2017-09

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忘れられないんじゃない 忘れないんだ

目次⇒振り返る

ティアなの。
あいしてるから避けてしまうのです。ヴィヴィオが少し不憫。

続きよりどうぞ。



 忘れられないんじゃない 忘れないんだ



 その秋も、頭を占めるのは機動六課でのあの日々だった。
 冬も春も夏もそして秋も、どんな場所にいてもその日々は蘇ってきた。特別高町なのはのことが浮かんで消えない。三年では足りなかった。五年目もじき消化されていくだろう。あと何年経てばこの願望は薄れ行くのだろうか。
 思い出にしてしまうために私は振り返らなかった。少しでも薄めようとしているのに振り返れない。けれどどうしても、私はその記憶に手を伸ばし触れてしまうのだ。私自身がそう望んでいるからに他ならない。機動六課でのことを、――なのはさんのことを忘れたくないという、心底からの願い。
 だからやがて忘れ去りたいという気持ちは変化の色を見せた。今ではもうそんな望みは捨て去って、殊更彼女に会いたいという忠実な想いをなぞるばかりである。その為には幾ら下らないことでも実践してきた。クロスミラージュに頼みなのはさんに酷似した幻影を現出してみたり、写真を見たりした。局に保管されているデータから個人が保存しているデータまでひっぱりだして、繰り返し眺めた。その中で彼女の戦技もかなり多くを目にしたが、今思えば彼女はエースでありストライカーであった。空にいることが自然で、不利な状況も必ず打破してくれるだろうという揺ぎ無い信頼をおけるのが自然。エースオブエースというのは彼女に与えられた尊称のうちの一つに過ぎなかった。私はそんな彼女の戦う姿を眺めているうち、機動六課で受けた教導を当然のごとく思い出していた。今だから分かる。厳しく、厳しい。そしてなにより私たちのことを考えてくれた教導だった。絶対的な魔力量の少ないことを気にする私に、集束砲を提案してくれたのも彼女だった。散らばった魔力をかき集めて、敵味方関係なく自分のものにしてしまう手品みたいな魔法は、彼女の得意技能だった。
 増幅していく憧れは、しかし強すぎれば自分から彼女を遠ざけてしまうことになる。私が望むのはただの師弟関係におさまらない。畏れ多くも――これすら彼女への尊敬が生み出した忌避すべき考えであるのだが――私は師弟以上の親密な関係を求めてしまっていた。尊敬する人という括りに納まりきらない好意に気付いたのは出会って半年くらいのこと。機動六課にいた当時既に彼女への想いを自覚していた。告白はなかった。勇気が足りない以上に、己の未熟を知っていた。
 一人前の執務官になり、自分を誇れるようになった時に想いを伝えよう。初めはそんな思惑もあったが、時間がたちいざ執務官になってみると時間に追われてそれどころではなくなった。まともに会う時間すらとれないで、幸せにすることなどできない。私はようやく幼さに気付いた。そこからは彼女への恋慕を消すのに専念し、今まで以上に仕事熱心になった。だが私の彼女への恋慕というのは努力で消えるようなものではなかったのだ。仕事は忘却への手助けはしてくれなかった。それどころか戦闘をするたび、とる行動の中にまで彼女の教導の成果があった。
 思い出す。そうではない。ずっと考えている。会いたくてたまらない。
 私はなのはさんに会うきっかけがないか探した。任務を終え、海からミッドチルダへ帰ってくると真っ先に教導隊への用事がないか探した。同じ任務を担当することがないか、本局を歩くとき通りがかったりはしないだろうかと。もちろん偶然など期待するものではない。特にそんな低い可能性の偶然には。
 一番確実な方法は彼女の自宅へ直接足を運ぶことだったが、その手段は不思議と最初から除外していた。高町家へは、彼女だけが住んでいるわけではない。ヴィヴィオと二人。聖域とまでは感じないが、はたから見れば間に入ることさえおこがましいと感じる人もいるだろう。ただ問題はそこではない。彼女が“確実に”居ることだった。不思議でもなんでもなかった。考えてみれば、私は確実に会える方法を無意識のうちに避けていたのだ。会ってしまえば本当に忘れられない存在になる気がして怖かった。
