2017-08

僕に重ねて、君は夢をみて

ティアなのです。ティアナ→←なのは→(?)アリサ
フェイトさんもちょっとでてくるよ。なのは大好きなフェイトさんがティアナの相談に乗る。
あまりハッピーな雰囲気ではありませんのでご注意を。
みんななのはさんがすきです。つまりいつもどおりの話。

では続きよりどうぞ。




 僕に重ねて、君は夢をみて


 恋をした、二度目の恋が君だった。
 なのはさんにそう言われたとき、この人はまだ初めて好きになった人のことを忘れていないのだと理解した。それから私は動揺を隠そうとして、要らない言葉を紡いでしまう。
「初恋じゃなかったんですね。少し意外です」
 恋などという俗物の感情など、まるきり持ち合わせていないかのように見える彼女がかまさか、という心情の中で呟いた。
 そんなひとりごちに、彼女は丁寧にかえすべく唇だけで笑う。相手を不快にさせないような無害な笑み。
「ティアナにはそんなにわたしが子供に見えるのかな?」
 私は頷いて、言葉を選びつつ答える。
「そういうことに関してだけは」
 失礼なことを言ったかもしれない。けれど彼女はやはり小さく笑うだけで、怒ったりはしなかった。私もそれ以上のことは何も言うことができない。そこにあったのが敬愛する教導官の顔ではなく、無垢で傷つきやすい少女の顔だったからだ。
 結局彼女は初めて恋をした人がどんな人なのかまでは教えてくれなかった。私も特に尋ねたりはしない。尋ねたところで彼女が口を開いてくれるとはとても思えなかったのだ。彼女の中では今でもきっと、とても大切な記憶であり、想いであり、人であったのだろう。
 やっぱりティアナは可愛いね、と彼女は笑った。それが会話の終わりだった。

 私の初恋は誰だっただろう。
 スバルかとも考えつつ、やはりあの子は友人であったと思いなおす。スバルの前でそんな態度は決して見せたことはないが、私自身とても大切に感じていた。友人は尊い存在だ。世界中のほとんどの人とは友人にはなれないという言葉だってある。そのとおりだと私は頷く。キャロとエリオでさえ、仲間だという意識はあっても、友人になれるとは到底思えなかった。
 それに比べて恋人を作るのは簡単だ。一種のマニュアルじみたものもあるし、ちょっと笑ってやって名前を呼び、やさしくする。相手の話をきいて心を許したふりをしてやれば、たいていの人間は顔を赤らめる。己の容姿のせいだけではない。重要ないくつかを押さえれば、恋は生まれる。馬鹿げた話ではあるけれど、極端に言えばそうだった。
 けれど友人は、心底から気持ちを相手に許さねばならない。そうしなければ上辺の関係しかできずに、本当の安穏は生まれないだろう。だからこそ難しい。ゆえにスバルはその中で特別な存在だった。
 恋はつまらない。蹴飛ばしてやりたいくらいにつまらないし、しなくても十分に生きていける。
 例えば頭上を流れていく雲や空、静寂な夜に瞬く星。あるいは道に沿って植えられた見栄えのする街路樹……気にも留めないような、私にとって高町なのははそういうものだった。ただのとおり過ぎていく風景の一つであったにすぎず、機動六課が解散になれば接点など一切なくなるはずだった。
 それがどうだろう。解散した今でも時折逢瀬を交わしている。お互い忙しい時間から暇を見つけてきては照らし合わせ、共に過ごせる時間を作る。会って声を聞き、顔を目にした瞬間に、幸福が生まれる。自分は何をしているのだろうと考える頭で、今日はどれくらい一緒にいられるのかと別れまでの時間を気にする。
 一緒にいて安らげるのは間違いなくスバルのほうだった。自分というものを何の躊躇いもなく出せ、寄りかかり、寄りかかられる。それが苦痛ではない。相談があればきいてやるし、自分の方も弱音までは吐かないが、問題があれば話をすることもある。これは関係を持続させていくための計算でもなんでもない。そんなものは必要なかった。安心するのだ、スバルといれば気が抜ける。たとえばなのはさんと一緒にいるときに張り詰めた、気。
 夢を追い求めていく上で、どれが必要でどれが不要なものかは明白だ。けれど私はどちらも手にしている。しかも仕事のほうも執務官として夢を叶えていっている。
 幸福、というのだろう。世界中のほとんどの人間が私をみて幸せな人間だと言うに違いない。たとえ両親を早くに亡くし、兄までを喪っていたとしても、今現在幸せであることに間違いはない。
 気の良い友人がいて、頼れる仲間がいて、恋人は優しく美しい人である。仕事もつらくはあっても充実している。
 けれど私の心はときどき引っ掻かれる。不要だという認識のものを、必要不可欠なものにしてしまった彼女、なのはさんに。
 くだらないことを考えてしまうのも、彼女がこのように胸を締め付けてくるからだ。素通りできない、それは息をすることさえ困難になる痛みだった。

