2017-08

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涙が溢れた 悲しくて 嬉しくて

目次⇒振り返る

フェイなのにみせかけたフェイト→なのは。
両手で抱えきれないくらい大切なものを作ってしまったフェイトさんはある日突然後悔するんじゃないかと思う。
しかし長くなりました。

よければ続きよりどうぞ。



 涙が溢れた 悲しくて 嬉しくて



 目覚めてすぐ私の心に浮かぶのは決まってなのはだった。どんな早朝でも昼前でも変わらず起き抜けの頭にぽうと浮かんできた。ぼんやり、はっきり。やがてなのは、と口にだす。私の朝は太陽ではなく、頭の中のなのはによって迎えられる。おはようなのは。一人で朝食をとりながら声をかける。
 機動六課が終わるとなのはと暮らすスペースが分かれたのは自然だった。もともとシャーリーの好意で部屋を同じにしてもらっていたのだ。しかもなのはには既に一緒に暮らす大切な人がいる。なのはの家族名をもらった少女、高町ヴィヴィオが、彼女と共に居た。なのははヴィヴィオのために初めて家を構えた。高町家、と呼んでも遜色のない、二人だけが住むには十分な家だった。小さな見た目とは反対にきちんと作りこまれた内装は、そこに住む幼子が綺麗に掃除をしていた。なのはが仕事をしている間にヴィヴィオは好きな読書や家事をして待っているのだろう。少女の愛しい母を。二人は完全な家族で、一切の邪魔を寄せ付けなかった。なのはがそうしたのか、それとも考えづらいがヴィヴィオが遠まわしにそうしているのか。そう――二人の世界。
 初めは私もそこにお邪魔させてもらっていたけれど、時間が合わないこともあり、次第と行きづらくなった。何よりもやはりいつ行ってもそこは完全な二人の世界だったのだ。行けばいつだって私のことを快く迎えてくれたけれど、どこか置いてけぼりの空白が生まれた。それは例えばなのはが手料理を振舞ってくれているとき。私が疲れた体を気遣うよりも前に、ヴィヴィオが進んで準備を手伝っているのを目にしたときだったり、なのはにお風呂を誘われて一緒に入ろうかという話にまではなっても結局なのははヴィヴィオと、私は一人で入ることになるときだったりする。
 そう、まずお風呂の話になると、私が遠慮してしまった。なのはに誘われるとどうしようもなく恥ずかしくなってしまうのだ。嬉しさと何よりなのはに対する疾しい感情が表に出ないか心配で、顔が赤くなった。受けようか、受けたいけどどうしよう。そんな風に答えているうち、見かねたようなヴィヴィオが「フェイトママのこと、困らせちゃだめだよ?」と笑うのだ。なのははまるで今までの誘いが冗談だったみたいに「はあい」と身を引く。
「仕方ないね。じゃあいつもみたいに二人で入ろうか」
 その度に私は、幼い頃はもっと平気だったのに、と何度も思ったのだ。お風呂から上がったなのはの腕や首筋を見てしまうと、胸が異常にどきどきして、やはり一緒に入らなくてよかった、とも。
 だから家を訪ねる回数を重ねるごとに、訪れ易くなるのではなく、逆に足を運ぼうと考えるまでに勇気がいるようになった。なのはと私との間にできた、時間や感情といった隙間もまた、私をあの家から遠ざけた。

