2017-11

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歌声は空気を切り裂いて

三代目拍手SS
フェイなのです。
よろしければ続きよりどうぞ。


 歌声は空気を切り裂いて


 空を裂く風の音は何かの声にも聞こえる。空気をくぐり抜ける風は少女の独奏に似て、つい聴き入ってしまうことがある。どうしてかその種の音が私は好きだった。いや、「音」と表現するよりは「声」と言った方が正しい。私には「声」に聞こえる。
 あれは何だったか。バルディッシュと共に空を飛んでいるときに聞こえる、あの声。思いだせない。もしかすると母さんが植え付けてくれたアリシアの記憶なのかもしれない。なら考えるのは意味がないか。
 母さんはアリシアだけを想って、アリシアと一緒にいる事だけを考えて虚空に墜ちていった。私の伸ばした手をとることなく、まっすぐに落ちていく母は幸せそうにアリシアに微笑みかけた。私にあんな風に笑ってくれたことはない。しかしその時私の胸に生まれたのは悲しみではなく、嬉しさだった。もちろん当時は分からなかった。後から考えたら、ということだ。
 どうしてだろう?
 何だか、何もかもよく分からない。最近いつもこうだ。気がつけば記憶の海に沈んでいき、肩をたたかれるまで考えこんでいる。一体どうしてしまったというんだろう。
 ……。……そうだ。
「なのは」
 私は思い出したように隣に座っているはずの人の名前を呼んだ。
「……なのは」
 少女は眠っている。姫のように麗しく、しかし整った唇を微かに開いて、ベッドに上半身だけを倒して眠っている。
 今日は家になのはが遊びに来てくれたのだ。いつものように部屋に来て、お互いに学校や仕事、魔法について話をしていた。話し込みすぎて喉が渇いたことも忘れたくらい話していたが、思いたってから私は発作的に飲み物を取りに行った。あまりの私の慌てように、リンディ母さんに笑われてしまって恥ずかしかったが、グラスにオレンジジュースを注ぐことで誤魔化した。
 一体どうしてそんなに慌てていたのか、その意味すら分からない。
 グラスを二つお盆にのせて部屋に戻ると、なのははベッドに伏せて眠っていた。くうくうと微かな寝息を立てて、なのはは猫が体を丸めて眠るように静かな眠りについている。眺めていたいけど、なんだか悪い気もした。
 私は長時間エアコンを点けっ放しにしていたことを思い出し、空気の入れ替えのために窓を開けた。風がそれなりの勢いをもって吹き込んでくる。温いと思っていた風はそこそこ冷たく心地良いもので、どうせだからとしばらく開けたままにしておくことにした。夏の、それも天気のいい日なのだ。カーテンを閉めていては勿体無いというものだろう。
 私は立ち上がる前の定位置、テーブルの一辺の前に腰掛ける。正面にはなのはがいて、顔こそ見れないけど小さな寝息が風にまぎれて聞こえてくる。含んだオレンジジュースで口の中を十分に湿らせてから、私はふと寝顔が見たい、と。そんな興味に駆られた。
 なのはの元に膝をついたままにじり寄ってみる。少女の顔のすぐ傍まで近づいてみると、白い綺麗な肌に黒く長い睫毛が落とされていた。真っ直ぐな横髪が頬にかかり、くすぐったそうにも見えるけど平気なんだろう。……それにしても。この心臓は、いつの間に早いリズムを刻みはじめたのかと思う。とくとくと体の中で鳴っている感覚はむず痒さを覚える。
 なのはといるとどきどきするのはもう当たり前のことなのに。私は未だ慣れずにいる。起きていても寝ていても、そこになのはがいるというだけで胸が激しく高鳴った。
 ――母さんの事を考えた。手を伸ばしても見向きもしてくれなかった母さんのことを。それでも辛いだけの記憶にならなかったのはなのはがいたからだ。
