2017-08

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WILDERNESS―3.残照

WILDERNESS 3.残照 です。
フェイト視点になります。
このフェイト。脳内がなのは一色。やりすぎたかなと思ったりもしますが、やはりフェイトはなのはのことで頭一杯にしてこそフェイトなのですよ。

――彼女はただ一人の人を、自分のなかに閉じ込めておきたい。だけどそれが叶わないことも知っている。だからせめて傍に居たい。彼女の願いはそれだけだった。

続きからどうぞ。



 WILDERNESS


 3.残照

 ストーブが焚かれていた。
 廊下よりずっと暖かいこの部屋は職員室と同じくらいだろう。たまに喚起がされるものの、十分だった。だが居心地がいいといえばそんなはずがない。何もない時に訪れればなるほど、天国である。だがこの部屋になにもない時にくる生徒など、ただのサボリか保健医への相談くらいのものだ。フェイトはそれに属さない。暇もなかった。
 なのはが目の前で倒れた。
 知らないところで倒れられるよりよほど良い、とでも考えないとフェイトは発狂してしまっていたはずだ。
 こおこおと油が燃やされていく音を遠くに聞ききながら、なのはの顔を眺めた。眠っている彼女の目に掛かる前髪を横に流した。目蓋を落としている彼女は起きている時と違い、とても安らかな表情をしている。
 彼女はここ最近ずっと気を張りつめていた。友人と会話を持てなかったせいもあるだろう。事故で無駄になった時間を取り戻そうと必死だったせいもあるだろう。彼女はフェイトと居る時でさえ、緊張を崩したことはなかった。笑っても、それは気の置けない人間にするようなものでしかなかった。それがフェイトには悲しかった。
 抱き締めてキスをしている時だけ、なのはは気を緩めた。だからフェイトはたくさん、なのはを抱き締めてキスをした。
 きりっと引き締めた顔をすれば端整な顔が際立ち、フェイトは見惚れてしまう。寝顔は歳相応で眉が下がっていおり、頬も緩んでいて、それも好きだった。四年前に一度だけ見た泣き顔も好きだ。怒った顔も好き。悲しみに満ちた顔も、苦しくはあるが好き。つまるところ、フェイトはなのはの表情全てが好きだった。その中でもフェイトはひときわ、なのは笑顔が好きなのである。
 授業中のため廊下はしんと静まり返っていた。耳を澄ますと雨音が漏れ聞こえてきた。そういえば今朝登校の時になのはが、昼から雨が降るよ、と傘を差し出してくれたんだったか。セットアップしてバリアジャケットを装着すれば雨など問題ではなかったが、ここではそうはいかない。彼女の小さな気遣いに、フェイトは笑顔でお礼を言った。
 こっちの天気予報もすごいんだ、などと感心しながら窓の外を眺めていた。不意に彼女が眠るベッドからくぐもった声がし、慌てて駆け寄る。
「なのは」
「フェイト……ちゃん」
「大丈夫、頭とか痛くない? 胸が苦しかったりしないの」
「んと。平気みたい。それよりここって」
「保健室。なのは倒れたんだよ」
「フェイトちゃんが運んでくれたんだ」
「はやてやアリサ、すずかも一緒にね」
 お姫様抱っこで、と言うのは内緒にしておく。今更照れる間柄でもなかったが、何故か言いづらかった。
「私がついてるからって今は授業に出てもらってるよ」
「ごめん、重かったね。それに折角学校に来られたのに」
「凄く軽かったよ。それより皆心配してたから元気になったら後でお礼を言うといいかな」
「分かってる、ありがとう」
 なのはが起き上がろうとしたので、慌てて背を支える。思わぬところで顔が近づいて、心臓が高鳴る。だけど同時に顔色が悪いのに気がつく。
「具合悪そうだけど、本当にどこも悪くない?」
 リハビリを完全に終えて、まだ半年も経っていない。心配は募るが、なのはは首を振った。
「大丈夫だよ」
「ほんとに? そう言って無理するんだから、なのはの大丈夫はちょっと信用できない」
 眉を下げてなのはの瞳を覗き込む。蒼と紅が交じり合う。
 なのはが倒れた時、心配で心配で、どうにかなりそうだった自分を思い返す。墜落事故が起こってからというもの、フェイトはなのはの体調に過敏に反応するようになっていた。それは事故に立ち合ったヴィータも同じだったが、その場にいる事が出来なかったフェイトはより自分を責めた。誰よりも近くにいるつもりだった。一番彼女の事を知っているつもりになっていた。実際はまったく気付けていなかったというのに、自惚れもいいところだ。挙句、自己嫌悪にさいなまれて半年に一度の執務官試験も落ち、なのはにいらぬ心配までかけてしまった。そして夏の執務官試験も落ちた。
 そんな自分が「信用できない」などという言葉を吐いてもいいと思わなかったが、口から勝手に漏れたものはどうしようもない。何よりもなのはが大切だという気持ちだけは、誰にも負けていない自信がフェイトにはあった。
「もうあんな無茶はしないよ。今日のだってただの貧血だし、気にすることないって」
