2017-08

無想と空想と、紋黄蝶

すずか×なのはで、アリなの前提のすずか→なのは。
すずかの片思いな話です。時系列はいつをあてはめても問題ありません。
よろしければ続きよりどうぞ。



 無想と空想と、紋黄蝶


 秋にも蝶は舞う。
 黄色の小さな蝶が、音もなく風も必要とせず、ただ多様のコスモスと彼岸花をいったりきたり。通りすがる猫の興味をそそらず、犬に邪魔者扱いもされない存在。いてもいなくてもいいのに、どうして一度目をとめてしまえばこれほど引きつけるのか。
 あの黄色い蝶はどの花にもとどまらず、羽を閉じていた。その銀杏と見間違えてしまうような佇まいに、果たして気付いてしまってもよかったのか。
 すずかが教室に足を踏み入れたとき、一人ぽつんと取り残されている少女がいた。夕陽の朱でいっぱいに満たされた教室、高町なのははそこで己の机に顔を伏せていた。
 すずかは若干躊躇いつつも彼女の背中に手を添え、どうしたの、と尋ねる。ある程度の予想をつけながら話を聞き終えたとき、すずかは慣れた苦笑で応える。
「そう、また喧嘩したの」
 すずかは笑みをこぼす。少女の美しく伸びた眉や瞳は、実年齢よりもぐっと大人を感じさせる、何よりも、少女自身がそうあろうと努めている。それは少女の義務。やんちゃな友達と、無茶をしがちな友達二人の間に居るための義務だった。
「だってアリサちゃんてば意地っ張りなんだもん」
「それはなのはちゃんも、でしょ?」
 口元を緩めて微笑んでやる。肩をすくめて認めた友人の頭を、すずかは撫でた。温かな手の平の下、ぽつりと呟くのは高町なのはである。
「また怒らせちゃったな」
 ――また。
 そういつも、彼女たちは喧嘩をしている。すずかには少し激しい戯れにしか見えない程度の諍いだったけれど、本人にとっては本気なのだろう。すずかはできれば傍観の立場にいたかったが、こうして落胆に縮こまった背中をみてしまえば声をかけずにはいられなかった。無言の彼女から何でもいいから言葉を引き出して、笑顔を見たかった。
 なのはに密やかに焦がれている少女は、だからこそ見守るだけの立場でいたかったのだ。
「なのはちゃん」
「大丈夫だよ。きっと帰ったらのお店の方に来てて、ちょっとむくれながらも普通に話してくれるんだからね。私もケーキを出して、ごめんねって言い合って……ね、またいつもどおりだよ」
 それでも不安なのかもしれない。もしかすると今日は来ておらず、明日もずっと無視を通しているかもしれないと考えたのだろう。彼女の微笑には不安以外にも恐れすら滲んでいる。気付かなかっただけで、もし取り返しのつかないことをしていたら、と。
 いつになく真剣な彼女のまなざしに思うところがあったのか、すずかは肩に手を添えて微笑んだ。
「お腹が空いたね。翠屋に行こうと思うんだけど、なのはちゃんいいかな?」
「うん」と彼女が頷く。「もちろん、すずかちゃんの誘いを断ったりしないよ」


