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2019-05

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すべてを手放して

目次⇒陽の中に塗り込めて。

はやなのです。二人旅。
続きよりどうぞ。



 すべてを手放して


 ここがどこかなんて私たちには関係がなかったんだろう。
 二人きりでいられるならきっとどこでもよかったと、陽に透けて砂漠色をした髪に指をさし込んだ瞬間、私はそのことに思い当った。
 膝に頭をのせたなのはちゃんは猫のようにごろごろと気持ち良さげに瞼を落としている。しかし少しでも雲が太陽との間に割り込み影が差せば、世界から目を逸らそうとしているかのようにも見えた。顔の陰りがそのまま表情の陰りになる。それは、最近彼女の表情を三種類くらいしか見られていないせいだった。微笑んだ顔、むっとした顔、寂しげな顔。
 浮かべて、私は酷くがっかりした。ここに来たのは、なのはちゃんに笑ってほしかったからなのに――。

 管理局から逃亡するように連れ出して三年近くになる。
 心も体も傷だらけの彼女の腕をとることが最善なのだと信じこみ、私はミッドチルダを離れた。無理矢理ではなかったが、それでも気掛かりではある。私は今でも時たま家族と連絡を取っているが、彼女はすべてを捨ててここに来た。ヴィヴィオも、夢も彼女は全部捨ててきた。あれは半ば私が捨てさせたようなものだった。
 出ていく前、私は本当にいいのかと尋ねた。
「首を振ったら、はやてちゃんはやめてくれるの?」
「いいや」
 やめないだろう。ここにいても彼女は傷つくだけだと知っているから、私はたとえ彼女が嫌がったとしても連れ去ったに違いない。だから彼女は拒絶しない。
「そうだよね」
 彼女が笑う。人がこれほど悲しい笑顔ができるのかと私は驚く。連れていったらまずは彼女に笑ってもらえるようにしようと心に決める。完璧な笑顔じゃなくていいから、もっと安らいだように笑ってほしい。周囲の全員じゃなくていいから、せめて自分にだけでも気を抜いた笑顔を見せてほしいと思う。私はなのはちゃんのことが好きだった。
「エースオブエースなんて、もう言えなくなっちゃったね」
 自嘲ではなく淡々と事実を述べるように彼女は呟く。私は彼女の背を支え、歩いていた。
 確かに逃げ出した魔導師を信頼する人などおらず。以前に、空へ上がれない彼女を航空魔導師と誰が認めるだろう。
「称号を取り払ったなのはちゃんも、とても魅力的やと思うよ」
 私は予め用意していた言葉を捧げた。心からの言葉だったが、彼女は暗く相槌を打つ。
「うん。……ううん、ありがと」
「いや」
 下手なことを言ってしまったかな、と私は軽い後悔を覚える。
 ただ、そう思っているのは私だけじゃなかった。フェイトちゃんだってヴィータだって自然に与えられた称号や二つ名を取り払ったなのはちゃんのことを魅力的だと思っているだろう。しかし、それでも誰も彼女の孤独にまでは気付かなかったのだ。私も、本当に理解出来ている自信がない。エースオブエースという呼び名は彼女にとって心の支えでもあったはずだった。私はそれを一言で否定したのかもしれないと、あとで気付く。私はいつもあとになってから気付く。
「はやてちゃんは優しいね」
 そうでもないよ、と心の中で返事する。
 整然とされた路地を抜け、浅い木々の間を二人伴って走る。途中で何度か息を休めて、再び今度は歩き出す。陽が暮れる頃にはホテルに泊まり、一切触れ合うことなく別々のベッドで眠った。朝になるとまた移動する。ここだと思う場所を見つけるまではこんな日が続くだろう。
 街を歩いた、海の上を渡った、人並みを駆け抜けた、その傍らの小汚い路地に横たわる人を見た、なのはちゃんの横顔をより鮮明に記憶に焼き付けた。私はずっと彼女を盗み見ていた。鋭い彼女はおそらく察していただろうが、稀に振り向いて微笑む以外あとは他の場所を見続けた。彼女はそれがあたかも任務であるかのように、どこか一点を懸命に見つめつづけることをした。