「ティアナが好きだよ」
 想いを告げ、初めてそうなのはさんの口から聞いたとき、私は口元を押さえて涙を流した。それまで考えていた以上に、私は彼女のことを好きだったようだ。
「わたしね、最近では気付くとティアナのことを見てたんだよ。たまに視線が合ったけど、ティアナも同じ気持ちでいてくれたんだね」
 じゃあなぜ貴女から告白してくれなかったのか、と思ったが言わないことにした。それがどんな気持ちかもわからないほど幼かったのだろうと勝手に納得して。けれど実はそんなはずがなく、彼女はすでにその気持ちの意味を経験として知っていた。
 まだミッドチルダに越してくる前のことだったらしく、学校という勉学の場に通っている頃のことであると話してくれた。あれはいつのことだっただろう。今更ひどく気になった。
 なのはさんのことはフェイトさんに、という意識があった。だから私はまたフェイトさんに尋ねてみることにした。フェイトさんの補佐官をしているときにも一度尋ねたことがあったから、なのはさんの初恋について聞いたのはかなり以前のことだったんだろう。
 最初フェイトさんは明瞭な返答をくれなかった。だけれども真剣で、今よりずっとまっすぐで向こう見ずな目をして問い詰めたせいか、あきらめたように「知ってるよ」と言った。けれどそれだけだった。硬く閉ざした口は、それ以上の言葉を紡ぎはしなかったのだ。
 だけど今度はちゃんと話してもらうつもりで、多忙な時間を少しだけいただくことにする。既に私は補佐ではなく、一人前の執務官である。一度はつまらないと投げ捨てたちっぽけな誇りも、また積み上げていた。誇りを持たない人間の言葉になど価値はないのだ。だから相手にしてもらえなかっただけ。
 相談事と称して相対すると、フェイトさんは変わらぬ穏やかな物腰で私の方に向いた。個室にて仕事中だった。
「教えてください。あの人の想っていた人のことを、ちゃんと聞きたいんです。あの人はきっと言わない、だけどあたしは知っておかなくちゃいけない」
 でないと、傷つけてしまうかもしれない。
 フェイトさんは「そうだね」、と呟いた。なのはさんのことを一番見ているのは紛れもなくこの人である。もちろん、私を除いて。……私を除いて?
 浮かびくる考えを振り払う。
「なのはが好きだったのはね」
 フェイトさんは書類から顔をあげて私の方を向く。瞳の紅が揺れるのを私は見る。この人がこんな顔をするのは、なのはさんについて以外はない。
「アリサだよ」とフェイトさんは言った。
「幼馴染の、片想いだったんだ。なのはは誰にも言わなかった。けれど、私は気付いていた。きっとはやても」
 彼女の寂しげな顔を久しぶりに目にした私は、神妙に聞き入る。
「たぶん中学の頃には自覚していたんじゃないかな、でもその頃にはもう、なのはは教導官として働いていたし、故郷の海鳴を離れることは決めていたから、とても言えなかったんだよ。どうにもならなかった。そんな想いをなのははいつも抱えていた。ああそうだ、アリサは私よりもこい金色の髪をしている。とても綺麗な子なんだよ」
 アリサという女性の容貌や人柄を語りながら、彼女はいつでも最後になのはの名前を出した。じれったい。何か言いた気で結局口にしないフェイトさんに、つい私は言葉を挟む。
「フェイトさんは何も言わなかったんですか。その、助言とか」
「言えないよ。それに聞いてもなのはは口を開かない。私にはとても解決できない問題だってことをなのはは分かっていたからね。まったくそのとおりだった。話を聞いてあげるだけで楽になるってはやては言ってたことがあったけど、そのはやても結局何も言わなかったんだ。たぶんなのはの方も言わせないようにしていたんだね」