 そこまで考えて、違うな、思った。忘れたいわけじゃないのだ。だから本当はただ、想いが深まってしまうのが怖くて。……毎晩、痛む胸を押さえるのが辛くて。
 涙を流さないのが精一杯なのに、顔を見た瞬間、震えた心が容赦なく涙腺を決壊させてしまうこと怖がったのだ。
 そんな恐れをよそに、彼女と会う機会は訪れなかった。何年もそういうのが続いた。心のあちこちで行われる葛藤を飼っていた。それでも彼女に対する記憶は薄れずに、想いもあの頃と同じ。ちっとも弱くなっていないのが自覚できた。
 会えない、会えない、昨日も今日も多分明日も明後日も会えない。顔を見ることはあっても、逢瀬がない。
 永久に会えないのではないかと思い始めた頃、機動六課の解散から七年も経過していただろうか、なのはさんが会いに来てくれたのは。
「久しぶりだね。事件以来かな」
 実際に顔を見るのは二年ぶりくらいだったが、彼女はそんな時間差は感じさせず、そう朗らかに声を掛けてくれた。慌てて身体を起こす。
「今日はまたどうしたの?」
 ――え。
「それは、こちらの」
 いいや、違う。彼女が会いに来てくれたのではない。自らが会いに行っていたのだ。一体どこで錯覚をしたのか。ここは高町家の近所にある公園。私の家からは遠く離れており、散歩で訪れるなどありえない場所。彼女は困惑していた。隣に座り、こちらを向いた。まだ明るい夕陽が瞳に柔らかく重なる。首を傾げる仕草が昔のままだった。
「ティアナ?」
 愛しい人が私の名前を呼んでいる。
 しかし私は口を開けず、動けもしなかった。どうしても彼女から目が離せない。
 今日という日は、決して特別な一日ではなかったはずだった。何があったわけでもない。事件を終えて久しぶりに自分の部屋へ帰り、ゆっくりと身体を休めるつもりであった。友人と話をしてもいいだろう。心行くまで眠ってもいいだろう。事件の後処理を終えてしまえば休暇そのものだった。それがいつのまにか踏み込むことのなかった場所へと足を進めていた。
 小さな子が砂場を駆け回り、草を踏み鳴らしている。茂る草むらで遊び道具を採取する子供、魔法の真似事をしている子供もいた。私はそういったおさなごから遠い場所に腰を下ろし、若草の中へと背中を預けた。自然と空が見渡せる。日没が近い。紅の光がゆっくりと此方へ歩み寄っていた。
 時がさらさらと水の如く流れていたのに気付かなかった。なのはさんは夕影に紛れるよう立っていた。
 言葉がなくなると、見詰め合うのは必然だった。私も彼女も、じっと視線を合わせたまま動かない。視線を視線で絡めとったかのような凝視に思考が働かなくなった。あれほど求めていたなのはさんが私を見てくれている。
 凝結した視線を無理やり砕き、話すべき会話を探していたが、先ず動いたのは向こうだった。彼女は別れのために頬の緊張を緩める。そういえばヴィヴィオが帰ってくる頃に違いない。そもこの公園へは通りかかっただけだろう。迎えか、散歩か。ヴィヴィオは十三歳のはずだったから、迎えが必要な歳ではないが。
「実はこれから仕事なんだ。二日ほど家に帰れなくなりそうでね、行く前にヴィヴィオに顔を見せておこうかなって考えてたんだけど正解だったかな。まさかティアナに会えるなんて」
「よく気付きましたね。地面に寝そべっていたのに」
「どうしてだろうね」
 曖昧に呟いて笑った。彼女が立ち上がって草を払う。
 行かせたくない、と私が考えたのは当たり前だったろう。次に会えるのは一体いつの事になるのか予想もつかないで、すれ違いさえ起こらない未来が浮かんだ。『なのはさん!』――手を力強く握り、貴方が好きです、と叫んだ。振り返る彼女を抱きしめて離さない。そのつもりであった。けれども実際に私はその想像の何一つ出来てはいなかった。彼女はすっと立ち上がって既に背を向けていたし、私もそんな彼女を見送っていた。手を振って、またね、と言っていた。その声も言葉も覚えている。
 私はどうにかなってしまったんだろうか。鬱屈に押しやられてしまったのか、なのはさんに会ったそれだけで?