 夕暮れ間際の海沿いは、世の果てを切り取った世界だ。やがて沈んでいく陽を想い、波が静まり返っている。遠くの小路に整列する彼岸花は赤く道を覆い、その向こうには秋桜が高く乗り上げている。すずかはそんな景色を通り過ぎながら、それでも時間が静止しているかのように思われる。だからか、隣を歩く彼女のことがいつにもまして気にかかった。
 堤防の上を覚束なげに歩くなのはを盗み見ずにはいられない。翳る横顔は端正で、綺麗だな、とすずかは思った。人を惹きつける人の横顔だ。
 すずかは自分について考えてみる。あの二人とともにいられるほどの価値が自分にあるのだろうかと。すずかは気付いていなかった、ゆえに、考えてしまう。
 三人の中で最も美しい人といえばアリサであり、最も人を惹き寄せるのはなのはである。だが誰に想ってほしいかと言えば、それはすずかに他ならない。ひっそりと、深淵から最も心地よい仕方で想ってくれそうな人である。都合のいい人というわけではない。ただ居心地がいい。共にいて安らげ、落ちつける。こちらが意識したり気遣ったりしないほど自然にそうしてくれる人である。
 これがアリサならば、あまりに美しく身を引いてしまうだろう。なのはならば、人を無意識に惹きつけ過ぎて気が休まらないだろう。だがすずかは違う。
 だからこそ。その想い方は密やかすぎて彼女に気付かれない。
 だからこそ共にいられるとすずかは思っている。
 なのはが家に荷物を置いて出てくるのを待ち、身支度を済ませた彼女と連れ添って歩く。翠屋の扉を開くとカラン、と冷ややかな音が店内に響いた。同時にいらっしゃいませと和やかな声が向けられる。
「じゃあすずかちゃん、わたしは奥で着替えてくるから。あ、そうだ。秋のデザートもこの前から始めてるんだ。よかったら食べてね」
 すずかは頷き、なのはを見送る。
 もうすぐ日が暮れる時刻だからか、学校帰りの生徒たちで溢れている。店内をぐるりと巡らすがアリサの姿は見かけなかった。
 少女は無意識の溜息で気分を入れ替えてメニューを開く。そこには先ほどなのはがいった秋のデザートらしきものが十数種類程並んでいた。栗のケーキに芋の金団、葡萄ゼリーやパンプキンシフォンなどどれも美味しそうに見える。実際に翠屋の品なのだから美味しいのだろう。
 甘い香りに空腹を思い出して、ふと注文を呼ぼうとしたところ、入口の方にアリサが見えた。すずかは手をあげようとして思い止まる。アリサが誰か、何かを懸命に探していたからである。もちろんそれは彼女なのだろう。けれどなのはは今はいない。
 探し物をするアリサは当然すずかの存在に気が付き、ちょっと顔をしかめると、店員の案内を遮りやってきた。
 軽く目で合図をし、正面に座る少女に、すずかは内心でどきりとしていた。ここに来た理由を、鋭い少女ならば気付くであろうと。そしてためらうことなく問うに違いない。
「なのはと一緒に来たの?」と。
 うん、とすずかは答える。そのあとで一瞬ためらい、「ううん」といいなおした。緩く首を傾ける。
「お茶をしにきたの。秋のデザートでおしいのがあるよって教えてくれたから」
「なのはに?」
「そうだよ」
「それで、一人で来たの」
「どんなふうに見える?」
 問えば、やれやれとアリサが肩をすくめる。
「ま、そんなのはどうでもいいことね。とりあえずなのはは今日入ってるみたいだから待ちましょうか。すずか、注文はもうした?」
 まだとすずかがいえば、アリサは手をあげて忙しく歩く店員を呼びとめる。
 さて注文した品が届くまで、すずかはアリサとぽつりぽつり会話を交わした。特別中身のある会話ではなかったが、アリサはその間にも視線を落ちつかせず、誰かしらを探しているようだった――もちろんそれは、なのはだろう。すずかは窓際の席に座って居た。ガラス越しに見える風景は秋の色で、ここに来るまでにも沢山咲いていた彼岸花が見えた。赤い檻の上に留まる一頭の蝶を何気なく追う。すずかはそこで、何かを考えようとした。
「おまたせしました」
 ことん、と木を打つ柔らかな音に振り返れば、エプロンをつけたなのはが立っていた。色の華やかさには欠けるものの、落ち着いた色が安心を与え、唾をのみ込ませる。年頃の少女たちは甘い香りに誘われるようにフォークを取った。
 すずかがふとアリサに目を向ければ、彼女は顔を逸らし、ふて腐れていた。その様子になのはも困った様子を隠さない。
「いらっしゃい、アリサちゃん。来てくれたんだね」
「あんたに会いにきたんじゃないわ。ここのケーキが美味しいから」
「うん。それは保障します」
 そこでなのはの方を振り返ったのは失敗だと、頬の赤いアリサを見ながらすずかが思う。たった一つの微笑みでアリサの頬は一瞬にして紅葉するのだ。いともかんたんに、なのははやってのける。すずかはそれを素直に凄いと思っている。そう、油断をすれば、自分だって。だからこそなのはの前で気を抜くことはない。
 けれど目の前におかれたデザートがあまりに美味しそうだったから――実際に、口に運んだケーキが美味しかったから、すずかはつい心を緩めてしまった。
「すずかちゃん、おいしい?」
「う、うん」
「にゃはは、よかったあ」
「……うん。家で食べるデザートよりもずっと美味しいよ、なのはちゃん」
「忍さん、お姉さんも美味しいって言ってた。それでアリサちゃんの方はどう?」
 アリサはかぼちゃのシフォンケーキを注文していた。黄色のしっとりとしたスポンジを口に含む。白いクリームが口元に残り、それをくっと舌で舐めとる。そんな艶美な仕草さえ上品にこなす彼女を、なのははなんの動揺もなく見詰めている。
「ここのケーキなんだから美味しいに決まってるでしょ」
 すずかはけれどそんなやりとりなど目に入らず、なのはへと視線が釘付けになっていた。
「ところで今日は翠屋閉めたあとは何もないわよね。あたしそれまで待ってるから」
「え、でも結構時間あるよ。それに日も短くなってきてて、もうじき暗くもなるし」
「鮫島がいるから平気。数時間くらいなら待てるわ」
「そんなにかからないけど」
「じゃあ決まりね?」
「もう、強引だなあアリサちゃんはいつも」
「嫌なら帰るけど? ……って嘘。迷惑だって言われても帰らない」
 アリサのためなら、なのはは言っていたかもしれない。それを見通した上で取りやめたのだろう。アリサはなのはのことを分かっていると思う。だがすずかも分かっていた。仕方ない、となのはは肩をすくめる。嬉しいことを必死で押し込もうとする子供のような仕草に、わけもなく胸が疼くのを覚えた。
「ありがとう、アリサちゃん」
 アリサがまたそっぽを向き、なのはは拙く微笑する。二人のことをすずかはぼんやりと眺めている。
 何かを言おうと思っていた。でもこの二人は、仲を取り持つまでもなく自然に仲直りをしてしまっていた。自分がここに来た意味は全くなかったのだ。
 よかった、と目を伏せる。すずかはそうやって抑え込むことに慣れていた。
 なのはが厨房に下がってしばしの後、すずかは店を出た。アリサには別れを告げるとともに、頑張ってねと柔らかく微笑んだ。意識的に、すずかは頬を柔軟にする。自動ドアが閉じると夜の冷えた風が頬を撫でて、ちっとも柔らかくなどなっていないことを知る。強張る自身の頬を包み、数度叩いてやる。顔をあげればそこに、月村家専属メイドの迎えが来ていた。