 一言一言をかみ締めるような言い方に、フェイトさんの苦悩が伝わるようだった。そして想像もできる。当時のなのはさんがどんな様子だったかも。
「アリサは意地っ張りで、強気で、素直じゃない。けれどとても優しい子だよ。綺麗だし、なによりなのはに愛されている。そういえば、ティアナと似ているところがあるかな」
「……あたしはそんな」
「カリエッティの事件が終わった頃に思ったことがある。なのはが次に好きになるならティアナだってね」
 書類をめくる。ぱさり、乾いた音がおちる。細く長いきれいな指が、白い紙の束を机の上に置いた。私は改めてフェイトさんを向く。そこにどんな感情が浮かんでいるのかしっかりと見つめるために。
 けれど凝視するまでもなかった。優しい執務官はちゃんと見せてくれていた。
「初恋は報われない。けれど今度のは二度目だ――なのはの想いは報われる、つまりティアナともうまくいくってことだよ。何か不安があるのかもしれないけど、私は信じているよ。なのはには幸せになってもらいたい。もちろん可愛い後輩、ティアナにもね」
「フェイトさん」
 一つ、気になったことがあった。初恋は報われないという格言が正しいかなどは、なのはさんを前にして初恋というものを忘れきった私にはもはや分からないが、それでも確かなことがあった。
「フェイトさんはそれでいいんですか。もしその通りだったら、あなたの想いは……」
 それはフェイトさんの初恋が、間違いなく高町なのはであるということ。そこには勘違いも誤解も介入しようがなかった。そんなものは目を見れば分かる。
 ――だから分かってしまった。フェイトさんの想いは報われない。アリサという女性のために、私という人間のために。
「いいんだ。私はなのはが幸せなら、それでいいんだ。あの愛しい人が叶わない想いを抱えている姿を眺めている時よりずっと幸せなんだよ」
「わかりません。どうしてそこまで」
「当然のことだから」
 強がりでもなんでもないフェイトさんの言葉に、私は思わず口をつぐむ。私はなんて軽率なことを言ったのだろう。想いをためてきたこの人の心を浅く探るような真似をしてしまった。
 アリサという人を見つめるなのはさんの瞳を、フェイトさんはいつでも見つめ続けてきたに違いなかった。
「ティアナはなのはのことをちゃんと笑わせてあげられると思ってるからね」
 かつての上司のもったいない言葉をいただくと、そこが会話の終わりだった。フェイトさんも忙しいし、また私も忙しい中での相談事だったのだ。
 本局の廊下を歩きながら、ふと疑問が沸いた。フェイトさんは何故か私のことを信頼しているようである。まるで自分が必ずあの人のことを幸せにできるとでも信じているみたいに見えた。
 もちろん私は彼女のことを幸せにするつもりだった。フェイトさんの真摯な気持ちを受け止めてでさえ、一番彼女のことを愛しているのは自分だという自信もあった。けれどなのはさんは、きっと今でもアリサという人のことを想っているのだ。それも私に似た、ひと?
 なのはさんは誰かを誰かの変わりにするような人ではない。けれど重ねていないはずがないのだ。似ているなら尚更。だけどなのはさんはそんなことはしない。分かっている。分かっているが……。
 信じきれないのは、私の方なのか。だけど機動六課で一人頭を抱え、パートナーまで巻き込んで後ろ向きに暴走してた以前とは同じではいけない。
 ふう、とため息をつく。やけに深いため息だった。