 ずっと一緒にいればよかった。そうすれば恥ずかしがることは何もなく、後ろめたい気持ちにもならなかったに違いない。小さい頃は抱きしめたいと思えば抱きしめられたし、手も躊躇いなく繋げた。それはとても幼かったからという理由だけでは足りない気がする。六課に居た頃、最初は隣に寝るのも照れくさかったが、半年もすれば勇気を振り絞って泣いているなのはを抱きしめることさえできた。
 だけれども、どうしようもない。お互いに進む道が違う。私には大事な役目もある。護らなければならない人たちも、なのは以外に多くいた。――それでも、なのはの家を訪れたとき、ヴィヴィオから時折向けられる鋭い視線が、酷く辛く感じた。どんな気持ちで少女は私を見ているのだろう。二人の母として、大切に護ろうと告げたのに。仕事ばかりで傍にいることもしないと訴えているのだろうか。それとも後見人と名ばかりで、なのは一人に育てるのを任せてしまっているからだろうか。それとも、……。いいや、ただの気のせいかもしれない。その可能性のほうが高い。
 今を後悔していたわけではないと思っていた。何も後悔することがないし、なのはに出会う前の昔を思えば十分に幸福だと無条件に信じきっていた。
 不意にあの懐かしい石のことが脳裏を過ぎる。ひし形をした青色の重なる宝石、ジュエルシードのことが。
 浮かんだ瞬間、私は考える暇もなく行動していた。車をとばして本局へと向かい、古代遺物の保管場所を訪ねる許可を取った。
 部屋に入ることは許されたが触れることはできない、それでも久しぶりに見た思い出は懐かしい以上にどこか愛しく思えた。自身に苦痛を虐げ、母を奈落の底に突き落とした存在だというのに、やはりなのはと自分の世界をつなげてくれたのだと考えればありえることなのかもしれない。今大切なものは、やはり過去ではなく現在だ。母を悲しく思うよりもなのはを愛しく思うほうが先なのだ。
 ふっと笑いかけ、改めて認識させてくれた宝石にありがとう、と心の中で呟く。さあ、もうそろそろ出ないと。
 けれど、――私はいつものように目を覚ます。
 気付けばそこはまったくの別世界だった。いいや、覚えがある。そのはず、ここは私が幼い頃からもう十年近く住んだ家だった。海鳴りのする町。
 寝ぼけているのだろうか。それとも夢を見てでもいるのか。突然すぎて思考が追いつかない。夢を理解しながら見ているような感覚だ。はっきりしているのも逆に気分が悪かった。
 私は慌てて部屋を飛び出し、靴を引っ掛けた。転びそうになりながら玄関を開ければ、やはり見慣れた道のりがあった。繰り返し通った道の先に海が見える。愕然と辺りを見渡すが世界は変わらなかった。
 酷い汗を掻いている。如何ともしがたい焦燥感に押されてはぐるぐると頭を回転させた。ちっとも何も分からなかった。
 ふと思い浮かぶのはジュエルシードだったが、あれは完璧な封印処理が施してあったはずだった。それに私は戻りたいなんて考えはまったくない。今すべてに満足しているとまではいえなくとも、十分に幸福だったのだ。
「フェイトちゃん?」
 懐かしすぎてもすぐに誰の声かわかる、それくらい愛しい人の声に振り返ってみて、私はそんな考えこそが間違っていたのだと思い知った。私は本当は自分のこれまでを、言動の多くを後悔してきたのだ。
「もう、学校に遅れちゃうよ」
 幼く、今よりずっと屈託のない笑顔をするなのはが笑いかけてくる。
 疑うことを知らないわけじゃないだろうに、悟らせない優しさで、柔らかな微笑は変わらなかった。けれど現状まで知っているわけではないだろう。
 言葉を返せない私へ、なのはから次第に戸惑いが伝わってくる。説明のつかぬ現在を、私も理解できているわけではない。言葉が見つけられなくて、彼女の心配そうな笑顔にただ頷いた。
「大丈夫?」
「だ、いじょうぶ。ちょっと暑くてふらっとしただけだから」
「今日は特別、陽が差してるもんね」
 気をつけようね、となのはがまた笑いかけてくる。私の手は知らぬ間に彼女に握られ、道を歩いていた。
 ふいに彼女の二つに結った髪の隙間から、首筋にじわりと汗が滲んでいるのをみた。大人の彼女が思い出される。触れたくても触れられなかったあの頃が甦り、私はたまらずなのはを抱き締めた。
 何があっても決して放さないという気概でもって、痛いという声まで無視して抱き締め続ける。腕に力がこもる。ああ、これがなのはだった。確かになのはだったのだ。
 学校に遅れるよ、となのはが訴えても、学校なんて今の自分にはどうでもよかった。逆に腕を引いて、学校とは真逆の道へ進んだ。
 人目につかない林の細道を急ぎ足で通り抜け、いくつかの分かれ道を選んでいくと学校などよりももっと行きたかった場所が見えてきた。手すりに寄れば、遠くからでも見えていた海が目の前いっぱいに広がった。海鳴臨海公園は青と緑ばかりが茂っていた。樹木一本をみても、この光る海に映えるかのような青が厚く盛り上がっている。重なる幾つもの葉の中に何を溜め込んでいるのだろうか。