 あと久し振りに皆と話せたことの安堵かな。なのはが付け足す。
「うん、でも」
「もう、フェイトちゃんってば心配性だなあ。それなら私が安心させてあげるよ」
 彼女は言いつつ頬に両手を添えた。額にこつんと当て、浅く口付けられる。それから抱き締められた。彼女の体温は、言葉よりもよほど安心できる。もっとなのはを感じていたくて、背中に腕を回してゆっくりと抱き寄せた。耳打つ雨音が軽やかなリズムを刻んでいる。五線譜の上を音符が跳ねているようだった。体を一度離して、なのはを味わうように深く口付け直す。なのはに夢中になっていた。終了のチャイムも、ドアが開かれた音も耳に入らなかった。気付いたのはカーテンが引かれた時だった。
 自分より少し濃い、腰までの金髪が視界の端で揺れた。なのはが硬直し、表情が一瞬消えた。気付けば気配が一つ増えていて、誰かがこの部屋に訪れたのだと知る。邪魔者の乱入に若干の苛立ちを感じつつ、フェイトは振り返ってみる。そこにはアリサが立ち尽くしていた。
「アリサちゃん!」
 なのはの叫びにも構わず、アリサは走り、乱暴に扉を閉めた。慌ててベッドを飛び出そうとするなのはをそっと抑制して首を振る。でもっ。そうなのはが立ち上がろうとするが、肩を抑えた。
「私が行くから。なのはは休んでいて」
 しぶしぶながら頷いたのを確認して保健室を出た。なのはは追ってこなかった。ふう、と息をついて、ドアの外にいた少女を見返した。心なしかその少女に睨まれているように思った。
 なのはに声が聞こえないように配慮してか、すずかがドアを閉める。フェイトはすずかから目が離せなかった。
「授業終わってたんだ」
「チャイム鳴ったと思うんだけど、聞こえなかったの」
「どうだろう、もしかして鳴っていたかもしれない」
 そう、と言ってすずかは押し黙った。仕方なくフェイトから切り出す。
「アリサがどこに行ったか分かる?」
「私は知らないけど、ねえ何かあったの。泣きそうな顔してたよ」
 運動神経の良いすずかは、どうやら動体視力も良いらしい。それとも長年親友をやっているからわかったことなのか。フェイトには判断がつかなかったが、この場合気にすることでもない。なのはのためなら、早く探さなければ。アリサもすずかほどではないにしろ運動神経は抜群だ。追いかけなければ引き離されてしまう。まさか街中でバルディッシュを起動するわけにもいかず、気ばかりが焦っていた。駆け出そうとして、すずかが引き止める。
「今はそっとしておいてほしいと思うの。何があったかは分からないけど、ここで追いかけるのはきっと違うよ」
「……でも」
「お願い」
 そう頼まれてしまえば、断れるフェイトではなかった。
 なのはに探してくると言った。いつもなら自分は誰よりも何よりもなのはを優先する。だけど目の前の少女があまりに神妙な顔つきで頭を下げるから――。
「分かったよ、だけど探すフリはさせて。なのはには探してくるって行ってあるんだ。今なのはの所に戻ってしまうと、絶対に無理をしてでも探しに行くと思うから」
「うん」
「じゃあ行くね。いろいろありがとう」
 フェイトは駆け出した。なのはに不自然に思われないよう足音は立てない。なんとなく校舎の中には居ない気がしてとりあえず校門をくぐりぬけると、さてどうしようかとフェイトは考えた。そういえば傘を忘れてきてしまった。制服が濡れてしまったが、まあいい。明日は休日だ。クリーニングに出してしまおう。
 再び足を踏み出そうとして、制服の上着に忍ばせたバルディッシュからアラームが発せられる。巨大な魔力反応を感知したようだった。なのはもそれを感じたようで、念話が繋がれる。
(すごいよ。それにこの反応は、……ロストロギア)
(はやてが言ってたのってこれのことかもしれない)
(探しに行かなきゃ!)
(でも、なのは)
(もう平気だよ、いっぱい休んだんだから。それに私も管理局員だからね。任務で来てるんだし、無視できないよ)
(それは、でも)
(とにかくそっちに行くから。今どこにいるの)
 これ以上の心配はなのはを締め付けるだけだろう。フェイトは判断し、場所を伝えた。バルディッシュを起動させ、セットアップを叫ぶ。雷のバリアが消えた先に現れたフェイトは漆黒のマントに身を包んでいた。しばらくして、窓から飛び降りたなのはが純白の防護服姿でフェイトの前に現れる。
 雨脚は強まる一方だった。飛び立てば突風によりくずついた泥が跳ねる。二人の魔導師はそんな雨をものともせず自分達の世界――空へと舞い上がった。
 そして巨大な魔力は直ぐに探知される。だけれどもフェイト達が追いついたとき、既に事は終わっていた。あれだけ土砂降りだった雨は落ち着きを見せていた。
 倒れた木々の間から白煙が立ち上っていた。火は既に鎮火していたが、焼け跡が生々しい。その中心で見知った少女が佇んでいる。暗がりの中でも少女自慢のブロンドがひっそりとその存在を浮き彫りにしていた。
 そんな様子を、なのはもそしてフェイトも、近寄る事すら出来ずただ見下ろすだけだった。

