世界の終わり
ティアなので皆既日食ネタ。某ハードボイルドとは何の関係もありませぬゆえ。
背景⇒ティアナがなのはさんの故郷で皆既日食が訪れるときいて、休暇を作って一緒に海鳴に戻った……と考えてくれると嬉しい。
では続きよりどぞう。
世界の終わり
太陽が喰われる。そんな神話を本で読んだことがある。愛しい人の故郷、地球でも月が太陽を食らうという現象が起こる日が、何十年かに一度ある。隣にはなのはさんがいて、私は隣で空を眺めていた。
酷く眩しい。それから薄暗くなっていく空を眺めていれば、これで世界が終ってしまうような気がする。そんなことは私がさせないけれど、起こらない保障などありはしない。一人がいくら足掻こうと人一人護れないことがあるのに、世界を救うなんてたいそれたことはできない。だから私が世界の終わるその淵ですることは、世界を護ることじゃなく、彼女の手を握り、空を見上げることだろう。
青と朱が入交って透明な檸檬色が辺りに広がる。雲がいくつもの影となり光となり、空を飾っている。美しいと思う。きっと終わりはいつだってこんなふうに美しい。醜いのは過程である。この人との出会いも、つながるまでの時間も思い出したくない。会えないことに息切れをして、他の人と笑い合っている場面に出くわしては胸を痛めていた。あれは濁った泥水を飲んでいるかのように、この薄暗い空がとても眩しく思えるほどに、暗い時間だった。
今のこの時間は幸福に満ちているけれど、終わりが来ればこの時間はたちまち苦痛へと変わるだろう。別れがあるならば、きっと彼女の顔を思い出すことさえ苦しい。
「ねえなのはさん」
なのはさん、なのはさん。
「いつか世界の終りがきたら、最後まであたしと一緒にいてくれますか?」
答えを知った上で尋ねる自分を、それでも醜いと自覚するのは今ではない。今は目の前の彼女が、頷くでも否定するでもなく、ただ困った顔で笑っているのを眺めているだけだ。
ちょうど一分間だけ、これまでの中でこれから先も含めて最も美しい空が頭上におりてくるとしても、私は彼女の微妙な表情を見つめてしまうのだろう。
この人ならきっと、私と一緒にいるよりも世界を護りにいく。
「わかってますよ、そんなこと。聞いてみただけです」
申し訳なさそうに、でも一緒にいる方法はあるよ、と彼女は呟いた。私は尋ねてみるが、彼女は答えてくれない。自分で考えろということか、あるいは彼女からは言えない方法なのか。
しばし考えるが浮かばなくて、私は気分を紛らわすように遠くへ視線をやった。紺から朱へ、一面の夕焼けが過ぎ居るのを見届ける。あれほど暗かった空が段々と明るくなりはじめているのだ。じきに昼間が戻る。
「――ああ」
わかった。再び白く青い空が蘇るのを見ていると、なんとなしに分かってしまった。
「一緒に行けばいいんですね?」
世界を護ろうとする彼女の隣にいるためには。
でも、だから誘えなかった。世界の終わりの中心に一緒に飛び込んでくれだなんてこと、彼女にはとても誘えなかったのだ。それは心中に似ている。していることはまったく違っても、結果としては似通っていたから。
彼女は先ほど質問をしたときよりもずっと悲しげに微笑んだ。哀愁でもなく憂鬱でもない陰りが彼女の顔を覆う。月がもたらせる影でもない。私はその影を取り払う何も持ってはおらず、しかも彼女はそれでも生きていけることを知っている。
だからその表情を少しでも明るくしたいというのは己の我が侭だろうけど、それでも彼女には笑っていてほしいと思った。
日食で、月は太陽を食らいつくせない。だからそこらに散らばった光を掻き集めて持ち込んでやればいい。他の誰にできなくても、彼女が選んでくれた私ならできる――そう思い込むことで私は彼女の手を強く握ることができた。
目をくるりと丸くしたなのはさんはすぐに私の意図することを読み取ってくれ、手を握り返してくれた。
五本の指が絡む両手を眼前に持ち上げて、そこに唇を当てて誓う。
「あなたが世界を護れるように、あたしがあなたを護ります」
それが一緒にいることになるのなら、喜んで前に出よう。
太陽の光が降り注ぐ完全な昼間の中で、私はそうやって懸命に彼女の冷えかけた掌と唇をあたためた。
