそこで十年近くを過ごした。その時の彼女はまだ記憶を失ってはいなかった。私のことをずっと考え、私の元へ帰り着こうとしていた。長い距離と時間が過ぎた。会わない時間は想いをより濃縮なものへと変える。狂おしいほどに愛しく思う心はやがて歩き続けて擦り減った踵と同じように疲弊していた。記憶の喪失はもしかしたら、そんな心を治めるための抵抗だったのかもしれない。
『なのはさんが言ったように、感情の種類なんかが問題じゃないということが今はよくわかる。本に書いてあることで納得できなかった事柄の中に、時間は想いを薄めていくというのがあったけど、あれはどうやら私にはあてはまらないみたい。思い出さなければ私は決して六課を去ることはなかったよ。優しい人ばかりで居心地のいい、そしてあなたのいるこの場所を離れるなんてどうやってもできなかっただろうしね。でも思い出してしまえばいられるはずがない。私の存在はあの素敵な空間を壊す不届き者でしかないから。何よりもなのはさんを悲しませている自覚があったから、だから出ていこうと決めた』
 ヴィヴィオが私を思い出したのは空から墜ちたという知らせを聞いて現場に駆け付ける前、モニターで無様な墜落の姿を見た時だった。荒野に血を吸い上げられていく私に、彼女は何を思ったんだろう。思い出さなければならなかった記憶と、思い出すべきではなかった想い。ヴィヴィオはその二つに自身を奪われふらついていた。押し込めていた想いは膨大で、だがその想いがあったからこそ孤独な荒野に足を踏み入れた。ヴィヴィオは私を見た。生をひととき放棄した私の顔を。
 腕に惨憺たる体を抱いて戻ってきたヴィヴィオを、はやては冷静に受け入れた。ヴィータがいなくてよかったのかもしれないとはやては後々に思う。フェイトも誰も見ていなかったからよかった。
「ありがとうな、ヴィヴィオ」とはやては言った。
「構いません。これは私の役目だから」
「せやな。ヴィヴィオやないとあかんかったのかもな。ヴィータはほんまは……いいや、騎士と姫は出逢うべきやなかったのかもしれへん」
 はやては呟きに似た言葉を吐いた。だがヴィヴィオは聞き逃すこともなく律儀にも答える。
「それは、私となのはさんにも当てはまりそうですね」
「はは、聖王陛下が何を」
 はやての言葉を、ヴィヴィオの首振りが遮る。
「王が騎士よりも優れているなんて誰が言ったんですか。私はあの人の騎士ですよ。きっとね。騎士としてなら確かにヴィータお姉ちゃんには叶いません。あそこまでの“気遣い”は私にはできないけど、でもあの人限定なら私はできます」
 少女の告白にはやては相当に面食らったようだった。平静であり、情熱的なヴィヴィオの告白ははやての胸も動かした。自分もいっそここまで開き直れたらよかったのにと呟くのをヴィヴィオは聞きとるが、今度は黙っていた。聞こえないふりをする必要も時にはある。ヴィヴィオはそういった『揺れ』を読むのに長けていた。それも六課を出ていくことの要因になったのだろう。
 はやては息をつく。
「ヴィヴィオの何がそうまで言わしめるんかな。ほんの少し前はなのはちゃんのことを簡単に手放したのは、ヴィヴィオやなかった?」
「わかりません。ただ私は今でもなのはさんを誰にも渡さない、とは思っていませんよ。なのはさんをちゃんと幸せにしてくれるのなら、私は笑顔で受け入れます。あの人が望めば親子として一緒にいることだって可能です。けれど、これは酷い自惚れですが……私よりあの人を幸せにできる人なんていないんです。そして、私よりあの人を不幸にする存在もない」
「それで見舞いにも来ないって?」
 ヴィヴィオは笑った。「簡単なんですよ、それくらい。あの人から笑顔を奪うよりはずっと容易い。それに星が光を失えば、自分が今立っている場所も見失いますから」