 晴れた日、彼女はたまに透き通る青を渡る鳥に、羨望のまなざしを向けている。だから私は人の居ない場所では姫君にするように彼女を抱え、空に上がった。黒い羽根が宙にばらまかれていく様子を彼女は声に出して喜んでくれた。
「綺麗だね、はやてちゃんの羽根」
 ちょうど舞い降りてきたそれに手を伸ばし、彼女は擬似的な口づけをする。私は何となく恥ずかしくなって目を逸らした。黒が空の中に霧散していく。ぱちんと弾ける。名残惜しそうに、彼女は消えていく羽を消えてしまう最後まで追っている。そんな彼女を横目で眺めるのが好きだった。

 初めて彼女の肌に触れたのは管理局を辞めてふた月も経った頃だった。
 その日私たちは名も知らぬ辺境世界に迷い込んでいて、日本を思わせる旅館に泊まることになった。そこには温泉があり、彼女は義務的に私を誘ったが、その頃になると私は彼女に近づいていながら触れられないことで、情欲が漏れそうになるのをどうにか押し止めていたのだ。気付かれてはならないという一心で、私は緩く首を振る。
「なのはちゃん先にいってきてええよ」
 もし襲ったとして、そのことで嫌われるとは思わなかった。私の暴走を彼女なら受け入れてくれるかもしれない。でも、だからこそ悪かった。今している逃亡は彼女を癒すためのものである。負担をかけるなんてそれこそ意味がない。
 ホテルならシャワーがあり、狭い湯船があるから、一緒にと誘われることはなかった。当然断る必要もないが、今回そうはいかないだろう。もし受けてしまえば、彼女の白い肌を見ることになってしまい、そこに刻まれたいくつもの傷にさえ興奮を覚えてしまう。風呂上がりの彼女を前にして、私がいつもどれだけの努力をして自分を抑制しているか……。
 久しぶりに温泉にでも入りたいね、なんて無邪気そうな彼女の言葉を受けなければよかったんだろう。けれどなのはちゃんのたまに言ってくれる望みはできるだけ叶えてやりたかった。彼女の望みをはね退ける口など私は持っていない。機動六課にいた誰も持っていない。
 でもやっぱり私は直前で断ることにする。服を一枚はだけただけの彼女を見て、心臓が皮膚の上からでも分かるくらい、どくんどくんと鳴っている。手が自然になのはちゃんの肩にかかり、とかれた髪の一束を指に絡めていた。それから無防備な首筋に顔を近づけて――。
 意識が一瞬とんでいた。
 私は額を掌で覆い、なのはちゃんから離れる。
「やっぱりどうも頭がすっきりせんみたいや。疲れとるんかな、とにかく散歩に行ってくるから、なのはちゃんは先に」
 ふと見れば、彼女は浴衣を手にしたまま立ち尽くしている。湧き上がる不安に押されて、なのはちゃん、と声をかけて顔を覗き込むと、彼女は酷く青ざめた顔をしていた。
「なのはちゃん?」
「え……あ、うん、平気だよ。一人で行ってくる。散歩だよね、あ、でもやっぱりわたしも一緒に散歩しちゃ駄目かな」
 私は息を呑む。
「ううん、一人になりたかったかな、もしかして。そうだよね。ごめんわたし気付かなくて」
「なのはちゃん!」
 私は震える彼女の腕を強引に引き寄せ、顔を正面から見つめた。
 いったいどうしてここまで彼女は追い詰められているのか。まじまじと彼女の顔に浮かぶ色を見つめていると、こちらの方が青ざめるようだった。自分の抑制のことにばかりかまけていて、彼女にかける気を疎かにしてしまったのだろうか。そんなはずはなかった。
 大丈夫だ、と言ってやりたい。しかし大丈夫などとはとても言えぬ今の状況を振り返れば、触れている腕の柔らかさを妙に意識した。こんな時に自分は何を考えているのだろう。
 ふとすれば己の名を呼ぶ声が聞こえてきた。艶やかな「はやてちゃん」という彼女の声に、私の脳が揺さぶられる。
「しても、いいよ」
 したいことをしても、いいんだと。彼女は耳朶に囁いた。
「はやてちゃんがそれで楽になるなら幾らでも。だからそんな風に逃げないで。ううん、逃げてもよかった。でもね、逃げるんだったら最初から手を引いて私を連れ出したりしないでよ。手はずっと繋がれたままなんだから、わたしはどうしていいか分からない」
 それはきっと誘いだった。そして彼女はちゃんと“私がやりやすいように”口実を与えてくれた。『これは一人の女の子を連れ出した義務なんだから』と言っている。私は頷き、繋いだ手を滑らせて彼女の深くに触れれば良かった。
 痩せながらも柔らかい頬を撫でて、切れた唇を舌で湿らせる。私は屈んだ彼女の肩を押さえるようにして唇を塞いだ。数秒もそうした後、私は顔を離して彼女の耳を触った。
「冷たい。はよ湯に浸かろうか」
「今日はわたしたち以外には誰もお客さんがいないから、貸し切りだよ……だから」
 媚びにも聞こえるなのはちゃんの声が、今は背をしか押さない。抑制はする必要がなかった。しかしどうしてだろう、それが酷く悲しかった。我慢している方が良かったなんて――ありえない。好きな人に触れる以上の幸福などないはずなのに、私は素直に彼女の手を取れなかった。
 だから彼女の方が私の手を引いた。相変わらず繋がったままの左手と右手の指を絡ませて、一層離れないようにと結ばれている。
「行くんだよね」となのはちゃんが言った。どこへと問いたいのを堪えていると、ほかの言葉まで沈んでいってしまう。仕方なしに、ああ、と私は言う。行こうか。
「私があたためてあげるな」
 からからに乾いた喉から這い上がる己の声は無様で、腕を包む彼女の胸の柔らかさによる焦燥は滑稽で、だからこそ彼女の背をそっと抱いた。まだ仄明るさを残す空を見上げれば、時間はうんとあるのだと告げられる。
 ――本当にそうだろうか?