 暑かった。夏だからか、なのはの言っていたように今日が特別に暑いのか。けれど道中は流れてとまらなかった汗が、ここでは涼しい風が爽やかに浚っていってくれた。陽は強く照らしつけているが、不思議と澄んだ心地がしていた。
 一人ではなかった。隣になのはがいるのだ。
 脚の苔むしたベンチに腰をおろすと、なのはの手をそっといざなった。彼女は引き寄せられるままに座る。彼女の優しいところだ。私は改めて頷き、笑いかける。すると彼女もまた笑うがどこか難しい顔つきだった。こんなとき以前の私ならどうしているだろうと考えて、以前の自分ではしないことをしようと思い直した。
 なのはと同じくらい優しい気持ちで、彼女の頬に手を添える。触れた手の平から広がって、全身が熱くなる。
 見つめるのに没頭していると、ねえ、と声をかけられた。それまで私はどこか満たされた気持ちでいたが、さすがに様子がおかしいと感じたのか心配そうななのはの瞳とぶつかった。
「どうしたの、本当に」
 私は笑みを湛えたまま首を振り、改めて彼女の身体を抱き締める。顔をずっと見ているのもいいけれど、こうして体温を感じるのが一番大事なことのように思えた。私となのはとのやり取りはどこかずれていたが、それを感じていてさえ修正しようという気にもなれなかった。
「なのは」
「フェイトちゃん?」
 ああ、後悔し続けてきた、自分のこれまでの人生を恨みさえする。こんなにも今いとおしいと感じるならば、もっとこの声を聞いておけばよかったと思う。もっと名前を呼んでいればよかった。
「これからどんなことがあっても、なのはと一緒にいるよ」
 どんな事件が起ころうと、どんな思惑が彼女に降りかかろうと。
 突然の告白になのはは蒼い目を大きくして私を見返す。ちょうどその見つめ合う格好に、昔の私は照れていたのだろう。彼女はきっと違和感を感じている。けれどこれが本当に私がしたかったことなのだ。大切な一人だけを見つめ続ける。できなくて、他に大切なものを作りすぎて自分さえも誤魔化してしまったのだ。後悔などしていないと。大切なものがたくさんあるというのは素敵なことなのだと。なのはは決して多くを作らず、たった一人を全力で護るのに精一杯だったというのに、私は見ているようで見ていられなかったのだ。それはすべて私がさくさんを求めてしまったからにすぎない。
 なのははやがて驚きの表情から、純粋な嬉しさを含めた表情に変えていった。ありがとう、フェイトちゃん。そう言って。
「お礼なんて」当然のことにわざわざいう必要なんてない。私はまた抱きしめた。
「嬉しいけど、でもそろそろ学校に行こうか」
 しかしその後なのははこうも続けた。それとも本当にさぼっちゃう?何か辛いことがあったんなら。
 私はすぐさまさぼろうと言った。呆れたような顔もしたが、彼女は仕方ないなといった笑いとともに頷く。嬉しい。私は自分の部屋に誘う。なのはの家だと家族が心配するだろうから、それにすぐ近くだからと口実をつけて、なのはを迎えた。手を引いて歩く道は人が少なかった。もう朝も終わり頃なのか随分と日が高くなっており、夏特有の眩しい陽差しが私たちを地面に押し付けるように照りつけていた。
 家に着けば家族は皆忙しく局に向かう準備をしていた。「ちょっと忘れ物があって」と彼らを見送ると家は二人きりとなった。
「今日のフェイトちゃんはなんだか積極的だね」
 冷たいお茶を出したとき、はにかむようになのはが言った。
「悩み事とか考え事、もし言いたくなったらいつでも話を聞くからね」
「いいよ、今でも」
「うん?」
「後悔していたんだって気付いた。それだけの話だから」
「……そっか」
 暗い顔で俯かれたので、もしかしたら学校へ行くのが嫌になったのかと思われたかもしれない。そうじゃない、と私は首を振る。それでも彼女にはよく分からないようだった。
「もっとなのはと一緒に、……」
 そこまで言うと急に羞恥が湧き上がってきた。同時に抗いようのない眠気までが襲ってくる。
 今日は夜までずっと傍にいるつもりだったのに、隣になのはがいるというのにとても目を開けていられない。瞼が勝手に落ちていく。重石でもぶら下げられたかのように執拗に閉じたがった。意識は明瞭なのにどういうことだろう。
 しかしやがてその意識もぼんやりとしたものになっていく。
「……」
 ごめんねと口を開くことさえできない。そんな私に、いいよ、となのはが言う。
「大丈夫だよ、フェイトちゃん。なのははここに居るよ」
 フェイトちゃんがずっと一緒にいてくれるから、わたしはここにいるよ。
 もう最後までうまく聞こえなかったけれど、私は彼女の声の響きに安心して意識を落とした。ああ、私は眠ってもいいんだ――。