 私が入院している間会いたいと思っていたヴィヴィオは、その間にはこんな気持ちでいたのだ。ヴィヴィオはこうも書いてある。『それだけなのはさんの笑顔というものは尊い。薄暗い原生林の中で小さく黄色い花に出会ったような喜びや眩暈を覚えるくらいに、愛しかった。ずっと昔からその笑顔を見るために考えを巡らせてみた。わがままを言って困らせた後、抱きついて冗談だよといえばすぐに笑ってくれた。それが愛しくてたまらなかった』
 ヴィヴィオは笑顔を失い始めた人の手を取ろうとした。そこには相当の勇気と決心がいった。ヴィヴィオ自身も好きな人たちから奪い去るような形で逃げ出すのと同じ行為だった。それでもここにいるよりはいいとヴィヴィオは感じた。そして手を差し出した。その手が取られなくても、ヴィヴィオには落ち込むことなどできようもなかった。フェイトの叫びは当然だった。
 牢に閉じ込められたなのはの様子を、茂みに隠れながら、彼女は一度だけ中を覗いてみた。部屋はしんとしていて、孤独な場所にうずくまるなのはの姿は寂しげであるのに、とても自然で、さも当て嵌まっているかのようにも見えた。まるで最初からそこで生活していたようだとヴィヴィオは思う。
 ヴィヴィオはその一度の際、フェイトと会った。二人は挨拶を交わす。やあ、こんにちは。フェイトさん、お仕事は? 休憩時間だよ、君は。私も休憩。そういえばまだ思い出さないのかな。
 ヴィヴィオは問われた事の意味を考えると即座の肯定はせず、肩をすくめて言った。
「フェイトさんが例えばどれだけ私を憎く感じていても、フェイトさん自身のことは優しくて素敵な人だし、好きだと思っているよ。けれど前みたいには呼べないんだ。私のママはあの人だけだから」
 そう、とフェイトは頷く。それでいいのかもしれないねと。
 そんな、窓の外で揺れる金色になど気付きもしないで、なのはは一人きりの世界にいた。その場所はなのはにとって――つまり私にとって――とても優しい世界だった。故にヴィヴィオはそこから連れ出す手までは持ち合わせてはいなかった。やがてヴィヴィオはこう思う。一人でいられるならそれに越したことはない、と。一人が疲れれば周りにいくらでも人はいるのだ。『フェイトさんやヴィータお姉ちゃんやティアナさん。この三人は心からあなたのことを想っている』それは私に想われるよりもずっと素敵で幸せなことだ、とヴィヴィオは書いた。私は首を振る。足りない気がしてまた振った。三度振ったところで頭がくらくらしてきたのでやめる。どうせ首を振ったところで、ヴィヴィオの書いたことは正しいんだろう。私はそのことをちゃんと知っていた。それでも否定しようとしたが私の心は嘘をつく気配を見せず、言葉も浮かんではこなかった。
 だから出て行ったのだ、ヴィヴィオは。

 文章の終わりにはベルカ語が一つ、そこだけが殴り書きで記されていた。
 Schicksal――。
 運命、と私は思った。うんめい。
 互いの運命の人がそれぞれであることが、私たちの唯一の不幸だったのではないだろうか。繋がらない想いならば相手まで巻き込まなくてすんだ。自分の中でだけ続いていく。それが私とヴィヴィオはできなかった。繋がってしまうのだ、どうしても。こうして離れてでさえ私とヴィヴィオは結びついている。
 御伽噺ではない、現実すぎる運命。塗り潰すこともできなかった。

 私は手紙を二回繰り返して読み、それを終えると丁寧に折りたたむ。元々入っていた空模様の封筒に十数枚の束を収めると立ち上がった。紅い宝石を手に取り、首に下げる。
 さてそろそろ行こう、と私は思った。

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