 一日の休養も終わり、季節を愉しむ前に再び仕事へと戻った。
 散る花や、太陽に焼かれる感じ。寂寥さ帯びる空気や、白の積もる草木などという四季それぞれを感じられたのは遠い昔にしかなかった。そういった穏やかで静かな気持ちになれるというのはきっと平和なときだ。心の平静があってこそ、空気の違いを感じ取ることも出来る。機動六課の解散の日がそうだった。事件を解決し尚且つ進路も決まり、あとは親しんだ仲間や信頼する上司との別れを済ませるだけだった。誰もが泣いていたあの日、彼女の瞳まで涙で濡れていることに思い返せば酷く動揺していた。魔法光みたいに綺麗な花――そんな感想がどこかへいってしまうくらい。
 もし私がスバルなら、気持ちを伝えられたんだろうか。無謀に、無遠慮に。優しさと強さをもって。そう思うのは、彼女の方も私を見てくれていたと知っていたからではなかった。
 年に一度でも休暇日があればいいほうだった。一度海へ出ると数ヶ月もしくは年単位で過ごすことになる。今回はそれでも少ないほうだ。次にミッドチルダへ帰ってこれたのはあの再会より半年後のこと。
 しばし世間から離れていると、良くない報せというのもまとめて耳にすることになる。その中に、気になることがあった。空のエースオブエース高町なのはがもうずっと休暇をとっているらしいのだ。怪我をしたとかで現在は休職という形をとっているが、戻ってはこれないと。局の人間からそういった噂を聞いたとき、私は済ませるべき用事を放ってなのはさんの家へと駆け出していた。
「高町教導官さ、しばらく戻ってこないよな」
「そういえば」
「まさかあの人がな」
「無茶をする人だったらしい」
「がっかりだよ。これでも尊敬していたんだけど」
「空のエースが飛べないんじゃ、引退すべきだろう」
「いいや。地上部隊への教導も評価がよく、皆が実力をあげているというし、教導だけでも続けさせてみるのはどうかな。列を作って待つ隊もあったらしいじゃないか」
「それがうまくないことに、魔法そのものを」
 ――一息が切れている。無責任に垂れ流される局員の言葉など興味がない。だが会話の中から拾った内容は私を急かした。脇目も振らず、事実確認をするより先に彼女の元へと走っている。とても執務官のすることではないと過ぎる冷静さはあったが、気持ちにまでは追いつかなかった。
 半年前、彼女は忙しい身であるにもかかわらずどうして公園へやってきたのか。公園を通りがかった理由はヴィヴィオへの顔見せのため。立ち上がった口実はこれから仕事へ向かうから。そういえば別れた後彼女がヴィヴィオへ会いに行く様子はなかった。ヴィヴィオと会う時間を割いて私と話すなどありえなかった。だから以前会った時、彼女は既に休職していたのではないだろうか。とにかく話を聞いてみないといけない。
 気がつけば私は自分の意思であっさりと高町家の門の前に到着していた。勢いのまま、ここにいる。しかしこの機会がなければ決して訪れることはなかった。
 いざこうしてみれば、思い悩んだ七年間が泡沫へと変わっていくような気がした。消えてゆかない水泡が夜の海に沈んでいく。夜明けの光も届かない昏い海の底へ。見えなくなっても消えてゆかない。それは彼女への想いそのままだった。海が飲み込んでしまった水泡も、しかし月の光ならば拾い上げて映す。夜の海面、月みたいな形をして。
 玄関扉を開放した彼女はついにそれを見つけた。
 半年振りに会う彼女はちっとも変わっていない。彼女は快活だった。疲れた様子も見せず、彼女は驚いた表情を穏やかな笑みに変え、懐かしく名前を呼んだ。
「ティアナ」
「……なのはさん」
「うん、久しぶり」、言いながら居間へと通される。短い廊下の入り口には胸ほどの高さの台があり、観葉植物の蔓が伸びている。隙間には黒いうさぎのぬいぐるみが座っている。その耳の垂れた黒うさぎの横に、こちらは耳の立った白いうさぎが並べられている。白いほうはヴィヴィオのデバイスに似ていたが、黒い方は誰かからの贈り物か。