 目が覚めたとき、私はまた一人だった。
 あれほど安心したなのはの声はなく、身体もあのときのまま、大人のものであった。不思議と寂しい寝起きではなかったのに、違和感だけをそこに覚えた。あれは夢ではない。だが、あんな現実があるわけもない。
 やはり夢だったのだろうか。
 私は両手を握り、もしかしてなのはの手の感触が残ってはいないだろうかと確かめてみる。だかそこには何もないばかりか、感触さえ消え失せていた。でも夢ではなかったのだ。私にはあれが幸せな現実だったと信じられる。
 幸せな、現実。それは今のことではないが、結局は自分の行動次第で変わっていくものなのだろう。
 時計を見るととっくに仕事へ行く時間となっており、なんとか服だけは着ていたので慌てて家を飛び出し車に乗り込んだ。見慣れた風景の中を走りながら、今度の休みにはなのはの家を訪ねてみよう、と考えてみた。一度浮かんでみたら、とても素晴らしい提案のように思えてくる。恐れも、いらぬ勇気も奮う必要がなかった。そこでどんな窮屈なおもいをしても、きっと少しは幸せな気持ちになれる。
 ヴィヴィオを、なのはの周りのいろんな人のことを想った。今は昔のようになのはだけを大切な一人にはできない。それは変わってなどいなかった。だからこそ、私は本当にわがままだ。ああ、それでも一緒にいたい。
 私は幸せになりたかった。そういった心情が見せたに違いない現実を大切に抱きしめる。あの夏の暑い昼間に、なのはにそうしたように。
 たとえひと時の夢だとしても、そう口実を定めて歩いていくしかないのだ。どこにも行き着かない想いは、とどまるからこそよくない。進むのが前でも後ろでも、立ち尽くしているよっりはずっとよかった。
 自分をそう納得させるように一たび瞬く。瞼の裏に、じわり、青白い石が光ったように見えた。