   ◇

 少し遅れてはやてが到着し、クロノに通信を繋いでからもう二、三時間が経つ。アリサを回収しいつもの場所から転送ポートを通じ、次元空間航行艦船アースラに来ていた。
「まったく、無茶苦茶だなこれは」
 頭痛がするのか、額に手を当てながらクロノは溜息をつく。はやてもなのはも苦笑気味で、アリサだけが困惑した表情をしていた。無理もない、とフェイトも同調する。
「アリサ・バニングスの報告ではアームドデバイスであるにもかかわらずインテリジェントデバイスに近い人格を持つ、いやそれはいいだろう。極僅かだがないこともない。問題なのは魔法形式。どうしてミッドチルダ式が組み込まれている。しかも基本がベルカ式なのに言語はなのはたちの世界で言う英語に酷似している。それはミッドチルダだ」
 クロノはメンテナンススタッフを振り返る。説明を聞くに、どうやら後付けでつけられたものらしい。基礎は古代ベルカ式だが、フェイトやなのはのように改造されたのだと。むしろそれしか考えられないと言った。可能かどうかは別として、と付け加えて。
「だいたいベルカが60%、ミッドチルダが40%のようです」
 スタッフが告げる。アリサは首を捻るばかりだった。
 そうか、とクロノがデバイスのデータに目を落とすと、次にアリサに目をやった。
「ロストロギア摘出……は難しいか。リンカーコアの深くにまで入りこんでしまっている」
「あの、ロストロギアって」
 アリサが初めて発言した。はやてが渋味を孕ませた顔で答える。
「私も深く関った闇の書、なのはちゃんフェイトちゃんが関ったジュエルシードがそうや。これの名称はアンダイイングジャニター(Undying Jnitor)言うんよ」
「手にすれば本人が望む望まないに関らず力を与える。その力は莫大なものではあるが、その分身体の負担は大きい。本人に力がなければ呑み込まれ、自滅する。その後に暴走するときの力は次元震が起こせるほどだという。過去数度にわたってこのロストロギアの暴走により、いくつかの世界が消えているんだ。それほど危険なものだから、第一級捜索指定にされてる」
「ちょっと、それやばいんじゃないの?」
「だから言ってるじゃないか。そしてちょっとどころではないレベルで危ない」
「あいつ、大丈夫って言ったくせに……」
「あいつとは?」
 腕組みをしたまま、クロノが尋ねる。アリサは卓上に転がるデバイスを差した。
「アークフレイムとかいう名前のデバイス。“危険がないわけではないけど、貴女なら使いこなせる”だって」
 その言葉を聞いて、クロノは大げさに脱力した。
「なんだ、しっかり忠告してくれてるんじゃないか。それでも受けとった君が悪いだろう」
「んなっ」
 アリサは憤る。
「あはは、よかったねアリサちゃん、主人想いのいいデバイスさんだ」
《……master》
「うん、レイジングハートもいい子だよ」
《Thank you》
「いやいやいや、待とう。待ってお願い。和んでる場合じゃないから」
「えー。いい子だと思うけどな」
「なのはまでそんなこと言わないでよ、っていうか私そいつの主人決定!?」
「そう、と言いたいところなんだがな。まだ決定されていない。喜びのところすまないな」
「喜んでない。というか決定されてないって何。そいつ何か問題でもあるの」
 アリサが切り返すと、スタッフがまた苦い顔をした。まあそうだろう。能力未知数に加えて正体不明のデバイス、かつロストロギアを所有していたのだ。数日の取り上げは仕方ないだろう。むしろこのまま永久に管理局に還元される可能性も高い。