 迎えてくれた時と比べて、彼女の顔は心なし暗かった。そうはいっても、日常生活に支障がでるほどには見えず、詰めていた心が緩むのが分かった。
「今回も辛い事件を治めたんだってフェイトちゃんから聞いたよ。そうだ、ねえヴィヴィオ。ティアナに冷たい飲み物をお願いしてもいい?」
 確か麦茶があったはずだから、と隣を振り返った。ヴィヴィオは頷くと、彼女以外の存在をすっかりと忘れていた自分に構わず、小走りで台所へ向かった。私はその間じっとなのはさんをみていた。彼女についての見逃しがないか、注意深く観察した。昔のように、痛みを隠しているかもしれない。話す前から事実を覆い隠す手はず整えているのかも。考えていると、戻ってきたヴィヴィオが誰かに似た笑みでテーブルの傍らにしゃがんだ。
「どうぞ」
 緩やかな気遣いに、お礼を言って受け取る。冷たいお茶で喉が潤うと、全身に噴き出していた汗の珠に気が付いた。入れたままだったハンカチ布で額を拭い、外からは分からぬよう深呼吸を繰り返す。それからお茶を飲み干した。情けないほどに動揺していた私の斜め前、なのはさんの隣に少女が座った。
「お久しぶりです、ティアナさん」
 ここへ来た時は不審に思うどころではなかったが、そういえばヴィヴィオは玄関で出迎えるときも今この時もずっと彼女の隣にいて動かなかった。ヴィヴィオが彼女から離れたのは、急な客人をもてなす準備を促した先程だけだ。
 会話の隙間に顔を向ければ、ヴィヴィオはにこりと微笑んだ。
 なのはさんが席を外すと、笑みを携えるばかりの少女へそっと呼ばれた。なのはさんについて話がある、少女のこの言葉に忘れかけた警戒が蘇ってきたが、少し遅かった。予想は出来ていただろうに、一度もたらされた安堵に身を任せてしまっていた。
「なのはママね、もう飛べないの」
 いつか、そうなるだろうとは六課の頃から言われていた。シャマル先生も伝えていたし、フェイトさんやヴィータさんの心配度からも傷の深さ、身体に架かる負担の大きさも想像がついた。けれど結果だけは見えても、実際にたどり着く気が全くしなかった。
 それが高町なのはだった。空が彼女を見捨てるなんてありえなかった。お互いに運命の相手だし、空こそが彼女を愛していた。だから彼女を支えられなくなった時に悲しまなくてすむように、これ以上の苦しみを与えないように。彼女の全てを奪うことにしたのだろう。
「飛べないって分かって、なのはママ魔法使えなくなっちゃった」
 ヴィヴィオは俯いたまま続ける。
「わかんないって。どうやってたのか忘れちゃったって。あのなのはママが泣きながら帰ってきたの。その晩ふらっと出かけて、いないことに気付いて探したら公園にいた。夕方だった。春だったけれど夜はまだ頬が凍える寒さなのに、なのはママは池の中に半身を沈め虚ろだった。いつもは寄ってくる鯉や鳥もなのはママを避けて一人きりにしていた。表情がまったく想像つかなくて、遠くで眺めてた。まるで私のことも忘れてみたい」
 ヴィヴィオがやっとのことで彼女の腕を引き家へ連れて帰ると、まずシャワーを浴びさせた。自分から動く気配がなかったので身体を洗ってやり、十分な時間湯船に浸からせた。お風呂から上がる頃にはいつもの彼女に戻っていたらしいが、夕食の時間は疾うに過ぎていたにもかかわらず朝まで眠りこけていた。ヴィヴィオは幾日間か食事を作り、彼女に振舞った。常の彼女なら盛大に喜んだはずだったが、喜びという感情までを池の中にとり落としていた。あるいは空の中へ、魔法と一緒に置き去ってしまったのかもしれない。彼女の精神が、色んなことを保つため、逸するのをやめたのか……。
 ヴィヴィオはそんな彼女の様子を注意深く見守りながら、しばらく離れていることにした。しかし今の彼女に、当時の不安定さは見られない。