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背景⇒ティアナがなのはさんの故郷で皆既日食が訪れるときいて、休暇を作って一緒に海鳴に戻った……と考えてくれると嬉しい。
では続きよりどぞう。
世界の終わり
太陽が喰われる。そんな神話を本で読んだことがある。愛しい人の故郷、地球でも月が太陽を食らうという現象が起こる日が、何十年かに一度ある。隣にはなのはさんがいて、私は隣で空を眺めていた。
酷く眩しい。それから薄暗くなっていく空を眺めていれば、これで世界が終ってしまうような気がする。そんなことは私がさせないけれど、起こらない保障などありはしない。一人がいくら足掻こうと人一人護れないことがあるのに、世界を救うなんてたいそれたことはできない。だから私が世界の終わるその淵ですることは、世界を護ることじゃなく、彼女の手を握り、空を見上げることだろう。
青と朱が入交って透明な檸檬色が辺りに広がる。雲がいくつもの影となり光となり、空を飾っている。美しいと思う。きっと終わりはいつだってこんなふうに美しい。醜いのは過程である。この人との出会いも、つながるまでの時間も思い出したくない。会えないことに息切れをして、他の人と笑い合っている場面に出くわしては胸を痛めていた。あれは濁った泥水を飲んでいるかのように、この薄暗い空がとても眩しく思えるほどに、暗い時間だった。
今のこの時間は幸福に満ちているけれど、終わりが来ればこの時間はたちまち苦痛へと変わるだろう。別れがあるならば、きっと彼女の顔を思い出すことさえ苦しい。
「ねえなのはさん」
なのはさん、なのはさん。
「いつか世界の終りがきたら、最後まであたしと一緒にいてくれますか?」
答えを知った上で尋ねる自分を、それでも醜いと自覚するのは今ではない。今は目の前の彼女が、頷くでも否定するでもなく、ただ困った顔で笑っているのを眺めているだけだ。
ちょうど一分間だけ、これまでの中でこれから先も含めて最も美しい空が頭上におりてくるとしても、私は彼女の微妙な表情を見つめてしまうのだろう。
この人ならきっと、私と一緒にいるよりも世界を護りにいく。
「わかってますよ、そんなこと。聞いてみただけです」
申し訳なさそうに、でも一緒にいる方法はあるよ、と彼女は呟いた。私は尋ねてみるが、彼女は答えてくれない。自分で考えろということか、あるいは彼女からは言えない方法なのか。
しばし考えるが浮かばなくて、私は気分を紛らわすように遠くへ視線をやった。紺から朱へ、一面の夕焼けが過ぎ居るのを見届ける。あれほど暗かった空が段々と明るくなりはじめているのだ。じきに昼間が戻る。
「――ああ」
わかった。再び白く青い空が蘇るのを見ていると、なんとなしに分かってしまった。
「一緒に行けばいいんですね?」
世界を護ろうとする彼女の隣にいるためには。
でも、だから誘えなかった。世界の終わりの中心に一緒に飛び込んでくれだなんてこと、彼女にはとても誘えなかったのだ。それは心中に似ている。していることはまったく違っても、結果としては似通っていたから。
彼女は先ほど質問をしたときよりもずっと悲しげに微笑んだ。哀愁でもなく憂鬱でもない陰りが彼女の顔を覆う。月がもたらせる影でもない。私はその影を取り払う何も持ってはおらず、しかも彼女はそれでも生きていけることを知っている。
だからその表情を少しでも明るくしたいというのは己の我が侭だろうけど、それでも彼女には笑っていてほしいと思った。
日食で、月は太陽を食らいつくせない。だからそこらに散らばった光を掻き集めて持ち込んでやればいい。他の誰にできなくても、彼女が選んでくれた私ならできる――そう思い込むことで私は彼女の手を強く握ることができた。
目をくるりと丸くしたなのはさんはすぐに私の意図することを読み取ってくれ、手を握り返してくれた。
五本の指が絡む両手を眼前に持ち上げて、そこに唇を当てて誓う。
「あなたが世界を護れるように、あたしがあなたを護ります」
それが一緒にいることになるのなら、喜んで前に出よう。
太陽の光が降り注ぐ完全な昼間の中で、私はそうやって懸命に彼女の冷えかけた掌と唇をあたためた。
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