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2019-07

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月が零した涙

三代目拍手SS
すずなのです。
よろしければ続きよりどうぞ。


 月が零した涙


 多くの眠れない夜がある。
 それは誰にだってあり、自分だけが特別苦しんでいるわけではないと分かっていた。
 だが比較すべき他人の心情など推し測ることもできず、やはり自分の中の世界が、自分にとっての全てだった。
 部屋のカーテンを開け、膝に猫を置く。窓の向こうに広がる濃紺の夜天、そこに浮かぶ雲に隠れていった月を見上げ、すずかは相変わらず長い夜をやり過ごしていた。

 まだ何もかもが高い場所にあった頃。背伸びをしても届かないもどかしい時代。それでも精一杯に笑っていた二人がいた。いや、二人というのは正確ではないだろう。傍らには絶えずもう一人の少女がいたのだ。
 すずかとなのはとアリサ。三人はいつも笑っていた。笑うことで曇りがちな世界を僅かにでも明るくするかのように。
 笑顔が世界全体を明るくできたわけではもちろんないけれど、少なくとも三人の周りに光は絶えなかった。朝も昼も夜も。そうして三人は過ごした。
 学校帰り、すずかとなのははまたねと言うと、じゃあねとアリサの声が返ってきた。アリサの黄金色に輝く髪が風に流れ、車の中に吸い込まれていく。アリサは車に乗り込んだあとも後部座席から顔をのぞかせた。
「明日の約束、忘れないでよ。特になのは!」
「分かってる、アリサちゃん」
 ぴんと二つに結われ、跳ねた栗毛の少女が苦笑する。
 今まで約束を忘れたことがあっただろうかと逡巡し、しかしすぐにそれが彼女の名残惜しさゆえの言葉と気付いた。彼女の寂しがり屋はちょっとしたものだ。なのはと隣にいるもう一人の少女――すずかは考える。なのはとの仲を認めてくれたとはいえ、孤独感を全く感じないわけではないだろう。なのはは極力三人でいるときは意識し、アリサとすずかの両方と会話した。三人でいることが楽しく、心が弾む。なのはにはどんなことになっても失い難い関係だと思えて仕方ないのだ。すずかと一緒にいるのと同じくらいに。
 そんななのはを静かに見つめる二つの瞳はすずかのものだった。空色の宝石の中に二人を映したすずかの影が、アリサに手を振る。しばしの別れだった。
 アリサは車に乗り込みながらも片手を力強く上げ、二人に叫ぶ。乗り込んだ後も窓ガラスを開けて二人を見上げた。それからアリサが執事に指示し、車は道を走り去っていく。残された二人は小さく笑い合って、そして手をつないだ。すずかはなのはと歩きながら少しずつ指を絡めていく。三人でいる時間も二人でいる時間も、どちらも大切な時だ。
 三人での帰路が二人になる。すずかとなのは。これはちょっとだけ特別な事。
 すずかもアリサのように、その気になれば送迎の運転手を用意できた。一般にお嬢様と呼ばれる家柄に生まれ、メイドと猫と姉のいる屋敷に住む。なのはのように平凡な家の生まれではない。そのことをすずかもアリサも決して気にすることはないが。だからこそすずかはなのはとの二人きりの帰り道を選んだ。次第に移ろっていく空の色を眺めながら、指の間で感じるなのはの少し冷たい指。空の青が赤に、赤が黒に変わっても、なのはの小さく白い手をすずかは一度も離さない。
 二人きりの帰り道。三人でいるのと同じくらい、幸せな帰り道。
 なのはの家に辿り着く前、提案したのはすずかだった。
「ほんの少しだけ寄り道していかない?」
 握った手に力を込め。当たり前のように頷いてくれるなのはを、すずかはこれ以上になく愛しいものに感じた。