「きっかけがあったんです。それで、また元気になってくれて」
 きっかけ、それは何だろう。問う勇気がなくて、結局は考えるだけに終始した。
 なのはさんは元気だった。私のことも真っ先に迎えてくれたし、以前顔を合わせたときと何も変わらないように感じられる。けれどよくよく見るとやはり彼女の目元には影があり、陰鬱だった。魅力的な薄暗い影が彼女を覆っている。軽忽ながら、私はいっそう心惹かれた。
 しかしこの人は、ちっともあたしのことなんて見てはいない。
「ところで折角のお休みと聞きましたが、私かなのはママ、どちらかに御用でしたか?」
 私はただ心配で、顔を見にやってきたのだと告げる。ヴィヴィオは微笑を崩さずにお辞儀をした。
「ありがとうございます」
「そんなこと。申し訳ないことに、あたしもしばらく顔を出せなかったでしょう。尊敬するなのはさんが身体を壊しているなんて聞いちゃ、教え子として心配もするわ。むしろ駆けつけるのが遅いくらいね」
「いいえ。いいえ。ティアナさんはすぐに来てくれると信じてました」
「どうして?」
「見ていたら分かります。それにしても尊敬するなのはさん、なんて言い方はまるでスバルさんみたいですね」
 私とヴィヴィオは笑った。
「ティアナさんはなのはさんのことがお好きなんですね」
「別に、スバルみたいに好きなわけじゃないわ」
「はい、もちろん」
 さも当然という様子に、少女の呼び方に違和感を覚えるのに一瞬遅れた。少女は確か『なのはママ』と呼んでいるはずだ。どうして突然『なのはさん』に?
「ティアナさんが、ティアナさんとして大切に思ってくれてるんですよね」
 引っかかりもあったが、母を支える娘に不要な問いかけはやめよう。
 それに良い機会だった。一度しっかりと伝えておかなければとも考えていた。ここに来る覚悟を決めたとき、ヴィヴィオの存在が真っ先に浮かんだ。親子になる前から彼女の周りを護るのはいつだってヴィヴィオだったし、彼女もまたヴィヴィオのことを頼りにしていた。一方通行ではない関係はヴィヴィオだけだった。そんな少女に、私は敬意と熱意を込め、真意を見せるべきだった。
 私にとって高町なのはは。
「七年間、忘れる日がなかった」
 意を決して告げた。顔中に広がる熱を感じたがぐっと堪える。もし今なのはさんがこの場に戻ってきても恥ずかしくないよう、ヴィヴィオが認めてくれるよう堂々としていたかった。
 少しは喜んでくれるかとも思っていたが、何故かヴィヴィオの表情は明るくなかった。
「なのはママは幸せですね。なのはママも、そんなティアナさんを。……でも」
 小さく暗い声で謝罪を呟く。ごめんなさい。少女は誰に言ったんだろう。
「なのはママはもう、どこへも、誰の元にも行けません」
 熱かった頬が凍りつく。ヴィヴィオのいつまでも暗い顔、『なのはさん』という呼び方。総ての合点がいった。理解したのだ。
 ヴィヴィオがずっと彼女と居た、その意味を。
「私からあの人を奪いますか。いいですよ。でもその代わり与えてください」
 何をとは思わなかった。
「だってフェイトママにもできなかった。はやてさんもヴィータさんも、他の誰にも。だから私が護るの。なのはママを、――なのはさんを」
 完成された箱庭を思い出していた。そこは切り離された一つの世界。保つのが難しく、外側から手を出せば容易に崩れてしまう。蓋をした箱の中は時間の流れと共に変わっていくが、外の世界に知ることはできない。箱庭は既に外の保護を必要とせず、孤立していた。変化を知ることさえ叶わない。まるでなのはさんとヴィヴィオのようだ。
 完成された世界の中には、緑と赤と黄色の草花があった。青と白の空が、池が、二人が住むのに丁度良い良い家があった。閉鎖的な空間に二人はいる。しかも全く異質ではなかった。とても、正常に。私にはありありとその様相を浮かべることが出来た。