*   *   *

 そうして私はまた眠りの中にいた。徐々に光が差し込んで意識が覚醒していくと隣でアルフが心配そうな顔つきでこちらを見ているのに気付いた。頭を撫でる。アルフは人型の姿だった。抱きつかれる。
 あのね、と胸の中から顔をのぞかせながらアルフが言った。
「フェイトね、凄く幸せそうな顔をしていたよ。でも途中からなんだか辛そうだった。起こそうかなって思ったけど、寝てもほしいしって、あたしどうしたらいいかわかんなくて結局起こせなかったんだ」
 もし悪い夢を見てたならごめんよ。そう言うアルフの項垂れた耳が哀愁を漂わせている。
 悪い夢を、私は見ていたのだろうか。見ていたのは夢だったのだろうか。けれど閉じた瞼の裏側に再び光る青白い光に、ふと今までのことすべてを思い返す。それから自身の身体を眺め、はっきりと自覚した。
 ぼろぼろの手のひらと、小さな身体。困った顔ばかりのアルフの姿。ぐるり見渡すまでもない、ここがどこかということに気がついて、私は心底から感謝をした。こういう不思議な出来事が繰り返されていても、原理や事件性を追及していくのが私の仕事であるとしても、既にこの世界ではどうでもいいことなのだ。だって私は今執務官ではないし、隣になのはもいない。ミッドチルダにいるはずのないアルフや、そもそもここが“事件”の最中に寝泊りしていた部屋だということがその証だ。なのはが近くにいるという、何よりの証だった。
「バルディッシュ」
《put out》
 現れたジュエルシードは九つ。青い宝石はくるくると頭上を回転している。まるで幸せの輪のようにそれぞれをつなげて、仄かな輝きをその身に押さえ込んでいた。
 私は全身に伝わるような痛みをこらえて立ち上がる。バルディッシュを握り締め、黒衣を纏った。懐かしいバリアジャケットだったが、今はそのような感傷に浸る暇はなかった。
 フェイト、とアルフが叫ぶが頭を撫でるだけで抑えた。会いに行かなければならない人がいる。伝えなければならないことがある。
「でも、フェイト」
 それでも心配なのか、アルフがしがみ付いてきた。私はここまでアルフを心配させていたのだろうか。昔は分からなかったけれど、今はその気持ちがありありと伝わってくる。それは私に心が生まれ、感情が成長したということなのだろう。なのはに出会い、家族ができ、大切な人達に出会い……私は幸せだった。けれども一番の幸せだけは手に入らなかった。
 だから、行かないといけない。なのは、君に、君だけに。
「大丈夫だよ、もう母さんのための無茶はしないから」
 私の母さん。プレシア・テスタロッサがまだ生きているとしても。
 そうだ、ジュエルシードは九つ。本当ならこの後すぐにプレシア母さんの所へ行かなくてはならなかった。けれども私が行くべき場所はたった一つなのだ。
「なのはの処へ」
 幸せになりにいくよ。
 ひどく驚くアルフにそう言い残し、空へとあがった。そういえばこの時私はまだ、なのはの名前すら呼んだことがなかったっけ。