「――すずかお嬢様」
「ファリン」
「大丈夫ですか」
「うん、平気」
「あの方となにか」
「なのはちゃん? ううん。どうして」
「いえ何でもないんです、ごめんなさい。ただちょっと気になっただけで」
 彼女は俯いて下がる。その拍子に服の裾を踏み床に倒れた。ずっと変わらずにおっちょこちょいの彼女にすずかが手を差し伸べて起こすと、心配ないよと笑った。今度こそ自然に笑えているだろう。
 だって友達が仲直りをしたのだ。嬉しいはずだった。
 自宅に戻ったすずかはファリンに連れ添われながら廊下を歩く。今日は疲れていた、早く一人になりたいとすずかは思い、彼女に無言で手を振った。足を止めた隙にもうあちこちから猫が戯れてくる。
 分かりましたと彼女は敬礼をした。そんな別れ際、すずかは後ろ振り返って言う。
「なのはちゃんにはね、アリサちゃんがいるから大丈夫なんだよ」
 ただ真実を口にしただけなのに、酷く胸が締め付けられる。
 ふと窓枠に白い月明かり差し込んでいることに気がついて、唐突に空が見たくなった。今はもう夜。木製の窓枠に手をかけて空をのぞけば、月がでていた。欠けた楕円の月に、今頃あの二人は喧嘩などなかったかのように一緒に過ごしているだろうことを想う。きっとアリサの部屋で、二人きりで……。
 ガタン、と窓に額をぶつけた。足元の猫は飛び上がって逃げていき、直後に慌てたような足音が近づいてくる。赤い雫が眼尻を伝い、手の甲に滴り落ちた。額が痛い、けれどそれよりも胸が痛い。
 ――なのは、ちゃん。
 夜、月明かりの中でさえ、抑制の上手な少女の瞳から涙が流れることはなかった。



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