 帰る段になると、なのはさんが途中まで送ってくれると言った。玄関の前で、さあ行こうかと靴を履いている彼女を眺めていた。なのはさんはなんとなくここに居たほうがいいのではないかという気がする。
「一人で平気です。送ってもらわなくても」
「そう。じゃあまたね」
 彼女は手を振った。私も一度背を向けたけれど、つい振り返る。ヴィヴィオがあんなにも大切にしているのに、彼女の顔が幸福に染まっていないのが気になった。
「なのはさんは今、幸せですか」
 なんて月並みな質問だろうと自分でも分かっていたが、訊いておきたかった。彼女の口から聞ければ、あとはヴィヴィオが護ってくれる。少女ならば間違えない自信があった。
 幸せだよ、そういう答えを期待した。
 だが、彼女は俯いて頷くだけ。本当は頷いたのかさえ定かではない。顔を伏せただけかもしれない。私は確かめはしなかった。彼女の顔を覗き込む前に、ぐいと身体を掻き寄せた。ヴィヴィオの声が過ぎる。
 ――奪いますか。
 いいや、きっと奪えない。自分に出来ることは何一つない。だというのに今、私は彼女の身体を抱いている。今度は想像ではない、現実だった。腕の中に彼女がいる。あの妄想でも求めてやまなかったなのはさんが。 
「ティアナ?」
「走ります。お願いです、ついてきて」
 後ろからヴィヴィオの声が追いかけてきたが、玄関の扉を閉めてしまえば簡単に閉ざされた。矛盾している。奪う気などちっともなかったのに、どうして彼女の手を引き、街灯の下を走っているのだろう。
 しばらく走っていたが、体力のある彼女が肩で息をしていたため、慌てて立ち止まった。無理をさせてしまったかもしれない。
 あのなのはさんが、私の元にいることが信じられなかった。
 ヴィヴィオといれば私など関わらなくても幸せなのだと考えていた。実際にそうだとしても強く思ってしまったのだ。奪いたい――このどうしようもなく愛しい人を。
「手を繋いだの初めてだね」
「私は今まで誰かと手を繋ぐこともありませんでした」
「初めてってことだよね。それってすごく嬉しいよ」
「嬉しいなんて言わないでください。そんな気のない返事、酷いです」
「いったい、どうしたの」
 平然と話す彼女はどこかおかしく感じられて、抱いてもきっと、積極的だね、くらいにしか言わない。ここで押し倒しても、家へ連れて帰っても拒絶されない気さえする。だから自分からでは意味がなかった。
「来てください」と私は言った。奪えないから、だからあなたの方から来てほしいのだと。
 愛していると言えないから、あの子より幸せにするなんてもっと言えないから。だから来て、抱き締めさせてください。
 そう訴えれば、彼女は少しだけ困った顔をした。苦しげに目蓋が落とされる。今まで表面でしか変化しなかった彼女の顔色が、初めて変わった。感情のラインさえ傷ついてまともに機能しなくなっているのかもという恐れがあった。よかった。
 “私の言葉に傷ついてくれている。”
「わたしはもうエースオブエースでも魔導師でもない。ティアナが憧れてくれた強さも、見せることができなくない。ただの高町なのはだよ」
 馬鹿なことを。
「あなたは飛べますよ。ずっと魔導師です」
 信じている。それ以外の高町なのはなど知らなかったから。私には、飛べなくなっても大丈夫だなんて慰めは無意味であるような気がした。それは彼女自身さえ覆い隠す言葉だ。
 だって魔法を失ったなのはさんは、こんなにも悲しい顔をしている。
 だから肯定ではなく否定をしてやった。恐れは少しあったが、彼女の表情がみるみる変わっていったのを確かめると、そんなものは消えた。
「誰もそんなこと言ってくれなかったよ。慰めばかりの言葉ならたくさんいってくれたけど、そんな言葉……」
 ヴィヴィオだって。
 彼女はそう言ったが、おそらくヴィヴィオは彼女が大切で、傍に居すぎたからこそ見え難かったのだろう。彼女が求めていた言葉が。それとも言えなかったのか。現実の見えすぎる聡明な少女には。
「あなたのことを誰よりも考えてる自信があります」
「来てください」と私は再び手を差し出した。彼女の腕が僅かに持ち上げられたのを逃しはしない。すかさず引き寄せると、そのまますっかりと抱き締めた。
「ずっと考えていました。忘れたことなんかなかった」
 今まで、一度だって。どんなに忙しい仕事の合間にも、辛い事件を乗り越えた後にも必ず思い出した。努力した分だけ彼女に近づく勇気が持てる気がして、その権利が得られることを願っていた。
「でもティアナ、わたしは」
「いいんですなのはさんは。今こうして一緒にいてくれる。もしあなたを支えることを許してくれるなら」
 ごめんね、と彼女が俯いた。
「これからもっと考えるから、本当に」
 私はゆるり首を振る。
「努力しなくても、自然と考えてしまうくらい好きになってください」
「きっともう、そのくらいには好きだよ」
 そうでなければ抱き締められてこんなに嬉しくなかったと。私は彼女の言葉に驚き、思わず身体を離す。そこに哀切を浮かべる彼女を見た。
「好きだったよ、ティアナのこと」
 でもずっと好きじゃなかった。それは当然のことだ。
「だけどあたしは好きでした。ずっと。だから嬉しいです」
 頬に唇を寄せると、改めて彼女を腕に抱いた。彼女の髪に降り注ぐ月の淡い光は柔らかく、見ていられなかった。目蓋を落とし視界を塞いでしまうと、腕の中に彼女がいる実感が沸いた。胸に暖かな安らぎが触れている。
 家に送ると玄関の外でヴィヴィオが待っていた。少女は扉にもたれ掛かっていたが、私と彼女それぞれを順に眺めると、固かった口元が緩んだ。ヴィヴィオは微笑むと無言で家の中へと入っていく。受け入れられたのかもしれない。