 私は”再び”海鳴臨海公園に来ていた。もう懐かしくはない。暗い海と空までが優しかった。自身の黒い外套がたなびいて音を立てる。春の終わりごろの柔らかな風が吹いていた。機動六課にいるとき、私はいつでもこの公園を思い出した。
 さすがに深夜、自宅に押しかけるのは躊躇われたから、最初で最後の本気の勝負をした場所にじっと隠れていることにした。こうして待つ時間も十年間を思えば苦ではなかった。まだ決戦までに時間がある。余る時間の中であのときのように電灯の上に立ってみれば、自らのそうした感傷が馬鹿らしく思われた。それ以上に、あの子への愛しさが募る。私はきっと一秒ごとになのはへの想いを強めているのだろう。夜を向かえ、正体の知れぬ動物の鳴き声を聞き、身を寄せ合う恋人達に遭遇し、月が再び暁の中に消えていき、昼間の強い日差しから避けるように木の幹に背をもたれつつじっと待った。眠気は訪れなかった。長い時間だったが、それでも乱れて光る水面を見つめれば、目の奥がつきんと痛むのを感じて嬉しさに口元が緩んだ。
 今度こそ"今”を変えられる確信があった。
 プレシア母さんから逃げたわけでも、なのはと向き合うことを止めたわけでもない。大事なことをたった一つ見つけ出したに過ぎない。あの時のように白い防護服を着てやってくるなのはをできるだけ優しい目で見つめた後、愛機に声をかけ青い宝石を差し出した。
 どういうこと、となのはは訝しんだ。彼女は小さな頃から聡明で、探し物を渡されても理由なく喜んだりしないのだ。それに急に態度を変えれば誰だって驚く。
 けれど私はなのはの笑顔が見たい。魔法の言葉を囁くことにする。随分と早いけれど、これからを考えたらたいした問題でもない。早く近くに行きたいから。
「友達になりたいんだ」
 なのはから言ってくれた言葉を、今度は私から言った。
「たくさん考えてそう思った、だから」
 早くあの言葉を言って。はやく、はやく。もう争う必要なんて何もない。
「苦しいこと、悲しいことがたくさんあったんだ。でも君の顔を思い出したよ。私は一人じゃなかった」
「嬉しい」
「ああ」
「フェイトちゃん、わたしもずっと考えてた。きっとこの気持ちは――友達になりたいんだって」
「どうすれば、いい?」
 簡単だ。
「なまえをよんで」
 ああ、なんて素敵な日なんだろう。ようやくまた始まるのだ。後悔も憂鬱も全てやり直せる。今からなら一番にだってなれる。あの子の存在よりも!
 そのためにプレシア母さんを選ばなかった。ジュエルシードを渡したところでアルハザードへ行こうと堕ちていってしまうのだし、今から管理局に報告すれば保護できるかもしれない。もしかしたら……。……。いいや、誤魔化すのはやめよう。今の私にプレシア母さんについて考える余裕などないのだ。母が全てだったあの時の私ではもうない。再び瞬いた青い光を感じた瞬間、なのはだけのために時間を費やすと決めていた。
「フェイトちゃん。どうなるかは分からないけど、リンディ提督のところへ行こう。まずは相談してみないと」
「そうだね」
 きっと半年くらいは会えなくなるが、必要なことだろう。私は頷いてなのはについていく。
 ただ予想と違い、その後協力したせいか拘束期間は随分と短くなった。これで冬を迎える前になのはの顔を直接見ることが出来る。以前のようにリンディ母さんに家族となってもらい、海鳴で暮らす生活が訪れた。闇の書事件はまだ始まっては居なかった為、もちろんリンディ母さんやクロノとの同居はない。学校へ通うようになると、アリサやすずかともじき仲良くなった。なのはの歓迎も受けた。そこに劇的な何もなかったが、だからこそ素直になのはが喜んでくれることが嬉しかった。
 今度こそ初めから護ることも出来るのだ。鉄槌の騎士が襲い掛かってきても、格好をつけて登場する必要もない。ただ一緒にいればいい。魔力値からしてもしかすると私の方が狙われることになるかもしれないが、ヴィータはのちになのはを護ろうとする人物の一人である、うまくやらなければ。
 時間はゆったりと、また急ぎ足で過ぎ去っていた。闇の書事件も終わればあとの海鳴は平和なものだった。ミッドチルダへ行けば事件のない日を探すのが難しいだろうが、それも関係がない。執務官はどうしようか、なのはの手助けになるだろうか。機動六課が設立されれば……あの子との出会いが。
 しかし執務官試験は受けることにした。もちろん一度目で合格を果たした。なのはが墜ちたあの事故を防ぐこともできた。気がつけば、私の元から居た世界を忘れてしまうくらい随分と時間が経っていた。けれども足場はいかにもあやふやで、覚束無かった。あの世界が記憶としてしっかりと根底に根付いている所為だろうか。
 確かな事は、元々よりも今生きている世界でのほうが、なのはとの距離が縮まっているということだった。他の部分で綻びや歪感はある。保護しているのもエリオとキャロだけにとどめているし、人付き合いが幾分義務的であるかもしれない。だが、やはりなのはだ。なのはの一番に私があればいい。
 毎日のようになのはの部屋を訪れているうち、以前は踏み切れなかった肌の接触を持った。健常な欲望をぶつけると、なのはは優しく受け止めてくれたのだ。疲れているとき、なのはもまた私に欲望を投げかけてくれるようにもなった。
 しばらく経ったある夜に、なのはが尋ねてくる。
「こんなことしてて、いいのかな」
 彼女はこの当然な成り行きの何を躊躇っているのだろう。しかし私はそれに優しく答えた。
「いいんだよ、なのは」
「でも」
「これはとても自然なことなんだ。だからむしろ、重ねていかなくちゃ」
 そうやって事実として積み上げていくのだ。誰も入りきれない二人の歴史を作り、守っていくのだ。そこに幸せは生まれるはずだった。
 ――けれども、また、なのははヴィヴィオと出会った。
 運命がもたらすものは避けようがない。避けようのないものこそが運命である。ヴィヴィオを保護した最初にヘリへと運ぶ任は私が請け負うことにしたのに、なのははやけに少女を気にしていた。私が少女を抱きかかえようとすると、首を振り、「わたしが」と抱き上げた。あとはもう以前の自分が知る通りだった。……結局機動六課の設立から間違っていたのだろうか。
 私はついぞ知ることがなかった。聖王教会に行ったついで、ヴィヴィオを見舞ったことを。そのときにぬいぐるみを枕元へ置いたことなどを。
 いかに肌を重ねていようと、ヴィヴィオは容易くなのはとの間に入り込んできた。三人がいて周りから親子とはやされても、なのはと恋人だと認識されていても、やはりそこには隙間というものが出来ていた。あれほど避けていたものが、また。
 気がつけばあれから十年以上を積み上げていたが、今また同じように絶望している自分に気がついた。私となのはが出会ったのはただ一つの運命には違いないが、真の運命は別のところにあったのだ。
 そう、これが。これこそが運命だったのだと。
「好きだよなのは」
「わたしもフェイトちゃんが大好き」
「愛してる?」
「もちろん、愛してるに決まってるじゃない」
「じゃあヴィヴィオは?」
 一瞬の間。分かりきった答え。
「表せないくらい、大切な人だよ」
 隣でヴィヴィオが子供らしい屈託のなさで喜んでいる。
「なのはママだいじー。ヴィヴィオがなのはママのことまもるから!」
「もう。それ、世界で一番嬉しい言葉だよ」
 ぎゅうと抱きしめられる相手が、どうしてヴィヴィオなのか。私は未だに認めることができない。確かに今はあのときとは違い、三人でいることが増えた。やがて三人が二人に戻るだろうことも予想がつく。そうなれば、この十数年には一体何の意味があったのだろうと問い詰めたくなる。何もしてこなかったわけではないのに、何も変わっていないこの現状の理由を教えてほしい。繰り返しても変えることの出来ない、これは?
 私は重たい瞼を落とす。再び青い光が訪れ、この悪辣な夢から連れ去ってくれることを願った。



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