 それから三年近くが経った現在。やはりなのはちゃんは隣にいる。
 彼女は眠っているときに身じろぎ一つしない。気付いたのはいつのことだったか。十年も昔かもしれないし、おとといであるようにも思える。
 既にあの頃知らなかった彼女のいろんなことは知っており、見ていない部分はない。それでもなのだ。それでも、彼女のことを何も知らない気が消えていかない。関われば関わるほど分からなくなるのは昔からだったが、それだけでは説明がつかない何かがあった。そしてそれは真実だった。
 ミッドチルダに戻ると彼女が言ったのは、必然だったんだと私は思っている。空に上がれずとも彼女は生涯魔導師であるというのは、傍にいればいるほど感じることだった。
 私は彼女のことをじっと見送った。生活も地位も罪も投げ出してここまで来た。私はそれでも彼女の背中を眺めている。……ごめんね、となのはちゃんは言った。幾度も謝罪を繰り返す彼女が、いっそ哀れに思う。私は彼女の何一つとして救えなかったのだ。
「向こうにはうちの家族がいるから、頼るとええよ」と私は言った。彼女は答えずに笑ったのみである。無言が必要ないと教えてくれていた。
「ねえはやてちゃん」
「なんや?」
「わたしのこと本当に好きだった?」
「……どうやろうな」
 いったい。どう言えばなのはちゃんは笑ってくれたんかな?
 私と彼女を繋いでいた手が、指が解かれ、そうして離れていく。先に放したのは私だった。私は手を引っ張って連れてきただけで、それから押されるように抱いただけで、私の限界はそこであり、後は何もできなかった。しようともしなかったのだ。一人の女の子が失望してしまうには十分な所業だろう。
 彼女の悲しそうな、けれどもどこか安心したような表情がやけに後に残る。彼女のどんな表情も、私はきっとずっと覚えているだろう。覚えていられるほど少なかった、と思い返す。何もできなかったということだけが現実としてあった。
 私は防護服姿で彼女を送りだす。彼女が綺麗だと言ってくれた黒い羽根を青空に散りばめてやれば、ぱさりと大きな音が響いた。彼女の関心を得ようなどと期待はしていなかった。これはただの見送りである。
 だからそれはほんの気紛れかもしれない。宙を舞う黒い羽根を指先に乗せて遊ぶ彼女が、半身をひるがえす。彼女の、そこに浮かんでいた表情だけは記憶から削ぎ落そうと思った。
「わたしはね……はやてちゃんのことが好きだったよ」
 なのはちゃんが、せめて向こうに戻ったら。
 誰かが、できれば私の家族か親友が、笑顔をもたらせてほしいと願ったことも。



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