 ある冬の日に、玄関先に白い息を吐きつつ空を仰ぐ彼女の姿を見つけた。
 丈の長いコートを着込み、ベージュのマフラーを首に巻いた彼女は凛々しく、また当然愛らしくもあった。私はそんな彼女の元に慌てて駆け寄っていく。私の姿を認めた彼女の第一声はすぐに予想がついた。
「お帰り、ティアナ」
 海から戻ってきた私に、そう微笑む。待ち望んだ人の声がやわらかく降り注がれる。
「よかった、日が暮れる前で。暗かったら素通りされちゃうかもしれないなって思ってたから」
 私はゆるく首を振る。この人を通り過ぎる? ありえない。
「寒かったでしょう」
「話したいことがあるんだけど」
「……寒いでしょう? すぐに部屋を暖めますから上がってください」
「うん」
「話は、そこで」
「ありがとう」
 彼女を部屋へと誘いながらその後ろで、もしかしたら別れ話かな、などと自嘲気味に唇を歪めていた。

 別れ話をされても仕方がないとまず思った。私に、ずっと想い続けてもらえるような魅力などはないし、かといって抱きしめることくらいしか能がない。執務官という職務だって、フェイトさんほどの実績はまだなく、八神部隊長ほどの地位もない。暖かい親族もいなければ、親友が一人だけという孤独な人間だ。フェイトさんは、私がさもなのはさんのことを幸せにするんだろうと言っていたが、このような人間がなのはさんのことを幸せにしてあげられるなどという自信まで生み出せるはずがなかった。
 否定ばかりがみつけられる。人間性もどうだろう。意地っ張りだし素直でももちろんない。なのはさんがなのはさんでなければ、今まで続いていたかもわからない。いいや、いい加減嫌になったからこそこうして出向いて話をしにきたのだろう。いくら疲れたからといって、彼女はその辺の礼儀を怠る人ではなかった。
 そんなものだ。
 彼女のあの、赤くなった頬と指先を頭から振り払って、私は必死に思い込む。
 なのはさんがまさか、会いたいというだけで寒い中家の外で待っているはずがない。もしかしたらまだアリサという女性を好きかもしれないし、実は私のことを好きじゃないのだと考えて不安にもなった。それで私は忙しいのを言い訳に、しばらく自分から連絡もしていなかったのだ。
 そんな私に会いたいなんて理由は、普通に考えたらわかる。……まったくもって鬱陶しい思考だが、私に限らず人というのは自嘲が好きである。他人を貶すことはとても心苦しく、表立って言えば非難も浴びる。傷つく人だってでてくる。だがその点、自嘲は良い。悪口や文句を言ってどこからも苦情がでないのは自分だけである。自分を貶してやっても、例えそのことを誰かに否定されたって別にその人が傷つくわけではない。そういうことだ。
 だから私たちはよく自嘲する。激しく蹴飛ばしてやる。それで満足できれば他人の愚痴など吐かなくてすみ、苛立ちも消えていく。
 気をつけなくてはならないのは、自らのことを大切に想う誰かの前でだけはしてはいけないということだ。おそらく想いの強さだけ悲しい顔をしてしまうから。なのはさんはそういう人であった。だから私は一人のときに、自分の中でだけ自分について暴言を吐く。
 ――そうだ、決してなのはさんの前で考えてはいけなかった。そういう思考を、彼女は鋭く見破ってしまうから。
「そんなに難しい顔をしないで、ティアナが心配しているような話じゃないよ」
 灯したばかりの明かりの下で、向かい合うなのはさんに眉を下げて応じる。そのとき、私は心底から安堵していた。
 リビングに入るとまずエアコンを起動させた。ソファーに腰掛けるなのはさんにストールを渡し、私は蛇口をひねり手を洗う。冷たい水はやがてぬるま湯に代わり、冷え切った皮膚を焼くような熱い湯に代わった。しばらく手を当てていれば凍えて鈍くなっていた指もスムーズに動くようになり、そこで湯を止めた。