 そう聞くとなのははさっと顔色を変えた。
「ちょっと待って。経緯はどうであれ、もうアリサちゃんはこの子のマスターなんだよ。取り上げるなんて酷いよ」
 なのはは素早く気付いたのだ。アリサが自分でも気付かないうちに沈んでいたことを、その場の誰よりも敏感に感じ取った。
 なのははやはり人の気持ちを汲み取ることが上手い、とフェイトは思う。自分に対する他人の気持ちにはまったくと言ってい程無頓着で鈍感なのに、周囲の流れや感情、変化には鋭い。その部分だけでいえば最高の感受性といっていいだろう。そこだけ見れば誰も朴念仁などと言わないはずだ。だが現実になのはは自分に対して向けられる好意には疎い。そしてそれはフェイトにとって嬉しくもあり、悲しくもあることだった。
 なのはは皆に好かれている。だけど気付かないなのはは、気付かないうちに好意を寄せる人物をばさりと振る。いい友達だよ、なんて笑顔で言われた日には誰でも立ち直れないだろう。そこがフェイトにとっては喜ぶべきことだった。
 しかし同時に、フェイトの好意も伝わりにくい。フェイトの好き、という気持ちが、なのはにはどれくらい伝わっているのか。十分の一伝わっていればいいほうだとフェイトは考えている。もっともそれくらいでようやくお互いの均衡がとれるということに気付いているのははやてぐらいのものだった。
 もしかしなくても、好きと言わないかぎり一生気付かれなかっただろう。
「ねえ、なのは。あたしはアークフレイムのことは別に。成り行きでしかないんだし」
「嘘吐き」
「は?」
「うーそーつーきっ。なんか寂しそうな顔してるよ」
「ぐっ、そ、そんなことは」
「はい。というわけでクロノ君、なんとかならないかな」
「とは言ってもな。こちらとしても困ってるんだが」
「聞きなさいよ」
 クロノは無視し、再びスタッフの方を振り仰ぐ。そのうちの一人が、前に出た。短い緑の女性、たしか闇の書事件の時にお世話になった人だ。マリーが、それでは数日だけ預からせてください。その後お返ししますから、となのはに微笑みを向けた。その頬が微かに赤らんでいたのをフェイトは見逃さない。……今後はスタッフにも注意しなければいけないな、とフェイトは考えつつ。
 そんなの関係ないとばかりにアリサが涙目で叫んだ。それをなのはが宥める、微笑ましい光景。
「頼むから置いていかないで」
「ああ言ってくれるんだ。バニングスの意向がどうであれ、そのデバイスはもう主人を決めてしまってる、っていうのも可笑しい話だがな。扱えるだけの魔力を持っているんだし、しばらくはデータテストのために使うのもいいんじゃないか。ロストロギアのこともある。日常に戻るよりはよほど安全だろう。まあその際は仕事をしてもらうがな」
「そうだよアリサちゃん。これからは一緒の魔導師として、っていってもアリサちゃんは魔導騎士から一緒ってわけじゃないけど、お仕事頑張ろう!」
「……はあ、そうね。もう諦めたわ。手を出したあたしが悪かったってことにする」
 アリサがデバイスに目配せをする。アークフレイムはひとたび点滅で返した。
「よろしく」
 なのはが笑って、アリサが抵抗を見せながらも苦笑する。はやてもクロノも、いつの間にか笑っていた。
 そんな和気溢れた雰囲気の中、フェイトは合わせるだけの笑顔を浮かべて遠くから眺めているだけだった。