 すずかはなのはの手を引き、ちょっとした広場に来ていた。日も暮れて、設置されたいくつもの外灯が闇からベンチや手すり、草木などをあぶり出しにしている。
 二人は海鳴臨海公園に訪れていた。学校の近くということもあり、寄り道の多くはここであった。
 風が通り抜け、肌を掠めていく感触が心地よい。風がなのはの髪をさらっていく様子も、見ていて心が浮き立った。
 ここに来るとなのははリボンをほどく。その方が気持ち良いのだといつだったか言っていた。すずかはそれにいつも見とれてしまう。世界中の誰よりも可愛い人。
 月明かりが髪や肩に零れ落ちてくる。青白い月の光を受けて、なのははより一層魅力的に見えた。
「なのはちゃん」
 ちゅ、と。たまらずになのはの手をとり、甲に唇を当てた。どこか一国の王子が姫にするような優雅な仕草。それから頬にもキスを落とす。愛しさで胸が詰まって、呼吸が苦しい。
 すずかは弱い力でなのはを後ろから抱いた。
「もっと、力いっぱい抱き締められたらいいのにね」
「いいよ?」
「うん、……ごめんね」
 だけど、触れられないのは壊れそうで怖いから。
 唇に触れることも、全力で抱き締めることもすずかは意味もなく怖かった。何が怖いのか、何が壊れてしまいそうなのかもわからないまま、ひたすらになのはの髪を撫でる。愛しくて愛しくて、二ヶ月に一度の、あの理性が解き放たれる期間が救いにも思えるほど、がちがちな己の心。
 そう、理性が解き放たれる期間。すずから一族にはとある秘密が隠されている。『夜の一族』と自らを呼ぶ彼女たちは、吸血を好み、一種の特殊能力を行使できる。もちろんなのはは知っているが、すずかは普通の人間とは言えない存在だった。そしてすずかには、孕みにくい代わりに発情期と呼ばれるものがある。二ヶ月に一週間のその期間は、沸騰する性への欲望だけを身体が追求するため、無駄な不安や恐れなどといったものを考えなくてもいい。苦しい一週間でもあるけど、それさえ救いに思えてしまうほどにすずかは――。
 抱き締めてもいいよ、となのはが言った。
「嫌がらないよ、抵抗もしない。誰にでも大人しくしてるわけじゃないし、逃げないのはすずかちゃんだから」
 すずかは微笑を口元に浮かべる。この脆弱な抱擁でさえ、この子を傷つけてしまいそうだ。
「嬉しいんだけどね、でもできない。何かを壊してしまいそうで、大切ななのはちゃんのことも壊してしまいそうで。どうしようもなく私、臆病になっちゃうの。こんなのおかしいね」
 愛という言葉を簡単に使うのは良くない。それでも使ってしまいたくなるくらいになのはが愛しい。それなのに……哀しい顔を見たいだなんて。どうして思うんだろう。
 壊したくないのに、すずかは一方でなのはの笑顔を壊してみたいと思っていた。そのことが重くのしかかり、尚更力を込めることができない。
 肩にかかるなのはの髪の毛ごと、後ろから身が軋むくらいに強く抱いて、なのはのすべてが自身の腕に納まってしまうことを願った。三人でいる時間を大切に思いながら、こうして二人きりになってしまうと我が侭で独占的な気持ちに侵される。
 ――このまま朽ちるまでいられれば。
 同じ時を過ごしたい、それだけで十分なのに。どこからともなくやってくる不安が、こうして時折すずかの胸を締め付ける。
 暗い思考に耽っていると、なのはが腕の中で動いた。すずかは菫色の髪をふわりと揺らし、首を傾げる。どうしたの、と問う前になのはが声を発した。
「大丈夫」
 なのはは言って、はっきりと続ける。
「私はそう簡単に壊れない」
 すずかの腕になのはの指が添えられる。細くひんやりとしたなのはの指がすずかをそっと支えた。心情が流れ込んでくるようだった。すずかはなのはの後頭部に顔を埋め、首を振った。
「どうしてそんなことが言えるの。私きっとなのはちゃんよりも強いよ? その気になれば壊すのなんて容易いのに」
 正面からなのはと向き合っていないからこそできる質問だ。なのはの血を吸いたくなるほどの白い首筋に、それでも自制を利かせ、唇をつけるだけにとどめる。なのはは普段のようにくすぐったいと身をよじることなく、大人しくしている。――すずかだから、という言葉の通りに。
 でもなのははアリサが相手でも、それほどの抵抗はしないに違いない。すずかは考える。嫉妬ではないけれど、いいようのない哀しみが僅かに生まれた。腕の中の少女には決して言うことのない感情。気付かせてはいけないもの。
 何故ならこの少女は、すずかのことを信じきっていたのだ。
「たしかにすずかちゃんは強いし、この世界に絶対もないけど」
 それなのにすずかがなのはの言葉を信じないわけにはいかなかった。いや、信じられる力がなのはの言葉には込められていた。
「私はすずかちゃんやアリサちゃん、他の大切な皆といるために、壊れたりなんてしない」
 ……愛しい。なのはへの愛しさでついた溜め息が、彼女の横髪を揺らした。自分が求めた言葉をさらりと言いのけるなのはが、すずかにはどうしようもなく愛しかった。
「ふふ、そっか」
 すずかは少し笑った。なのはも振り向いてすずかの頭を撫でた。
「だから安心していいんだよ。不安にならないで、私のことをもっと信じて」
「そんなの当り前だよ、なのはちゃん」
 信じてる、と心の中で呟いた。信じられないのはなのはではなく未来とこの世界なのだから。
 すずかはなのはを正面から抱き締め直し、息を吐いた。不安を表してしまうなんて情けない。大好きな人の事を自分の都合で、いたずらに悲しませてしまった。
「私だってなのはちゃんと、もっといたいよ」
 自分がもっと子供だったら『もっと』でなくて『ずっと』と言えたのに、今のすずかには到底言える言葉ではなかった。今の自分は何よりも誰よりも必要としている人であろうと言えない。簡単なようで簡単ではない言葉として、すずかの前に立ち塞がっていた。
 夜が深まり、吹き込む風が冷えてくる。夏がもうじき始まるとはいえ、抱き合っていても夜はやはり寒かった。
 空に浮かぶ月が柔らかく降り注いでいる。月の光を意識すると、不思議と温かい心地がした。月の涙はもしかしたら温度を持っているのかもしれないとすずかは思う。あまりにロマンチスト過ぎて、とてもこの少女には言えないけれど。
「ねえ、好きだよ」
 ひとたび瞳を合わせて愛の言葉を口にしてくれるなのはの手を握り、すずかは連れ添って公園を離れた。今日はゆっくりと眠れそうな気がする。
 月が零す透明な涙は宙に留まることなく、紫の中にすうっと溶けた。

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