 こおこおと音が鳴っている。部屋が暖まり始めているのだ。
 今日は寒い。なのはさんは手を膝の間に挟んでじっとしている。再びリビングに戻ると彼女が晴れた顔を上げた。先ほどまでの曇った表情は、一瞬のうちにどこかに吹き飛ばしたようだった。
 それにしても今日私が帰ってくるということを誰から聞いたのだろう。
 問えば躊躇いがちに、フェイトちゃん、と答えた。なるほど、話というのもそれだろうと納得がいく。フェイトさんは心配性だ、そしてなのはさんの幸せのためにまず動く。
「気にしていたの?」
 つまり私に相談されたことを話したのだ。
「わたしが初めて好きになった人について、ティアナは気にしているのかな」
「……さあ」
「アリサちゃん」
 彼女の口から出た名前に、どきりとした。
「聞いたんだよね、アリサちゃんのこと。フェイトちゃんに知られていたことはなんとなく気付いていたけど、びっくりしちゃった」
「フェイトさんにはあたしが無理やり聞いたんです」
 そう、と彼女は言った。そんな事実はどうでもよかったのだろう。彼女には、フェイトさんがどんな気持ちで話したかということもきっと知っているはずだった。
「それで今日うちに来たんですね」
 彼女はこくりと頷く。
「フェイトちゃんと話をして、ちゃんとティアナと話しておこうって思ったの。でもごめんね、本当なら初恋の話なんてしなければよかったんだけど、ティアナに触れていると安心して口が滑っちゃったのかもしれないね」
「いえ、あたしが聞いたんですよ」
「そうだった?」
 苦笑いの彼女に、あなたが口を滑らすなんてことはない、と内心で呟きつつ頷く。
「その、好きな人のことですから。気になったんです。なのはさんはこれまでにどんな想いを抱えていたんだろうって。なのはさんが誰かに恋をしている姿が想像できなくて、あたしの他に好きになった人はいるのかなってつい呟いちゃったんです」
 いなかったという答えを、ほんの一瞬期待した。
「そして答えてくれた。『いたよ』って」
 私の頬にその冷たい指で触れながら、優しい瞳をして言ってくれた。その時、彼女が一体誰のことを考えているのかと私は激しく嫉妬していた。今だって、彼女が別の人の名前を口にした瞬間にひどい嫉妬が渦巻いている。
「わたしはティアナに恋をしたの。二度目の恋がティアナだった」
「聞きました」
「最初はアリサちゃんだったよ。うん……アリサちゃん」
 くらくらする。この人はなんて愛しそうに名前を呼ぶのだろう。
 ヴィヴィオに対するものとはまた違う響きがあった。どちらかといえば私に対するのと似ている。けれどやはり違う。その人だけの、その人のためだけの声色だった。
「まだ、好きなんですか」
 考えたことを口にするのはよくない。そう考えるのはいつも言ってしまったあとだ。既に口からこぼれ出た言葉は取り戻せずに、目を大きくする彼女の顔を見なければならなかった。
 それは彼女がめったに見せない動揺であり、小さな揺らぎ。見過ごしてしまえればよかったのに、私は彼女の正面に立っていた。とても顔を逸らせない。
「好きだったよ」
「今は」
「ティアナが好きだよ」
「その人のことは?」
 彼女は首を振った。否定してくれるわけではない、と表情から悟った。
 大好きと彼女の心の呟きが聞こえた。頭の中に届けられた行き場のない想いを、とても追い出せない。
「じゃあどうして」
 ひどく息苦しい。
 ――声を詰まらせるほどに好きなのに、どうして戻らないんですか。
 言葉にした瞬間に彼女が去っていってしまいそうで、とても言えなかった。それに別れ話ではない、となのはさんは言った。だから戻るつもりはなくて、戻れもしないのだ。道が別れるというだけで想いさえ伝えなかったなのはさんを考えれば、今好きだと言う自分のことを振り払うなんてできないに違いない。