 街路樹が朱く染まりはじめた夕間暮れ、フェイトとなのはとアリサの三人は帰路についていた。はやてだけは局に用があるようで、そのまま本部へと向かった。ヴォルケンの四人が寂しがるだろうなとおもいつつも、なんだかんだで一日で一度は同じ食事をとるというから、まだ大丈夫なのかもしれない。そういえば最近シグナムに会ってないな。そんなことをフェイトはぼんやりと考える。
 赤トンボが不意にフェイトの前を横切り、十メートルほど離れた電柱で羽を休めた。季節はずれのトンボは弱々しくもまだしっかりと羽ばたく。今はほんの一休みか、それとも死の間際の最後の休息か。
 太陽が朱い尾を引き摺りながら性急に沈んでいく。本当なら今日はなのはが泊まることになっていたのにな、とフェイトはそれを眺めていた。足取りは自然にゆっくりとなった。
 なのははアリサを部屋に招くことにしたようだった。魔法について解説するという任務を提督から直々に授かったなのはの言葉に、管理局勤めのフェイトが頷かない訳にはいかない。何よりなのはに「ごめんね」と申し訳ない顔をされれば、理由が何でも大抵のことはいいよと受けてしまうに違いない。そんな自分に嫌気がさしながら、フェイトは夕暮れの道を歩く。
 フェイトの隣にはなのは、その隣にアリサがいた。分かれ道にさしかかるまでフェイトは自分から一言も口に出さなかった。話を振られれば当然答える。だがそれだけ。自分から話題を提供することはなく、二人と一人の間に会話の弾みというものは生まれなかった。そして保健室でなのはとのささやかな睦みをアリサに目撃されたこともあろう。
 フェイトが電柱を通り過ぎようかというところで、先ほど止まった赤トンボが羽ばたいて、夕焼けに溶けた。
 出来る限りゆっくりと歩いてきたつもりだった。二人も自分の歩調に合わせて歩いてくれていた。それでも前に進めば着くのは当然のことだ。
 それじゃあ、と手を上げるなのはを見て、フェイトは衝動的に腕を掴んだ。なのはの腕は、なんだか細くなった気がする。
 じっとなのはの目を見詰める。瑠璃色に輝く彼女の瞳が若干の驚きを含んで見返してくる。アリサが「先に行ってる」となのはに告げた。なのはも頷く。
「どうしたの?」
 なのはは聞いてくる。フェイトは答えない。ただ掴んだ手を引いて、彼女を抱き寄せる。胸に広がるひんやりとした感覚。凍えそうななのはを、茶色のジャケットの上から抱き締めた。彼女に聞こえるだけの声量で彼女の耳許へ呟く。
「なのは」
「ん、なあにフェイトちゃん」
 なのはくすぐったそうに身をよじるが、尚更きつく抱き寄せた。
「な、のは」
「フェイトちゃん?」
「……なのは」
 ――もしかすると。
 凍えそうなのは自分の方なのかもしれない。