 それからすぐにまた事件で海へ出ることになったが、途中なのはさんが魔導師として復帰したことを聞く。フェイトさんが身振り手振りで喜びを表現しつつ、通信で伝えてくれて知った。今まで出張の間は必要なこと以外の連絡はなかったのに、と苦笑いを堪えながらこれを不思議に思っていたが、フェイトさんは誇らしげに「なのは本人に伝えて欲しいって頼まれたからね」と教えてくれた。
 どうしても顔が綻ぶ。私はいつものように彼女のことを考えたが、これまでよりもずっと穏やかで優しい気持ちの中にいた。
 ああ、早く会いたい。
 私は船の窓の向こう、暗い海を眺めてはそう溜息をついた。


*   *   *

 フェイトが車の窓を開けると、爽快な風が吹き抜けてきた。雲までも吹き飛ばす快晴だった。ミッドチルダの空は特別青い。今日も、瞳に痛いくらいの鮮やかな蒼穹が覆っていた。今日は久しぶりに友人と会う日だった。ヴィヴィオもお出かけをしているし、と、高町なのはを車でどこかへでかけようと誘ったのはフェイトだった。
 助手席をちらと横目で見る。なのはは少し前までの陰鬱さを消し、出会ったばかりに時折みられる幼い表情をしていた。高町なのははまるでちいさな子供のように胸を躍らせている。その理由をフェイトは知っていたが、いかにも聞いてほしそうな彼女に笑みがこぼれた。
「なのは、どうしたのそんなに楽しそうにして」
「あの子が帰って来るんだよ」
 ああ、とフェイトが頷く。
「確か明日だったね」
 既に同僚とも呼べるほど成長したかつての部下を思い描き、フェイトは言う。
「ふふ、なんだか嬉しいな。なのはのそこまで楽しそうな顔は久しぶりに見た」
「……そう?」
 ひとつ間を置き、なのはは答える。フェイトがその顔を覗けば、ほんのりと頬を染めた愛らしい少女がそこにいたのだ。なのはのはにかむ姿など滅多に見られるものではない。彼女をそうまでさせるティアナの存在が少し羨ましいとフェイトは思う。ヴィヴィオとはまた違った、なのはの中の大事な存在となったティアナが。
「ねえフェイトちゃん。まだ朝は来ないかなあ」
「それどころか夜もまだ。お昼だよ」
 くすりと微笑むフェイトは、そんな羨望など押し隠してしまう。何故ならばフェイトは、なのはにとって自分もまた大切な存在のひとつであると知っているのだ。意味は違ってもそれは変わらない。何よりも愛しいこの彼女が再び曇りの一切ない笑顔をそこに映し出している。何を妬むことがあるというのか。
 ――まあ皮肉ぐらいは言ってもいいかもしれないけどね。そのあとにお礼を言わないと。
 フェイトは笑ってなのはに向き直る。
「さあ、ご飯でも食べに行こうか。久しぶりに会ったんだからね」
「うん、フェイトちゃん!」



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なのはさんをめためたに愛し、いじめていきます。

◇リンクについて
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