 だからなのはさんはここにいる。いてくれる。
「ティアナが好きだよ」と彼女はまた繰り返した。「大好きなの。本当だよ」
「信じてます」
 彼女はけれど、その人のことも好きなのだろう。ずきずきと痛むものを感じながら、唇をかすかに歪める。
「そんな顔をしないでください。無理に忘れたふりをしなくていいんですよ。そのくらいで傷ついたりしません」
 いいや痛い。目の奥が滲んできて、涙がこぼれそうになる。私は弱かった。けれど言わなければならないこともあった。
「あたしのことを好きでいてくれるんですよね。だったらそれでいいです」
 忘れなくていい。忘れることがどれほど難しいかおそらく自分には想像がつかないし、何よりそんなに控え目でもない。
 ――憶えておいて、その上で。
「その人よりもあたしを想ってくれればいい」
 歪んでいたのは私の唇だけではなかった。彼女の顔もひどく悲しげに潜められていた。こんな顔をさせていると知られたら、フェイトさんあたりには殺されてしまうだろう。私ならなのはにそんな顔をさせないのに、と嘆いただろう。
 そうかもしれない。
 弱い私はこれからさらに彼女を傷つけていく。深く深く、私への僅かな好意よりも痛みを思い出すように。忘れたりなんてしないように。好きではくて、愛しているといってほしくて私は彼女の腰を引き寄せた。彼女の体は揺れてソファーに倒れこむ。その上に私は覆い被さった。
「まだ少し冷たいですね。どのくらい待っていたんです」
「ちょっとだよ」
 触れた髪はとても美しく、柔らかい。瞳を視線で捕らえたままその髪に唇で触れてみせると、彼女は恥ずかしがって声を漏らした。
「なのはさん、会いたかった」
 なるべく優しい笑みを作ると、彼女もつられるように微笑んでくれた。唇を重ねて、心の中で彼女の名前を幾度も繰り返す。それから体に触れながら耳に直接打った。
「もうティアナはわたしに会うのが嫌になったのかと思ってたんだ」
「知ってました」
「うん」
「あたしの方こそ、もうなのはさんのことを抱けないのかと思った。さっきなのはさんに首を振られたとき、あの愛しい傷に舌も這わせられないのかと絶望に似た気持ちでしたよ」
 しばしの空白の間、彼女はゆっくりと瞳のなかに私を映し出していく。
「……ティアナはまた、わたしのことを抱いてくれるの?」
「もちろん。いつ?」
「今からかな」
 私は笑って唇を塞ぐ。可愛い人だと思う。たとえ他の誰かのことが心に浮かんだとしても、今見てくれているならそれで良いと思えるような可愛らしさだった。
 それからミッドチルダの夜が明けるまで、私たちは戯れ合いながら眠った。彼女の真の気持ちも、他の人と重ねているということも、それらのすべてがどうでもよくなるような深い眠りだ。
 信じていないからこそ諦められ、諦めているからこそ一緒にいられる。そういう想いもある。

 静かな目覚めが訪れ、寒さに身を震わせるとき私はいつも思うことがあった。
 半身を起こし、額を手の平で覆う。冷たい空気の代わりに、肺にこもる濁った息を吐き出す。それから目にした彼女の寝顔はいつもと同じだった。眠るときの美しい無表情。だけど今朝はその中にほんの僅かな歪みを見いだす。かの人の名前を口にしたときの表情だった。
 ねえ、なのはさん。
「いったい、誰の夢を見ているんですか……」
 ずっと夢が続いていれば、お互いの世界はどんなに暖かかっただろう。けれど濡れて冷たくなった頬を包んでくれる唯一の人は、いまだ夢の中だった。
 ベッドを抜け出して顔を洗い、服を着替えて家を出る。訓練に行こう、と私は思った。



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