 どうしてこんなにも離れ難いのだろう。どうして離れないといけないのだろう。今まで数え切れないくらい問いかけたけど、今日ほど強く思ったことはない。
 なのはの背中が夕陽に沈んでいくのを眺めてから、フェイトは十字路を曲がった。
 家の明かりは灯されておらず、家には誰も居なかった。母は当然仕事だろうし、クロノもなんだかんだと忙しい身だろう。そうなればフェイトは自室に向かうしかない。
 フェイトはベッドの上に脱力し、なのはにありったけの想いを伝えたことを思い出していた。今思い出しても胸が苦しくなる。拒絶されていたら、今自分がこの世に存在しているかどうかも怪しいくらい、緊張の極みにあった。騒ぐ心臓を現在の母リンディに買ってもらったシャツの上から押さえながら、なのはに愛を告白した。
 あれは闇の書事件の最中だった。リンカーコアを闇の書に蒐集されたなのはが倒れ、仮眠室に運ばれた時のことだ。久し振りの再会だというのに、場所は戦場。危なくなったら助けに行く、という約束も完全に守れているとは言い難い、遅すぎる登場だった。あのなのはが全身ぼろぼろでいたのを目にしたとき、体が熱くなった。怒りが過ぎて冷静さを生み出していた。ようやくなのはから敵を離せた、と思えば、次元を超えてなのはの胸を貫く腕。体に傷がないとはいえ、……あれはもう見たくない。人生で二番目に自分の不甲斐無さを呪った瞬間だった。一番はもちろんあの事故。
 医師とクロノが部屋を出て行って、仮眠室は二人きりになった。薄い水色のシャツを着たなのはが、「とんだ再会になっちゃったね」、と気まずそうに顔を上げた。フェイトは首を振る。
「私がもっと早く気づけていたら」
 俯くフェイトの傍になのはが近づこうと立ち上がりかけて、よろめいた。慌てて駆け寄って支える。ちょうどなのはを抱き締める形になってしまい、すぐにフェイトはなのはから離れた。
「元気だった?」
 しばらく言いようのない雰囲気が室内を漂っていたが、なのはがそう笑いかけたことで、その空気は一気に緩和された。フェイトも少し引き攣りはするものの笑顔で応える。
「無事でよかった」
 ごめん、と奥歯を噛み締める。
「なのはのほうが無事じゃなかったよね。なのはが襲われているのを見て、本当に心臓が止まりそうだったんだ。でも心臓止めたら助けられないから、止めなかった。なのはのこと絶対に助けたかったから」
「止まらなくてよかった。そんなことになったら私の心臓も止まっちゃうんだからね」
「それはすごく嫌だから、頑張らないといけないね」
「そうだよ、頑張ってね」
「うん、なのはがいうなら、頑張れる」
「……」
「……」
「なのは」
「うん」
「……好きだよ」

 なのはが現れて、なのはに救ってもらってから、フェイトにはずっとなのはだけだった。リンディやクロノという家族もできた。学校に通うようになって友人もできた。だがフェイトの中で、なのは以上の存在というものはどうやっても出来なかった。世界と天秤にかけてもきっと間を置かずなのはの皿が傾く。と言ってしまえば管理局に勤める人間として相応しくないのだろう、だがやはりフェイトはいざとなれば迷わずなのはを選ぶに違いない。
 自分を見捨てた母に対してでも命を賭して守ると言い切れたフェイトだ。全てを敵に回してでもなのはを護る、その覚悟が十三歳にしてフェイトの中に確立していてもおかしくはなかった。
 そんなフェイトは気付いていない。段々と自分が、母プレシアに似てきていることに。

 カーテンを引くと月明かりがさらさらとこぼれおちた。空は晴れ、雲ひとつない澄んだ夜空に嘆声が洩れる。半分の月が窓ガラスの向こう側で静かに佇んでいる。黄金色のそれに、フェイトは友人を連想した。アリサの黄金色の髪を炎が包みこんでいた。赤い魔法光は彼女らしい情熱の炎。それはおそらく、なのはへの――。
 だけど、とフェイトは思う。
 どれだけアリサがなのはを想おうと、過ごした時間が長かろうと、なのはだけは渡せない。渡せなかった。
 やがて半月が街の中に吸い込まれるようにして消えていった。
 夜が明ける。




× あとがき ×
普段はボケボケなのに、なのはのことになると人が変わったように鋭くなるフェイトは、もちろんアリサがなのはのことを好きなの知ってました。ただなのはがアリサを好きかを知ってるかと言えば・・・どうだろう。なのは隠すの上手いし。
そして、、うへえ。はやくもフェイトがやばい。軽く病みかけ……?いやでもこれくらいなら全然大丈夫だよね。だってまだ三話だし。
フェイトとプレシアは素面でもどこか似てる。ただなのはとプレシアもにてるとおもうのさ。ヴィヴィオがアリシアのように自分の仕事のせいで死んでしまったら、自己崩壊するんじゃないかな。多分。。

● COMMENT FORM ●

微妙にすずか→アリサが入ってるような気がしました。
アリサは正式にアークフレイムの所有者になるし、フェイトはなのはを心配しすぎ。
まあ、あんな事があったから、仕方ないんですけどね。

>ユリかもめさん
アリすず好きだったらごめんなさい。もちろんすずかもなのはのことがっ(ry
これ以上なのはを表だって好きな人をふやすとフェイトさん本当に壊れてしまうので。生かさず殺さず。
ずずかは素直にアリサを応援してます。そのうち裏のどろどろとした部分をもしかしたら書くかもしれませんね。


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