 母さんがいてアリシアがいて私がいて、なのはがいる。予め定められていたような運命の道筋の畔に、多分立っている。自然が演奏する歌を聴きながら、私はきっと繋ぐ温もりを探し歩いていた。母であればいいのにと強く願っていたし、母以外に考えられなかった。リニスに教えを受け、アルフと寄り添いながら、温もりをひたすらに求め、探した。結果、それは母さんではなかった。そのことは私の心を強く殴ったが、今も痛みを抱えたまま不幸でいるわけじゃなかった。
 不幸どころか、私は幸せで。この次元世界の誰よりも幸せなのではないかというくらいの幸福を受けている。あれほど求めた温もりは、今は手を伸ばせばすぐの場所にあった。
 ベッドに寄り掛かる少女の存在を、どれほど願ったか。喪失した時の悲しみは考えるだけで恐ろしく、身を置く環境から決してありえないことではないというのもまた私を恐怖に縛りつける。なのはは時に無謀に、無邪気に、真っ直ぐ突き進んでいくから。私に手を伸ばしてくれたのと同じように、力強い瞳をして救いに行くから。だから私一人だけのものじゃないんだけど。
 でも。それでもいいか、と思った。
 心はなくてもいいから、せめて体だけでも居てくれたらと思うのはきっとおかしいのだろう。だけど私は、それでもなのはといたい。なのはに嫌われても、なのはのことを失いたくない。
「なのは」
 癖のように呼んでしまう名前。意味もなく、私はなのはと呼びたくなる。寝ていても起きていても、そこにいてもいなくても呼びたくなった。愛しい人の名前というだけで、特別な意味を持ってしまう文字の羅列。だからこそ、私は何度でも少女の名前を呼んだ。呼べば安心することができた。そう、何にかは分からないままに。
 なのはの頬を指でなぞる。柔らかな肌に指の方が愛撫されているよう。私はそのままの勢いで唇に触れてみた。渇いた薄紅色の唇の間から、微かに覗く口内。そこに親指を差し込んでみれば、無意識なのか、なのはの舌が触れた。舐めてくれたのか、ただ口内にある邪魔者を排除しようとしたのか。恐らく無意識だろうから後者だろう。しかし私はそれをいいことに、更に指を押し込んだ。なのはの口から、ん、という短い溜め息のような声が漏れる。指に当たる舌が一層強く、外へと押し出そうとする。私がまた押し込むと、舌が当たる。繰り返し。それが何とも言えぬ喜悦を呼びこむ。
 だが一度それを意識してしまうと、突如罪悪感が膨大な勢いで流れ込んできた。
「……、っ」
 じとり、と嫌な汗が流れる。あれほど吹いていた風がいつの間にか治まっていた。カーテンは揺れることを止め、ぴたりとして動かない。木の枝も葉も、風景のすべてが静止する。
 なのはは目覚めない。暑苦しい世界から逃れた場所で、安らかな呼吸を繰り返している。まるでこの世界になのはがいなくなってしまったかのような錯覚。目の前にいるのに、いないのだ。考えれば頭がおかしくなる。先程なのはに舐められた指先はとうに渇ききっていた。
「起きて」
 私は駄目だと思いつつも、呼びかけた。
「起きてよ、なのは」
 呼ばずにはいられない。空気は止まり、冷たい風は上から流れてきているのに全く効果がないこの部屋は暑く、汗が思考の穴を塞いでいる。息が出来ない。
 なのはは目覚めない。
 不自然なほど深い眠りにつく姫の肩を私はついに揺さぶった。なのはの体を抱き起こし、頬と自分の頬を合わせる。少女の頬はどことなく冷たい。魂の抜け殻みたいな眠り姫。以前なのはが話し、聞かせてくれた『眠れる森の美女』のお姫様は王子様の接吻で目覚めたけれど、はたしてなのはは私の口づけなんかで目覚めてくれるのだろうか。それに眠っている間に相手を無視したことをするのもはばかられる。だって魔女はいないし、毒に侵されているわけでもない。なのはは完全に眠っているのだ。もしかしたら二度と目覚めない世界へ魂をとばして。
「なのは……っ!」
 たまらなくなって、私は叫んだ。階下には母も姉のような人もいるのに、叫んだときその事実が頭から抜け落ちていた。迷惑なんてかけたくないのに、なのはがこのまま目覚めないかもしれないなんてくだらない妄想に侵され、叫ぶ。
 眼尻に涙が浮かび上がる。涙は瞬く間に頬に落下していく。幾筋も幾筋も――そうしてようやく、なのはは目を覚ました。
 少女は辺りをしばらく見渡しした後で首を傾げ、状況を確認する。目の前には泣きわめく私の姿。肩を掴む私のことを一体どうしたのかと見ている。少女には珍しく驚いて、少しだけ慌てて。些細なことだったけれど、私はそれが嬉しかった。自分のことで少女が何かしら考え、動揺してくれることがとても大切な事のように思えた。
 なんて迷惑な所業。度重なる任務や訓練、学校で疲れているところを無理矢理起こしておいて、そんなことに安心を覚えている。
「ごめん。寂しくさせちゃったね」
 私は意味がわからず、涙を無為に放流させながらなのはを見つめる。少女は自らの手の平を私の涙が伝う頬に当て、唇を歪めて笑った。
「一緒に遊んでたのにフェイトちゃんのこと一人にしちゃったから。きっと、寂しくなっちゃったんだよね」
 少女のその言葉を聞いた途端、感じていた不安の正体を知った。
 なのはがいない世界、魂の抜け殻なんて表現したけど、本当は寂しかっただけだ。私はただ、なのはと話せないことが、笑い合えないことが寂しかったのだ。
「ごめん、フェイトちゃん」
 どうして謝るんだろう。謝らないでいい。謝らないで、私はなのはをいたずらに悲しませただけだというのに。それどころか眠っているのをいいことに自分の気持ち良いことをしていた。寂しいと感じたのだって自分の弱い心のせいで、なのはが悪い事なんて何もない。なのにどうして君は謝るの。
 伝えると、なのはは上体を完全に起こして、私を抱き締めてくれた。背中が撫でられ、大好きな人の匂いが鼻を掠めていく。鼻孔は鼻水で詰まっているし、視界は一層ぼやけていくのに、やけに鮮明ななのはの全部がここにあった。
「事実よりも、フェイトちゃんの心のほうが大事だから。寂しい気持ちにしたということだけでも、謝るのには十分な理由だよ」
「……なのは」
「起こしてくれてありがとう。フェイトちゃんと一緒の時間を、もう少しで無駄にするところだった」
 なのはの背に手を回す。恐る恐るだったのに、いざ触れてみると不思議なほどに馴染んだ。元から一体だったような感覚、鼓動が激しく打ちながらも小さな安堵を感じている。
 幸せだということ。なのはの存在、それだけで私は幸せになれる。
「だから、ジュースを飲もう。きっとおいしいよ」
 水滴の落ちるグラス、溶けきった氷が音もなく音を立ててオレンジ色の湖に沈んでいく。畔の向こう側でなのはは手を伸ばしてくれる。私が少女の手を取ると、身体は足下の崩れかけていた地面を離れ、混濁していた道が開けた。
 道端に茂る雑草はざあざあと音を鳴らしながら風に揺れる。声が聞こえてくる。空気を切り裂いていく風の音は、きっとなのはの声。一緒に空を飛んでいたなのはが笑って、気持ちいいねと言ったんだ。白い服を翻して、黒衣の自分に向ってそう言った。これは間違いのない確かな記憶。
 涙をぬぐった後で、私はなのはにグラスを差し出した。受け取るなのはについで、私もグラスを傾ける。氷が溶けてもまだ辛うじて冷たいジュースを含むと、口の中に蜜柑の甘酸っぱい味と香りが広がった。
 微笑み合う私となのは。
 胸が鈍い悲鳴を上げる。心地良くもある悲鳴は多分なのはといる限り止むことはない気がするし、それでいいと思う。それが、なのはが自分の傍にいるということをはっきり見ている何よりの証になる。
 それからはのんびりとした休日をなのはと同じく費やした。
 いつも通りの、そして恐ろしく幸せな時間を。今日も滞りなく二人でジュースなど飲みながら、空を見上げるだけの一日をただ過ごしている。

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